VOL.16:決意は固い
月曜の朝、遼とキララは登校するなり、遼は休学の手続きを、キララは転校の手続きを取りに行った。遼の休学はともかく、キララはどこへ転校するわけでもないが、最初からいなかったことにするのは難しいので、転校という形で済ませることにしたのだ。キララは長居したくないのか、書類を渡すと早々に職員室を出て行った。
「そう、家庭の事情で佐伯遼のほうが休学、キララは転校か。まあ、細かいことは聞かないわ。校長にも余計な詮索は無用と言われてることだし」
それぞれの書類を担任の光本が受け取ると、その顔には理由を知りたいけれど詮索できない、彼女の葛藤がありありとうかがえた。
「ちょっと今回は訊かれても詳しいことは言えません。唯一言えるのは、オレの休学の理由は、のっぴきならない事情で留学しないとならなくなった、ってことだけ。それ以上は言えないので、訊かないでもらえると助かります」
遼は苦笑して、言える部分だけを光本に伝えた。
「わかった。書類では休学は明日からになってるってことは、今日が最後なんだな? クラスの連中くらいには、それなりに事情を話しておけよ」
光本は、いつもは見せない、先生らしい表情で、遼に伝えた。
「ええ、クラスの連中といえども、全部の事情を話せるわけじゃないけど、話せるところは話しときますよ。じゃ、失礼します。またあとで、みっちゃん」
遼は少しおどけた感じで一礼すると、職員室を出て行った。
「ったく、みっちゃんはやめろと言っただろうが……」
光本のつぶやきは当然ながら遼には聞こえなかった。
「遼! あんた、休学ってどういうことよ!」
職員室から戻ってきた遼が教室に入るなり、いずみが全速力で駆けよってきた。
「ああ、いずみ、おはよう。休学の話は誰から……ああ、キララか。まあ、あいつから聞いたんなら話は早いな。理由は、キララのことをよく知ってるお前には話しても問題ないな。ちょっと、こっちに来てくれ」
遼は、駆け寄ってきたいずみを軽くいなすと、理由を話すために廊下の片隅に連れ出した。
「キララさんのことをよく知ってるあたしには話せる……ってことは、もしかして……?」
いずみは遼の前置きからひとつの可能性を思いついたようだが、口には出さずに止めた。
「ああ、そうだ。この週末、いろいろあってな、キララを連れ戻すために向こうの世界から刺客がやってきたり、オヤジがキララと同じ世界の生まれだってことが判明したりで、騒がしかったんだ。その中で、そんなオヤジの息子であるオレも、魔法の素質みたいなもんがあるってわかり、きちんと使い方を学んでほしいっていうから、休学することになったんだ。キララはそれで向こうの世界へ行くオレと一緒に帰ることも決まったから、オレとキララは今日でひとまずお別れだ。もっとも、キララは元々あっちの世界の人間だから、もうこっちに来ることはないだろうけど」
遼がすべての事情をいずみに話すと、案の定、いずみはポカンとしていた。
「そうなんだ……このことは、俊には伝えたの?」
いずみが沈んだ表情で訊ねると、
「いや、まだだ。まあ、どっちにしろ、細かい事情を話せるのはいずみ、お前だけだから。他のヤツには単に事情があって留学することになったから、こっちを休学する、くらいしか話せないし」
遼は首を振った。
「いきなりすぎて、頭がついていけてないけど、とりあえずはわかったわ。それで、どのくらいで帰ってこれるの?」
いずみは苦笑しながらも、遼に再び訊ねた。
「どうせなら徹底的にやってくるつもりでいるから、相当長い期間こっちを離れることになる。オレにこの話をしてくれた人によれば、今のオレの実力だと、1年以上かかるらしい。なるべく早く帰ってくるつもりではいるけれど、オレが帰ってきて復学する頃には、いずみや俊たちはもう卒業してるかもな」
遼はどうやら高等課程まで修行してくる決意を固めていたらしい。
「そっかぁ……あたしには遼を止める権利なんかないし、止めても無駄でしょ? あたし、先に教室戻るね」
いずみは少し残念そうにつぶやくと、遼に背中を向けてその場を離れた。
「なんだよ、特別留学って……遼、そんなのに選ばれるほど成績よくないよな?」
朝のHRで光本が遼の休学とキララの転校の話をし、休学の理由を特別留学、と話したために、HR終了後、俊が訊ねてきたのだ。
「急に決まったことで、成績とかは関係ないらしい。英語とかの成績とは関係ない場所だからな、留学先は。必要がないからこれ以上は話さん」
遼は光本の話に合わせるようにウソの話を俊に伝えたが、面倒なので適当なところで打ち切った。
「そうか。まあ、詮索するなってことか。だが、お前の方はそれでよくても、なんでキララちゃんはこんな短い期間でまた転校しちゃうのか、納得いかん」
俊はやけにあっさり身を引いたと思ったら、拳を握り締めて悔しげに吠えた。見ると、他の男子たちも同じようなことをしていた。
「いろいろあるんだから、うだうだ言っててもしょうがないだろ」
遼は呆れたように俊たちにつぶやいた。
そんな最後の日もあっという間に時間は過ぎ、帰りのHRの時間。
「それじゃ、これで今日は終わりだな。んじゃ、あとは柳沢と川崎、お前らが仕切ってくれ」
光本はいつもの伝達事項を言い終わると、いずみと俊を前に呼んでバトンタッチした。
「今日はなんかあったっけか?」
もう終わりで帰るだけだと思っていた遼が俊たちに訊ねると、
「遼、お前なぁ……留学するお前と、転校してしまうキララちゃんの送別会に決まってんだろうが」
俊が半ばあきれたように遼に説明してやると、
「そうだったのか。わざわざ、済まねえな」
遼は納得したのか、俊に軽く礼を言って再び席に着いた。
「それじゃ、こういう場での定番、旅立つ両名から一言頼むわ。まずは遼、あんたから」
いずみが場を仕切り、遼とキララを教壇に呼んで、一言みんなに言うように促した。
「お、おい。オレがこういうの苦手なの、ずっと一緒のクラスだったお前なら知ってるはずだろ。なんでわざわざ苦手なものやらせるんだよ」
遼は事前の情報なしでいきなり送別会を開かれただけでも驚いたのに、さらに一言求められ、狼狽していずみに食って掛かった。すると、
「あんたね、少なくとも1年は留学するんでしょ? そんな長旅への旅立ちなのに、クラスメートに別れも告げないで行くつもりだったの? いくらこのクラスになってまだ数ヵ月とはいえ、そんなの、認められるわけないでしょ。ほら、観念しなさい」
いずみもまた呆れたように遼を咎め、改めてみんなのほうを向かせてしゃべるように促した。
「わーったよ。まあ、その、なんだ。ちょっと急に決まっちまった留学で、ロクに別れも言えないけど、ちょっくら行ってくる。なるべく早く帰ってくるつもりでいるからさ。わりぃけど、これで勘弁な。やっぱこういうのは苦手なんだよ」
遼は諦めてごく簡単な別れの挨拶をした。
「ま、仕方ないわね。じゃあ、次はキララちゃん、頼んだわ」
いずみは嘆息すると、キララに話を振った。
「あ、うん。えっと、皆さん、本当に短い間でしたが、ありがとうございました。もしまたこの街を訪れることがあったら、きっとここに遊びに来ますね」
キララは10日もこの学校に通えなかったが、クラスメートたちに感謝を伝えて、挨拶を終えた。
「じゃ、みんなから2人に言いたいことはある?」
2人の挨拶が終わったところで、いずみがクラスメートたちを見渡して訊ねると、
「俺からいいか? 遼、俺はお前と親友でよかった。留学先でも元気でやれよな。あと、たまには連絡しろ。お前は意外とものぐさだから、言っとかないと絶対連絡しねえからな。毎日連絡しろとはさすがに言わん。そんなに連絡されても逆にこっちが困るからな。けど、最低でも月に1回は連絡しろよな」
「俊……お前と親友でよかったと思ってるのはオレもだ。ああ、できるだけ連絡はするように心がけるよ」
俊が遼に想いを告げ、2人は親友同士肩を抱き合った。
結局、俊以外に遼やキララに何か言いたいというクラスメートはいないようで、2人の送別会は幕を閉じた。送別会らしく、遼とキララを先に教室から送り出そうという流れになり、2人が教室を出ようとした、そのとき。
『遼! それと、キララちゃん! 元気でな!』
クラスメート全員の声がハモって、2人の背中を押した。
「みんな、サンキュ! んじゃ、行ってくるぜ!」
「ありがとう、皆さん。本当に、ありがとうございました!」
遼とキララ、それぞれにクラスメートに礼を言って、学校を後にした。