2020/06/11
先々週から病院に通い始めた。抑鬱状態をましにするための薬と、副作用のリスクが比較的小さい睡眠薬をもらっている。これまでは夜になると陰鬱とした考えに頭が支配されて、なかなか寝付けないことが多かった。5月はほぼ毎日寝付けない・寝てもすぐ起きるの状態だったため、精神的にも身体的にも参ってしまっていた。病院に行くのはもう少し早くても良かったかもしれない。このご時世なので躊躇ってしまったのが半分、どうせ病院に行っても治らないし金だけ無駄になると諦めてしまっていたのが半分だった。
今の僕は一丁前にニートだ。学校にも行かず、オンラインの授業も受けず、就活を特にしているわけでもない。何をするのも億劫なことで、意味のないことに感じられてしまう。アパシーの状態は大学2年生の時からずっと続いていたが、この春に大学を卒業してしまい、とうとう外面で取り繕えなくなってしまった。実際の方に名目も追いついてしまい、まごうことなきニートになってしまった。
精神科に通い始めてから「何とかしなければ」という焦りが小さくなった気がする。おそらく焦りの部分が精神的な負担の大部分だったので、精神的にはいいことなのだろう。反面、まずいことなような気もしている。焦りがなくなり、ただただ何もせずとも時間が過ぎる。漠然とした虚無感を夜に感じ始めた頃に睡眠薬を飲んで、部屋を暗くして1日を終える。人生の終着点、限りなく漸近線に近い暮らしを営んでいる感覚がある。
自分が何者なのか分からなくなってくる。きっとこのまま何もしなければ、自分は誰からも忘れられて、誰にとっての何でもなくなるのだろう。いや、もしかしたら、最初から自分は誰にとっての何でもなかったのかもしれない。きっと今回の騒ぎがなくても、僕を取り巻く環境は同じような経過を辿っていただろう。皆各々の人生を選び、自分から離れていく。自分の存在は次第にどこからも消えて、新しい他人の中に生きることもできずに、一体自分が「誰」を生きているのかを見失う。簡単で便利なテンプレートを自分の生にあてがうことすらできずにみっともなくだらだら生きている。




