後日談第17話 嵐の前に
準決勝、イーとコノーニの戦いが終わった後。
決勝戦を戦うことになった二人の戦士、そして彼らを見守る者たちに、夜の決戦まで暫しの休息が与えられた。
その数時間、戦士たちはそれぞれに思い思いの時間を過ごすーー。
「クロノスよ!……え、とその、なんだ」
「クリス、どうした? 少しの間、姿が見えなかったが」
「ええと……お腹! は、腹は空いてはおらぬか?」
「うん、まぁ、決勝に備えて腹ごしらえはしとこうかと思ってる」
「そ、そうか! うむ……」
いつになく歯切れの悪い元皇帝少女に、クロノスはやや違和感を覚える。
覚えつつ、しかし不安は感じずにそんなクリスティアを見守った。
嫌な予感はしない。そこにあるのはむしろ良い予感ーー期待、と言うべきものである。
「クリスちゃん、もう持って来ちゃいましたよ。このままだと冷めちゃいます」
「ったく、今更照れることもねぇのにさー。せっかく作ったんだから」
と、そこにイーとカロラが入ってくる。
イーは両手で大きめのトレーを持っており、その上にはやはり大きめな銀製のフタが被せられていた。
「それは?」
「う、うむ! その、クロノスのために余、手ずから食事を用意したのだ! 厨房は借りた! ……最初はスープだけのつもりだったのだが、そなたのためと思うとつい、やる気が出てしまってな」
照れすぎて口調がやや皇帝時代に戻ってしまうクリスである。
イーがトレーをテーブルに置き、ふたを開けると湯気が立つホカホカの料理が姿を見せる。
そのメニューは、肉と野菜を炒めてオイルやスパイスで味付けをしたもの、トマトベースとニンニクで味付けされたライス。
そして、カロラの実家があるアネメロス村でクリスがクロノスに作ったスープ……ミネストローネである。
「おお、これは……美味そうじゃねえか。クリスが作ってくれたのか?」
「うむ! あ、いやイーにも手伝ってもらったがな。わたしにできる限りは、フル動員で頑張ってみた」
「私はサポートしただけですよ。クリスちゃん、ほんとうに上手くなるのが早いです」
「ちなみにあたしは味見役な!……ひとくちだけだけど、師匠より先に味わっちまった。悪りぃな」
言葉とは裏腹に、特に悪びれる様子もなくカロラは片手で拝むような合図をする。
クロノスは苦笑しつつ、銀の食器を手に取った。
「いただきます」
「うむ……はい、召し上がれ」
クリスティアの照れた笑顔を見て自身も笑を浮かべつつ、クロノスは食事に手をつけた。
まずは思い出のあるスープから。そんなに経ってもいないが、アネメロス村での生活が懐かしく感じられる。
メインもスープもライスも、どれもすごく美味しかった。
クロノスは、仲間たちと食事や歓談をしつつゆったりと英気を養い決戦を待つーー。
「シーデロくんヨ。まだここから動いちゃならンノか?」
一方、コノーニである。
カストロが用意した巨大な魔法陣のなか、面倒くさそうに立っている。
その姿勢は、かたわらの地面に突き立てた大剣を杖にするように寄りかかり、だらんとしている。
「もう少しシャキッとしてくださいよ。空っぽに近い貴女の魔力を満タンまで充填するとかいう反則技の最中なんですから」
「ソウか。ではハイオク満タンで頼ム!」
「レギュラーでたくさんですよただでさえ貴女燃費悪いんだから。ってどこの世界の話ですかそれ」
呆れ声で言いつつ、カストロは魔法陣に設置された魔石へと順番に魔力を込めていく。
「まぁ、ただのシンプルな魔力か、と言われればそうでもありませんが。今回は最後なので資源の出し惜しみも不要ですし」
「そこに、軍師ドノの秘策もあるト?」
「まぁ、そうですね。あくまで一時的なブーストに過ぎませんが、ありったけの魔石を使います。初めからここに持ち込んだもの、戦いが進んでから急造でこしらえたもの。
……騎士団の者にも大いに協力してもらいました」
まるで独り言のようなトーンで説明するカストロは、魔法陣の紋様にゆっくりと指を這わすと、他のものとは輝きの違うひとつの魔石に手を触れた。
「その中には、当然『他とは違う魔力』を使う者もいる」
魔法陣の中で輝く石を、同じく魔法陣の中にいるコノーニは変わらず面倒くさそうに眺めつつ、カストロの説明を聞き流す。
「……む?」
と、コノーニが自分の中にある魔力の変調を感じ取った。
力がみなぎり身体が熱くなる感覚と、全身の毛が逆立つような違和感がせめぎ合う。
コノーニは、それまでのダラけた体勢を正して、剣の柄に手を置いて直立する。
「ほほう。これハ」
「……貴女のその図太さ、というかある意味での受け入れの速さは感心しますよ。
では、貴女向けにシンプルに。この力の使い方、対クロノスへの戦い方を伝えますーー」
方や穏やかに。
方やものものしく。
あっという間に時間は過ぎて、ついに決戦の時間がやってくる。
『さあ!
ーーさあ、ついにやってまいりましたシンパティア魔戦杯決勝戦!!ついに今大会の覇者が決定する最終決戦でございます!
正直わたくし、興奮が止まりませーん!!』
その言葉通り、かなり熱のこもったアナンシアの実況が武闘場内に響き渡る。
まだ決戦の場に戦士はいない。
両者とも、それぞれの関係者席で、ギリギリまで士気を高めている。
『ーーそれでは間もなくお時間です!
ここまで勝ち上がり、最後の決戦へと臨むお二人は、決戦場の前へお越し下さい!』
アナンシアの声に、クロノスが腰を上げる。
「じゃ、行ってくる」
「うむ。信じて待つ!」
クリスティアと簡単な挨拶を交わし、戦士は静かに戦場へと向かった。
コノーニは勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで大剣をかつぐ。
「よっしゃ、ブッ倒す!!」
「やれる準備はしましたので、あとは貴女の思うままに……って、言うまでもありませんか」
カストロの言葉を聞き流しつつ、しかしはっきりと一度、コクリと首を縦に振ってから戦場へと飛んでいった。
クロノスとコノーニ、ふたりの視線が決戦場の両端からぶつかる。
『かたや百戦錬磨の大戦士!ここまで安定した戦いで危なげなく勝ち上がってきた!このまま優勝も決めてしまうか!?クロノス・アーレス選手!』
アナンシアの声と観客の歓声を受けながら、ふたりは少しずつ近づいていく。
『かたや、痛快無比の突撃騎士!その瞬発力と大剣の威力で全てのモノを薙ぎ倒す!決勝トーナメントでは意外と器用な側面も見せていましたが、ここで一発ドカンと決めるか!?コノーニ・カタストロフ選手!!』
剣を抜き、構える。お互いがお互いを、正面にとらえる。
一瞬だけ。アナンシアが言葉を切った間に一瞬だけの静けさがあった。
『シンパティア魔戦杯決勝戦、クロノス選手vsコノーニ選手!
ーー試合、開始です!!』
武闘場全体が揺れる。
最後の戦いが、始まった。
どうも、T-M.ホマレです。
第1話から読んで下さっている方は31度(正月特別編も入れると32度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ本編第1話から読んで頂けると幸いでございます。
さて、主に作者のものぐさのせいでずいぶんと連載期間が長くなってしまった本作ですが、
ようやく最後の戦いが始まりました。
本編を書き切った後もそのまま引き続けて番外編へと好き勝手に進んで参りましたが、「クロノクリス」はこのシンパティア魔戦杯編をもって終了となります。
つまり残るところ数話の予定ですが……、
まぁこれまでの投稿ペースがアレなので、具体的にいつ完結するかはまだ不明でしょうか笑
ともあれ、もしよければラストまでお付き合いいただけると嬉しいなーと思います。
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




