第二章 十一話 証明
「え~っと...」
気づいたら全く知らないところにいた。
部屋を出てから、早くしなければという焦りと、本当にたどり着けるのかという不安で少し早足になってしまっていた。と思う...
大丈夫。まだ迷子だって決まったわけじゃない。もしかしたら無意識のうちに委員長の部屋の前にきているのかもしれない。
そんな淡い期待を胸に左右を見るも、そこに入り口はなくただただ白い壁が続いているだけだった。
「......う~ん」
どうしよう。だんだん迷子になったんじゃないかと思い始めてきた。いや、まだ大丈夫。うん、まだ。多分...
かなり先まで真っ白なだけの壁に挟まれた通路を見ていると、自分が異世界に飛ばされたのではないかと錯覚してしまう。
「いや、まぁこの世界自体が私にとっては異世界なのは間違いないのだけど...」
一人でうろうろしてても何の解決にもならない。フォーリング―――フォンで誰かに助けを求めなきゃ。
「でも、さすがに...ね」
さすがに榎鏤さんに助けは求められない。絶対に何か言われるに決まってる。じゃあ、委員長?うんうん、さすがに迷惑だよね...
「どうしよう...」
僕は迷子です。はい...
「とりあえず、急いでて忘れてた委員長さんへの連絡をしなきゃ」
急に訪問して教科書貸しては、さすがに失礼極まりないことだと思う。でも、一つ問題が...
「委員長さんのアドレス、わからない...」
あっちは持っているのかもしれないが...いや、こっちも追加してあるとは思うけど、どう操作すればいいのかがさっぱりわからない。
「どうしよう...う~、どうしよう...」
僕は横幅二メートルくらいある廊下をひたすら往復していた。この状況を打開する方法が全く思い浮かばない。
「どうしたの?」
「ひにゃぁ!?」
急に声をかけられて、警戒心最大にして飛びのいた。いつでも攻撃できるような体勢で、相手の次の行動を待った。
「え、あの...そんなに警戒心を持たれると少しへこんじゃいます...」
「あ、えっと...その、すみません。ちょっとした癖?のようなものなので」
「まぁ、さすがにいきなり後ろから声を掛けたらびっくりするよね。それより、朱咲ちゃん、だよね。こんなところで何してるの?」
「えっと、実は...あれ?なんで私の名前を?」
目の前の人―――女性には面識がない。もしかしたら教員だろうか。いや、担任の先生が今日は職員会議で教員全員夜ごろまでいなくなるから宿舎の外には出てはいけないと言っていた。何人か外で遊んでいるのは気のせいだ。うん。
「結構有名だよ、君。実力はわからないけど、堅物として知られている学園長が認めてるんだから。それに、入学式で大体的に紹介されてたしね。あ、私は汐野芽 瑠流。普通科第三学年。学年だけ見ると一つ上だね。推薦組は年齢がまちまちだから、何歳差かな?」
「えっと...今一応十六歳です。はい...」
「え?じゃあ一つ下?もっと下だと思ってた。それで、こんなところでどうしたの?」
少し驚いたそぶりを見せつつも、物腰柔らかな感じで少し前と同じ言葉を言った。
「実は、委員長の部屋にお邪魔しようと思っていて...それで、えっと...」
「迷子になっちゃったとか?」
「うぅ~...はい...」
なんとか言葉でごまかせないかと考えていたのに、笑顔でずばっと言ってきた。現実逃避しようとしてたのが何だか恥ずかしくなって顔を伏せた。
「部屋は、学年的にC棟かな。あ、もしかして地図とか、部屋割り表とか持ってないかんじ?」
「はい。もうここがどこか以前に、自分の部屋の位置以外全くわかってないです...」
「そ、そんなんでよく一人で部屋を出たね。同居人は?もしかして、実力テストの件で何かいざこざがあった感じ?」
「えっと、まあ、そんな感じです」
いざこざというか、榎鏤さんが一方的に悪いというか...う~ん、言い訳かな。
「とりあえず、ここはC棟とK棟を結ぶ渡り廊下で、宿舎の中で一番長い廊下なんだけど―――って、部屋割り表見せたほうがいいよね」
そう言うと、汐野芽さんが一枚の紙を渡してくれた。そこには、二年生女子全員分の部屋の位置が書いてあった。ん?ちょっと待って、なんで違う学年のやつを持ってるんだ?
そう気づいた時、僕の中の何かが必死で訴えかけてきた。それはどこか儚げで、でも確かな意思を孕んでいて―――なんて言ったのかは、理屈ではなく本能で理解できた。
「―――っ!」
一歩。たった一歩分後ろに下がっただけだった。「逃げて!」という声に従うかのように。
その刹那、光―――否斬撃が走った。さっきまで僕の顔があった位置を正確に通って。
「ちぇ。気づいてないと思ったんだけどな」
「いきなり殺そうとしてくるなんてどういうつもりですか!!」
右手に、さっきまでは無かった少し大きめの両刃の剣を持って舌打ちした汐野芽さん。どうして、出会って間もない人に殺されかけなきゃならないのだろうか。そもそも、冷静に思い返せばいろいろとおかしいのだ。最初から、全部。何もかも。
「最初からこれが目的でしたか!」
最初からずっと頭が整理しきれていない。このままじゃ不利なのは僕のほうだ。考えたのはそこまで。あとはもう何も考えちゃいない。
相手と距離をとった。どうとったのかは覚えていない。少なくとも逃げてはいない。これだけは確実だ。
「ふぅ~―――よし」
そもそも、この廊下自体が虚偽の存在だったのだ。さすがにどんなに長い廊下でも、前も後ろも見えないような廊下なはずがない。そしてなにより、ここに来るまでに何も音が聞こえないのだ。広い宿舎だが、全校生徒の人数を考えると一人二人とすれ違う。または、部屋の中で騒いでるくらいはするはずだ。でも、実際あったのは目の前の汐野芽さんだ―――
「戦闘中の考え事はおっきな隙だよ!」
「うわっ、っとと」
再び迫ってきた斬撃を紙一重でかわし、お返しとばかりに昇華魔法を使った。
斬撃を放った後の無防備な体に、これでもかとダメージを与えた。
「う...ぐはっ......やるじゃねえかよ。だが...いいのか?魔法使っちまって...」
「昇華魔法。あなたならご存じですよね?」
「んな!」
流石に知っているようだった。
昇華魔法
それは、古より存在しているとされる伝説魔法である。魔力を必要とせず、選ばれた者のみが激しい修行の果てに習得できるとされるもの。それ故に、人々はこの魔法をこう呼んだとされる――――
「魔法ならざる魔法」
――――と
汐野芽さんの表情には驚愕の色が浮かんでいる。さっきまでとは打って変わり、攻めるそぶりは見せずむしろクマにでも遭遇したかのようにじりじりと後退していた。立っているだけでやっとのようだが...
「あ、あの―――」
「っ!」
ちょっとやりすぎちゃった気がした。
汐野芽さんは、僕が呼び止めようと一歩踏み出した瞬間に、回れ右をして逃げようとするが、まだダメージが深く残っていたらしく、派手に転倒した。
「怖がらないで...私から......離れていかないで...」
気が付いたらそんな言葉を口からこぼしていた。それは、僕の言葉じゃなかった。誰でもない。朱咲の言葉。
どこか儚げで、それでいてなにか朧気で......
ひゅうっ
風の音が聞こえた。さっきまでの廊下はもう無く、ただの通路になっていた。そこにいるのは、驚愕と恐怖でぐちゃぐちゃになった表情でうずくまる汐野芽 瑠流と、それを優しく見守るように立つ、今にも泣き出しそうな表情の少女だった。
不定期更新ですみません。言い訳はしません。
これからも不定期更新になってしまうと思いますが、何卒宜しくお願い致します。
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