後日談第19話 嵐
『とーーとんでもない規模の魔力のぶつかり合いーー!! 今大会、いや過去の事例をみても最大規模なのではないかというくらいのすさまじい魔力です!
正直申しまして、私もなにがどうなっているのかわかりませんーーーー!!』
クロノスの"神の因子"による魔力、六柱分と、コノーニの味方の魔力も合わせた魔力放出、六人分。
その真正面からの衝突に、閃光と爆煙が会場を支配する。
その最中にあって、ぶつかり合ったふたりだけが、互いの状態を把握していた。
「騎士コノーニと騎士団の全力、確かに受け取った。ーーああ、しっかり、受け止めたぜ」
クロノスは立っていた。
"神殺し"の魔力を含んだコノーニの大火力だったが、神の魔力を可能な限り詰め込んだクロノスの一撃は、その火力を受け切った。
身体のいたるところに傷はあるものの、しかしクロノスは両足で立ったまま、剣を構えている。
「ハ、くそ……だんちょーのようにはいかんのはわかり切ってたけど。壁は思ったより分厚いもんだナァ」
コノーニは立っていた。
六柱もの神のチカラ、その暴威に正面から斬り込み、魔力を殺し、吸収し、貫いて相殺し、呑まれることなく戦った。
身体中から血を流し、全身を揺らしながら呼吸をして、大剣を支えにしながらもーーコノーニは、かろうじて立っている。
「よく耐えた。ひとりの戦士として、騎士コノーニに敬意を表する。だがーー」
「っ、まだァァァアッ!!!」
終わりだ、と言いかけるクロノスの言葉を遮って、コノーニが吠えた。
ふらつきながらもゆっくりと大剣を持ち上げて、クロノスの方を睨みつける。
そして、会場の視界が晴れるころ。
トドメを刺さんと向かってくるクロノスとの間に、ひとつの魔石を放り投げた。
「ーー新たな魔石だと……!」
一歩、立ち止まるクロノスに向けて、コノーニは大きく踏み込み大剣を振るう。そしてその間合いに、投げた魔石が落ちてくる。
「"雷、紅"ォォォォオ!!」
瞬間、赤い雷電が周囲を焼く。
ーー"雷紅"。"神殺し"の力を持ってイアロス騎士団団長のアイオロス・イアロスが、"神殺し"の力を得る前に、本来持っていた魔力である。
クロノスたちが帝国を出る前、最後に相対したのがこの力だった。
「オオオオオオオ!!!!」
「チィ、魔力解放ーーーー!!」
クロノスが神性の魔力を放出し、再度コノーニの剣と衝突する。
魔石を使った奇襲とはいえ、今のコノーニではアイオロスの出力に到底及ばない。
クロノスなら、充分に抑えられる程度の力だ。
しかし。
「魔力、逆流ゥゥウウアアアアアアアア!!」
「な、にーーーー」
魔石による“雷紅"の魔力が乗った、コノーニ全身全霊の魔力の放出。
この力の奔流が、コノーニによって強引に逆転し、クロノスの"神の力"をも一部巻き込みながらコノーニへと流れていく。
あらゆる魔力がコノーニの身体を駆け巡り、その負担に体中の傷から血が噴き出す。
しかし、それでもコノーニは大剣を離すことなく、むしろより強く柄を握り込んで、深く、より深くと踏み込もうとする。
「アアアアアアアア!!」
「ゥ、オオオオオオオ!!!」
クロノスはこれに、真っ向から受けて立つことにした。
逆流し、コノーニに流れた魔力がその身体を通して再度反転し、大剣に乗る。
クロノスは、持ってけドロボー! とばかりに持てる全ての魔力を叩き込む。
そして、
「ア、ァ……」
「ぐおあッ!?」
ゴギン、となにかが砕ける音がした。
魔力の衝突が止まり、再び爆風が吹き荒れる。
ーーーーコノーニの全力に応えたクロノスが剣に込めたのは、彼の持ちうる力の"全部"。
その中には、クロノスが元来持っている通常の魔力、"神の因子"による魔力とーーそれらが座し、それらが還るべき"聖域"、クロノスと強い繋がりを持つクリスティアを由来とする魔力が混ざり合っていた。
元は帝国を護り、対象とする範囲の全てに加護を与える力だったが、
いまこの"聖域"の力は、『クロノスを護るためのモノ』へと変化を遂げている。
ゆえに、コノーニへと逆流してもコノーニへの恩恵はなく、むしろこれ以上クロノスの力を奪わせないためのフタとなった。
その結果として、両者の間に行き場を失った魔力が滞留し、限界を迎えて爆散したのである。
『強く激しい魔力の衝突と爆発、その後にさらに大きな魔力の反応と爆発ーー!! やはりワタクシ、何かとんでもない力同士がぶつかったことしかわかりません! 果たして決着はどうなってしまうのかーー!?』
反響するアナンシアの声を聞きながら、騎士団の陣営は思わず立ち上がって息を呑む。
筆頭副団長であるカストロも、真剣な眼差しでその爆発を睨んでいる。
一方でクロノスの仲間たちも、カロラが祈り、イーが息を呑むなか、クリスティアはその爆発を穏やかに見守っていた。
やがて、視界が少しずつ晴れていく。
ーークロノスは立っている。
剣は吹き飛び、右腕には血が滴り、左手で剣のサヤを杖代わりにしながらであるが、なおも膝を屈さず健在である。
コノーニはーー。
ーーコノーニもまだ、立っている。
全身傷だらけで血を流し、呼吸をするにも激痛をともなうような状態ではあるが、大剣を壁に縦に突き刺し、それを背に柄を握って、大剣の腹も支えとしながら、ギリギリで立っている。
クロノスはコノーニの方へ視線を向ける。
それに応える余力は、コノーニにはもはや無かった。
コノーニの手が、大剣から離れる。
ふらついた体はそのまま大剣の腹にぶつかり崩れ落ちた。
仰向けに倒れたコノーニは、くそ、とか細く漏らして、空を見つめる。
身体はピクリとも動かない。呼吸を整えるのもままならない。
コノーニは負けた事実を噛み締めながら、空を見ることしかできないでいた。
救護のスタッフが、慌ててコノーニの元へ走り寄る。
『け、決着!! 決着ですーー!! コノーニ選手は意識はある模様ですが、戦闘不能の状態! よって、この勝負はクロノス選手の勝利でーーーーすなわち、シンパティア魔戦杯、優勝の栄誉はクロノス・アーレス選手へと送られます!!』
アナンシアの言葉に会場が湧く。
クロノスはハァ、と息を吐きながらやっとか、と座り込み、仲間たちがいる席を見る。
そこには泣き笑うふたつの顔とーー、穏やかな笑みと視線をクロノスに送る、愛するクリスティアの顔があった。
やがて、クロノスの元へも救護班がやってくる。
結果発表や表彰、報酬の授与、閉幕といった式典は少し、会場を整備してから行われるらしい。
クロノスは、負傷した部分の応急手当てを受けながら、自分の方へと駆けてくる仲間たちを見守りながら待つことにした。




