勇者は気が抜けた。「魔王の家にも色々家庭事情があるのねぇ...。」
お風呂から上がり、新しく出してもらったネグリジェ(なるべくシンプルなもの)を貰い、着替えた。
ここで私がネグリジェを来ている意味を改めて思い知る。
......うん、足に枷がついてるから、ズボン系のものは着替えられないのだった。
私はそんなスカートなんて浮わついた物など着たこともなかったから、足元がすかすかして落ち着かない。
よ、世の中の女性ってどうしてこんなものが着れるのかしら...恥ずかしい...。
そう思いながらも、私は疲れを感じ、ベッドに横になった。
こんな、風呂に入っただけで疲れるなんて。
勇者としては失格ね...
私は若干ショックを受けながらも眠気に逆らえずに意識を手放した。
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おはようございます。
そう心の中だけで挨拶をして上半身を起こす。
体は以前として重く、腹具合は空きすぎてキリキリしている。
あー、そろそろ何か食べないと、私、本当に餓死するかも。
そう思いながらも、私は億劫な体を引きずってベッド端による。
今は、魔力が制限されて、動くのも億劫だけど...逆に言えば、この魔力が制限された今だからこそ、体を鍛えるべきじゃないだろうか?
そうよね、鍛えれば、この体だってきっと自由に動けるようになるはず!
体を鍛えて、この足かせをどうにかする方法を探して、姫と共に脱出。
それから、体制を立て直してもう一度ここに乗り込む。
ざっくりではあるものの、そう目標を立てようか。
そうと決まれば体を鍛えましょ、いつまでもボーッとなんてしてられないわ!
私はそう思って、床に降りる。
と、ふらりとして転びそうになる。
とっさに座り込んだから転倒は免れたものの、それがなければ派手に転んでいたと思う。
...あ、あぶない...。
さっきはサフィや魔物達がいたから気をはっていたけれど、本当は歩くのだって辛い。
弱味なんて、他の人には見せられない。
だって勇者だし。
でも、このまんまじゃ、いつか、それこそ派手に転倒してしまいかねない。
はじめはストレッチと...ゆっくり歩くところから始めないとダメって事か...。
そう思って私は先程立てたあまりにざっくりしすぎて目標ともいえない目標が、あまりに遠いことにがっかりする。
...私、ここに来てがっかりしてばかりね...。
ため息をついて、床に足を伸ばして座って、ぐい、っと体を前に倒した。
んー、ちょっと固くなった?まぁいいか。
次に体を起こして足を開けるだけ開いてまず右に体を倒すと、
同時にドアが開いて先日の角付きイケメンがひょいと顔を出した。
私はネグリジェを着ている。
着たまま、大股開きをしている。
つまり、割と、あられもない姿だ。
「...。」
「...。」
お互い、非常に気まずい空気が流れている。
...どうしてくれよう。
とりあえず私は気にしなかったことにしてそのまま左にも体を傾けることにした。
「ん、んな、何をして...!?」
「ストレッチだ。体を伸ばしている。」
別に、兵士があられもない姿晒した所でどうと言うことはない。
露出狂な変態な訳ではないけれど、故意ではないし、露出はすれど丸見えではないのだから、恥ずかしがってしまう方がむしろ恥ずかしい気がする。
...まぁ、初対面同然だから若干嫌なんだけど。
私は今度は足の裏を合わせてから前に倒れるようにする。
勿論大事なところは見えないように気をつけて。
イケメンは私の様子に呆然としている。
男の癖に肝の小さいこと!
「そこでボーッと突っ立っているくらいなら背中でも押したらどうだ。そうでなければすぐ帰れ。
それとも何だ?私の事を殺しに来たのか?」
私が皮肉げに言うと、彼はハッとしてすごすごと近づいて来る。
その手に持っているお盆からは湯気が出ているので、何かの食べ物だろう。
...どうしてサフィじゃないんだろう。
というかこいつ誰。
「い、いや、俺はお前を殺しになど来たわけではない。
...その、消化に良いものを持ってきたんだ。」
「そうか。良い匂いがすると思った。
で、押してくれないんだったらそれ置いてとっとと帰れ。邪魔くさい。」
まぁ、こう言われて勇者の背なんて素直に押すような魔物なんていないだろうが。
改めてみると、そのイケメンは金髪に翠眼、それから整った容姿をしてはいるが、その頭には三対の黒い角が生えている。
十中八九魔物だ。人型をしている辺り、夢魔なのかもしれない。
その若い見た目に反して魔王に負けず劣らずの嗄れた声はしているが。
そうなれば心を強く持たなければ危険だ。
夢魔は人間の弱い心に漬け込んで相手を誘惑する。
そうして相手を酔わせて性交をして生気を奪い取るのだ。
油断はできない。...それにしてはジジィみたいな声をしているが。
しかし、あの食べ物らしきもの...
嗅ぎなれた米の匂いがするので、あれは粥か何からしい。
クリーム系の香りではないから、リゾットではないともうけれど。
そういう系のものには毒は入れていないらしいことは前回のボンゴレビアンコ事件でわかっている。
...こうなればご飯でもなんでも食べて、さっさとこの城を出るために前向きに行くしかない。
...魔王の時も、サフィの時もそうだったし、多少の無礼は許されるのも検証済みなのであられもない態度を決め込むことにした。
ささやかな反抗ではあるけれど、嘗められてはいけない。
しかし、私のそんな態度も思惑も気にせず、そのイケメンはキョトンと小首を傾げた。
「背中、か?」
「...あ、あぁ、そうだ。」
意外とこの兄ちゃんは聞き分けが良いらしい。
あんなあられもない態度をとられたのにもかかわらず、盆をテーブルに置いてゆっくりと後ろに回ってくる。
こんな風にされたら、今度は私の方がキョドってしまう。
いや、まて、私!気を強く持て!漬け込まれるな!
私がそんなことを考えているのも露知らず、といった感じで兄ちゃんは私の背中に恐る恐る手を当てる。
何故か震えている手に、私はおもわずため息を付きながらいう。
だって、なんだその初めて動物に触る子供みたいな手つきは!たどたどしいにも程があるでしょ!
「おい、触るのではなく、軽く押せよ。じゃないと伸びないだろ。」
そういわれて背中に当てられた手に、焦ったように急に力が入る。
いてて、こら、そうされると以外と痛いんですけど!?
「いったい!いい、離せ、この下手くそ!!」
「す、すまん...。」
私が思わず後ろを振り向いて睨みあげると、兄ちゃんは顔を赤くして身をひいた。
挙動不審に素早く引く辺り、女性経験の少ない箱入りの兄ちゃんらしい事が伺えた。
...こんな初なヤツが夢魔なわけないか...声も嗄れてるし...。
夢魔ってエエ声らしいもんね、こんなじじぃボイスなわけない。
じゃぁなに、魔物の中の箱入りって...魔王の親戚かなにかなのかしら?
私はそんな疑問を抱きながら立ち上がって伸びをする。
勿論、膝が折れないように気を付けながら。
ベッドに腰かけるために鎖をじゃらじゃら引き摺りながら彼の横を通りすぎ、その時に彼の事を良く観察する。
ウェーブがかった髪に立派な角。
服は貴族のような装飾のついた黒系の動きにくそうな服。
さっきはよく見えなかったが、は虫類系の太い尾が付いている。
黒く、時々赤く光を返す鱗の色を見る限り、魔王との血縁を思わせる。
声も似てるし。
...ドラゴンって人間に化けられるの?
そう疑問を持ちながら、すぐ側のベッドに腰掛ける。
ドラゴンは人知を越えた存在とは聞くけれど、それならなおさら人間に化ける意味がわからない。
だってあいつらは殊更人間を嫌っていたはずだ。そんな、奴等からしてみれば羽虫も同然な人間になんてなりたくもないだろう。
...だとすればこいつは元からこの様な歪な姿の魔物なのだろうか?
私は隠しもせずに彼をうさんくさい目で見た。
対して彼は私の態度に動揺しているようで、少しの戸惑いが見えた。
私はまたため息を付いた。
なんだか、こんな臆病なは虫類人間に、警戒をするのも馬鹿らしくなってきた。
「...で、その消化に良いもの、ってこれ?」
「お、おぉ、“粥”とか言うものらしいぞ。サフィがこれがよいと言っていた。」
サフィ、か。
「ふぅん?サフィのお兄さんは無事なんでしょうね。」
「...あぁ、無事だ。今のところはな。」
良かった、あの子のお兄ちゃんは無事そうね。
私は粥の入った皿(...先日までリゾットが入っていた物と同じ皿みたい)を手にとってスプーンで掬って冷ます。
暖かい湯気が美味しそうにふんわりと飛んでゆく。
ある程度冷ましたところで、口にいれると、優しい味が口のなかに広がる。
...流石サフィ、美味しいわ。塩加減がちょうどいい。
やっぱり、あの子、アジエスの血が流れてるのね。じゃなきゃ、リィオンの魔術師が、この懐かしい味を出せはしない。
でも、塩だけじゃない。なんだろう、こう、風邪引いたときに乳母に作ってもらった物に似ているんだけど...。
「...どうだ?」
「...美味しいわ。お腹も空いていたし。」
「そう、か...。」
彼は少し満足そうにこちらを見ている。
私はそんな視線に少しの居心地の悪さを感じながら疑問を口にした。
「そう言えば、あなた誰?魔王の親戚?」
「え、あ、その...」
どもる彼の答えを待つ間に私は二口三口とお粥を食べる。
なんでどもる必要があるのかしら。もしかしてこいつ、魔王その人なんじゃないでしょうね?
そう若干の嫌な予想を立てつつ、私は困った顔のイケメンを見ていた。
と、彼は困ったような顔で...それでも決めたように私に顔を向ける。
「...俺は、そう、魔王の従兄弟なんだ。」
「従兄弟?!へぇー、あいつそんなのがいたのね!
あ、でもなんで人間に化けてるの?人間になんて化けるメリットないわよね?」
私が思わずそう言えば、彼は少し顔を曇らせていう。
「俺、父はドラゴンだけど、母親が人間だから...」
よほど言いにくいらしいくうつむいたイケメンに、敵ながら少し情をかきたてられる。
そうか、腹違いか。半分人間というのはこの魔物の中では肩身が狭いのかも知れない。
それで捕まえている、と聞いた半分は同族である人間に興味を持ってここに来たのかな。
と、すれば箱入りなのは間違いないだろう。というか、正確には篭の鳥状態、なのだろうけど。
「あー、言いにくいこと聞いてごめんなさいね。」
「いや、いい。」
「それで...えーと、従兄弟さんは捕まってる私に興味を持ってここに来た、ってことかしら?」
そう確認すれば、彼は頷いて答えてくれる。
やっぱりそうか。
まぁ、誇り高い血を引いていながらも、正当な扱いをされない事が辛いのは私でもわかる。
要するに自分を受け入れて、話をしてくれる相手が欲しいんだろう。こういう奴は。
「なぁ、おまえ、勇者と言うのが名前なのか?それ以外の名称を聞かないが...。」
私が考え事をしていると、ふと、従兄弟はそう訪ねてくる。
心底不思議そうな顔に私は粥を飲み込んで言う。
あ、この粥なんかで出汁とってるのかしら?
私は、その懐かしい味にふと思い当たって、考えがそれた。
なにも考えないで、私は言葉を滑らせる。
「別に、誰も必要ないから呼ばないだけで名前はあるわよ?」
「ほぅ、なんと言う?」
私は、その出汁が何でとられているかを思い出すのに夢中で、内容も特になにも考えずに答えた。
「ベスよ。」
答えてからしまった、と思った。
これは名乗ってはいけないのだった。
彼は焦る私をよそに、弾んだ声で声をかけてくる。
「ベスか、意外とかわいい名前なんだな。」
「う、うるさいわねぇ。あんたは?名前あるの?」
なんとなく、聞きなれない自分の名前が呼ばれるのがむず痒い。
仕返しに私がそう聞けば、彼は嬉しそうにはにかんで答える。
「ジャック。母が付けてくれた名だ。」
その嬉しそうな顔に、やはり彼、ジャックは肩身の狭い思いをしている血縁者で間違いないんだろう。
きっと、名前を呼んでくれる者がいないのだ。
だから、名を名乗り合うだけでこんなに嬉しそうに子供のように笑う。
なんとなく、私はそれを無下にはできなかった。
「ふーん、ジャック、ね。覚えておくわ。」
「よろしくな、ベス。」
そう、微笑んだ彼は大変イケメンでした。どこの国の系譜なのかしら。
そう冷静に分析する反面、私はその微笑みにドキリとしてしまう。
そう言えば、城のメイドが顔のいい人に微笑まれただけでうっかりときめく、なんてうさんくさいことを言っていたけれど、成る程、こう言うことか。
恐らく本能に近いようなものだろうか。
「そういえば、先程と話し方が全く違うな。何故だ?」
「ちょっと男っぽく話した方が強そうでしょ?舐められたら兵士も勇者もおしまいだもの。
ま、気持ちの問題よ。
アンタなんかおどおどしてて弱そうだし、別に警戒する必要もないかと思って。」
「...そうか。」
複雑そうな顔をしたジャックに、私は思わず吹き出す。
「あはは!アンタ魔物の癖に人間の言葉で凹むなんて面白いわね!もっと厚顔なのかと思ってたわ。」
私がそういうと、彼は少し目を丸くして...それからいたずらをする子供のような顔をして笑った。
「ドラゴンにしてみると人間の方が余程厚顔だが...俺は半分しか人間ではないからな。
それと、俺はこう見えて半分はドラゴンだ。オマエよりずっと強い。」
鼻をならして自信満々に言う彼に、私は楽しくなって口を返す。
「あら、言うわね。さっきは恐る恐るだったくせに!」
「あ、あれは...!人間を傷つけないように触れる機会は余り無くてだな...!!」
そう言って肩を怒らせるジャックに、私はふと思う。
そうか、この人、私を傷つけないように気を使っていたんだ。
初めてこの部屋で目が覚めた時の事を思い出す。
そうだ、ジャックは初めから私に優しくしてくれていたじゃないか。
大切に、髪を鋤いて。
「そうね、あやまるわ、ジャック。
弱そう、何て言ってごめんなさい。...魔法が使えなくなって、気が立って八つ当たりしてしまったの。
あなたは、私を気遣ってくれていたのにね。」
私が素直にそういうと彼はまた驚いて...恥ずかしそうに右下の角を右手で掴んだ。
なにそれ。髪を人間で言う髪を触るような動作なの?
私がそうなんとなく生暖かい気持ちになっていると、彼はまた、おずおずとしながら右手を差し出してくる。
「もう、怒ってはいない。
...ベス、またここに来ても良いだろうか?」
そんな風に、こちらが見上げているはずなのに、まるで上目使いでお願いをされたような気持ちになって私はまた笑ってしまう。
あぁ、敵陣真っ只中なのに、なんとまぁ、和む人だ事!
そうね。ジャックにとっては友達が出来た感覚なのかもしれない。
自分の従兄を殺すかも知れない相手に対して随分のんきねぇ。
まぁ、それはそれ、これはこれか。
「ふふ、えぇ、良いわよ。こうして話すくらいなら。
...魔王に報告されると困るけどね。」
私もそう言ってその手を取ると彼は嬉しそうにはにかんだ。
ジャックは友達?が出来たことが余程嬉しかったのだろうか、その頬は少し、赤くなっていた。




