後日談第12話 神威、解放
歓声に囲まれた武闘場の真ん中で、激しい剣戟の音が響く。
アウレリアは黒の長槍で壁のような密度の刺突を繰り出し、クロノスは剣一本でその全てを捌ききっている。
『さぁ、いきなり激しい打ち合いから始まりました第四試合! 果敢に攻める長い槍、アウレリア選手ですが、クロノス選手これを剣一本で難なく受けきる〜! 今の所受けに回っているクロノス選手ですが、果たしてーー!?』
黒槍の猛攻を往なしながら、クロノスはふむ、と考える。相手は戦場で驚異的な粘りを見せたアウレリア・カニスだ。しかし、1対1での戦いは初めてであり、今回は武装も微妙に変えてきている。
(おそらく、基本スタイルは変わらんだろうがーー)
「何を怖気付いているのです、クロノス・アーレス。このまま我慢比べを続けては、優位に立つのは私の方ですよ」
槍を一度、後方に引きながら、アウレリアが言葉を放つ。その、単純な煽りに。
「は、そいつはどうだかねぇ。だがまぁ、その安い挑発、乗ってやるよ」
アウレリアが槍を引いたことで空いた空間に、クロノスが飛び込み、剣を走らせる。
アウレリアは黒槍の中ほどでそれを受け、槍を大きく回転させる。クロノスの剣は絡め取られ、槍の穂先が剣の刃を押さえつける形で静止した。
「"技装"を使わないなんて、ずいぶんと余裕があるのですね」
「また下手な挑発か? 純粋な腕比べをしたがってたのはお前だろうに」
「ええ。ですがもう十分です。私の槍術と貴方の剣術では、私の方が上だ。ならば私は、『全てを出した本気の貴方』との決着を望みたい」
それを聞いて、クロノス口が笑みに歪む。その目付きは獲物を狙う猛獣を思わせるように、ギラギラと輝いていた。
「ーー言ったな、槍兵。ならば受けるか、我が身に宿りし"神の力"を」
そいつぁ少しマシな挑発だぜ、と嗤うクロノスから、通常とは異質なーー彼が宿す、"神の力"に由来する魔力が漏れ出てくる。
「えぇ、ええ。望むところです。我が黒槍ヒューエトスに、"神殺しの槍"の栄誉をば!」
「ーーーー神威技装」
「!!」
静かに口にしたクロノスの魔力に、アウレリアは常ならざるものを感じ取る。
ーーアレは、今までとは違うモノだ。
「ーーーー魔装・解放」
少し後ろに跳び退りながら、アウレリアも自らの槍の魔力を解放する。アダゴニア王国が誇る高火力魔力ミサイル、"ヴリマ"に由来するその魔力もまた、濃く、力強く。
「爆ぜ穿つ魔雨槍!!」
先手を取ったのは雨の魔槍。従来のような広範囲に連続する突きではなく、ただ一点、クロノスの心臓のみを貫かんとする神速の突き。
「抉り断つ必滅の牙」
対するは、神威を宿した"神の剣"。クロノスの剣は、青く激しく光を放ち、膨大なーー普段の彼の、魔力放出による膨大な魔力の発露をして、なお比較にならないほどのーー魔力を発現する。
心の臓へ向けて迫る槍。神速というに相応しいその突きを、神威の剣はいっそ緩慢とすら呼べる動きで迎え撃つ。
魔槍は剣が降るより先にクロノスへ届く。クロノスの魔力がそれを阻まんとするが、アウレリアの魔槍は魔力による守りを貫通する。
獲った、とアウレリアは思った。ーーそのはずだった。
しかし。
たかが玩具の如き爆弾の魔力、はね返せずして何が神威か。魔槍は確かにクロノスの魔力を貫いた。否、貫こうとした。魔槍ヒューエトスは、神の魔力のごく一部を、ほんのわずかとはいえ確かに穿つことは出来ていた。
だが、それもそこまで。
魔槍はクロノスの身体を貫くことなく、神威の前に停止した。槍が止まったことで、"ヴリマ"由来の魔力による爆発が巻き起こる。
そこに、神威の剣が振り下ろされた。
大きな爆発がある。その爆風は、武闘場全域に広がった。
『両者の大技が炸裂ー!! 爆発、爆発、大爆発です! こちらからは確認できませんが、中心にいた両選手の安否、そして決着の行方は如何にーー!?』
アナンシアの実況の声が響く。その残響を残して、武闘場は静寂に包まれた。観客が、観戦しているライバル達が、仲間達が息を飲む。その中に在ってひとり、自信満々の、確信に満ちた表情を浮かべる少女がいた。
元皇帝の少女。その、見つめる先で。
ーーーーやがて、煙が晴れた。
クロノスが立つは元の場所に。その剣が指す先に、壁に背中を預け座り込み、アウレリアの姿があった。槍を杖に立ち上がろうとするが、身体は少しも動かない。
『試合終了ー! シンパティア魔戦杯・決勝トーナメント第一回戦、第四試合は、クロノス・アーレス選手の勝利で決着です!!』
クロノスが剣の輝きを消し、剣を収めると、アナンシアから勝利のアナウンスが聞こえてきた。
歓声が巻き起こる。クロノスは一目、観戦席のクリスティアへと目配せを送ると、アウレリアの方へ近づいて行く。
「……流石、です。クロノス・アーレス。私が持てる最大の力で挑んだものが、こうも届かないとは」
「いや」
と、クロノスはため息を吐く。
「最大火力で向かってきてくれて良かったぜ。でなきゃ、今頃お前は居なかった」
そいつは流石に、寝覚めが良くないからな。
そんなことを言うクロノスに、アウレリアはそこの心配ですか、と暫く目を閉じる。
「……はぁ。完敗です。この槍は、まるで貴方に届かなかった」
「当たり前だ。仮にも"神の力"借り受けてんだ、そう簡単に破られてたまるかよ」
少し、沈黙。その間を空けて、クロノスが再び口を開く。
「ーーと、言いてぇトコロだが。あの一瞬、お前の槍は確かに神威の魔力を穿とうとした。それは、見事だと言っておこう」
言われたアウレリアは、黙るしかなかった。クロノスの言葉に、驕りはない。ただ厳然たる事実として、それだけの差が両者にはあった。
「しっかし、"神殺しの槍"、ねぇ。マジモンの"神殺し"を知らねぇからこそ口にできるモンだせ、それは」
出直してきな、とクロノスは踵を返す。
「……はい。次こそは、必ず」
"神殺し"は実在する。その噂を、アウレリアも耳にしたことはあった。
世界は広い。自分などまだまだだ。
クロノスの背を見送りながら、黒の槍兵は決意を新たに、再戦を誓うのであった。
「おう、約束通り、勝ってきたぜ」
「うむ! ご苦労さま、である!」
軽く片手を上げながら仲間の元へ帰るクロノスを、クリスティアの満面の笑顔が迎えた。
「お疲れ様です、クロノスさん。……ものすごい爆発でしたね」
「全くだぜ、師匠。あたしはちょっとヒヤッとしちまった」
「わたしは信じてたぞ! わたしのクロノスが負けるわけなかろう、とな!」
「うへー、『わたしの』だってよ」
「はいはい、ごちそうさまです」
口々に言う。そんな仲間達にクロノスがはは、と笑いながら礼を言う。
『はーい、それでは! 決勝トーナメント第一回戦の全試合が終了したと言うことで、勝ち抜いた選手のご紹介と、準決勝のご案内を差し上げたいと思います〜』
と、そこに、アナンシアの声が聞こえてきた。
『まずは決勝トーナメント、準決勝進出者をいま一度、ご紹介させていただきたいと思います!』
そのまま、第一回戦の勝者の名前が読み上げられる。
・第一試合 勝者 コノーニ・カタストロフ
・第二試合 勝者 イー・スィクリターリ
・第三試合 勝者 カロラ・ドルチェ
・第四試合 勝者 クロノス・アーレス
「なんだ、フタを開けてみれば残ったのはほとんど身内ばかりではないか」
「クリスちゃん……」
まぁ、わたしは残れなかったのだが、そこはそれよな。と残念そうに呟くクリスティアに、イーが気遣いの目を向ける。
クリスティアはそれに、笑顔で返し、
「うむ! あとはコノーニめを叩けば我らの勝利だ! 期待してるぞ!」
力強く告げた。
『続きまして、準決勝の対戦カードのお知らせです〜。まぁ、そのまんまなんですけれど』
・準決勝第一試合
コノーニ・カタストロフ vs イー・スィクリターリ
・準決勝第二試合
カロラ・ドルチェ vs クロノス・アーレス
「いよいよ師匠とか……胸を借りるぜ」
「おう、全力でかかってきな。手加減はしねぇからな」
「いや、あたしが死なない程度で頼むぜ師匠……。とはいえ、本気の師匠とやりあえるまたとないチャンスだ。やれるだけのことはやってやるさ」
「弱気だな。オレが相手だろうがぶっ倒す! くらいは言うかと思ったが」
「そう言いてぇのはやまやまだけどな。さすがに身の程はわきまえてる」
けど、とカロラはクロノスに視線を合わせる。
「やるからには勝つつもりでやる。少なくとも、戦いが始まれば、全力で取りに行く。それだけを考えて戦うつもりだ」
「ああ。それを聞いて安心した。楽しみにしてるぜ」
やや微笑みながら受け止めるクロノス。だが、その胸には弟子の成長に対する期待感があった。
『準決勝は三日後、準決勝終了後はそのまま決勝も同日に行う予定なので体力や魔力の消耗等、ご注意くださいね〜。なお、試合形式は第一試合と同じものとなります』
決勝トーナメントに関するアナウンスが終わり、アナンシアからの声は事務連絡に移っていく。
それを聴き終えた選手達は、再び闘技場内の宿泊施設へと戻っていくのだった。
どうも、T-M.ホマレです。
第1話から読んで下さっている方は26度(正月特別編も入れると27度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ本編第1話から読んで頂けると幸いでございます。
というわけでChronuKrisークロノクリスー 後日談、第12話です。
病気の悪化による体調不良で、随分と長らく更新が途切れてしまい申し訳ありません。最近は気分のいい日も増えてきたので、不定期にはなりますが少しずつ書いていこうと思います。
さて今回は、シンパティア魔戦杯、決勝トーナメント第一回戦第四試合。満を持しての主人公登場でございます。
一対一、お互いに全力でぶつかったことで、アウレリアとクロノスの因縁はここで一旦落ち着いたことになりますね。
ちなみに本作品、いわゆる俺つえぇ系小説と銘打った割には、言うほどクロノス無双してなくね? という疑問がありまして。
なので今回は、俺つえぇ系要素を少し濃いめに出してみました笑
さて、今週のチラ裏設定大公開のコーナー。前と同じく今回バトった2人の戦闘からご紹介です。
まずはアウレリアの魔槍から。
爆ぜ穿つ魔雨槍
火力SS 防衛力D- 射程B 範囲C 応用E 燃費C 命中A
アウレリアの持つ魔槍・ヒューエトスにアダゴニアの魔力ミサイル"ヴリマ"の魔力を組み合わせ、発動する必殺の突き。自身の魔力を、護り、粘るために使うことが常だった彼女が習得した、対個人火力一点特化の奥義である。
長槍形態により射程を増した魔槍が、神速の突きとして相手の心臓を貫かんと襲いかかる。その突きは魔力による防御を貫通し、また突きの終点にて小規模かつ高威力の爆発を巻き起こす。身体を穿たれ、その中心から炸裂した相手は、跡形も残らず消滅する。
当たれば間違いなく必殺の技ですが、クロノスの神威の魔力は貫き切れず、敗退することになりました。
なお、通常の魔力障壁で受けようとした場合は難なく貫かれるので、最大火力で撃ち合って良かったのはお互い様とも言えるかもしれません。
続いて、クロノスの神威剣。
神威技装・抉り断つ必滅の牙
火力SS+ 防衛力B 射程A 範囲S 応用C 燃費D 命中B
"神現技装"の上位技としてクロノスが開花させたもの。神威技装。より深く、より大きな"神の力"の発露。
クロノスの"神の力"の中でも最も色濃く、彼の起源とも言えるガイアの力を借り受け、その神威を剣に宿す。その斬撃は圧し潰すように大地を割り。その突きは削り取るように空を抉る。
発動中は剣がまばゆい青の光を放つが、発動後暫くすると光が消え、効果も消える。燃費はあまり良くないが、現時点でのクロノスの最大火力であり、コレをまともに受けてなお立ち上がる敵はそうは居ないため、問題にはならない。
帝国編にてアイオロスの手で"神の力"を目覚めさせられたクロノスですが、アイオロスとの戦いを経て、そしてその後の修行によって、より自在にその魔力を引き出せるようになりました。
ただ、"神威"の段階はまだ引き出すのが一杯な所があるので、剣に纏わせてぶっぱ、が基本となります。
ーーーー以上、チラ裏自己満設定公開のコーナーでした。相変わらずノリだけで書いておりますが、ノリで主人公の新奥義を解放してしまいました。
さて次回は準決勝……の前にまた幕間を挟むかな? と思います。
その次からは決勝までノンストップですね。是非、見届けていただければと思います。
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




