VOL.15:それぞれの道
遼たち9人が帰宅すると、すでに龍一郎がみずきに全ての事情を話していたらしく、みずきは驚きつつも、みんなを受け入れ、居間へ通した。ただ、
「一応わたしも話は聞いたけど、正直理解の範囲を超えてるし、わたし自身は部外者ってことになるから、席を外すわ。あとは好きにやってちょうだい」
みずきはそれだけ言うと、さっさと居間を出て、夫婦の寝室へ引っこんでしまった。
「さて、と。とりあえず、さっきの戦いでそっちはかなり疲れてるみたいだし、休ませた方がいいな。ついてきな」
遼はとりあえず疲労しきったガレリアたちを2階にある空き部屋へ案内し、彼らを休ませることにした。
「済まないわね、キララが脱走してこなければ、こんなことに巻き込まれずに済んだでしょうに……。あら、キララは?」
ガレリアたちを休ませ、居間に戻ってきた遼に、マリアが話しかけると、
「別に。起こっちまったことを後からどうこう言っても、何か変わるわけじゃないし。ああ、キララなら、彼らの様子を見るって言って残りましたよ」
遼は首を振ってマリアに気にするな、ということをアピールし、キララが上階に残ってることも伝えた。
「それで、私たちがこっちに出てきている理由、でしたわね? グレッグさん」
それぞれがひと段落したところで、マリアがグレッグに問いかけた。
「ええ、学則が変わったわけではないですよね?」
グレッグが頷いて、思いついた可能性をひとつ、マリアに訊ねてみた。
「学則は変わってません。学生のうちは、基本的に外出禁止です。しかし、今回は私の娘、キララが脱走し、勝手に人間界へ来てしまったので、それを連れ戻しに来たのです。ただ、キララは半端なく強力な魔力の持ち主で、親である私でも、1人では勝てないので、学生の有志を募って連れてきたのです。結果的にはそれでも勝てなかったわけですけど」
マリアはグレッグに事情を話しながら、自嘲するような笑みを浮かべた。
「そうでしたか。まさかあの学院を脱走する学生が現れるとは、なかなかやりますな」
グレッグはそれを聞いて目を見開いて驚いていた。と、そこにキララが2階から降りてきた。
「ふう、みんなを“催眠夢想”で寝かしつけてきたわ。しばらく眠れば、魔力も回復するでしょ」
キララはガレリアたちを半強制的に眠らせてきたことを話すと、椅子に座った。すると、
「とりあえず、キララのこととかは置いといて、あなたの今後について話す必要があるわね、遼くん」
マリアは横に座ったキララを放置し、反対側に座ってる遼に話があると言った。
「オレ? あ、もしかして、さっき使った魔法のこと?」
遼は一瞬驚いたが、ふとさっきのことを思い出して、マリアに確認するように訊ねた。
「そう、その件についてなんだけど――」
マリアが頷いて話し始めようとしたのだが、
「なに!? 遼、お前今の話は本当か!?」
話を聞いていた龍一郎が横から割り込んで、遼に訊ねた。
「あ、ああ。キララの様子を見に行ったはいいけど、なんか変な魔法で筒の中に閉じ込められちまって、そこから脱出しようとしてる間に、オヤジからもらった杖が光ってて、手にした途端に本当に“風弾”っていう魔法の名前が頭に浮かんで、それを唱えたら外に出れたってとこだな」
遼が龍一郎の剣幕に驚きつつも、その時の様子を説明してやると、龍一郎は何がそんなにうれしいのか、泣き出してしまった。
「それで、私からの話としては、ハルゲンファウスの魔法使いの血を引き、実際に魔法が使えることがわかった以上、遼くんにはせめて初等過程だけでもいいから、正式なカリキュラムを学んで、正しい使い方を覚えてほしいと思ってるの。遼くん、あなた自身は自分の力をどう考えてるかしら?」
マリアは龍一郎が話から離脱したのを受けて、遼に話を切り出した。
「正直な話、オレはまだ戸惑ってる。オヤジがそっちの人だったってのを知ったのすらつい数時間前なわけだし、ましてやいきなり自分にもそんな力があるから、正しい使い方を学んでほしい、って言われても、どうしたらいいのか……。さっきは使えることに興奮してたけど、冷静になってみるとやっぱ戸惑いが先に来る、かな」
遼はやはり戸惑っているらしく、眉をハの字に下げてそうつぶやいた。
「私は行くべきだと思うぞ。使う、使わないにかかわらず、ちゃんとした使い方を学んでおいて損はないからな」
いつの間に泣きやんだのか、龍一郎が真面目な表情で遼に言った。
「まあ、まだ回答を焦らなくていいわ。ただ、私としても、遼くんのお父様と同じ意見であることだけは伝えておくわ。さて、これでとりあえず遼くんのほうはいいとして、問題はこっちね。キララ、改めて訊くわ。向こうに大人しく戻りましょう」
マリアは遼の方からキララの方に向き直ると、キララの目を見据えて再び訊ねた。
「イヤよ、帰らない……って言いたいところだけど、もし遼が魔法の勉強をするために、ハルゲンファウスに来るのなら、帰ってもいい……かな」
キララは意外なことに、帰る可能性をにおわせ、てっきり拒否すると思っていたマリアは拍子抜けした。
「なんだそりゃ。オレ次第ってことなのか、キララ?」
自分の今後を考えていた遼は、いったん考えるのをやめてキララに訊ねると、キララは黙ってひとつ頷いた。
「キララ、遼くんの話と、あなたの話は全く別物よ? 遼くんが来るか来ないかは自由だけど、あなたは必ず学院に戻らないとならないのよ?」
マリアが首をかしげてキララに訊ねる。
「別に、深い意味はないわよ。ただ、こっちで遼と一緒に過ごして、向こうより遥かに楽しかったから、向こうでも一緒に過ごせたら、って思っただけ」
キララは少し顔を赤らめながら理由を話した。
「そっか。まあ、お前にはお前の考えがあるんだろ。あ、ところで、マリアさん。行くとなると、どのくらいの期間向こうで暮らすことになるんですか?」
遼はキララの答えにはさほど興味がないのか、軽く流すと、マリアに問いかけた。
「そうね、遼くんがどこまで学びたいかにもよるけれど、本当に基本のみで済ませる初等過程だけなら半年、少し応用も入ってくる中等過程までなら1年弱、キララたちと同じ高等課程まで学ぶのであれば、1年と数か月は最短でも必要ね。当然その間、こっちで通ってる学校は休学ってことにしないとならないでしょうから、遼くん自身の判断に任せるわ」
マリアは少し考えて、遼の現時点の実力から、ほぼ1日中魔法関連の修行に充てた場合にそれぞれかかる期間をはじき出して、遼に伝えた。
「なるほど、わかりました。オレ、行きます。向こうに連れてってください」
遼はひとつ頷くと、マリアに対してそう告げた。
「わかったわ。学院への編入手続きとかは私が全部済ませて、1週間後に迎えに来るわ。遼くんはその間に、こっちの学校を休学する手続きと、友達とかへのしばしの別れをしておいてね。終わるまではこっちに帰ってこれなくなるから。キララ、あなたもきちんとお別れをしておきなさいね」
マリアが遼とキララに1週間後に迎えに来ることを告げると、どうやら2階の面々が目を覚ましたらしく、階段をドタドタと降りてきた。
「あ、起きたの? 調子のほうはどう?」
マリアが降りてきた面々に訊ねると、
「もう完全回復といっても過言じゃないな。そんじゃ、キララ、リベンジマッチと行こうぜ」
ロックが首をコキコキ鳴らしながら、早くも臨戦態勢に入ろうとしていたので、
「待って。もう、キララと戦って倒す必要はなくなったのよ。向こうに帰ることを了承してくれたから」
マリアが慌ててロックを止めに入り、事情を話すと、5人とも拍子抜けしたような表情をした。
「あれほど嫌がっていたのに、いったい俺たちが寝ている間に何があったんだ……?」
ガレリアがボソッとつぶやくと、
「うるさいわね、帰るって言ってるんだからもう理由なんてどうだっていいでしょ。母さま、準備があるから向こうに先に向こうに戻るんでしょ? うるさいから、ガレリアたちもさっさと連れて帰ってね」
キララはつっけんどんに言うと、「あたしも疲れたから少し寝る」と言い残して階段を上がっていった。
「それじゃ、私たちはハルゲンファウスに――あ、そうだわ。結構早めに事が片付いたし、軽く世界を回ってみる?」
マリアはそんなキララに苦笑しつつ、ガレリアたちに出発の準備をするように言いかけて、約束のご褒美の話をした。すると、
「賛成! よっしゃ、行こう!」
かねてより楽しみにしていた4人だけでなく、最初にご褒美の話をされたときは興味なさそうだったロックも本音では楽しみだったらしく、5人は急いで出発の準備を整えて、玄関に戻ってきた。
「それじゃ、また1週間後に迎えに来るわね。お世話になったわ」
マリアたち6人はそれぞれに礼を言って、佐伯家を後にした。
その後、ガレリアたちは人間界のあちこちをひっそりと観光し、堪能した上で、ハルゲンファウスへと帰っていった。