魔王*レッツクッキングタイムズ「落ち着かぬ。...えぇい、いつまで待たせるのだ、これだから人間は(ry」
部屋の端に着いてはきびすを返す。
自然と大股になる歩幅では、この広めに作られたその部屋も、大した時間をかけることはできない。
いっそ、廊下にでも出ようか、と思ったところで、自分がここに何をしに来たのかという事を思いだし、椅子に座り、資料を手に取った。
軍の状況、他の国の状況、それからアジエスの状況...。
あぁもう、なんだ、勇者めは俺のパスタを食べたのだろうか?
作ってから思ったが、ガーリックが良くないのかも知れん。
俺の好みでガーリックを多用していたが、あれも癖の強い食材だ。もしかしたらあの香りが嫌いなんだろうか。
次は趣向を変えて茸の...
そこまで考えて、ふと我に帰る。
いかん、そうじゃない。ええと、ヒポグリフ騎乗軍がセントラルランドのペガサスを追いかけ回し、て?
...いや、何をしておるのだ、あれらは...。
俺はその資料をぶん投げ、立ちあがる。
...どうも落ち着かない!
俺は再び部屋を歩き回り始める。
警備にあたっていたリザードマンの一人が不審な目でこちらを見ているが、...そ、それはそれ、これはこれ!だ!!
「えぇい、何を見ておる!羽無しの癖に生意気な!」
「はっ!申し訳ありません!...しかし...」
つい怒りを抑えきれずに言ったが、それでもリザードマンは俺に敬礼をする。その見上げた態度に俺は少し勢いを削がれ、それでも急に沈下もできずにそのままリザードマンを睨み付けた。
しかし、勢いが殺されたことで良い淀んだ言葉くらい聞いてやろう、という余裕が生まれる。
「なんだ、申してみよ。」
リザードマンははっと声を出して姿勢をただすと、俺をまっすぐ見上げてくる。
「恐れながら申し上げますが、魔王様。
勇者の事が気になっているのは心中お察し致します。しかし、そう落ち着かずに歩き回られては、周りの者が怯えてしまいます。
どうか、気を落ち着け、結果をお待ちください。」
ふむ、と、俺は改めて辺りを見回す。
ここは執務室、というところで、先に手にいれたアジエスの監視の情報を含めた今の魔王軍の情報が集まる場所だ。
俺はそれを管理するためにここに来たのだが、勇者の件で仕事に手がつかず、織の中のライオンの様に右往左往としていた。
ここはこの城の中でも大切なところであるから、守りは固めてある。
...それがどうだ、給湯の為につれていた仔コボルトは怯えてケツをこちらに向けて部屋の角で震えておるし、先のリザードマンの相方は心なしか目を背け、うなだれておるし、外にはヒポグリフが心配そうに鷲の頭を窓からチラチラと覗かせておる始末。
これは悪いことをした、と俺はリザードマンに向き直る。
ただ、素直に頭をさげては面子に関わるので、俺は少し考えてから言葉にする事にした。
「ふん、ひ弱なやつらめ。しかし、このまま警備をおこたわれてはたまらんからな。少し座って待つとしようか。」
そう言えばほっと息をついてリザードマンは、ありがとうございます。と言いながら持ち場に戻り始める。
それを見送りつつ、俺は側にあった椅子を引く。
それは木でできたアンティークな椅子で、細工が美しい。
この城の物はこぞって美しい細工が多くみられる。
それはこの寂しい土地に、少しでも花が欲しかったのかは定かではないが、それでも何となくこれは嫌いではない。
そう、また気をそらしながら椅子を引いたその時、ギィと音がして扉が開く。
俺は思わず椅子をぶん投げ、飛び付くように現れた人物に駆け寄った。
先程のリザードマンがつぶれた蛙のような声を出した気がするが、それは気にしないでおこう!
「おぉ、戻ったか、サフィ!して、勇者はパスタを食べたのだろうな!?」
そういうとサフィは困ったような顔になる。
...なんだ、あの意地っ張りめが。食べなかったのか。
まぁ、アイツが早々に折れたりもせぬか...。
全く、アレクの奴め。どうやって炙ってやろうか。
...と言うところまで考えたところでサフィは遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの勇者様はパスタは食べてくださったのですが、彼女は捕らえられて以来、もう4日程なにも口にしておりませんでした。
それ故に、その、戻してしまいまして。」
もどした?4日、口に何もって、普通では無いのか?
...もしや、人間とはたった4日くわなんだだけで飢えるのか?
俺は一瞬呆然とし、少し納得した。
あぁ、そうか、人間は、事の他ひ弱だ。
「...お、おぉ...そうか、人間とはたった4日で飢えるのか...知らなんだて、許せ...。
で、あれば次は如何な物を与えれば良い?パスタではダメなのだろう?」
俺がそう言うと、サフィは驚いて...少し笑顔で答えた。
「あの、消化に良いもの、例えば米を使った病人食である粥は如何でしょう?
たしか、魔王様はリゾットがお得意でしたよね?米があるのでしたら、それをお作りになっては?」
病人食、な。病人と言うには些か元気すぎる気もしたが...純粋な人間の体についてはサフィの方が詳しかろう。
折角つれてきたのに飢え死にさせてはもったいない、というか嫌だ。
それであやつが少しでも元気になる可能性があるならやってみる価値はある。
...で、だ、作るのを決めたのは良いのだが、俺はそもそも粥の作り方を知らん。
こやつめが言い出したのだから、当然作り方も知っておるのだろうな?
「...粥等と言うものの作り方など知らん。」
「そうでしたか、それであれば、私で良ければお教え致しますよ?
私、母親は生粋のリィオンの魔術師なのですが、父親がアジエスの農家の生まれなので、米を使った料理は得意なんです。」
なんと、そうであったか!人間等の人種など全く見分けもつかなんだが、勇者と同じ国の血を引いていたとは!意外と役立つではないか、オマエ!見直したぞ!
俺はならば、と意気揚々に胸を張り、サフィに命ずる。
「成る程、で、あればオマエ、粥を作る手伝いをしろ!
...して、粥とは何が必要なのだ?」
ついでに材料を聞けば、サフィは穏やかに笑った。
なにやら微笑ましそうに自分よりもかなり小さな輩にそうされるのは落ち着かない。
俺が思わず顔をしかめると、サフィは更に笑って言う。
「ふふ、そうですね、まずは塩と米、それから出汁に使う昆布か煮干し、もしくは乾燥椎茸があるとよろしいかと。
それから、少し元気になってきたら梅干し...はなさそうだから、鮭や卵を入れてみては如何でしょうか?
見る限りでは彼女、どちらかと言うと家庭的なものの方が口に合うかと思いますよ。」
随分と饒舌にしゃべるその娘に、俺は改めて感心する。
成る程、臆病で能力も低い使えん奴だと思っていたが、こういった事は得意のようだ。
言葉遣いも丁寧で弁えておるように感じるし、まさにあの減らず口の兄とは大違いよの。
生意気なあれの言うことを聞くのは癪だが、確かに勇者を懐柔するには良い手駒かも知れん。
「成る程。そうと決まれば台所に向かうとしよう。おい、ピュール、オネット!」
「「はーい!まおう様!!」」
俺がそう呼べば明るい声で小さな毛玉が転がり込んでくる。
小さいからと侮ることなかれ。実はコボルト族の長の子供なのだから、素材は悪くない。
俺は堂々と胸をはり、二匹に命ずる。
「塩...は台所に有ったか。米と出汁に使えそうな物を至急台所に持てとラーウムに伝えよ!」
「「はぁい!まおーさま!!」」
そう元気良く返事をする白い毛玉共は転がるように忙しなくドアから出ていった。
そ、素材は悪くない、筈だ...。
だ、大丈夫、だよな?いや、万が一でも、執事長のラーウムならきっとどうにか...。
俺が若干動揺しているのを感じたのか、サフィはま緩やかに笑いながらこちらに向き直る。
「きっと大丈夫ですよ、オネット君、あぁみえてしっかりしてますし。
私たちも参りましょうか、魔王様?」
そう言って含み笑いをするサフィに、何となく兄を思い起こす。
...よもや、意外と似て...いや、そんなはずは...。
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ぐつぐつと煮立つそれを、俺はそれをかき混ぜる。
なんの事はない、リゾットと似たような物であったか。
しかし、リゾットよりも大分質素だ。
この様な物で本当に大丈夫だろうか?
俺は若干の不安を覚えずにはいられない。
俺はそのリゾットよりも頼りなく見えるそのどろどろと煮とけた米を見つめる。
「そんなに頻繁に混ぜなくても大丈夫ですよ、魔王様。」
「そうか、だが、暇である。」
そう言っては見たものの、実際は焦げ付かないか不安なだけだ。
よもや焦げたものをあの勇者に食わせるわけにはいかないからな!
ただでさえもヘソを曲げているというのに、これ以上拗ねられては、会話もできない。
俺がそんな事を考えていると、サフィが不意に鍋を覗きこむ。
そして、少し俺が混ぜているそれを観察した後、俺に笑いかける。
「よし、これくらいでいいと思います。器に移しましょうか。
塩加減も良いし、きっと美味しいと思いますよ?」
サフィは穏やかに言い、その場を離れる。
食器棚に近寄っていったところを見ると、どうやら皿を取りに行ったらしい。
「そうか」
俺はそれしか言わなかったが、サフィは少し残念そうな顔をしながら、食器を手にこちらに戻ってくる。
俺がどうした、と声をかけると、それを苦笑いに変えて、彼女は言う。
「...やっぱり西洋皿しかありませんね。リィオンはアジエスとはあまり仲良くはありませんでしたから...。」
「どうやらこの大陸は孤立しておったようだな。だからこそここを狙ったのだが。
奴隷とするなら資材の多いイーストランドが良いかと思ったのだが、住むだけならここでも事足りるからの。」
そう軽く言えばサフィは複雑な顔をする。
なんだ、と思えば簡単なこと、故郷とも言える二つの国をどちらも占拠されたのだからなんとも言えぬ顔も仕方がなかろう。
そう言えば、にたようなことをアレクに言われたのであった。
あれは勇者と接する際の注意点だったが、勇者に適用できるなら、この娘とて同じことだろう。
俺が今後協力させるためにもどう言ったら良いかを考えあぐねいておると、サフィは困った様に笑い、盛り付けますよ、と短く言った。
うむ、と返事をしながら俺は彼女にお玉を手渡す。
盛り付けながら、彼女がまた口を開いた。
今度は、穏やかに笑っている様に見える。
「初めはどうなるのかと思いましたが、魔王様が勇者様の事を愛しておられるとは思いもしませんでした。」
「...そうだろう、......そもそも愛しておらんでな。」
あ、危ないな...!!うっかり同意する所であった!!
この兄妹油断ならんぞ!?
しかし、サフィはそれを聞いてもなおその笑みを消さない。
飲み水を用意しながらそいつはゆっくりと話す。
「そうなんですか?私には勇者様をとても大切に思っているように見えましたが。」
「......とんと覚えがないな。」
...というか、オマエ、俺達があっているところを見たことがないだろう?
それなのに、どうしてそんなことが言えるんだ。
俺はその驚くような観察力に動揺しながらも、それを悟られないように盆を奪い取る。
「そのような無駄口を叩く余裕があるのであれば、あの姫の世話にでもいってこい!
さぁ、いけ!いってしまえ!」
そうして凄んでは見たが、目の前の女は笑いながらはいはい、とまるで兄とそっくりに笑う。
...なんなのだ、この兄妹!!
「わかりました、ではいって参ります。それが覚めてしまわないうちに、渡せるといいですね。」
そう言って、ぞの女はドアから姿を消した。
そこで、俺はひとつ失敗をしたのに気づく。
...どうやって、誰に、これを届けさせよう。
俺は、それに頭を悩ませることになった。