後日談第13話 秘策の魔法陣
「朝、ダッ!!」
「うわっ!?」
シンパティア魔戦杯、決勝トーナメント第一試合決着から一夜明けた朝。闘技場内に設けられた宿泊スペースの一角で、緑髪の女性が黒髪の青年を叩き起こす。
文字通りの形で"叩き"起こされた青年は、文字通りの形で"飛び"起きた。
「っ、コノーニですか……。昨日の今日だというのに随分と元気の良い。もう少しゆっくり寝ていた方が良いのでは」
「なんだオマエちょっと優しいの気持ち悪いナ!」
「う、うるさいっ! 任務のことを考えてです!」
「おお、それでこそシーデロクンだナ」
にぱっ、と笑ったコノーニは、ややーーー普段の彼女と比べると、ほんのり、少し、当社比でーーー真面目な顔を作ると、
「いや、ぶっちゃけるとナ? ……昨日の戦いでの魔力消耗が思ったよりきつい」
「……貴女はバカなのですか? ああいえ、バカでしたね」
「テヘッ☆」
「てへじゃねぇですよだから言ったじゃないですか!?」
とことんまでマイペースなコノーニに、カストロは頭を抱える。
……団長は彼に作戦の命を与えつつ、コノーニには「暴れてこい」と単純な指示だけを送っていた。
団長は「後のことは任せたぞ」と言っていたが……。
「やはりこうなるのですか……」
団長に信頼されている、というのは正直すこし、いやかなり嬉しい。けれど、作戦中に何をしでかすか分からない馬鹿の手綱を握り、操れというのは少し無茶振りが過ぎるのでは? と、カストロはここにはいない上官のことを少し恨む。
「決勝トーナメントまではまだ3日ありますが……回復は難しいですか?」
「ウン……マァ、戦うには問題ない程度にはなるけどサ。それじゃ足りない」
「それはーーそうですね」
相手はあのクロノスだ。万全に万全を期して、かつ死力を振り絞ってなお余りある相手だろう。
であれば、最低でも通常時以上のコンディションを維持しておく必要がある。
「というわけでシーデロクン。なんかない?」
「いや、なんかってなんですか」
「オマエのことダ、なんか秘策でも隠してるダロ! たぶん!」
さも当然のごとく秘策の催促をするコノーニ。現場のことをある意味丸投げしたクロノスといい、変な信頼のされ方にカストロはなんとも微妙な心持ちになる。
……まったく、みんなして無茶振りに容赦がない。
「はぁ……いや、まぁ。無くはないけど」
「よっしゃそれだナ!んじゃちょっと宣戦布告してくる!」
「ちょっ……!?」
カストロがため息混じりに「打つ手はある」と認めた瞬間、コノーニは部屋を飛び出していった。
追いかけて制止すべきか、と 一瞬迷ったカストロであったが、彼女の姿はもはや見えない。
「まぁ、コノーニもあれで騎士団副団長の一角。彼女なりにうまくやるでしょう。……多分」
特大のため息をひとつこぼしつつ。カストロは、こういった時に備えてかねてから用意していた"策"の準備に取り掛かるのだった。
ーーーーー◇◆◇◆◇ーーーーー
仲間たちとの朝食を終えたクロノスは、闘技場から出た森の中で、ひとり剣を振っていた。
クリスティアとの談笑は何物にも代えがたい楽しみではあるが、その笑顔を守るためにも鍛錬は欠かすわけにはいかない。
あるいはーーこれは、己への戒め、気をひきしめ直すための精神統一のようなものかもしれない。
「ーーーーふっ!!」
そんな思いも今は雑念、と剣を振って断ち切る。
ただ無心に剣を振るべし。
そうやって、己が剣の切っ尖に没入する。没入しようとした、ところでーー。
「クロノォォォォゥッス!!!」
なんかとんでもなく破天荒な声に、高めようとしていた集中力がぶっとばされた。
「お前……コノーニじゃねぇか。元気そうで何よりだが、一体何事だよ?」
戦いはもうちょっと先のはずだが、とクロノスは降っていた剣を肩に担ぎつつため息混じりに応答する。
「無論、3日後の戦いに向けて宣戦布告、ダ!
……ところで、ワタシと話すとみんなしてため息を吐くのはなんなのダナ?」
「無自覚って怖ぇな……。まぁ次の相手がお前だってのは先刻承知なわけだが、わざわざ宣戦布告に来たのか?」
「まぁ、ナ……なんというかその」
コノーニにしては珍しく歯切れが悪い。その様子に、クロノスが訝しげな目線を送ると、コノーニは真剣な眼差しーーこれまたクロノスには珍しく思えたーーを向けて、クロノスの顔を真正面からジッと見つめる。
「ーーーー」
その様子に、クロノスは何も言わない。代わりに、ただまっすぐにコノーニに向き合って、その眼差しを受け止める。
「ああーー」
「…………」
「ーーああ。だからワタシは……オマエのことが好きなんだ」
ポツリ、と。
先ほどまでのハイテンションがウソのように、コノーニは静かに語り出す。
クロノスもまた、静かにその言葉を受け止め、そして次の言葉を待つ。
「うん。この際だから認める。ワタシはオマエを、騎士クロノス・アーレスを心から敬愛していた。騎士団副団長の筆頭であるクロノスのもとで戦えることが、たまらなく嬉しかったんだ」
コノーニにとっては、国の内情や騎士団としての思惑など、割とどうでも良い部分だった。
そんなことよりも、騎士として、よりまっすぐで強い騎士であるクロノスと肩を並べて戦えること。それが、彼女にとって一番の喜びであり、騎士としての誇りだった。
「だが、今のクロノスはワタシの敵だ。ならば、叩き潰さねばならぬ。ゆえに」
コノーニは一度目を伏せ、そして目を閉じる。そのまま、一呼吸。
目を開けると、コノーニは再びクロノスを真正面に見据えた。
「ーーゆえに。私は全霊を持って、我が騎士の誇りにかけてお前を真っ向から打ち倒す。ひとりの騎士として、騎士クロノスを超えてやる。
……そこからが、私の騎士道だ」
言い終えて、口を閉じる。
体と顔の向きはそのまま。目線はクロノスを見据えたまま。
コノーニは真剣な顔を保ったまま、ただクロノスの目を見つめている。
「……そうか」
一言応えると、クロノスもまた、改めてコノーニの目を見据える。少しの間睨み合って、ようやくクロノスの口が開いた。
「カタフィギオ帝国、イアロス騎士団副団長、コノーニ・カタストロフ。貴殿の覚悟、確と受け取った。
……お前とオレが一対一でやり合う機会なんてそうはないだろうしな。戦うことになったら当然、全霊で迎え撃たせてもらう」
「……! おうヨ、それでこそダ! ではワタシは戦いに備えるので帰る、さらばダ!」
楽しみにしているぞ。と言い残してコノーニは風のように去っていった。
まったく忙しいやつだ、とクロノスは嘆息する。
「コノーニ・カタストロフ。相変わらず、真面目なのかふざけているのかよく分からない方ですね」
「おうイーちゃん。おつかれさん」
木の陰から現れたイーに対し、クロノスは軽く返事を返す。
クロノスとコノーニの気配を偶然感じ取り、万一に備えて気配を消しながら近くに潜んでいたのだが、クロノスは気付いていたようだ。
イーにとってもそれは意外なことでもなく、おつかれさまです、と自然に挨拶を交わす。
「なんていうかな。オレが騎士団に居た頃は妙に懐かれちまってたからなぁ」
「まるで忠犬みたいでしたよね」
「狂犬でもあったけどな。まぁ、慕われてたのはそれなりに嬉しかったが……あの頃のあいつの、『騎士の誇り』みたいなのは、オレという他人に依存したモノだったんだよ」
オレがいうのもちょっとアレだが、とクロノスは頬をかきながら語る。
イーは、相槌を打ちながら次の言葉を待つ。
「そんなところにちょっとした危惧を持ってたりしたんだが、少しはマシになったみたいだな」
あれならそう心配はいらないだろうぜ、とクロノスは笑みを浮かべた。
「クロノスさんを超えたらー、とか言ってるあたり、完全には抜け出せてない気もしますけどね。
というかクロノスさん、彼女は今、敵ですよ? クリスちゃんに怒られても知りませんからね?」
「うぐ。ま、まぁもちろん負けてやるわけにはいかねぇし、その時が来たら全力で潰すさ。ただまぁ、仮にもかつて一緒に戦った仲だからな」
向こうが通したい筋があるっていうなら、なるべく答えてやりたいだろ。
そういいながら、クロノスは浮かべた笑みを、やや苦くする。
「まったく、変なところで律儀なんですから。心配しているわけではないですけど、私達全員で勝ちに行く約束、覚えていてくださいよ?」
「勿論だ。さっきのが本気出す理由にこそなっても、手を抜く理由にはならねぇよ」
「それもそうですね。無粋な発言でした」
「いや。そうやって都度、気を回してくれる存在ってのはありがたいもんだ」
勝ち確まであと少し。だからこそ、気合い入れないとな。
そう言ってクロノスは、再び剣を構え直した。
「はい」
短く応えたイーは、クロノスが再び鍛錬に入ったのを見届けつつ、闘技場の中へ戻っていくのだった。
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「帰った、ゾ!! ただいま!!!」
「…………お帰りなさい」
ハイテンションな声とともに無駄に元気よく開かれた扉の音を聞いて、部屋の中にいたカストロはゲッソリとした顔と声で返事をする。
そんなカストロには目もくれず、帰ってきたコノーニは部屋の中の異変に食いついた。
「なんだコノ魔法陣! コレが言ってた秘策というヤツカ!?」
「……ええ、まぁそうです。正直、秘策というほどのものでもないのですが」
こほん、とカストロは咳払いをひとつ置くと、ゲッソリ顔から一転、意気揚々と説明を開始する。
「元々は前線における、貴女の暴走や私の魔力切れ対策に用意していた最終手段のようなものですが……。
早い話、一定時間この中に入っていれば魔力の緊急回復が可能になります」
「つまりここに入れば良いのカ!? 良いんだナッ!?」
「そうですね、ただしーー」
「よしきタッ!!」
カストロの説明を聞く気配すらなく、コノーニは魔法陣の上に飛び乗った。……ほどなくして、一瞬フリーズしていたカストロに向かって「?」マークを浮かべた顔を向ける。
「……回復してる気がしないのだガ!」
「ーー話はちゃんと聞きなさい。この魔法陣を使用するには、私の魔力でここに仕込まれた魔術式を起動させる必要があります。
加えて、本来は緊急時の応急処置みたいなものですから、そんな一瞬で効果を実感できるモノでもありません。……そうですね、万全の状態まで回復するのに数時間、といったところでしょうか。そのくらいはこの上で動かずにいる必要があります」
カストロの説明に、今度はコノーニがゲッソリとした顔になる。
「うへぇ……ワタシ、そんなに長い時間じっとしている自信ナイゾ?」
「我慢なさい、子供じゃあるまいに。と、言いたいところですが……そこは安心してください」
「何か秘策ガ?」
「単純です。明後日の夜、貴女はこの上で寝てください」
カストロの提案に、コノーニはポン、と手を打った。確かに、それならば時間の問題はクリアできそうだ。というか、なんなら今から昼寝でもイケそうなくらいだ。
「今はまだ朝です。……いや、そうじゃなくて、この魔法陣の使用は明後日まで待ってもらいます」
「なんデ?」
「理由は主に三つ。
ひとつ、魔法陣そのものの起動に少し時間を要すること。まぁ、こちらはさほど大したものでもありません」
コノーニの疑問に、カストロは人差し指を立てながら回答する。
「考えること」を得意とし、また日々色んなことを考えてしまう気質のためか、こういう説明やら講義のような場面は彼の独壇場である。
「ふたつ、回復できる魔力量には限界があること。魔力のロスをできる限りなくすため、なるべく戦いの直前に回復させるようにします。
そしてみっつめはーー」
続くカストロの説明に、聞いた側であるコノーニは早くも退屈そうに顔を背けている。カストロは再び表情を苦くして、ため息混じりにその顔を睨んだ。
「ーーみっつめは、貴女ですよ貴女。コノーニです」
「へ、ワタシ?」
「へ、じゃないんですよ。貴女、魔力が戻ったら戻ったで速攻で浪費しかねないでしょう」
「ああ、まァ暇だったらしょうがないヨネ」
「しょうがなくないんですよ。確実に浪費するから、ふたつめの理由と合わせてロスが出にくいようにしないと」
不備がないように調整しないと……、普段使わない術式なのに……、無駄にバカスカ使うから余裕持った調整にできないし……、ああもう! と頭を抱えるカストロに、コノーニは「ふーん」と興味なさげな反応を送る。
「話の流れとはいえ、自分で質問しといてそれですか……。まぁいいか。
さて、それでは他の補足事項や発動原理について、一応説明をーー」
「いや、いい。めんどいからそーゆー細かいコト考えるのはオマエに任せるのだナ」
気を取り直して再び説明の態勢に入ろうとしたカストロだが、シュッ! と突き出てきたコノーニの手のひらに言葉を止められた。
説明を断ったコノーニは、そのままダッシュの体勢を取り、駆け出そうとする。
「ちょ、こら、待て! 折角だから最後まで説明させなさい!」
「やだよ、だって絶対長くなるジャン!」
じゃあ、調整ガンバレー! という言葉を残して、コノーニはそのまま行ってしまった。いかにも不完全燃焼、という顔のカストロだったが、
「追いかけて時間を浪費するわけにもいかないし、しょうがないか。はぁ」
ひとりぼやきながら、諦めて魔法陣の調整作業に没頭するのだった。
どうも、お久しぶりですT-M.ホマレです。
第1話から読んで下さっている方は27度(正月特別編も入れると28度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ本編第1話から読んで頂けると幸いでございます。
というわけでChronuKrisークロノクリスー 後日談、第13話です。
なろう自体でみても、前回の更新が昨年12月の短編「爪を隠そうとしたら女の子に襲われた話」、クロノクリスに至っては昨年2月ぶりと、随分と時間が空いてしまいました。
理由というか言い訳は、「体調が安定しなかった」「他にやることがあった」等あるのですが、
まぁサボりすぎました。すいません。
とはいえ、かねてから言ってる通り時間がかかっても書くのを辞めたりエタらせたりするつもりはないので、ゆっくりでも更新はしていく所存です。
言い訳終了。
今回のお話は、決勝までの間の幕間的なものとなります。とりあえず帝国サイド。
残すところはコノーニひとりだけとなり、先のカストロvsコノーニでそれなりに消耗してしまった帝国側の秘策についての一幕です。
実は1年くらい前に書き出しだけ書いてたのに、サボってたせいで続きを全く思い出せず、残してたつもりのメモも見つからなくて展開を考え直したのはナイショです。
さて、これまた久しぶり、今週のチラ裏設定大公開のコーナー。
……と言いたいところでしたが、今回のチラ裏設定って魔法陣関連だけで、しかも大抵カストロくんが説明しちゃってるので語ることがなかったり。
あの魔法陣に関しては酸素カプセルだのカプセル○シーン的なものだと思ってもらえれば概ねおっけーです。
次も幕間を予定していますが、筆者が飽きそうだったら更新優先で幕間すっ飛ばして決勝に入るかもしれません。
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




