第9話 決意と別意
クロノスは、王宮の屋根の上に座り、過去の記憶に思いを馳せつつ、ぼんやりと空を見上げていた。
「ーー懐かしいな。クリス陛下の近衛兵になった時に、イーちゃんとも出会ったんだっけか。当時はまだ、ただの小間使い兼友人という立場だったが、次第に魔法の才能を発揮し始めて名を上げ、陛下が皇帝になると同時に魔導防衛軍を組織したんだったな」
思い出す過去には、忘れていた過去ーー先帝により封じられていた過去、アイオロスによって封印が解かれたものもある。
「ああーー思い出した。大事な部分が封じられ、辻褄合わせのツギハギだらけだった記憶では、オレは『色んな国で裏切りを繰り返した、"神の国"の失敗作にして反逆者』って事になってたが」
でもって、大筋ではあまり間違ってないあたりがタチが悪ぃが、と苦笑しつつ、クロノスは右手に浮かぶ紋章を見やる。
「オレがこの国に来た経緯。その目的。祖父から託された思いと、アイオロスの計画」
クロノスはもう一度夜空に視線を移すと、はぁ、と短く息を吐いて立ち上がる。
「あぁーーやってやるとするさ、思う存分に」
クロノスは王宮の屋根から飛び降りる。その姿は、気配とともに夜闇に溶けた。
翌朝、クロノスは再びアイオロスを訪ねていた。雑務がある故、先に第二アジトで待てーーそう言われて、ひとり第二アジトで椅子に座り、待っていたが。
「それにしても遅いな。もうすぐ昼だぞ」
「そんなに暇か。ならば死ね!」
その背後を、突然の斬撃が襲う。それを、背中越しに剣で受けたクロノスは、襲撃者の攻撃を弾き返しながら振り返る。
振り返った視線の先には、息を荒くしながら大剣を構える、緑の長髪の女性がいた。その身には蒼い鎧を纏っている。
「やはりやるなキサマ。ワタシの剣をフツーに受けるのは団ちょーか防御バカかキサマくらいのものだ」
「……不意を打つにしちゃ殺気がダダ漏れだぜ。いや、張っておいた魔力障壁を力押しで難なく破ってくるあたりは流石の"攻撃バカ"っぷりだけどな」
「バカというなバカと!! ……ん? 待てよ? もしかしてワタシ今褒められた? 褒められたのか? ……んー。いやでもバカと言われたナ。よしやっぱり殺す!!」
「落ち着けっての。ったく、こんなんでよく副団長なんてやってるな。……なぁ、コノーニ」
女性の名はコノーニ・カタストロフ。"防御バカ"と呼ばれたカストロ・シーデロと対をなす、イアロス騎士団の2名の副団長のうちのひとりである。
「なんだ、クロノス!」
「お前、オレが陛下専任になるまではもっと態度柔らかかった……つーかむしろ過剰なくらいの親しみをもって接して来てた気がするんだが……どうしてこうなった?」
「それはアナタが……いやさ、キサマが皇帝陛下なんぞになびくからであろうが! ワタシというものがありながら……! 王女の近衛兵と騎士団を兼任、とかいう時点で多少ヤな予感はしてたのだが……ワタシというものがありながら!!」
「二回言って強調したってお前とそんな関係になった覚えはこれっぽっちもねぇよ! 」
「そうやってすぐ切り捨てる……うぅ、ヒドイオトコなのだな。ならば勝負だ! 無論、勝ったらワタシを好きにする権利をやろう!!」
「いや、やんねぇから」
「ならば死ねぃ!!」
「ーーそこまでだ」
「あ、団ちょー!!」
話が通じているのかいないのか。クロノスの頭が痛くなって来たあたりで、アイオロスが中へ入ってきた。クロノスに飛びかかろうとしていたコノーニは一瞬でアイオロスのもとへ。
「コノーニ。カストロを呼んできてくれ」
「アイサー!!」
アイオロスの指示で、コノーニはそのまま外へとすっ飛んで行った。アイオロスは代わりにクロノスに近づき、その対面に座る。
「……アイオロス」
「クロノス。"神現技装"は取り戻したのか」
「あぁ。アンタに全く通じなかった苦い記憶と一緒にな」
「フ。そう言うな、相性というのはあるものだ。先帝による封印以来、お前は辻褄合わせの記憶と共に残された力の残滓のみを使って戦ってきた。ーーもっとも、その状態でも使えた神現もあったようだが」
「ーーーー」
この国に来て、神々の因子を封じられたクロノスは、クロノス自身の中に残った一部の力ーー特に使用頻度が高かったものと、自らの名をトリガーに発動できるものは、完全に封じられることなくある程度は使用できる状態にあったーーで戦い、戦功を挙げていた。
イアロス騎士団でも、クリスティアの側にあっても。この十年近く、クロノスの本当の全力を見たものは誰もいない。
「それでも戦えていた……いや、ほとんどの戦場で危なげなく勝てていたのは、アンタの采配か?」
「いいや、そんなことはない。バシレイアが滅び去った後、お前に対抗し得るほどの"力"の持ち主は、お前の対として造られた"神殺し"の俺くらいのものだろうよ」
「そうかい」
クロノスは椅子に座る姿勢を組み替え、ひと息を吐くと、正面からアイオロスを直視して話を切り出す。
「記憶を取り戻したことでーーサンクトムを討つ、その理由、その意味は理解した。だが一つ聞かせてくれ。なぜ十年前じゃなくて、今なんだ? いや、十年前じゃなくてもいい。先帝暗殺の時とか、これまでもタイミングはあったはずだ」
「お前は政治には疎かったな、クロノス。よかろう、疑問を残して迷いが出るといけない。その問いに答えよう。ーーひとつは、まだこちらの戦力が不十分だったからだ。俺個人が動かせる戦力の掌握にも限りがあった。お前の力を暴走させる手もあったが、それでは後が続かない」
「後、ね……」
「カタフィギオの国際的地位もまだ安定してなかったのでな。もうひとつがそれだ。あの段階でサンクトムを斃すのはまだ早すぎた。仮にあの時点で新政権を立てていても、内外からの反発ですぐに瓦解しただろう。サンクトムにはしばらくの間、カタフィギオの屋台骨となって貰わねばならなかった。だが機は満ち、サンクトムは既に無用の長物となった。今こそ、我らの本来の目的に立ち返るべきなのだ」
アイオロスは左手を掲げながら語る。その甲にある紋章の輝きを見ながら、クロノスは問いを重ねる。
「千年帝国を目指す、と言っていたな。……なんでカタフィギオなんだ? いや、そもそも"神の国"の眷属を斃す、というだけなら後のことは考えなくてもいいはずだ。直前まで敵対してたディシディアに協力して国ごと滅ぼしても良かった。ーーカタフィギオの千年帝国にこだわる理由はなんだ?」
「俺は改革者であって破滅願望持ちではないんでな。……まぁ、単純な話だ。バシレイアから脱けた俺を拾ってくれたのがこの国だった」
「……けど、それは」
「あぁ、分かっている。この国自体が、当時の皇帝が俺を認めたのは、俺の"力"を利用する目論見があってのことだろう」
だが、とアイオロスは言う。
「ーー俺に帝国の繁栄を託して死んでいった恩人がいる。その人は、戦場にて俺を生かすために死んだのだ。……お前にも覚えがあるだろう?」
「……あぁ」
ーーーー頼んだぞ、我が孫よ。
その言葉を思い出しながら、クロノスは頷いた。その人は、自分にとっての祖父……いや、それ以上の存在だったのだろうか。それなら、確かにーー。
「まぁ、それにな。俺の母親はこの国の出身だと聞いている。俺が産まれたのはバシレイアだが、俺の真の故郷はカタフィギオだと思っている」
当然、個人的な野心もあれば、暗躍や根回しは俺自身の癖や性分もあるのだがな。
そう言って、アイオロスは真剣な表情をやや崩すと、自嘲気味な笑みをこぼした。
「そうか。ああーー少し、安心した。アンタもアンタで、ちゃんと感情を持って生きてんだな」
「騎士団をまとめたり政治に手を出すなら鉄面皮でも被らねばやってられんからな。内側は存外、こんなものだ」
アイオロスがまたひとつ、自嘲の笑みをこぼす。と、そこに、騒がしい音と声が聞こえてきた。
「団ちょー! 防御バカ連れて来たー!!」
「全く、団長からの呼び出しなら先にそう言ってください! いきなり来い、とだけ言って引っ張るやつがいますか! あと貴女にだけはバカと言われたくありません!!」
そんなやり取りを交わしながら、先ほど出て行った緑の長髪の女が黒の長髪の男を連れて来た。イアロス騎士団第二副団長、コノーニ・カタストロフと筆頭副団長、カストロ・シーデロである。ちなみに以前はクロノスが筆頭副団長で、この二人が第二第三副団長であった。クロノスが抜けたことでこの二人が繰り上がり、現在は副団長二人の体制になっている。
「ご苦労。さて、これで決行メンバーは揃ったな」
「オレを含め騎士団の団長と副団長・元副団長が4人か。少数精鋭だな」
「機密性の高い作戦ですから。流石に騎士団全体は動かせませんし、そもそも我々以外には知られていません。……どこかのバカが漏らしてなれけば、ですが」
「んー? ワタシは団ちょーに言われたことは守るぞー? というか団ちょーに言われたことしかやらん!」
今到着した二人を含め、卓に付いたメンバーの顔を順に眺めると、アイオロスはよし、と手を叩いた。
「聞いてくれ。ーーこれより、サンクトム王朝クリスティア帝暗殺計画の手筈を説明する」
ーーーーー◇◆◇◆◇ーーーーー
同時刻、王宮エクソジアーー。
「陛下、陛下っ……! ちょっとこれ、見てくださいよ……!!」
「そんなに騒いでどうしたというのだイーよ。余は今、次の外征計画を練るので忙しいのだが」
「まだ懲りてなかったんですか陛下!」
「当然だ。先のいくさでは色々と想定外のことが多かったゆえな。次はそうはいかん。万全の対策をもって、確実に勝利をこの手に収めるのだ!」
慌ただしく執務室に入って来たイー・スィクリターリ秘書官の突っ込みを受け、ドヤ顔をかました皇帝クリスティア・サンクトム。次こそは必勝を、と意気込む彼女は、イーの持つ紙束を視界に映すと、そちらに興味を示した。
「で、それは何だ? 随分と慌てた様子だったが」
「ああ、ああそうでした! 陛下、こちらをご覧ください!」
イーは紙束をクリスティアに渡す。それを手にした瞬間、クリスティアの目が見開かれた。
「これはーー余と同じ"聖域"の……父上の魔力! それにこの『聖域の血を持つ者に託す』という文言。なんと……これは……!」
「はい。お父上がご崩御なされてから今まで、いくら探しても発見することのできなかった、お父上の手記かと思われます……!」
クリスティアが魔力を紙束に通すと、紙束を縛っていた封印が解け、一枚ずつめくれるようになり、紙の表面に文字が浮かび上がる。それを読むと、そこにはサンクトム王朝の成り立ち、その前身となったバシレイア王の分家について、更には、先帝ーーこの手記を記した本人の治世に於ける、"神造り・神殺しプロジェクト"被験体の受け入れ、即ちアイオロスやクロノスのことについても詳細に記されていた。締めくくりには、『我が帝国は"神殺し"と神の子"、その両方を手中に収めた。共に十分な武力を有し、片や策謀に長け、片や気配殺しに長けている。十分に注意したい』と書かれている。
「ーーそうか。余は、何も知らなかったのだな」
「陛下……? その、手記には何と?」
「うむ。余の知らなかった、歴史について書いてある。大変勉強になった。そのうち、そなたにも話して聞かせよう」
「……? はぁ、そうですか」
「……ところでイーよ。これを、どこで見つけた?」
「王宮内の文書庫です。先ほど整理に行ってみたら、突然分かりやすいところにこう、ポツンと」
「そうか。……あやつめ。やってくれおるわ」
「……陛下?」
「何でもない。……イーよ。今宵は余ひとりで父の思い出に浸りたい。ゆえ、防衛軍は下がらせ、そなたもたまには家に帰るがよい」
クリスティアの言葉に、イーは何かにハッと何かに気づいた様子を見せる。しかし、その上で。
「かしこまりました。……それが、陛下の御選択ならば」
そう答えた。
「うむ。恩に着る」
そんな言葉を受けながら、イーは一礼して執務室を辞する。辞した先を、クリスティアは穏やかな微笑みを浮かべながら見つめていた。
「ーーさて。余も身支度を整えねばな」
クリスティアは笑顔のまま、私室に戻る。その目には、光る物を湛えていた。
ーーーーー◇◆◇◆◇ーーーーー
同刻、イアロス騎士団第二アジトーー。
「ーー以上が、計画の全容だ。決行は今夜。だが計画そのものは暗殺だけでは終わらん」
「暗殺後の後始末ーー早い話が犯人のでっち上げ。そして新政権の擁立。その反対勢力・残存する旧王朝派勢力への対応。外交の根回し、などですね」
「戦闘なら任せろー! どんなブ厚い装甲だってワタシがブチ抜いてやるぞー!」
「お前は政治参加は無理だもんな」
「なにおう! クロノス、キサマも人のコト言えんだろー!!」
「……ま、そりゃそうか」
金髪を掻きながらため息を吐くクロノス。それぞれの反応を見せるカストロ、コノーニ、そしてクロノスを見渡して、アイオロスは告げる。
「この計画により、我々は真の意味で"神の国"を打倒し、このカタフィギオに千年帝国の礎を築く」
「ああ。そのためにまずは」
アイオロスの言葉を受けクロノスは、右手を突き出し、紋章を掲げながら目の前で拳を握る。
「皇帝をーークリスティアを落とす」
そう言ったクロノスの胸には、ひとつの決意が満ちていた。
どうも、T-Mです。
第1話から読んで下さってる方は9度(年越し特別編も入れると10度)もお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回初めましての方は、ぜひ第1話から読んでいただけると幸いでございます。
というわけで、ChronuKrisークロノクリスー、第9話でございます。
アイオロスを中心とする"計画"が進行する傍ら、クリスティアの方でも事実を知ったりしています。
クロノスは、クリスティアは、イーは、イアロス騎士団は。
それぞれ何を思い、どう動くのか。
物語はいよいよ最終局面に入ります。
さて、今週のチラ裏設定大公開のコーナー。
今週は初登場、"攻撃バカ"ことコノーニ・カタストロフに焦点を当てていきます。
先週登場は未定とか言っときながら早速今週で出す辺り、節操がないですね。
……というか、ぶっちゃけ今週コノーニの能力設定くらいしか語ることない気が。
というわけで、折角なのでコノーニの設定をガッツリ語ってみます。
コノーニ・カタストロフ
攻121防62知56政29魔73出98
緑髪、長髪の女性でイアロス騎士団副団長のひとり(第二副団長)。斬撃ひとつで城壁を割る破壊力の権化。本気を出せばクロノス(防98)の防御も破ります。※ただし攻められると弱いし燃費も悪い。
騎士団ではカストロ・シーデロと対になる"攻撃バカ"。敵と見るや脈絡も見境もなく襲いかかるという、頭のネジが飛んでる部分もありますが、懐いた相手には非常に従順です。
クロノスの騎士団時代にはクロノスにも懐いていましたが、クリスティアの近衛に専任してからは「裏切られた」と思い込み、クロノスのことを敵視するように。
なお、"攻撃特化"に対する"防御特化"で、同じ副団長ということもあり、"攻撃バカ""防御バカ"と並び称されていますが、コノーニの場合は本当に頭のネジが飛んでるので、同じ括りで呼ばれることをカストロ君としては迷惑に思ってます。
ーー以上、チラ裏自己満設定公開のコーナーでした。
今週はコノーニ編、技も出てないので本当に彼女の設定を語るだけになりました。
次回以降また色々と出てくるのではないかな、と思います。
先週も言ってたように、今週は最終局面への繋ぎの回、という側面が強かったですが、次回からはガッツリ最終局面に入ります。
恐らくですが、もうあと数話(2、3話〜5、6話くらい)以内で完結まで持っていけるんじゃないかなーと思っているので、是非最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではまた次回、無事にお目にかけることが出来るよう願いつつ。
今回もお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。




