VOL.09:「日常」が終わるのは突然に
その日も、遼は懲りずに授業中に居眠りをしていた。
「もう、遼ってば……また叩かれるよ? 起きなよ〜」
横からキララが小声で呼びかけながら遼をつつくが、遼は完全に寝てしまっていて、全く反応を示さなかった。
「もう……あまりやりたくはなかったんだけどな……」
キララはふう、と溜息をつくと、教師が黒板のほうを向いているのを見計らって懐から杖を取り出すと、先端を遼の方に向け、そっとつぶやいた。
「――風弾」
すると、杖の先から空気の塊が射出され、机に突っ伏して眠る遼の腹部に直撃した。
「うぐっ!? えっ、あ、のわああ!!」
遼は突然腹部を襲った強烈な衝撃に、奇声を上げて跳ね起き、さらにそのままイスから転落し、ガシャンと派手な音をさせた。突然遼が声を上げたので、何事かと教室内の視線が遼に集まっている間に、キララは杖を懐に隠した。
「佐伯、どうした?」
突然奇声を上げたかと思ったら、そのままイスから転げ落ちた遼を見て、教師が不思議そうに遼に訊いた。
「いえ、なんでもないです。ちょっと滑ってイスから落っこちちゃっただけですんで。すいません」
遼は腹部に感じた衝撃の正体はある程度予測がついたようで、適当にごまかすと、教師に授業を続けてくれと促した。
「さて……と」
午前の授業終了のチャイムが鳴り、昼休みに入ると同時に、遼は大仰に立ち上がると、こそこそどこかへ行こうとしていたキララを捕まえた。
「ひゃうっ!」
いきなり首の後ろ側を掴まれたキララは奇声をあげて体をビクッとさせた。
「キララ、ちょっと話がある。屋上へ来い」
キララを掴んだ張本人、遼はそういうと、キララを引きずるように教室から出て行った。
「それで、どうしたの?」
屋上に出てきて、遼があたりに誰もいないか確認していると、キララが訊いてきた。
「どうしたもこうしたもない。お前、授業中オレになにしやがった」
遼がこめかみをヒクつかせながらキララに訊ねると、
「ああ、あれ? 寝ていた遼を起こそうと思って、空気の塊をぶつけたの。――この魔法で。“風弾”」
キララは杖を取り出すと、先端を上に向けて魔法を唱えた。
「あー、なるほどね……って、納得してる場合かっ! お前、教室で使うなんて、警戒心足りないんじゃないのか? 寝ているオレを起こしてくれんなら、もっと普通に起こしてくれよ」
遼はキララの警戒心のなさにあきれたように言ったが、
「普通につついて起きなかったのは誰でしょうね? ああでもしないと起きそうになかったくらい、完全に寝ていた人には言われたくないです。それに、ちゃんと誰も見てないことを確認してますから、問題ありませんよーだ」
キララは拗ねてしまい、そのままぷいと振り向くと、屋上を後にした。
5時間目以降、キララは授業に姿を見せなかった。いずみに話を聞いたら、気分が悪い、と早退したらしい。気分が悪いから早退する、と切り出されたとき、キララはそんな様子は見せてなかったので、いずみには昼休みに屋上で何かあったと確信され、しつこく追及された。やむを得ず、人気のない廊下に連れ出して事情を話すと、
「それはあんたが悪い。やり方はアレだけど、その前にちゃんと普通の手段もやっている以上、それで起きないあんたが全面的に悪い」
いずみは遼のケツを蹴飛ばしながら断罪した。
放課後、いずみからは「ちゃんとキララさんに謝っときなさい」と念を押されて教室から放り出された遼は、キララが忘れてったカバンも持って、とぼとぼと歩いていた。と、駅前に差し掛かった、そのとき。
「……遼、か?」
自分を呼ぶ声に遼が振り向くと、そこには、単身赴任で遠くにいるはずの父親、龍一郎の姿があった。
「オヤジ!? どうしたんだよ、今日帰ってくるなんて連絡してたっけ?」
遼が驚いて訊ねると、
「いつもはちゃんと連絡してから帰るんだが、今回はちょっと急でな。こっちにいられるのも今日から3日間だけなんだ」
龍一郎はそう言って苦笑した。いつもは単身赴任先から帰ると、だいたい1週間ほどこっちで過ごし、また戻っていくのだが、今回は慌しいらしい。
「そうか。まあ、とにかく帰ろうぜ」
遼はそう言って、龍一郎とともに歩きだした。
「どうだ? 最近は」
龍一郎は遼と家路をたどりながら、親子らしい会話をしていた。
「そうだな……」
遼は少し考えて、キララのことが思い当ったが、彼女がやってきたとき龍一郎は不在で、記憶操作がまだかかっていないので、あわてて思い直し、
「……特に変わったことはないな」
と、ごまかしておいた。
「そうか。父さんはな、今まで営業所の副所長だったが、今度から所長に昇格だそうだ。それで、所長になると、今までより格段に忙しくなるから、昇格の前に少し休んでこいってことで、急遽帰ってきたってわけだ」
龍一郎は出世が決まったことを嬉しそうに話し、遼はその間に、キララに父親の龍一郎が帰ってきたことをメールで知らせていた。
「お、そうだ。遼、キララちゃんは元気か?」
もうすぐ家に着くというところで、龍一郎がいきなりキララの話を切り出したので、遼はおそらくキララの記憶操作が効いたのだと判断し、
「ああ、有り余るくらい元気だよ」
少し呆れたような表情を見せながら遼は答えたところで、2人は家に着いた。
「あ、遼、それとおじさま、おかえりなさ――」
龍一郎が入ってきたのを見て、キララが出てきたが、おかえりと言いかけて固まった。
「キララ? どうした?」
遼がキララの眼前で手をパタパタさせて意識があるか確かめると、いきなりキララはそんな遼の腕を掴んで、
「な、なんであの人がここに……? ごめん、あとで話があるから部屋に行くね」
小声で遼に囁くと、そのまま踵を返して階段を駆け上がって行った。
「なんだ? どうしたんだ、キララのやつ……? それに、あいつ、“なんであの人が”とか言ってたけど、どういう意味だ?」
遼はキララの様子を心配しつつ、彼女の言葉の意味に首をかしげるばかりだった。
同時刻、太平洋上――
「よし、このあたりでいいかしら。みんな、今から私が魔力を感知して光を放つ魔法を使うけど、キララの魔力を感知して光を放っても、数十秒で消えてしまうから、全方位、見逃さないようにしてね。行くわよ、“放光”!」
太平洋のど真ん中の上空で停止すると、マリアが空に向けて感知魔法を使った。すると――
「あっ! あっちで光ってるわ!」
ティアナが指差した方向に巨大な光の柱が立ち上っていた。観光マップの地図で確認すると、そこは日本の“関東”と呼ばれる地域だった。
「みんな、あそこにキララはいるわ。さあ、行くわよ」
マリアは5人を先導し、再び飛び始めた。――目指すは彼らの現在地から真北、日本の関東地方――
再び同時刻、佐伯家2階、キララの部屋。
「なっ、なにこれ!? 体が光ってる! 天井を突き抜けて、空まで……ってことは、まさか、誰かあたしを連れ戻しに来てて、その誰かの捜索系の魔法が放たれていると考えるのが自然ね。あ、光が収まった」
いきなり自らの体が光りだしたときはさすがに焦ったキララだったが、冷静に考えてみると、魔法の力が働いていることは明白で、自分が脱走中の身であることを思い出すと、そういう結論しか出てこなかった。
(でも、いったい誰が来てるのかしら……?)
「キララ、さっき言っていた話ってなんだ?」
龍一郎が帰ってきたことと、昇進のお祝いで一家で寿司を食べに行き、帰ってきたあと、遼はキララを部屋に呼んだ。
「え、あ、うん。あのさ……おじさま――龍一郎さん、普通の人間だよね?」
キララが切り出した話に、遼はいきなり何を言い出すのかと首をひねるばかりだった。
「なんでだ? そういやさっき、最初にお前がオヤジを見たとき、“なんであの人がここに”とか言ってたけど、何か知ってるのか?」
遼がさっきのキララの発言の真意を訊ねると、
「あれ、聞こえてたの? 実は、ずーっと昔、あたしが生まれるより10年くらい前、ハルゲンファウスでクーデター未遂事件があって、その犯人はちゃんと捕まったんだけど、その犯人グループが何者かに殺害されてしまった事件があったの。で、その容疑者として捕まったリューン=サルファスって人と、あなたのお父さま、龍一郎さんの顔がうりふたつと言っても過言じゃないくらいそっくりだったのよ。あたしももちろん当時の様子を知ってるわけじゃなく、授業中に当時のニュース映像を見ただけだから、勘違いだと思うんだけど……」
キララはさっき考えていたことを遼に話した。
「まさか、そんなことあるわけないよ。だって、もしその話が本当なら、オヤジはハルゲンファウス出身の魔法使いで、しかも大犯罪者ってことになるだろ? 犯罪者ってのはともかく、その実子であるオレはただの高校生だ。そんな、魔法なんて今まで見たことも聞いたことも――」
遼が否定すべくあれこれ理由づけていた、そのとき。
「そうか、そこのお嬢さんはやはりあっちの世界の人なのか……」
遼の部屋の前に、いつの間にか龍一郎が立っていた――




