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勇者は再度困惑する「魔王の奇行が止まらない件について。」

目を覚まし、体を拭く。

そうしているうちにサフィが朝食のリゾットを持ってきてくれる。


今日はウサギになったリンゴがついていて、これを切ったのはもしかしてあなた?と問えば、いえ、魔王様です、という答えが帰ってくる。


毎度ながら微妙な気持ちになりながら、朝食を終え、私は一息をつく。


その後、間だ仕事があるらしいサフィと別れ、私は昼食まで体を鍛える。


ここまでがここ3日間でできたルーティンワークだ。

まぁ、今日も特に何事なく過ごすはめになりそうね。


私はここ一週間で増えてしまったため息をまたついた。

あの魔王の奇行にも大分なれたつもりだけれど、馴れるだけじゃここからの脱出はできそうにない。


せめてこの足かせをどうにかしないとね。


そう思って側にあるベッドサイドテーブルをぶつけてみようとつかみかかる。


全力で持ち上げようとするけれど、重くて持ち上がらない。

「ぐっ...!」


いつもなら軽々と持ち上げて投げつけるくらいはできるのだけれど、魔力が封じられている今、持ち上げることすら叶わない。


だんだんと踏ん張りすぎた足がふるふると震えてきてだんだん体が重くなる。


あ、ダメだ。


そう思った時にはすでに遅く、私は力尽きて膝がおれた。

こんな風になったのはそう言えば12時間ぶっ通しで走り込みだの素振りだのをさせられた時以来だわー。


と、尻餅をつきつつのんきに思っていると、腹筋や背筋で持ちこたえられず、私は後ろにひっくり返った。


私は予想外のことにとっさに受け身もとれず、強かに頭を打ち付けた。


いい音がした。


「い...っいったーぁい!もー!」


私は頭をかかえて起き上がろうとするけれど、腹筋に思ったより力が入らず、結局固い床に転がったまま頭を抱えることになった。


思ったよりもままならない体に、私はものすごい凹んだ。

...あんなに体鍛えたのに魔力封じられた瞬間にこの体たらくだなんて...。


私は以前の血の滲むような努力と、苦しみが無駄だったのを感じて、がっかりして白い床を見つめた。


「はぁ...私、なにしてんだろ...。」

「マジでなにしてんだい?おじょーさん」


その声に驚いて後ろをみると、そこには猫背の男が立っていた。


「だ、だれ!?」


声がかかるまで全然気づかなかった!

ドアが開く音も、気配もしなかった。

...いや、気配はある。気配はあるけれどあまりに周りに気配が馴染みすぎてこれっぽっちも気づかなかった。


その男はにが笑いをしながらこっちに歩いてくる。

こいつ何者だろう?...足音が、していない。


「あー、そうケーカイしないでくれるかい?

こっちは依頼でお前に似合いそうな宝石細工を売りに来たんだ。」


私は驚いて彼をみる。


改めてみると、ソイツが人間ではないことに気づく。


釣りがった目は金色に輝いて瞳が肉食の獣と同じように縦に細い。

焦げ茶色の耳は尖っていて天をつき、足だって、耳と同じ色の靴かと思いきや良くみると短い毛の生え揃った獣の足だ。


そんな風な姿の癖に、手は白い手袋をはめ、服はどこかの旅商人の様な服装にマントを背負っている。


どこかアンバランスでそれでも不思議とおかしくはない、そんな姿だった。


「あなたは?魔王軍のモンスター?」


私がそう尋ねると、カカカ、と変わった笑い声をあげて豪快に笑われた。


「これは失礼!お客様、俺は宝石商のアンクル。」

そういうと、彼はおもむろに宙返りをし、あっという間に人ではなくなってしまった。


「見ての通り、化け猫だが...ただの化け猫じゃーない。

世界に一握りしかいない、ケット・シーの称号を持つ化け猫さ!」


それは二足歩行の猫だった。

毛はクリームで、口の周りは耳や手足と同じ焦げ茶色。目立つのはその茶色の尾が二つに別れていることだろうか。

体の線は細く、服装も人間の時と同じ。

...でも、この猫の種類はみたことがある。ジャハルの城の馬小屋にいついていた“ノラ”と同じ種類だわ。


あの子の種類はなんといったかしら、...たしか馬番のジョンが嬉々として教えてくれていたのだけど...なんだったかしら。


そんな記憶を思い起こしながらも、私はゆっくりと息をつく。


ケット・シー。噂では聞いたことがある。

世界中の猫たちの王にして、世界中猫たちとの交流により沢山の噂や情報に長けた猫の賢者、だったはず。

だとすれば、どうして宝石商なんかやっているのかしら?


私は気になって聞いてみる。


「どうしてケット・シーが宝石商なんてやっているの?

あなたは猫たちの王なのでしょう?」


私の質問に、アンクルは目を細めて笑った。

まるで、いたずらの成功した子供のように。


「そうとも。猫を束ねる王の一人さ。

だが、時におじょーさん、猫は忠実に主人に使えるかい?」


そういって笑うアンクルの言葉を私は考える。

そう言えば犬は忠実に主人の言うことを聞くが、猫は気まぐれで有名だ。

一般の動物に多少疎い私でも、それくらいは知っている。


「いえ、自由に過ごすと聞いているわ。」

「そうだろう。」


そうだとして、それがどうしてケット・シーが宝石商をする理由になるのかがわからない。

私は予測のつかない話の展開に、素直にその言葉を待つことにした。


「猫は誰かに従わない。だから、王だなんて言ってもただネコちゃんネットワークを最大限つかえるだけで、従わせるような家来はいないのさ。

俺が宝石商なんてやってるのは単純な金稼ぎと、ただ宝石が好きなだけなのさ。」


ね、ネコちゃんネットワーク...何、その可愛い名前。

そう思いながらも深くは突っ込まず、猫同士の情報網の事だろうと納得して私は質問重ねる。


「...さっき、宝石細工を売りに来たって言ってたけど、私、そんな物を買うお金も金目の物も無いわよ。」


私が怪訝そうに言うと、アンクルはにやにやと笑いながら私に顔を近づけた。

それはまるでおじさんが若い娘をからかう様なそれであり、そんな目線に馴れていなかった私は思わず気圧されて身を引いた。


そんな反応に少し怪訝な顔をしたが、

そんな目で見られるとは思いも寄らない私もまた、怪訝な顔になってしまう。


「あー、金は魔王さんが出してくれるとさ。」


そういった彼は、ワザとらしくじゃらりと音を鳴らしながら装飾品をこちらに見せつけ、口を開く。


「イーねー、愛されてるねー。」


にやりと善人には見えない笑みで笑った彼の手の中で、金色や銀色、赤や紫の装飾が煌びやかな光を放った。


初めて見る数の宝石たち。

沢山あり過ぎて、個々が何という名前なのかもわからない程にひしめき合っているそれらをまるで“身につけたこともないんだろう?”と言わんばかりに嫌味に見せ付けられて、私は怒りを覚える。

魔王は私にこんなものをよこして“着飾ったこともないオマエを、飾り立ててやる”とでもいうのだろうか?


「愛されている?馬鹿なことをいわないで。」


その上、愛されている、なんて!

どうせならかわいがってやる、とでも言うつもりなのかしら!

明らかに馬鹿にされているのは、火を見るより明らかだわ。


そう思うと私は途端に冷静では居られなくなってしまう。

あの性根の腐った蜥蜴頭め、最近姿を見ないけれど...でも、ここまでくれば何となく分かる。


あいつは勇者である私を飼い殺して、人間達に“希望はないのだ”と見せしめにしてるんだと思う。

なんとも腹立たしい。


私は、相手のペースにのせられてはいけないと思いつつも、つい声を荒らげてしまう。


「あいつに贈られる宝石なんていらないわ!見たくもない!!」


しかし、それを叫ばれたアンクルはさっきとは打って変わって苦笑いをこぼした。


一体、なんでそんな顔を?


そう疑問に思わずにはいられない私とは裏腹に、彼は急に興味を失った様に荷物から布を取り出して床に広げた。


「あー、いうと思った。だから、初めからついて来いと言ったんだ。」


そう言って布の上に更に宝石やら、布のようなものやら、箱やらなんかを広げながらその猫は言った。

全く脈絡のないそれに、私が疑問に思って様子を見ていると、彼は急に後ろを振り返った。

そこはなんの変哲もないドア。

それを見つめて、彼はまた言葉を重ねる。


「そんなこそこそ見てるなら、さっさと出てきなよー。

それとも、オレ様が勝手に選んでいいのかい?」


それは、明らかに私ではない存在に向けた言葉だった。

何を言って、と私が零す間もなく、それはドアの奥から現れる。


「ば、馬鹿者、そう易々と呼ぶでないわ。」

「魔王...!!」


私はその意外…というか、このタイミングで出てくるとは思わなかったその蜥蜴頭を咄嗟に睨みつけた。


よくもまあ抜け抜けと!

何が悲しくてこんな事などしなくてはならないと思っているのかしら!!


私は再度、ありったけの怨みを込めてその蜥蜴頭を睨みを深くする。


しかし、意外にも魔王はあっさりと私の目線に怯み、バツの悪そうな顔をした。

なによ、その顔。そんな母親に怒られた子供みたいな顔しないでよ。


そんな事をして暫く睨みつけていれば、あー...と言う間の抜けたアンクルの声が掛かる。


「そんなに睨んでやるなよ。魔王は単純にお前に贈り物がしたいだけなんだとよ。」

「はぁ?」


私が思わずそう声を上げると、魔王はその蜥蜴面を案外器用に動かして複雑な…どちらかというと、照れを含んだ困惑の表情をした。


「う、うむ!俺が折角装飾を授けてやるといったのだ。ありがたく受け取るが良い!」


そう、今度は意を決した様に勢い良く胸を張って言う。


「オマエに授けられる様な汚らわしい宝石などいらん!!身につけるなど以ての外だ!!

どうせ私を飼うつもりなのだろう、今に見てろ、オマエなど…っ!!」

「かっ…!?いや、俺は、そんな、いや。

まぁ飼うような、違うような…」


私がついそう食らいつけば、今度はしどろもどろに言葉を返すそれに、思わず顔をしかめた。

…なんだ、その反応。まるで予想外な言葉を言われたような反応じゃない。


「飼うつもりでなければなんだと言うんだ。

しかし、どんな理由であろうとオマエなんかの宝石などいらない!!」


少し勢いをそがれたけれど、きっぱり言ってやる。

そう、結局はどんな理由であれ、こちらにとっては害でしか無いのだし、結局は思い切り突っぱねてやればいい。


しかし、今度は魔王は明らかにショックを受けたように目を見開き、うなだれた。


「いら、ない…。」

その声もしぼりだしたように覇気のない声で、本当のご老人のような有様だった。

魔王の意外な反応に、私はいよいよ困惑した。


飼うつもりではないの?いや、そうだとしてもろくな理由では無いはず...だけど...そうじゃければなんだというの?

流石に意味がわからないわよ?


そうして、また自体は硬直。

向かい合った魔王と勇者。


しかし、それは決して緊張感のあるものではない。


魔王は項垂れ、勇者の私は困惑をするというこのどう仕様もない混沌とした状態。

...どうしろっていうのよ、もう...。


それを傍から見ていたアンクルはそれを見かねたのか、呆れたように頭を掻いた。


「あーあ。落ち込んじゃったよ。意外と繊細なんだから、可愛がってやってよー。」


え、と思わず声を漏らした私は、魔王を見る。


彼は、若干涙目でこちらを伺っていた。

......ちょっと、なんか、私が悪者みたいじゃないの。


しかも可愛がって、なんて。なにそれ。私が可愛がる、って。え?


私はその言葉にさらに混乱をした。

しかし、確かにこのままでは自体は硬直するばかりでどうしようもない。


「な、なによ。そんな告白した女に振られたみたいな反応しないでよ、気持ち悪い。

大体、敵になにか買ってもらおう、なんて言う捕虜なんか居るわけ無いじゃない。不名誉だわ。」


私が思わずそう言えば、む、と魔王が反応する。


「…女は…」


そう言って彼は一度言いよどむ。

私は相変わらず怪訝な顔をしてしまっているし、アンクルはお?と明るい顔を見せた。


「女は、宝石や、花が好きだと、聞いた。」

だからどうした。


私はそう言いかけて、また頭を悩ませる。

…意味がわからない。何がしたいのコイツ。


まさか、私を喜ばせるためにこの宝石をプレゼントしよう、だなんてことは…有り得ない。

ありえなすぎる。

魔王が勇者を喜ばせてどうするの。

コイツの思考回路、ホントにどうなってるのかしら…。

もしかして、ドラゴン特有の思考とかそういうものなの??私には理解不能だわ…。


そう思って私は思い切りため息を付いてしまう。


かえって彼がビクリと肩を震わせたが、しったことじゃない。


「あ、いや、ホラこれはどうだ?!オマエの瞳と、同じ色の宝石に、鎖は髪の色と同じだ!」


…だからどうした。といいかけた私は、その赤黒いウロコの付いた手がすくい上げたそれをつい見てしまった。


それは白い宝石をあしらい、その真ん中に水色の宝石をつけた、金の鎖のネックレスだった。

水色の宝石はなんという宝石なのかは知らないが、涙の形に切られたそれは、きらきらと美しく光を放っている。


私は思わず息を呑んだ。


だって、こんな装飾品を見繕ってもらうのは初めてなのだ。

それも、こんなにも綺麗で可愛らしい物を。


見繕ってもらった記憶といえば、初めて城の武器庫に言った時。まだ慣れないからと剣の師匠に私に見合ったものを選んでくれた。


あれもたしかに嬉しかったけれど、それとはまた違う感覚...って、喜んでない!!

喜んでないわよ!?私!!


つい思い切り頭を振った私に、アンクルはその透き通った金色の目を細めた。


「お?これがイーのかい?」


そう言って魔王の手からそれを丁寧にすくい上げ、丁寧に布でそれを磨いていく。

その手つきは優しく、まるでその乱雑な言葉からは想像も出来ないような仕草だった。


「これはアクアマリンだな。確かに、その目と同じ色をしている。

しずくの形は、この宝石が海から名前を頂いていることにちなんでいて、真珠があしらわれているのもそこからだ。

金の鎖は…まぁ、ご愛嬌といった所か。


…いや、しかし」


アンクルは、思わず聞いたこともないその話に耳を傾けてしまった私に、宝物を姫さまに献上するかのごとく恭しくそのネックレスを差し出した。


「魔王、流石はドラゴンであるだけあらーな。センスが良い。」


私は、思わず魔王を見上げ、…少し動揺した。

まるで、慈しむような目で、こちらを見つめるものだから。


「当然だ。俺を誰だと思うておる。いづれはこの世界の全てを手に入れるなものであるぞ。」


そう、ふんぞり返った魔王をみて、私はやっと正気に戻った。


…何をほだされかかっているの!私!!

いくらこうした女性的な扱いが初めてだからと言って、敵に呆けた所を見られるなんて…不覚!


そう、こいつは世界征服というとんでもない事を計画している、私の敵なのだから!!


私はすぐに気を持ち直して魔王とアンクル、それからついでにその、アクアマリンとか言う宝石のネックレスを思い切り睨みつけてやった。


二人が再度怯んだところで、私は思い切り息を吸い込んだ。


「アクアマリンだか何だか知らないが!!私はそのような物になど興味はない!!

こんなくだらない茶番など…笑い飛ばすような価値もない!!


そのくだらないジャラジャラしたものを持って私の目の前から消えろ!!!」


そう言って、私は重い身体を無理やり引きずってベッドによじ登った。

「あ!こら!!勇者!!」


そう声を張り上げている魔王をよそに、私はベッドに潜り込んで布団に頭からくるまった。

でてこい、だの、すなおにうけとれ、だのうるさいそれらを完全に無視して、私はその嵐をやりすごすことにした。



…あぁ、本当に意味がわからない。だって、魔王が勇者に贈り物をしようとするなんて。

あの蜥蜴頭には、一体何が入っているのだろう!


私は布団のなかで耳をふさいだ。

不思議なことに、魔王もアンクルも、私の布団を剥がそうとはしなかった。


な...長らく放置状態すみませんでした...。

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