後日談第2話 魔戦杯開幕!
「さーて、来たぜ! シンパティア!」
クロノスたち四人を乗せた小船から勢いよく船着場に飛び降りたカロラは、着地するやいなや叫び後をあげる。その様子を眺めつつ、やれやれ元気なもんだ、と零しながらクロノスも船を降りた。それに、クリスティア、イーが続く。
「さぁ師匠! さっそくエントリーに行くぜ! 船着場の近くに受付があるはずなんだよ。どこだー!?」
「おうよ、分かったからちょっと落ち着けな。……クリス、大丈夫か?」
「う、うむ……全く、カロラの奴め、船旅にも全く堪えてないとみえる」
「あはは……クリスちゃんは船に慣れてないですから」
「ま、まぁ。わたしはクロノスさえ居てくれればいくらでも元気は出せるのだがなっ! ……なっ!!」
「お、おう。……無理はすんなよ?」
「はいはい、いつものやつですねー」
力強く宣言するクリスティアとやや照れながらもそれを気遣うクロノス。今や定番となったやりとりを、イーが流す。
ーーこの島には3つの船着場があり、それぞれの近くに魔戦杯の受付小屋が設置されている。1回戦はサバイバル形式だから、開幕での潰し合いをある程度軽減するために、受付を分散させているようだ。
「もっとも、それでも3つしかないあたり、ある程度は潰し合いもさせたいみたいだが」
そう、クロノスは考察する。人材の発掘なら、逆境を乗り越える試練は設けるべきだが、実力を見る前の事故による脱落は防ぎたい、というところだろう。
「師匠ぉー! 早く行こうぜー!!」
「あぁ、分かった急かすな。先ずは受付小屋を探さねぇと……」
「ーー全く、呑気なものだ。ここは既に戦場だ。だというのに、まるで観光にでも来たかのようにはしゃぐとはな」
と、船着場の前方、森林地帯へと入る道の方から、不意に声を掛けられる。声がした方には、鋭い目をした青髪の男が、3人の少女を従えて立っていた。
「なにおう!? てめぇ、誰だか知らねーが喧嘩売ってんのか! つーか誰だてめぇ!!」
「カロラ、落ち着け。ーーアンタ、魔戦杯の参加者か?」
「何故そう思う?」
「ハ、それほどの魔力を持ってて今このタイミングで4人でそこに立ってる。これで違ったら嘘だろうぜ」
「正解だ。褒賞として受付の場所を教えてやろう。この森の入り口近く、そう深くない所に小屋がある。……ちょうど、その船着場と今俺が立ってる場所の直線上にある位置だ」
「そりゃ丁寧にどうも。アンタ、名は?」
「フン、貴様らに名乗る名はない……。と言いたい所だったが、生憎と俺は貴様の名を知っているのでな。……俺はクルラーナ。よろしく頼むぜ、"軍神"アーレスさんよ」
それだけ言うと、クルラーナと名乗った男と3人の少女はその場から掻き消えた。
「なんだありゃ。消えやがったぜ」
「"転移の術"……あの者たち、アダゴニア王国ゆかりの者か」
「ま、同盟国なら技術提供も受けれるだろうし、分かんねぇけどな。いずれにせよ、厄介なライバルになりそうだ」
「クロノスさん、彼はそんなに強い魔力を?」
「あぁ。ありゃ帝国の騎士団上位クラス相当だな。それに、後ろにいた奴らも得体が知れねぇ。感じたことのない類の魔力だった」
「結局あの男しか喋ってなかったしなー。しっかしあのヤロ、無駄に偉そうな喋り方しやがって!」
なんかハラタツ!! と騒ぐカロラを、まぁまぁ、とイーが宥める。
「せっかく受付場所の情報も得たことですし、とりあえずエントリーを済ませましょう。まずは参加しないことには何ともなりませんし」
「その情報、信じていいのかぁ?」
「その懸念ももっともだが、他にアテもないのが現状であるしな。とりあえずは森に入ってみるのが良いのではないか?」
「クリスの言う通りだぜ。それに、少なくともあの森に何かあるってのは間違いなさそうだ」
「あの森から何か感じるのか?」
クリスの問いに、クロノスはいいや、と首を振る。
「その逆だ。あの森には異常なほどに何も無い。クルラーナを含め、先に森に入ってるだろう魔戦杯参加者の魔力反応も、森に住む野生動物や森そのものが帯びている微弱な自然の魔力ですらも、な」
「結界、ですか」
「多分な。あの森自体が何らかの結界になっている。その結果、外からは何も感じ取れなくなってるんだろう」
「ふーん。なるほどな、どうりでアタシのカンにもピンとこないワケだ」
「ま、クルラーナが言って通り、こっから先は戦場だからな。人避けくらいは張ってるだろうし、他に何の仕掛けがあってもおかしく無いだろうぜ」
「そうか。気を引き締めねばな」
クリスティアの言葉に頷きつつ、一行は森へと入る。クルラーナの情報通り、まずは真っ直ぐ、先を目指して数歩を歩いた所でーー
「クリス、イーちゃん」
「了解!」
「任せよ!」
「「ーー全衛なる聖者の盾!」
ーークリスティアとイーの2人が展開した合わせ技の障壁魔術が、全方位から一斉に飛んできた特大の魔弾を防いでいた。
「おーおー、こりゃなんとも手荒い歓迎なこった」
「な、なんだコレ!? トラップ? トラップなのか!?」
「まぁその一種だな。多分この森の結界の作用の一部だ。入り口で侵入者を感知して、中に入り込んだ所を狙い撃つようになってるんだろう」
突然の洗礼にカロラが慌てるが、クロノス達は冷静だった。この辺りは、実戦経験の差が出る所だろうか。突然の事故による脱落は防ぐ方針というクロノスの読みだったが、この程度の奇襲で間引かれる程度の戦力ならばそもそも不要、ということらしい。
「ぐぬぬ……なんつーか、アタシひとりだけ慌てちまって……言い出しっぺだってのに、かっこ悪りぃ」
歯噛みするカロラの背中を、クリスティアがポン、と叩く。
「そう言うでない。助け合うためのチームではないか。それに、そなたの格好いいところは、また別のところで見せてくれるのだろう?」
「……はは。ああ、そうだ、そうだった、そうだよな! もちろん、任せてくれ。かっこ悪いまんまじゃ終わらねぇ、今度はアタシが、皆を助けてやるからな……!」
「うむ、楽しみにしているぞ!」
少し様子を見ていたクロノスの視線が、クリスティアのものと合う。2人で頷くと、クロノスが前を指差して口を開いた。
「よし。んじゃまぁ、とりあえずエントリー済ませちまうか。受付小屋ってのは、多分アレだろ?」
その指の示す先には、先ほどには無かった古びた小屋が建っている。この小屋、結界による"砲撃"の発動自体が出現条件になっていて、つまるところ、あの"砲撃"を凌ぐことがエントリーの条件にもなっていた。まさに、「戦いは既に始まっている」という状態である。
「たのもー!」
掛け声と共に扉を開けるカロラを先頭に小屋へ入ると、ひとりの男が椅子に腰掛けていた。その後ろにはイリーニ共和国の紋章が入った鎧を装備した兵士が3人、立っている。……この4人だけではない。気配を殺してはいるが、更に数人分の魔力が隠れているのをクロノスは感じていた。
「魔戦杯エントリー希望の方ですね? それでは参加申込書を拝見します。…………クロノス・アーレス、クリスティア・サンクトム、イー・スィクリターリ、カロラ・ドルチェ。以上4名、エントリーを確認しました」
腰掛けている男が流れるような手際で申込書に印を押し、テーブルの上で手を組むと、クロノス達に対してにこやかに話しかけてくる。
「いや、あなた方は運がいい。ちょうどこれで定員いっぱいですよ。あなた達が最後の参加者です」
「オレたちで最後、ねぇ。一体その間に、何組の参加希望者を"撃ち落とし"てきたんだか」
クロノスが言うと、受付の男の笑顔の質が、少し邪気を帯びたものに変質する。
「ふふ。ええ、あなた方には必ず来ていただけると信じていましたよ。何、お互いにとっての千載一遇の好機です。せいぜい活かすとしようではありませんか」
「……違いねぇ」
やっぱりオレたちを釣り上げる目的だったか。そんな確信と共にクロノスが答えると、受付の男はひとつの小さな黒い石を取り出し、テーブルの上に置いた。
「それではシンパティア魔戦杯、第一回戦の説明をいたします。第一回戦は『魔石争奪サバイバル』です。魔戦杯参加チームにはそれぞれ、1組ひとつずつ、この魔石をお配りしています。魔石は5種類あり、どの石が配られるかはランダムです。皆さんには、この石を5種類全て集め、島の中央にある闘技場を目指してもらいます」
「……つまり、残り4種の魔石を他の参加チームから奪い、闘技場に辿り着く。これが一回戦の通過条件というわけですね?」
「その通りです。ただ、魔石の収集方法については自由です。他のチームと組むもよし、交渉して交換するもよし。もちろん、先に闘技場近くに陣取っておいて、既に集め終えたチームから一気に奪う、なんていうのもアリですよ。期限は特になし。ただし、通過者が一定人数に達してしまうとそれ以降は闘技場に入れなくなりますのでご注意ください」
「急ぐに越したことは無い、ということだな。……ところでこの魔石、何か特別な効果があったりはするのか?」
クリスティアの問いに、受付の男は愉快そうに答える。
「ええ、ありますとも。5種類全て集めて闘技場の石板に嵌めると入り口のロックが外れる効果。そして、」
男は笑みを深くして、ひとつ間を置いてから続きを言う。
「一定以上の衝撃を受けると、爆発と共に自壊する、という効果が、ね」
受付の男の不気味な笑みを受けて、クロノス以外のメンバーに怖気が走る。クロノスは受付の男を正面から見据えると、男に負けずに豪快な笑みを作った。
「ハッ、そいつは厄介なことだ! 攻撃を受けすぎると魔石を失う上に、追撃まで受けるとはな! ……ちなみにこの石、チームの誰が持ってても問題ないんだな?」
「ええ、そこは自由ですよ」
「なら、こいつはオレが持っておくとしよう」
「ちょっ」
ひょい、とテーブルの上の魔石を取り上げるクロノスに、クリスティアが待ったをかけた。
「ちょっと待てクロノス。そなたは思いっきりこのチームの主戦力ではないか。そなたが持つのはリスクが高くないか?」
「そ、そうだぜ師匠! 衝撃を受けちゃいけないってんだから、前衛タイプが持つもんじゃねぇだろ、ソレ」
「いや、オレが持つ。"爆発"とやらの威力や規模が分からない以上、いざという時に一番対応出来る人間が持つべきだろ。クリスやイーちゃんは外からの攻撃には強くても、壁の内側で爆発されちゃ流石に保たねぇ。カロラはオレ以上に前衛特化だ。この中じゃ、オレが一番マシなんだよ」
なーに、そう簡単に爆発させるようなヘマはしないさ、と笑うクロノスに、渋々ながらも納得するしかない女性陣。クロノスが今言った理由ももちろんあるのだが、クロノスが魔石を引き受けたのには「そんな危ねぇモン、女が持つべきじゃねぇだろ」という理由もあった。他の3人も、なんとなくそれを察していたのである。
「なるほど、確かにあなたは英雄気質があるようだ」
「……あん?」
「いえ、何でもありません。忘れていましたがもうひとつ。この魔石には魔戦杯運営からの通達を参加者に行う、という役目もあります。広く使われている"伝令の魔石"と似たようなものですね。所持している魔石が無くなれば、その間万が一運営からの連絡があった場合に情報を受け取り損ねる、ということにもなりますのでご注意ください」
「忘れてたって……結構重要な情報じゃねぇか、それ!?」
カロラの突っ込みを笑顔で黙殺すると、男は最後の説明に入る。
「開戦まではまだ幾許かの猶予があります。開戦時には魔石から合図の音が鳴りますので、それまでの時間、場所を取るも良し、作戦を練り戦備を整えるもよし、体を休めるもよし……どうか有効にお使い下さい」
それではご武運をお祈りしています。そう言って説明が終わった途端、クロノス達は小屋の外に居た。森の入り口も、受付小屋も見えない。どうやら小屋があった場所とは全く違うところに居るらしい。
「これは……"強制転移"か? イリーニの役人め、なかなか凝ったことをするではないか」
「おそらく、参加チーム同士の位置をバラけさせるための措置でしょうね。同時に、我々自身の現在位置も把握しにくくなりましたが……」
「マジかよ、開幕迷子とか場所取りもクソもねぇじゃんか」
「相変わらず、結界の影響か魔力感知もしにくいしな。……とりあえず、開戦後の動きと戦備を確認して備えるのが良さそうだ」
クロノス達は、今お互いが持ってる装備、兵糧、能力、そしてそれらを踏まえた上での作戦を改めて確認する。
各チームの方針が固まり、それぞれの準備が整った頃。
『ビィーーーー!』
各所で魔石から合図の音が鳴り響き、ここにシンパティア魔戦杯の第一回戦が開幕した。
どうも、T-Mです。
第1話から読んで下さっている方は16度(正月特別編も入れると17度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ本編第1話から読んで頂けると幸いでございます。
先週、先々週と2週ほど休載してしまいまして、申し訳ありませんでした。
というわけでChronuKrisークロノクリスー 本編終了後の後日談、第2話です。
シンパティア島上陸〜魔戦杯開幕まで。今回もほぼ説明メインの回になってしまった感ありますが、次回からガッツリ戦闘していきます。
というかやっぱり魔戦杯編長くなりそうな予感が……。
戦闘始まったらサクサク行くと思いたいですがさて。
さて、今週のチラ裏設定大公開のコーナー。
今回はクリスとイーの合わせ技なアレです。名あり新キャラも2人目になるんで新キャラ関連も出すか迷いましたが、戦ってもないのに出すのもなぁ、ということで持ち越しに。
全衛なる聖者の盾
火力- 防衛力SS 射程- 範囲A 応用B 燃費S 命中-
クリスティアの"聖域の壁"とイーの"専守全衛の盾"を組み合わせた、2人の合体技。クリスティアの燃費効率の良さに、イーの防衛力を兼ね備え、更に2人で発動する分防衛範囲も広く取れる。自分たちを含めたチームメンバー4人を全方位からの攻撃から守る、程度のことは余裕となっている。カタフィギオ帝国を出て、イリーニ共和国にたどり着いてからの鍛錬により習得した技。
ーーー以上、ひとつだけですが、チラ裏自己満設定公開のコーナーでした。
範囲と強度を更に増した魔力障壁ですね。防衛担当2人の魔力を合わせて発動する、クロノスチームの防御の要と言える技です。
次回は割と正念場です。何が正念場かというと、一回戦を膨らませすぎず如何に速やかにクロノスチームを通過させるか、という所にこの後日談がどこまで長くなるかが割と掛かってるので、次回でどれだけ話が進むかがけっこう重要なのです。
できればあと5〜6話以内で後日談を収めたいなぁ。
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




