VOL.04:理事会と捜索隊の結成
その頃、ハルゲンファウス――
トラフェルス学院では、キララの脱走に対処するための、緊急理事会が招集されていた。
理事たちは全員学院の卒業生で、いずれ劣らぬ魔法の実力者ばかりが揃っているため、並の現役学生ではまず太刀打ちすることすらできない。ただひとり、今回の脱走者、キララ=シュプールを除いては。
「ふーむ、まさかあの優等生のキララ君が脱走とはな。しかも行き先は人間界、か……。妙なことにならねばよいのじゃが……」
理事会を招集した理事長のハルカン=カルータスが開始早々嘆き節を漏らした。
「むむむ、教師たちは何をやっていたんだ! みすみす脱走を見過ごすなど、前代未聞の事態ではないか!」
などとぶつくさ言いながら怒りを露わにしているのは、理事のひとり、バストル=メクホルン。理事の中では古株だが、実力、信頼どちらを取っても理事の中では低めな男だ。もちろん、理事をやっているだけあって、並の学生では太刀打ちできないのだが。
「まあまあ、落ち着いて、バストル。教師たちの話によると、キララは追跡した教師たちを振り切り、最後まで諦めなかった彼女の担任、ガランス=ダンボルド先生を何の慈悲も見せずに風の魔法で撃ち落としたらしいわ。吹き飛ばされて地面に背中を強打したガランス先生は全治1ヶ月の重傷。医師が3人がかりで治癒魔法を全力でかけてもこれが限界とのことですから、元のダメージは推して知るべし、ですわ」
バストルをなだめつつ、現場から集めた情報を伝えたのは、マリス=コステール。次期理事長との呼び声も高い、信頼に長けた女性である。
「皆様、この度は私の一人娘がご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした。責任を取って理事を辞任しないといけないかしら……」
半分泣きそうな声で他の理事に詫びを入れているのは、キララの母親、マリア=シュプール。キララの高い魔法能力は、母親からの遺伝で成り立っているようなものだった。というのも、マリアはハルゲンファウスの名門、マゴレット家の出身だった。このマゴレット家は、代々高い魔法能力を持ち、国家の高官などに登用されてきた歴史を誇っている。ちなみに、学院の現理事長、ハルカンの亡き妻マリードもマゴレット家の出身であり、マリアからみたら祖母にあたる人物だった。これほどの血筋に恵まれたキララは、優等生を約束された存在だったとも言える。
と、泣きそうな表情で狼狽えるばかりのマリアに対し、理事長が口を開いた。
「マリア理事よ。今回のことは誰も予見できなかった事態だ。よって、現時点で君が辞任する必要はない。だが、親として子の不始末は責任を取らねばならん。そこでだ、マリア理事。3日後に人間界へ出向き、キララ君を連れ戻すのだ。そのための手段は問わないが、あまり長く時間をかけるわけにも行かない。3ヶ月以内に彼女を見つけ出し、連れ戻せなければ、その時はキララ君を退学処分、及びマリア理事も解任とする、以上だ」
ハルカンの話が終わると、3人の理事が揃って疑問を投げかけた。
「あの、なぜ3日後なのですか? 今すぐにでも向かえばいいのでは?」
異口同音に飛び出した質問に対し、
「いや、いくら親とはいえ、マリア理事1人では能力の高いキララ君を捕らえるのは困難を極めるだろう。なので、学生たちから有志を数名集め、チームで任務に当たってもらおうと言うわけで、3日間はその準備期間だ。わかってくれたかね?」
ハルカンはあごひげをさすって笑いながら3人の理事に告げた。
「それはわかりましたが、学生で大丈夫なのですか? キララ=シュプールは現役学生の中では最強の名を欲しいままにし、我々理事にも匹敵する能力を誇っていたらしいではないですか。並の学生で太刀打ちできるとは思えないので、我々理事3人で出向いたほうがいいのではないですか?」
マリスがさらに質問を続けると、
「うむ、確かにキララ君は現役学生で最強だが、それは1対1で比べた場合での話。個々のチカラではキララ君に分があっても、数人を同時に相手にできるほど、戦闘での判断能力はまだ身についていない。それに、指揮官は実の母親でもあるマリア理事だ。これならキララ君に勝ち目はないだろう」
ハルカンはニヤリと笑いながら言うと、理事会を解散し、マリアはその足で放送室へ行くために、会議室を出ていった。
「えー、全学生に学院理事、マリア=シュプールから通達します。まず、この度は娘のキララがご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます。私は親として、そして学院の理事として娘を連れ戻しに行かねばなりません。しかし、皆さんも知ってのとおり、キララは高い能力を誇り、1対1の戦いには無類の強さを誇るため、親の私でも1人では厳しい任務になるでしょう。そこで、学生の皆さんにお願いがあります。有志で私とともにあの子を捕まえる協力をしてほしいのです。激しい戦闘が予想される危険な任務ですので、参加してくれた学生には、魔法実技の単位を全て無条件で認定すると約束します。協力してもいいという人は、放課後に会議室へ来てください。できるだけ多いほうがいいですが、あまりに多い場合は、成績などを考慮して、私と理事長で参加者を決めます。以上です」
マリアはマイクのスイッチを切ると、放送室を後にした。
この通達を聞いた学生たちはざわめいた。なぜなら単位が無条件で認定されるからではなく、学院外に出ることはおろか、人間界に行くことといった、学則で禁じられていることを学院公認でできるからである。だが、その大半は学院最強との呼び声高い生徒であるキララを捕まえるという任務の危険さに考えが至って参加を断念していった。
だが、キララの幼なじみで、キララの脱走時に彼女を止めようとして魔法の餌食になったガレリア=グレインスはやる気に満ち溢れていた。
「俺は行くぞ。必ずキララを連れ戻す! それに、やられっぱなしはイヤだからな」
そんな気合いのこもった言葉をクラスメートのサリー=ディスケージに残すと、意気揚々と会議室に向かった。
「あら? 意外と集まらなかったわね。全部で5人か。それじゃ、来た順番に所属クラスと名前をお願い」
マリアとしては単位をエサにすることでもっと希望者が殺到すると思っていたが、任務の危険性に大半が引いたらしく、会議室にやってきたのは男子4人と女子1人の計5人だけだった。
「うっす! 2年B組、ガレリア=グレインスです。キララの幼なじみとして、アイツを連れ戻しに行きますっ! よろしくお願いしますっ!」
先頭切って会議室に来ていたガレリアが自己紹介をし、
「3年A組、マリオ=ファクタールです。よろしくお願いします」
続けてクールな青年が挨拶する。
「あっ、3年B組、クラウド=ファクタールっす。マリオ兄さんの双子の弟として、コンビでがんばるッス!」
マリオとそっくりだけど、クールさは微塵も感じられない青年が挨拶をすると、
「フン、1年D組、ロック=ハートウェル。一度あの女とはガチでやり合ってみたかった。よろしく」
今までの優しげな雰囲気を全く持たない、まるで全身から冷たい刃のような雰囲気をにじませている男が挨拶した。
「ええと、2年C組、ティアナ=アルペックスでーす! 単位のために参加しましたっ! よろしくお願いしまっす!」
と、ロックが振りまいた重苦しい空気をぶち壊すように、元気な女生徒の挨拶が響いた。完全に単位が目当てと堂々と宣言したことに、マリアも他の参加者も苦笑するしかなかった。
5人の学生の自己紹介が済むと、マリアが口を開いた。
「それじゃ、出発は理事長から3日後って言われたけど、明日の朝に出発するから、朝8時、校門に集合すること。みんな、ゆっくり休んでね。わかってると思うけど、捕まえる相手はこの学院最強の学生よ。各々、気持ちで負けないように、しっかり準備しておいてね。それじゃ、解散!」
かくして、それぞれの想いを胸に、5人は寮へと帰っていった。
「ふう……正直ここ数年のあの子の成長には驚かされてばかりだわ。元々能力は高いほうだったけど、学院の中等部に入ってから一気に能力を開花させたって感じよね。私でも勝てるかどうか……でも、彼ら5人と一緒なら、きっとなんとかなるわよね」
誰もいなくなった会議室に、マリアの独り言がこだましていた。
やる気だけはあるらしいガレリアだけど、1話目であなたキララに完膚なきまでにやられてたよね……?
大丈夫……?
ガレリア以外の4人も、ひと癖もふた癖もありそうな生徒ばかり。
理事会が期待する連携プレーなんて取れるのだろうか……
次回、そんなギスギスしたハルゲンファウスをよそに、遼たちのとある1日。
VOL.05:平和な日常(仮) 10/29 0時更新予定。




