後日談第8話 凪(なぎ)の間に
シンパティア魔戦杯第二回戦終了後、クロノス、イー、カロラの3人は、舞台から落ちたクリスティアの様子を見るために、闘技場内に設けられた医務室へと向かっていた。場所は、控え室へと姿を戻した第二回戦の会場にて、案内をしていた役人に聞いた。その役人は決勝トーナメントに進んだ各選手の個室の案内をしていたが、3人はそんなものよりも先に、とクリスティアの所へ行こうとする。
と、その医務室と思しき場所から1人の女性が出て来た。
「おや。おやおや〜。これは、決勝に進出するクロノスさんにイーさん、そしてカロラさんではないですか。第二回戦、どうもお疲れさまでした〜」
「アンタはーー」
「はい♪ 第二回戦の実況を務めさせていただきました、アナンシア・ディアーヒシでございます〜。決勝も同様に、実況させていただきますのでよろしくお願いしますね!」
「あ、ああ。……で、そのアンタが、なぜここに?」
「あ、私、ここの医療スタッフもやっておりまして。負傷された方の手当てなんかもやってるんですよ〜」
もちろん、私だけでは回らないので他にもいらっしゃいますけどね、と笑うアナンシアに、へぇ、忙しいもんだとクロノスは少し感心する。
「ーークリスティアさん、ですよね?」
ふと、少しだけ真面目な顔になったアナンシアが尋ねる。第一回戦でチームを組み、第二回戦でもーー連携を崩されはしたがーー共に戦っていたのだ、察するのも自然であろう、とクロノスは頷いて答える。
「ああ、少し様子を見に来たんだが」
「ん〜、今は、どうですかね〜。行っても話せないかもですよ?」
「悪りぃのか!?」
アナンシアの言葉に、カロラががばっ、と身を乗り出す。クロノスも内心焦ったが、カロラの言葉が出る方が早かった。
「あ、いえいえ、ごめんなさい。大丈夫、寝てればちゃんと元気になりますよ〜。ただ、今はぐっすり眠っているので、ゆっくりさせてあげて欲しいかなって思います」
微笑みと共に出る言葉に、クロノスは長めのため息をつく。カロラも息をつきながら、んだよ焦らせんなよー、と零していた。
「ああ……了解した。それなら良かったよ。ありがとう」
「いえいえ〜、これも務めですので。明日には目を覚ますと思いますので、また顔を出してあげてください」
それでは、と会釈して、アナンシアはぱたぱたと忙しそうに去って行った。
「まぁ、島に入ってから第二回戦まで、ほとんど休む間も無く戦ってたからなぁ。疲れもあるんだろうし、無理もない」
そう言って、クロノスは後ろを見る。ずっと黙ってついて来ていた青い短髪の少女が、何かを堪えるように俯いていた。
「……なぁ、イーちゃん」
「…………はい」
「ちょっと外、出てみるか」
「……わかりました」
返事があることに少しだけ安心しつつ、クロノスは闘技場の外へ向かう。少し、気分を変えることも必要だろう。ーーとはいえ、外には森があるばかりだが。
「ん、師匠、外に行くのか? ……アタシも行くか?」
「いや、いい。お前は先に部屋に戻って休んでろ」
「そっか。ーーじゃあ、あとは任せたぜ、師匠」
カロラは小声でクロノスに耳打ちすると、じゃ、また明日なー! と手を振りながら来た道を戻っていった。
クロノスはイーを連れて闘技場の外へ。門の所にいた警備兵には、「ちょっと夜風に当たるだけだ」と説明した。夜風に吹かれて気分を変える。あながち間違いでもないだろう。
「うお、予想はしてたがやっぱ森ん中、真っ暗だな」
「……はい。でも、風はちょっと、気持ちいいです」
「だろ? まぁ、屋内よか少しはマシだ」
「…………」
「…………」
しばし互いに無言で歩く。とはいえ、あまり闘技場から離れるわけにもいかない。程よく進んだ所で、クロノスは足を止める。それを契機に、再びクロノスは口を開いた。
「イーちゃんはクリスを守れなかったと行ったけどさ。……オレは十分守れてたって、そう思うぜ」
「でもーーでも! クリスちゃんは、舞台から落ちて……」
「魔力を使い切って落とされたクリスが、寝てりゃ治る程度の軽傷で済んだのは、イーちゃんがあの時敵に背を向けてまで防御膜をクリスに張ってくれたおかげだろ?」
「それは……そうかも、しれませんけど」
「オレは、何もできなかった」
「ーーーー!」
クロノスは、夜の空を見上げる。真っ暗い木々の中にぽっかりと空いた洞穴の中、雲に覆われた月だけがぼんやりと淡い光を発している。イーが釣られて顔を上げたところで、クロノスは語り出す。
「オレは、クリスを守ると約束した。あいつを生涯守ると誓った身だ。そうでありながら、オレは窮地に陥るクリスに、ロクに何もしてやれなかった」
「でも、それは……あの状況なら、仕方なかったと、思います」
「なら。それは、イーちゃんも同じだろ?」
「…………」
ーー言わされた。そう、イーは感じる。感じながら、それでも自分としては納得がいかず、黙り込む。
「……まぁ、それは言い訳に過ぎないにしても、だ」
「言い訳、ですか……」
「まぁ、オレは特にな。クリスを守る、あいつだけの"軍神"として。クリスの剣として。オレはここままじゃいけねぇ。どんな強敵が来ても大丈夫なくらい、圧倒的じゃないとダメなんだ」
「クロノスさん……」
けどさ、とクロノスは身体を向き直らせ、イーに向かい合う。
「今回は途中から個人戦で、優勝者が一人に決まる、そんな大会だ。そりゃ、クリスも一緒に勝ち残れればそれが一番だったが、オレ達の勝ち筋はそれだけじゃねぇ。ぶっちゃけ、3人のうち誰かが優勝できればそれでいい」
「優勝……」
「落ちる時、クリスは言った。オレは勝てる、『何も気にせず』暴れろってな。オレが気に病むと思ったんだろう。実際オレも気に病まないワケじゃない。ーーだけど、オレ達がクリスにしてやれることは、ここで優勝を獲るしかない。だったら、『何も気にせず』全力で戦ることが、何よりも今、やるべきことだろうぜ」
まったく、さすが元皇帝っつーか、こういう所は上手いんだよな、クリスは。そう言って苦笑しつつ、クロノスはイーの肩をポンと叩いた。
「んで、それはイーちゃんにも言えることだと思うんだよ。オレ達ふたりで、全力で優勝を獲りに行く。ーー決勝トーナメントの組み合わせ、覚えてるか?」
「はい。対戦表の右側から、コノーニさん、カストロさん、私、アグニ、クルラーナさん、カロラちゃん、クロノスさん、アウレリア殿の順でした」
「はは、バッチリ覚えてるな。その組み合わせ、オレとイーちゃんは所謂別ブロックなんだよ。つまりーー」
「ーーつまり、勝ち続ければ、クロノスさんと……?」
「そういうこった。だからオレは、オレ達の勝利のためにこう言うぜ」
木々の隙間から風が戦ぐ。その風に、金の髪を撫でられながら、クロノスはしたりと、そのありきたりなセリフを言う。
「決勝戦で会おう」
言って、クロノスは手を差し出した。
ーー帝国で、そして国を出てから、様々な場面でイーはクロノスと行動を共にした。『クリスティアを守る』という目的の一致のもと、仲間として、ずっとこの大戦士と共に戦ってきた。クロノスの後ろで、クリスティアを守る役目を負ってきた。
しかし、ここに来て初めて、対等な好敵手の一人として、クロノスが自分と向き合っている。『メインはクロノス、自分は援護』、無意識にそう割り切っていたイーにとって、その事実は、大きく心を揺さぶり、そして励ますものだった。
「私はサポートでいい、護衛役だ、なんて。ずっとそんな思いがあったように、思います。でもーー」
イーは、ぐっと顔を上げて、クロノスの顔を真正面から見据え、答える。
「クリスちゃんの為にも、本気で優勝を目指す。私も優勝を撮りに行く。クロノスさんのお陰で目が覚めました。ーー必ず決勝戦まで勝ち残る。そして」
クロノスが差し出した手を、がしっと掴んで、イーは力強く宣言する。
「クロノスさんにだって、負けません」
「ああ。楽しみにしてるぜ!」
イーの顔からは、もう迷いや後悔は消えていた。
「まぁ、まずは一つ目の試合、お互いに因縁のある奴が相手だ。せいぜい気合い入れて、確実に獲りに行くとしよう」
「はいっ!」
「ーーよし。んじゃまぁ、そろそろ戻るとするか。明日は休息日って話だが、クリスのところに行ってやらねぇとな」
確かな思い、確かな手応えを胸に、ふたりは闘技場へと戻っていく。中で別れて個室に入ると、戦いの疲れに身をまかせるようにして眠りへと落ちていった。
ーー翌日の昼ごろ、クロノス、イー、カロラの3人は、クリスティアのいる医務室へと顔を出していた。
「遅かったではないか! 正直、待ちくたびれたぞ」
その3人を、ベッドの上でやや拗ね顔のクリスティアが迎えた。
「わ、悪りぃクリス。ちょっと寝坊したというか、予想以上に寝ちまったというか」
「ふふ、冗談だ。連戦の疲れが溜まっていたのであろう。そんな中わざわざ来てくれて、わたしは嬉しい」
「お、おう……」
一変して笑顔になったクリスティアが、ベッド上からクロノスに抱きつく。それにややうろたえながらも、ナチュラルに抱き返している辺り、クロノスも慣れたものだ。
「あー、ハイハイ。イチャつくのはいいけどさ。身体は大丈夫なのかよ、クリス?」
「気遣い感謝するカロラよ。だがわたしはこの通り、元気そのものだ! ……まぁ、アナンシアからは、念のためもう一日安静だ、などと言われたのだが」
「……クリスちゃん」
「おお、イーよ。そなたも残れたのだな。わたしはここまでだが、3人が決勝トーナメントへ進めたこと、実にめでたい」
「ありがとうございます。でも、あなたを最後まで守ることができなくて……すいませんでした」
その言葉を聴いた時、クリスティアは一瞬、それを否定しようとした。しかし、イーの表情や声色に暗いものは無く、むしろ前向きな力強さを感じたためこれを飲み込むことにした。
「残ったからには、私も全力で優勝を狙います。決勝でクロノスさんだって倒して、優勝の二文字をクリスちゃんのもとへ持って帰ります」
その力強い宣言に、クリスティアは目を見開いて暫し、呆気にとられる。その影で、カロラがクロノスを肘で小突いた。
「上手くやったみたいだな、師匠」
「ん。まぁ、な」
小声でそんな短いやり取りがあった中、クリスティアは再びその表情を笑顔に変えて、満足そうに頷いた。
「ーーうむ! イーがそのつもりでいてくれるのであればわたしが言うことは何もない。吉報、待っておるぞ!」
「はい!」
力強く、笑顔と返事を返すイーを見て、クロノスも頷いた。それを眺めながら、カロラが思い出したかのように口を挟む。
「……あ! 言っとくけど、アタシだって負けねーからな!」
「お、楽しみだな。それじゃ、クルラーナを倒した後はオレだな」
「げっ、師匠!? そっかー、そうなるのかー! けど、諦めねぇぞ! ダメ元特攻玉砕勝負だ!!」
「いや玉砕はしちゃダメですよ」
「分かってるて! 物の例えだ、えーと……当たって砕けろ! みたいな?」
「だから砕けちゃダメなんだって。まぁ、そのくらいの勢いと諦めないド根性はあった方が良いだろうけどな」
「そう、それ! アタシが言いたかったのそう言うこと!」
わいわいと賑やかになる仲間達を、クリスティアは笑顔で眺めながらも、遠い目をしている。それを、クロノスが察知した。
「クリス?」
「いやなに、少し昨日のことを思い出していたのだ。……昨日の戦い、わたしは簡単には落ちぬ、などと口では言いながら、戦場に、クロノスに"力"を託すことしか考えていなかった。内心諦めていたのかもしれん。ーーそう考えると、いつの間にか諦めグセが付いたものだな、とな」
ため息をつきながら、ぎゅっと掛け布団を握りしめるクリスティアに、クロノスはんー、と少し考えてから言葉をかける。
「そんなことはないと思うぜ? 帝国を出る前のアイオロス達との一戦、アレで勝てたのはお前がギリギリまで諦めないでいてくれたおかげだ。今回は……今回だって、間に合いこそしなかったがあの状況下では最善の行動をしてたと思うぜ、クリスは。成長もしてるし、心の強さだって健在だ。だからまぁ、お前が気にすることは何もない」
「クロノス……うむ、そうだな。これからが勝負の皆の前で、気弱なのは良くなかった。今のは忘れてくれ」
「ああ。お前の分まで暴れてくる。だからーー安心して見ていてくれ」
『気にするな』と言われた以上、クロノスは『間に合わなかった』ことに関する己の失態にはあえて触れない。
「この身は"聖域"に侍る"軍神"。その名にかけて、必ずや勝利を」
その代わりに、必勝の誓いを口にした。
「うむ! ーー武運を祈る」
それから更に一日半ほど。ある者は休息に。ある者は自己鍛錬に。ある者は戦略を練り、ある者は仲間と過ごしーーそして。
『さぁ、ついにやって参りましたシンパティア魔戦杯、決勝トーナメント! 実況は引き続きこの私、アナンシア・ディアーヒシが務めさせていただきます! では早速ですが参りましょう、決勝トーナメント一回戦第一試合! 初戦を飾るその対戦カードは〜! コノーニ・カタストロフ選手vsカストロ・シーデロ選手で〜す!!』
決戦の日が、やってきた。
どうも、T-M.ホマレです。
第1話から読んで下さっている方は22度(正月特別編も入れると23度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ本編第1話から読んで頂けると幸いでございます。
というわけでChronuKrisークロノクリスー 後日談、第8話です。
今回はシンパティア魔戦杯決勝トーナメント開始前の、ちょっとした幕間みたいなお話ですね。
ずっとサポーターを頑張ってきたイーにスポットを当ててみました。
戦闘や能力お披露目があったわけではないので、いつものあのコーナーはお休みです。
本編もここ最近の中では短めなので、サクッと読める仕様となっております(笑)
というわけで、次回からはいよいよタイマン勝負! 決勝トーナメント、開始でございます。
後日談もはやいものでもう8話、さーて何話で終わるかナー。
まずは次回、"攻撃バカ"vs"防御バカ"の戦いを、お楽しみに!
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




