風の中を歩くもの
「イ、イタクァ・・・?」
「風の中を歩むもの、のほかには『風に乗りて歩くもの』とか、『風と共に歩むもの』とか言われてる旧支配者。ウェンディゴとも言うね。
詳しくは私も知らない! ・・・えっと・・・。」
フォルは急いで本を捲っている。さっきのページを探しているようだ。
その間にもイタクァは徐々に姿を変えていく。
「あ、あった!」
このページだ!と言ってフォルは僕に見せてくる。
そこにはとても人とはいえない何かの挿絵と、たくさんの文字が書かれていた。えっと、内容は・・・。
『イタクァ』
ハスターの眷属であり、大気を象徴する神である。
氷雪の夜に森林地帯を徘徊し、風に乗って目にも留まらぬ速さで現れ、人間をさらって行くと言われる精霊。
人間に似た輪郭を持つ途方もない巨体、人間を戯画化したような顔、鮮紅色に燃え上がる2つの目を持ち、足には水かきがある。目撃者の中には、『眼のある紫の煙と緑の雲』と表現した者もいる。
運悪くイタクァに遭遇した人間はイタクァによって空に巻き上げられ、生贄として死ぬ事なく数ヶ月に渡って地球外の遠方の地を引き回される。
犠牲者はやがて地上へ戻されるが、途中で死ぬか、戻される時に地表に叩きつけられて死ぬ場合がある。
また、たとえ命を落とさなかったとしても、犠牲者は高空の冷気に馴染んでしまっており、暖かい地上では長くは生きられなくなっている。犠牲者の死体は、連れ去られる以前に所持していたはずのない知識体系に属する文字や情景の描かれた銘板、奇怪な石像等の謎めいた品を身に帯びていることが多い。
呪文は
『ふんぐるい むぐるうなふ いたかぁ ざ うぇんてぃご
くはあやく うぐるむぶるん いや いたかぁ』
なお召喚の際にはこの呪文を何度も繰り返すことと、複数の生贄が必要。
「なんてものを呼び出してんだお前はぁ!」
思わずフォルの首根っこ掴んでぶんぶん揺らす。
キレていい。今絶対に僕はキレていい!
前後に激しく揺られながら彼女は本当に申し訳なさそうに言った。
「いや今回は本当にすまないと思ってる!
・・・ただ本当は屍人あたりを呼び出すつもりだったということは言っておきたい!」
まさかクリティカルでこんなことになるなんてね・・・!
そう悔しそうにフォルは呻いた。
そこに嘘偽りは感じられない。どうやら本当にこんなことにするつもりはなかったようだ。
「くっ・・・」
落ち着け僕、まずは冷静になるんだ・・・!
今はフォルを攻めている場合じゃない。
まずはコイツをどうにかしないと僕たちもシオンの仲間入りだ!
僕はフォルを掴んでいた手を離した。
「ぐぇっ」
『ア、アイツ!』
『スガタガカワラナクナッタヨー!?』
そう言われてイタクァの方を向く。
確かにシオンたちの言うとおり、さっきまで炎が本体であったイタクァは今、炎をまとったヒトのような姿になっていた。
もう炎はうごめいていない。これ以上姿が変化することはなさそうだ。
「あれで完全体になったみたいだね・・・!」
「急がないと僕たちも凍え死んじゃうよ! ど、どうすれば・・・!?」
なにか対処法はないのか・・・僕はまたフォルの本に目を落とした。
「・・・あれ、この挿絵・・・こっちとは随分違うね?」
挿絵のイタクァは説明の通り化け物としか言いようのないような姿だけど、フォルが呼び出したソレは限りなくヒトに近い姿をしていた。
目は青いし、髪も体も真っ白だ。青白い炎・・・いや今は煙となったソレを体に纏い、長い髪のようなものは逆立っている。
挿絵のイタクァを化け物というのなら、こっちはまるで雪女・・・妖怪のようだ。
「そりゃあ所詮は神話だからね。解釈は人それぞれってことじゃないかな?」
それならたしかに違うところがあってもおかしくはないけど・・・なんだろう、この違和感は。
まだ何か違うところがあるような・・・?
「それより・・・勇者君、くるよ!」
「・・・っ!」
その言葉で僕は我に帰った。
そうだ、今は考え事に夢中になっていられる状況じゃない・・・!
「コイツなんか特殊ボスっぽいんだよなぁ・・・勇者君、その剣は使えないかな?」
「え?」
剣は使えないかって・・・まさか僕も戦えと!?
いやいやいやいや!?
「む、むむむ無理だって! 僕は剣なんて使ったことないんだよ!?」
するとフォルは優しい笑顔になって、自信満々にこう言った。
「大丈夫。君なら戦えるよ。どんな敵にだって負けないさ。
だって君は主人公なんだから。」
イタクァがしばらく襲ってこなかったのは、自分の姿を変えることに専念していたから。
次こそはバトル回、でもろくな戦いにはならないと思う。