必殺技の事情
空気が張り詰めるような睨み合いの中、先に動いたのは敵の弟だ。
「あっちはお前の兄貴なのか。そっくりだなチンチクリン兄妹」
「あっそ。あんたこそ気持ち悪いとこそっくりねツルツル兄弟」
「言わせておけば減らず口を叩きやがって」
「なら黙ってやられてれば?」
「貴様がな!」
いきり立った弟がついに我慢出来なくなったようだ。
奴の繰り出す攻撃が速い――と思いきや、凄く遅い。誰が当たるんだってくらい遅い。
もちろん攻撃が届く前にアイちゃんのカウンタービンタが炸裂する。
「なにそのフザけた攻撃」
「ぐへへ、攻撃をもっと浴びせろよ」
「変態が、死ね!」
「変態ではない、紳士だ」
発言がどう見ても変態です。
わざとアイちゃんの攻撃を誘うなんて自殺行為としか思えないが、そこまでダメージを受けている印象はない。
モンスター同士だとダメージが通りにくいってやつか?
「なんで? 思うように力が入らない……」
「ハハハ、ようやく気付いたか。この部屋の結界内では強ければ強い程徐々にその力を失い、弱ければ弱い程徐々に力を蓄えることができるのだ」
なに!? それじゃアイちゃんの火力が並になるということか。
しかも、相手はこの結界とやらで戦い慣れているはずだ。
「あ〜ダルい」
「そうだろうそうだろう。貴様は二発も俺に攻撃した。既に貴様の力は失われつつあり、逆に俺の力は上げさせてもらった」
奴が感触を確かめるようにその場でジャブを放つ。
先程より速度が上がっており、嘘でもなさそうだ。
このままではアイちゃんが反撃を貰いかねない。
「ダルいダルいダルい」
「ふひひ、我々の業界では御褒美です」
アイちゃんの次々繰り出す攻撃を満面の笑みで受けきる変態。
これは苦戦しそうだ、俺も加勢しよう!
「おっと、外野はそこで見物しててもらおうか」
「くそっ! 結界のせいか!?」
俺の動きを察知したのか、一定の距離から近付けないように細工されているみたいだった。
「邪魔してもらっちゃ困るんでな。お前は弱そうだから結界を解いた後にじっくりといたぶってやるよ」
「ちっ! 変態のくせして無駄にハイスペックな野郎め!」
結界に阻まれ俺の行動まで制限されてしまった。
このままではアイちゃんが……そしてルイも出方が伺えず無闇な攻撃は避けて、手こずっている……のか?
「妹が気になるか? んん?」
「あぁ、お前の弟が変態みたいだからな」
「あやつはお気に入りのキャラクターポスターを所狭しと天井に貼るタイプだからな。変態度はピカイチだ」
「んな情報欲しくねーよ」
「ちなみに俺は大人のお姉さんだ」
「おめーもじゃねーか!!」
兄対決のやり取りはここからでは聞き取りづらいが、普段は大人しいルイが捲し立てるよう興奮気味に喋っている。
「変態じゃないよ! 仮に変態だとしても、変態と言う名の紳士だよ!」
「……つまり変態じゃねーか! 何のプライドを守ろうとしてんだよ、このダメ熊がぁぁ!」
更にヒートアップしている。やはり、兄の方も手強いようだ。
アイちゃんに視線を戻すと、さっきよりも乱打が激しくなっている。
「ダルいダルいダルいダルいダルい」
「ハッハッハ、いくらやっても無駄だ。お前の攻撃は効かん。見よこの鍛えぬかれた腹筋を!」
あ、本当だ。腹筋だけ鍛られている。他はもやしなのに。
「さっきから何勘違いしてんの?」
「は?」
「頭の悪いあんたがご丁寧に結界の仕組みをベラベラ喋った後で、無駄に殴り続けるわけないじゃない」
「え?」
「思う存分必殺技ゲージを溜めさせてもらったわ」
「つまり?」
「あんたはもう終わりよ!」
アイちゃんの身体が急速に光輝いていく。
「必殺! ブラックチェリー!」
速い!? 突進したかと思えば通りすぎたように見え、もう距離が離れている。
「ガハハ、何かをするのかと思えば痛くも痒くもないわ!」
「残念ね、時間切れよ」
「なに!? う、うぼあぁぁ!!」
変態弟の身体がⅡ本の縦線で引き裂かれ、遅れてチュドーンと音を立てて爆発する。
そして、アイちゃんは奴を背に決めポーズをしながら、四隅に 童 貞 爆 散! の文字が順番に浮かび上がる。
「また、つまらぬチェリーを斬ってしまった」
「待て待てアイちゃん、それ誰の真似だよ?」
「きたねえ花火だ」
「ちょっと!? アイさぁぁぁん!」
ダメだ、余韻に浸っているのかしばらくあっちの世界から帰ってこないとみた。
しかし、一撃で奴を倒してしまうとは文字通り必殺技だったな。
なにやら技名は不穏だけど……。
「なっ!? 変態弟ォォォ!!」
「いや名前で呼んでやれよ」
こちらの戦いの結末に気付いたのか、弟がやられてさすがに焦っている。
ついでに結界の力が弱まったのか、さっきより声も聞こえる距離に近付くことが出来た。
よし、後は変態ブラザーズの兄だけだ。ルイならいける!
「くっ……よくも、よくも我が弟をきたねえ花火にしやがって!」
「お前もきたねえって思ってんじゃねーか! せめて綺麗なって言ってやれよ!」
「許さん、許さんぞぉぉ!! アイドルとチョメチョメさせてくれなきゃ許さんぞ!」
「許すの敷居が低いなオイ。なにさりげなく所望してんのさ!」
兄同士で戦いが始まるかと思いきや、なんか知らぬ間にルイのツッコミが冴えている。
「そこの女、覚悟しろ!」
「やれやれ、自ら死ににいくとは……手間が省けていいけどさ」
痺れを切らした変態兄がアイちゃんに向かっていくが、ルイは悟ったように手出しをせず見守っている。
「あ、ここにも童貞いたー」
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「必殺技が決まって気分いいし、根絶しなきゃね」
「ヒッ!? 話聞いてる!?」
「お前が言うな」
ルイの的確なツッコミも奴には届いていなさそうだ。
完全にアイちゃんに狩られる鴨と化している。
「いっくよ〜アイ超必殺……」
「待って! ティラミスあげるから!」
「「「!?」」」
おや? 奴の口からまさかの命乞いが出てきてアイちゃんが止まる。
まずい、あれでは落ちてしまう!
「ティラミス用意できんの〜?」
「はいそれはもう一旦住処に取りに帰ってすぐご用意致します!」
「じゃ〜許してあげようかな」
「(ふん、バカな女だ。さっきあの人間がそう言って止めてたから言ってみただけだ。そもそもティラミスってなんなんだよ)」
「でも童貞だから消す」
「え、ちょ、話が違うよ!?」
「ティラミスは先約があるもん。イケメンかブランド物のバッグ用意できんの?」
「は? ブランドとか何言ってるか分からないが、イケメンは目の前に……」
「超必殺! ファックドチェリー!」
「そんなぁぁあぁぁぁ!」
あーあ要らないこと言うからだ……。
さっきよりも技の威力が凄いのか、アイちゃんが通りすぎたら奴が居た場所で即座に光の柱が見え、光が晴れた頃には跡形もなく消し飛んでいた。
「ふぅ〜スッキリした」
「「…………」」
結局、俺とルイが何もしないまま戦いは終わってしまった。
結界で弱ってたとか本当に関係あったの? それに、必殺技ゲージって何!?
「ねぇ、必殺技ってどゆこと?」
「ん? 必ず殺す技だけど?」
「えっとーすまん、聞き方が悪かった。なんで弱ってたのにその技の一撃で倒せたの?」
「必殺技だから」
「…………」
「あんちゃん、オイラが説明するよ」
言ってることは分かるんだが、直球過ぎて理屈が分からない。
これ以上はアイちゃんの機嫌が悪くなると判断したのか、ルイが良いとこで助けてくれる。
「まず、オイラ達は戦闘になると口調も変わることがある戦闘種族なんだ」
どこの漫画だそれは。
「戦いになると左下に必殺技ゲージってのが現れて、挑発行為や攻撃をして当たると蓄積されていくんだ」
どこのゲームだそれは。
「それが一本溜まれば必殺技、二本分溜まれば超必殺技が使えるのさ」
なるほど、わからん。
「必殺技ってのは状態に関係なく素の力を出せる特別な技さ。だからアイが弱らされても、本来の威力で必殺技を受けてしまった変態ブラザーズ昇天って感じだよ」
「分かりやすい解説をありがとう!」
半分は意味が分からなかったが、強力な必殺技を撃つために行動してたってことだな。
「んで、肝心の技の内容なんだけど……」
「ん? アイの技がどうかした?」
この際だ、アイちゃんに気になったことは聞いてしまえ。
「童貞がどうとか言ってなかった?」
「あぁうん、あれ童貞狩りの技だよ」
「童貞狩り!? なんでまたそんなことを?」
「さぁ? 考えも会話も気持ち悪いからってことにしとこ」
「理由が酷くね……」
「さっきのライト兄弟見てたら分かるでしょ?」
絶対眩しそうな頭から取ったろその名前。
「でも、初見で童貞だなんて分かるの?」
「まぁなんとなくね。それにとりあえず技撃っちゃえば効くかどうかは相手次第だもん」
「ちなみに童貞じゃなかったら効かないの?」
「うん、引き裂かれるだけね」
それ十分効いてるだろうがよオイ!
「へ、へぇ〜そうなんだ」
「あんちゃん、俺達も気を付けような」
「なんでバレてんの!?」
察しの良いルイがボソッと警告してくる。
どうしてバレたし。
いや待て怖すぎるだろ。今さっき目の前で惨劇を見て理由がさぁ? だぞ!?
味方なのに味方じゃない感がハンパない。
「ルイ、お前達いくつ?」
「16かな。ばぁちゃんが言うには人間とあまり変わらないらしいよ。あんちゃんは?」
「……じゅ、18だけど!? そうかー16かぁ若いなー」
「へぇ、人間界も遅いんだな交尾」
悪気はないんだろうけど、グサッと矢が刺さった気がする。
「交尾て……じゃあアイちゃんはその歳で童貞狩り(物理)をしているわけか」
「あぁ、話せば長くなるけど……」
「ルイ兄なにこそこそ喋ってんの? 何か秘密言ったら狩るからね」
「「…………」」
アイちゃんの鶴の一声、いや暴力的説得でこれ以上は聞けなかった。
いつの間にか結界もなくなっていたらしく探検を再開し、何事もなかったように元進んでいた道を歩き始めていた。
今度は同じ道をループすることなく先へ進め、安心してゲートを越えた先に何者かが待ち構えていた。
「待っておったぞ小僧。早速死んでもらおうか!」
「……え?」
ブクマ・評価ありがとうございます♪
次は時間かかりそうです〜