第二章 二話 絆
今回は少し短めです
朱咲の口から発せられたことは衝撃的というか、まぁ、三割方予想通りだった。それに、朱咲の言わんとしていることは嫌というほどに理解できた。
そして、実際時間では三十秒ほどだった沈黙。それを破ったのは、驚愕のあまり口が閉じなくなってしまっていた榎鏤さんだった。
「...そっか。じゃあ、緋座さんを倒してもらおうかな。よろしくね、朱咲ちゃん」
最後らへんは声が震えていた。それほどの決断だったのだろう。でも、裏を返せば...いや、返さずとも、それだけ緋座さんに勝ちたいという思いが強いのだろう。
『お兄ちゃん、私の役目はこれで終わり。後は頼んだよ』
朱咲はそう言うと、僕に交代した。
「私ね、緋座さんに一回完敗してるんですよね。もうそれが悔しくて、悔しくて...」
「悔しさは誰しも感じます。成功している人とそうじゃない人の違いは、そこから何か変わろうとして努力するかどうかだと思います。榎鏤さんは、ちゃんと努力してたんですよね。なら、それは決して無駄にはなりませんから。しっかり自信を持ってください!」
榎鏤さんは僕の言葉に頷いた。そうして、お互いに、いつの間にか流れ出していた涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、笑いあった。
そして僕たちは、心の底から分かり合えた音がした。
実際には鳴っていなかっただろうけど、それでも確かに聞こえたんだ。それはきっと、榎鏤さんにも聞こえたはずだ。
リンッ
って。それは鈴のような、それでいて儚い音だった。僕はその音の余韻に浸りつつ、知らぬ間に微睡の中に落ちていった。
・・・
何時間くらい寝てただろうか。気が付いたら榎鏤さんと互いにもたれ掛りあいながら寝ていた。いきなり本気のぶつかり合いをしてしまったせいで疲れてしまって、寝てしまっていたのだろう。僕よりも榎鏤さんのほうが身長が高いので、覆いかぶさられるような形になっている。でも、その形はなぜか落ち着いた。ぶつかり合っていた時と違い、寝ている榎鏤さんの顔は凛としてはいるものの、まだまだおどけなさが残っている感じがした。
今の時間を確認しようと立ち上がった。すると、後ろから、
「ふにゃぁ!?」
という声がして、はっと気づくも時すでに遅し。榎鏤さんはもたれていたものを失い、そのまま重力に従って床に倒れた。その拍子に変な声を出してしまっていた。その声に少し吹き出してしまった。
「ぷっ......あはははは」
そしてそのまま笑いだしてしまった。榎鏤さんには失礼かなと思ったけど、それでも笑いを止めることはできなかった。
「もう、笑うなんてひどいよ。ふふっ」
榎鏤さんも噴き出してしまっていた。もしかしたら僕と榎鏤さんは似た者同士なのかもしれない。ここまで仲良くなっていて、もう家族といっても過言ではないほどまで来ている感じがするが、忘れてはいけない。互いに初対面だということを。
とりあえず、時間を確認っと。
時計を見ると、今の時間は大体地の刻の辰の時二十分だったから、夕方の五時二十分か。そろそろご飯の準備をしなきゃだな。
「今日のご飯どうします?」
こっちの世界の食べ物について全く知らないので、榎鏤さんに話を振ってみた。
「そうだね~。どうしようか?ちなみに朱咲ちゃんは何か料理できるの?」
「私は...多分料理できないです。食材たちに感情移入してしまって...」
「あ~。そういうことね。わかるかもしれない」
「やっぱり、そう思いますよね。でも、分かってるんです。それでも料理しなきゃ生きていけないってこと。だから、頑張ります」
「そうだけど、無理せずに一歩ずつでいいと思うよ。お互い頑張って行こう」
「はい!」
もしかしたらできるかもしれないという微かな希望と、できなかったらどうしようという不安を抱きながら二人で台所に立った。
・・・
「うぅ...」
「つ、次はできるよ。多分...」
巳の時ほどに完成したが、出来はもう最悪を通り越していた。食卓に並んでいるのは何物にも形容出来ないものだった。
次がある。そう思いたい。思いたいのだけど...一回目とはいえ、もう少しはまともにできると思っていたせいで余計やる気をそがれてしまった。けど、後ろを向いてちゃいけない。なら、これは失敗と考えないでおこう。
「まだ最初だから仕方がないですよ。今すぐには無理でも、これから上達させていきましょう」
「そうだね」
少しがっくりしつつも、視線はしっかり前を向いていた。これなら心配はいらないだろう。
そして僕たちはこの世のものとは思えない見た目をした、それでも味はちゃんとしていて美味しかったものを食べた。
そして、僕たちは食卓に座ったままでいろいろとこれからのことについて話し合うことにした。と言っても、学園内のルールについてわからない事まるけだから、榎鏤さんに一方的に聞く感じになってしまうだろうが、あっちもあっちで僕に聞きたいことがあるみたいだったから、結果的にはどっちもどっちだろう。
「まず、この学園の戦いのルールについて教えないとだと思うから、それについて説明したいけど、とりあえずはこの紙に書いてあるから」
榎鏤さんはそう言うと、僕に一冊の冊子を渡してくれた。ちらっと見てみるとかなりのことが書いてあった。確かにこれ全部を口頭で言うのはつらいだろう。
「ありがとうございます。後で見ておきます」
「本当に大事なのは学園序列戦のとこだけだから、他は豆知識程度で思っといていいからね。それで後は...学園についてはもうほぼほぼ説明されてると思うからいいとして、他のことだと...じゃあ勉強についてかな。聞いた話によれば、教官に教えてもらっていて、一次年度での勉強はすべて頭に入っているってことだけど、実際のところどんな感じなの?学んだ期間って一か月にも満たないんでしょ?」
「まぁ、そうですね。大体のことはわかりますよ。ひとつ思ったんですけど、定期テストとかあるんですか?」
「定期テストはあるよ~。ただ、回数は少ないよ九月と三月だけだから。難易度はあまり難しくはないけど、テスト勉強に集中しずらいから、毎回全体的に点数はあんまり高くないんだけどね。それでも、点数があまりにも悪いと、序列戦に出させてもらえなくなるから、頑張らなくちゃいけないんだよね~」
「あ、確かにそれは頑張らなきゃですね。ちなみにボーダーは?」
「えっと、全教科赤点の30点以下じゃなければいいですよ。そうでもしないと最低でも一人は参加できなくなってしまうからね。それでも毎回一人は落ちてるんだけどね。何やってんだよってなるよ」
榎鏤さんは失笑に近い笑顔でそう言った。きっと一度落ちてしまったんだろう。なんとなくそう思ったが、あえて聞かないでおいた。誰しも触れられたくない傷はあるものだから。僕も例外ではなくそうだ。
「実は、先輩に友達がいるんだけど、今のところ合計三回も落ちちゃってるって言ってたんだよね。実力はすごいんだけど、本当に持ち腐れって感じがするよ。私は落ちたくないから、授業毎回ちゃんと受けてる。それでとりあえずは七十点くらいをキープしてる」
「その先輩はいったい授業中何をしてるんですか...まぁ、その先輩にはこれから頑張って巻き返してもらうのを願うとして、私も頑張らなきゃね。正直勉強に足を引っ張られるのは勘弁ですからね」
勉強はほぼほぼ問題ないだろうけど、油断していると足元掬われるから手を抜かないようにしないと。
そう決心して時計を確認するともうとっくにお風呂の時間だった。
「あ、もうそろそろお風呂入らなきゃ。あの、お風呂についての決まり事とかありますか?」
「うーんとね、特にはないよ。ただあるとしたら、お湯は無駄遣いしたら使用制限がかかっちゃうから注意ってだけかな」
「そうですか。わかりました。それではお先いただきますかね。あ、あの...もしよければ、今日だけ一緒にお願いできませんか?」
「...ふふっ。いいよ。可愛いとこあるんだね。今の録画しておきたかったな~。一生和めそう。ふふふっ」
「からかわないでくださいよ。もう!」
そう言って僕は頬を膨らませた。すると、榎鏤さんはもう耐えきれないという感じに笑い出した。僕はそんな榎鏤さんにつられて笑い出した。気が合うかもしれない。というか、もう合っちゃってるね。そうじゃなきゃこんなに笑いあったりできない。
「もう!ほら、行きますよ」
そう言って二人で一緒にお風呂に向かった。
次回は皆さんが望めばお風呂会になる予定です。
それではまた




