VOL.02:運命(?)の出会い
ハルゲンファウスから人間界へと抜けたキララは、そのまま飛んでいると地上の人間から発見されて騒ぎになってしまうと思い、“不可視魔法”を自らにかけて、姿を消しながら飛行を続けた。
「これでよし、と。落ち着くまでは見つかって騒ぎになるのは避けたいしね。さて、どこに行こうかしら……? 人間界って、意外と広いのね……」
世界中を飛び回りながら、適当な街を探していたキララだったが、海に浮かぶ弓状列島の上空を飛行していた、そのとき。突然彼女はガクッと身体の力が抜ける感覚に襲われた。
「ヤバッ、飛行魔法は速度を上げればその分消耗も激しくなるんだった! しかも不可視魔法も短時間ならともかく、今回はずっと使い続けるから消耗の激しい魔法になるんだったわ……これは間違いなく魔力切れ、か……」
などと悠長に分析しているヒマもなく、不可視魔法の効果も消え、姿が見えるようになったキララの身体は、重力に従い垂直降下を始めた。
「くっ、このまま落ちるわけには……っ! “浮遊魔法”!!」
重力によってどんどん降下速度が上がる中、キララはなんとかならないかと魔力消費の少なめの浮遊魔法を唱えてみるが、もはやそれすらも発動しないほどにキララの魔力はスッカラカンになっていて、為す術なく、キララは墜落していった。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「遼、またな」
「おう、俊、また明日な」
佐伯 遼は、城山市に住む高校2年生。同じ城山市内にある、私立白稜ヶ丘学院高校からの帰り道、いつも一緒に帰ってる友人、川崎 俊と十字路でそれぞれの家の方角へ別れ、1人家路を歩いていた。
「――――――!!」
と、そこに誰かの甲高い悲鳴らしき声が聞こえた、気がした。遼は発生源を確かめるため、立ち止まって辺りを見回したが、いま遼が歩いている道には他に誰の姿も見えず、静まり返っていた。悲鳴と思しき声もさっきの一度だけで、もう聞こえない。
「なんだったんだ? 気のせいか?」
遼はもう一度辺りを見回してみるが、やはり誰もいない。気のせいということにして再び歩き出した直後、遼を影が覆った。
「ん?」
何かと思い遼が上を見上げた直後、顔面に何かやわらかいものが着地し、重みと衝撃に耐えきれず、遼はひっくり返るように転倒した。遼は起きあがろうとしたが、やわらかいものは彼の視界を塞いだまま退こうとしない。
「おい、誰だか知らねえけど、いつまでも乗っかってると重いからさっさと退いてくんねえか?」
遼は視界を塞がれて相手の顔も見えないし、起きあがることもままならないので、どうにか声を出して退くように要求した。
「うひゃあっ! ゴメンナサイ! し、失礼しました!」
慌てて上に乗っていたモノが飛び退き、遼はようやく相手の姿を確認した。落ちてきたのは、遼と同じか、少し年下か、というくらいの少女だった。遼は高校2年にしては背が高く、すでに180センチを超えている。一方、男女で比べるのも無粋だが、落ちてきた少女はあまり背は高くなく、せいぜい150センチあるかどうかというところだった。
そんな具合に少女を観察していた遼だったが、いきなり顔面に着地してきておいて、ただ謝っただけで立ち去られてはたまらない。なぜ少女が上から落ちてきたのか気になった遼は、立ち上がって持ち物を点検している少女に声をかけた。
「おい、あんた、いったい何者だ? いきなり上から降ってきやがって……」
遼は点検を終えて立ち去ろうとした少女の腕を捕まえて問いかけた。
(う〜、困ったな〜、よりによって人の上に着地しちゃうなんて……魔力はカラだから、魔法で記憶を操作することはできないし……)
少女は黙り込んだまま答えず、どうしようかあれこれ思案していた。
「おい、無視か? あんたは何者だって聞いてるんだけど」
と、遼がしびれを切らしたのか、少し声を荒げて再び問いかけた。
「あたしの名前はキララ、キララ=シュプール。16歳よ。じゃっ、そういうことで!」
少女、キララは名前だけ名乗ると、逃げるように立ち去ろうとしたのだが、
「待てよ。あんた、すっげえ怪しいぞ。いきなり上空から落ちてくるわ、服がおかしいのはともかく、なんか服のポケットから光る棒が見えてるし、さらには逃げようとするなんて、怪しさ満点だな、うん。ついでに名前からして日本人じゃないな」
遼はキララの腕を離さずに引き戻し、さらなる説明を求めた。
(うぅ〜、この人、かなり怪しんでるよ……仕方ない、どうせこの人間界に行くところなんてないんだし、この人に世話になっちゃおっと)
キララは心の中でひとつの結論を出すと、
「わかりました。話す、話しますからそんなに強く腕を握りしめないでください〜! 折れちゃいます〜!」
そう、遼はキララがあまりにも話そうとしないので、半ば脅しをかけるように腕を掴んだ手に力をこめて握りしめていたのだ。
「ようやく話してくれるのか。ったく、このまま立ち去られたら、気になって夜も寝れなくなるところだったぞ」
遼のグチは聞き流し、キララは話し始めることにした。
「えっと、あたしが何を言ってもすべて本当のことなので、笑わないでくださいね?」
そう前置きをしてから、キララはすべてを話した。
自身は魔法世界ハルゲンファウスからやってきた魔法使いなこと、行き先を適当に探していたら魔力が尽きてここに墜落したこと。かなり簡潔にではあるが、キララは遼に説明した。
「魔力が尽きた魔法使い……アホくさ」
遼のつぶやきは、信じていないと言うよりは、単純にバカにしているようにしか聞こえなかった。
「あっ、あなたいまバカにしましたね? これでもあたし、向こうの世界じゃ通ってた学院史上最高の魔力を有する超優等生だったんですよ?」
キララは反論するが、魔力切れの現状では、魔法を見せてやることもできない。
「ふーん、優等生ね。そんな優等生がなんでわざわざこんなへんぴな街にやってきた上に、落ちてくるんだ?」
ニヤリと顔を歪めた遼の意地悪な質問にキララは黙り込むが、
「そういえば、あたしのことは話したのに、あなたのことはまだ聞いてなかったわ!」
ポンと手を叩いてキララは言うと、形成逆転とばかりに遼に詰め寄った。
「んあ? オレのことなんか聞いても面白くもなんともないだろうがな。まあ隠す理由もないか。オレの名は佐伯 遼、高校2年の17歳だ」
遼はボヤきつつも、意外とあっさり話したことにキララは拍子抜けしたが、
「同い年なんですね。では、遼さん。何か飲むものを持ってないですか? ハルゲンファウスの人間は、普段は寝ることで魔力を回復するのですが、もうひとつ、水分を摂取すると、その一部を魔力に変換できるから、そうすることで魔法の実演とかもできるんですけど」
一応、まだ出会って十数分の初対面であることを考慮し、おそるおそるキララは遼にたずねてみた。
「飲み物、か。あいにく今は持ってねえな。まあいい、そこに自販機あっから好きなの選べ。面白そうだから奢ってやる。それにどうせあんた、この世界、この国の通貨なんて持ってないだろ?」
遼は制服のポケットから小銭を出すと、近くにあったジュースの自販機に入れて、キララに好きなものを選んでボタンを押せ、と促した。
「これが人間界にはたくさんあるという“じはんき”ですか。少しは勉強してましたが、本物を見たのは初めてです……んと、じゃあ、これにします」
キララが選んだのは、何の変哲もないただのオレンジジュースだった。ゴトッという音とともに出てきたジュースを遼に開けてもらって飲み干すと、一瞬キララの体が淡い緑色に光った……ように見えた。
「ありがとうございます。少し魔力を補給できました。お礼に、遼さんをご自宅まで転送して差し上げますね」
キララはにっこりと笑って遼に礼を言うと、纏っている上着のポケットから棒きれ――杖を取り出し、軽く振ってから先を遼に向けた。
それだけで遼の視界は一瞬暗くなり、気がつくと自宅の玄関先で立ち尽くしていた。
(本物の魔法使い、ねえ。しかも別の世界からやってきたとか、まるでマンガだな。キララとか言ったっけ……アイツ、変なヤツだけど、面白いな。また、会えるかな?)
このとき、すでなキララがさっき心の中で考えていた大いなる作戦が進行していたことを、まだ遼は知る由もない――
かくして2人は出会い、物語は静かに動き出す――




