VOL.17:旅立ちの日
いずみや俊たちクラスメートにしばしの別れを告げた遼は、これからの新生活に向けて、旅立ちの荷物をまとめ始めていた。
「そうだ、キララ。ちょっと聞きたいんだけど、向こうってコレ使えるのか?」
遼は手に持った携帯電話を指して、キララに訊ねた。
「うーん、前例がないからわからないけど、たぶんその気になれば、すぐに使えるようにしてくれると思うわよ」
キララは首をかしげてそう答えた。
「そうか。じゃあ、一応持っていくか。キララはもう荷物まとめたのか?」
遼は充電器と一緒に携帯電話をカバンのサイドポケットにしまうと、キララに訊ねた。
「うん。もともとあたしはほとんど何も持たずにこっちへ来てるから、こっちで買ってもらった服くらいしか持って帰るものもないしね」
キララはそう言うと、彼女の荷物が詰まった、足元の小さなカバンを持ち上げて見せた。
「そういやそうだったな。お前、最初にオレと会ったときは着ていた服と、杖しか持ってなかったものな」
遼はつい10日ほど前のことなのに、懐かしい気持ちになりながらつぶやき、自らも荷物を大きなカバンに詰め込んでいった。
そして、6日後。約束どおり、マリアが再び佐伯家を訪れ、遼とキララを迎えに来た。
「遼くん、それとキララ。準備はできてる?」
チャイムを鳴らして、玄関先に出てきた2人に、マリアは静かに訊ねた。
「ええ、大丈夫ですよ」
遼は力強く頷いたが、
「ところで、母さま? 遼はまだ飛行魔法が使えないけど、どうやって向こうへ連れて行くの? ゲートは空の上なのに……」
キララは遼の心配をして、マリアに訊ねると、
「心配はいらないわ。遼くん、家の中に大きな鏡はあるかしら?」
マリアはそんなキララをよそに、遼に鏡があるか訊ねた。
「ええ、ありますけど、それがどうかしたんですか?」
遼は頷いたが、マリアの意図がわからず首をかしげた。すると、
「なるほど、鏡を利用した簡易ゲートですか」
そう言って家の奥から出てきたのは、3日間の休暇を終えて赴任先に戻ったはずの龍一郎だった。
「オヤジ!? なんでここに? 赴任先に戻ったんじゃなかったのか?」
遼が驚いて龍一郎に訊ねると、
「なに、ちょっと私も追放が解かれたことだし、25年ぶりに向こうへ行くつもりでな。一度は仕事に戻ったが、昨日の夜、再び休暇をもらってとんぼ返りしてきたんだ。帰ってきたのはお前が寝た後、真夜中だったからな。気づかなくて当たり前だ」
龍一郎は遼の肩をポンポンと叩きながら笑ってみせた。
「ちょっと話はそれたみたいだけど、リューンさんの言うとおり、鏡を利用した簡易ゲートを作って、移動するわ。これなら、まだ魔法の使えない遼くんでも問題なく移動できるし、私たち自身の姿を見られずに済むっていうメリットもあるわ」
マリアがそう言うと、
「ああ、すいませんが今の私はもうリューン=サルファスではなく、佐伯 龍一郎という、この街に暮らすただの人間なので、できればリューンと呼ぶのはなしにしてもらえませんか」
龍一郎がマリアに注文をつけた。
「そうですわね、失礼しましたわ。では、龍一郎さん、そろそろ……」
「ええ、では、鏡は奥にありますのでどうぞ。遼とキララちゃんも荷物を持ってついてきなさい」
マリアはすぐに謝って、移動しようとする旨を伝えると、龍一郎も頷いて、マリアを奥に通し、遼とキララもその後に続いた。
「ここです」
龍一郎が足を止めたところは、1階の一番奥にある、ほとんど使わないものが入っている、物置部屋だった。
「遼、済まんが奥にある姿見を引っ張り出すのを手伝ってくれ」
龍一郎は遼を呼んで物置に入って行き、少し奥にある大きな姿見を2人がかりで前のほうに引きずり出した。
「こんなもん、うちにあったのか……」
遼は自分の背丈よりも大きな姿見に見入っていた。
「ああ、元々はみずきの実家にあったものらしいんだが、お前の祖父母にあたる、みずきの父や母が亡くなり、実家が取り壊されるときに、みずきが持ってきたんだ。思い出の品らしいんだが、結局使うこともないまま、物置にしまわれてたってわけだ」
龍一郎もその姿見を見上げ、懐かしそうに遼に昔のことを話した。
「そうか、やっぱりずいぶんホコリかぶってるな……」
遼が鏡についたホコリを払うと、
「それじゃ、この鏡で簡易ゲートを開くわ。――異界の扉、今ここに開かれん。“開扉”」
マリアが物置に入ってきて、鏡に杖を当て、魔法を唱えた。すると、鏡が光を放ち、それまで前に立っていた遼やマリアを映していた鏡が、どこともしれない景色に変わった。よく見ると、何かの建物も見えていた。
「この向こうがハルゲンファウス……なのか?」
遼が鏡の中を指差して訊ねると、
「ええ、そうよ。そこに見えている建物が、キララたちが通う、トラフェルス学院。遼くんもここへ編入してもらうけど、普通にやってたら時間がかかってしまうから、魔法に関する基礎だけ学んだら、あとはひたすら実技訓練をやってもらうわ。朝から晩まで、ビシバシしごくから、覚悟しといてね」
マリアはにっこり笑って、遼に今後の予定を話した。
「あ、あはは……」
遼はそれなりに覚悟していたこととはいえ、やはり直に「スパルタ特訓」宣言をされてしまったのもあって、乾いた笑いしか出てこなかった。
「あ、そうそう。遼くん、杖は?」
ゲートをくぐろうとしたところで、ふとマリアが遼に訊ねた。
「杖って、オヤジの? それなら、ここに」
遼が首を傾げながら龍一郎から渡された杖を取り出すと、
「向こうでちゃんと使う人に合わせて、専用の杖を作ってもらえるから、借り物の杖を持っている必要はもうないわ。親子だから先日は上手くいったんでしょうけど、普通は他人の杖って上手く扱えないのよ。それに、龍一郎さんも向こうに行けばまた必要になるでしょうし、その杖は返しても大丈夫よ」
マリアはそう言って微笑んだ。
「そうですか、わかりました。はい、オヤジ。ありがとうな」
遼は頷くと、龍一郎に杖を渡し、4人はゲートを超えてハルゲンファウスに移動した。
「じゃあ、私は中央都市へ行く。一応、追放処分を取り消してくれた現大統領や、あとはかつて隠密部隊で行動を共にした同僚たちにも挨拶くらいはしておかないといけないからな。じゃあ、遼。元気でやれよ」
龍一郎はゲートをくぐってハルゲンファウスに出てすぐ、そう言って遼たちと別れることにした。
「ああ、元気でな、オヤジ。帰るときには、オヤジを驚かせるくらい成長してるつもりだから、さ」
遼もそう応じ、父子のしばしの別れに、2人は軽く抱き合ったのだった。




