真自然主義
「ママー、あの人」
「しっ、見ちゃいけません」
俺を指差そうとした子供を、母親が小声で制止する。その親子は俺から逃げるように離れていった。
俺を見た人間は、大抵が嫌な顔をするか目をそむける。そして多くの人間は、露骨に俺から距離を置く。だが、こんなことにはすっかり慣れているので、俺はなんとも思わない。
今から一世紀前、人間の遺伝子を改良する技術が開発された。それにより、人間から病気や障害の因子を取り除くことが可能になったのだ。ただしそれは、生殖細胞の遺伝子を操作する必要があるので、新生児に限った場合なのだが。
金のある人間はこぞって、自分たちの生まれてくるであろう子供にその処置を施した。それにより、遺伝子操作が行われた裕福層と、その他という社会格差が発生した。
だがそれも、時代が進むにつれて費用が下がり、人類の多くが遺伝子改良を行うようになった。
そんな中で、かたくなに遺伝子操作を避ける人達がいるのだった。彼らは真自然主義者と呼ばれた。男は真自然主義者なのだ。とはいえ、自ら望んでなったわけではない。彼の親が真自然主義者なのだ。正確には祖父の代からなのだが、いつからだろうと男にはどうでもいいことだった。人類は大昔からずっとこうなのだから。
真自然主義の主張はこうだ。『遺伝子操作を続けていると、いずれ人類の遺伝子は壊れてしまう』と。そうなったときには多くの人類が淘汰され、生き残るのは真自然主義者なのだ。
男は買い物にきていた。ショーウィンドウの展示品を見ようとすると、ガラスに自分の薄くなった頭部が映った。今どきこんな頭部をしているのは、ただの変人かファッション、もしくは真自然主義者以外にはいない。見慣れているとはいえ、寂しくなった自分の頭部に、もどかしさを感じることもある。だが彼は、自分が真自然主義者であることに誇りを持っていた。若いころには信念がゆらいだこともあったが、いつか自分たちが正しいと証明されるはずだ、そう信じている。
目当ての商品を手に精算をしようとすると、店員が露骨に嫌な顔をした。まるで汚いものを見るような目だ。真自然主義者は病気にかかりやすく、疫病の保菌者だという風潮があるのだ。なので、できる限り彼らとの接触を絶とうと考える人たちがいる。
男は自分の子供にも遺伝子改良を行わないつもりだ。それを子供もわかってくれるはずだ。そしていつか人類も、真自然主義者が正しいとわかるはずなのだ。きっとそうに違いない。彼はそう考えつつ、人々の視線を感じながら家路につくのだった。