勇者と捕虜と5玉の犬「だからなにがしたいの」
この状態は、一体どうしたことだろう。
…そろいも揃って、この城にいる奴らの思考回路がわかりません、助けて姫様。
そう、現実逃避気味に遠い目をする私の目に映るのはふるふる震える白い毛玉が5玉と、上目遣いでボンゴレビアンコを差し出してくる背の高い金髪碧眼の少女?だった。
少女はこちらを涙目で見つめながら、何故か酷く怯えた様子でこちらに必死に訴えかける。
「ど、どうかこのパスタを食べてください、勇者様ぁっ!」
先ほど転がり込んできた彼女は依然としてこの台詞を繰り返し続けていた。
……これって、アレじゃないの?魔王が作ったとかって言う意味不明な代物。
その前はリゾットだった。正直良いにおいすぎてヤバかった。
というか、パスタ、リゾット、パスタ、リゾット…と、味付けは違えど、オマエのレパートリーそれしかないのか、魔王。
それとも、パスタとリゾットが好きなのか、魔王。
意外とチョイスが乙女だな魔王。
あぁ、また意味もなく現実逃避をしてしまった。
そろそろ、この状況に終止符をうたないと、どうにも先に進まなさそう。
ここは思い切って、事情聴取してみよう。
そう思い切って私は彼女と目を合わせる。
…大きな目。タレ目可愛い。
この辺の地域の生まれなのだろう、その肌は雪のように白くてすべらかだ。
背丈はノースランド人らしく少女だというのに既に私と同じくらいある。
しかし、この地域は氷のような美人が多い、と聞く割にさほどきつさを感じさせず、そこはかとなくアジエス人ににている気がするあたり、先の戦争で此方に残ってしまった兵士の子供か何かなのかも知れない…
じゃない!私は頭を振って、頭に?を浮かべている彼女に問いかけた。
「えと、あなたは誰?これはどういう状況?私、さっぱり理解できないのだけれど。」
「えっ?あ、はい!私はサフィと申します!この国の出身なのですが、その、魔王軍の捕虜、です。」
あらら、悪いことを聞いてしまったかしら、と思うと同時に、嫌な予感が頭を掠める。
もしかしなくても、これは、
「……その、コレは、…コレを勇者様に食べていただけないと、その、私の兄が処刑されてしまうのです…。」
「あっ…そういう…。」
やっぱり魔王は魔王だ。あのトカゲ頭め。
この子の家族を人質に取るなんて、なんと卑怯な!
…しかしそうなれば、勇者として、これを無視するわけにはいかない。
私はちら、と5玉の毛玉をさりげなくみる。
それらは一様にぷるぷるとその豊かな白い毛を揺らし、黒くて丸い瞳を濡らして私達二人に向けている。
一見、サフィと同じように此方に涙目で頼み込むように見えるが、おそらくこれらは一緒に私に食べて貰うように頼み込むなどと言う一本ネジの飛んだ目的で居るのではない。
恐らく、私がこっそりこれを捨てたりしないように、見張っているのだ。
しかも、私にそれを気付かせるためにご丁寧に5玉もつけて下さるとはねぇ。
…なんとも忌々しい気遣いだわ。
「…やはり、どんな間抜けでも魔王は魔王か…」
「…?なんですか?」
サフィはその愛らしい顔をこてりと傾げる。
…思えばこの子を選んだ理由も、恐らくはこの顔つきから見るに我が国の残留兵士の子の可能性があるからなのだろう。
私は勇者。国を違えても人を助けるように教えを受けてはいるが…それも念のためと言う奴だろうか。
…本当に、忌々しい程に気が利いているあたり、あいつ、性根が腐ってるわ。
「…魔王のいいなりになるのはしゃくだけど…
……あなたと、あなたの兄のため、食べるわ。
心配しないで、きっと大丈夫。」
「!」
ぱっとこちらを見るその顔は心配そうに歪んでいる。
…本当は、これを食べることは危険であることをこの子は気付いているのだろう。
それでも、見も知らぬ勇者よりも、肉親が可愛いのは仕方ないこと。
そう、仕方がない。私には彼女たちを助ける義務があり、彼女には私を見捨てる理由がある。それだけの話。
(やんなっちゃう。)
私はそれを見ながら、パスタをひとからめして口に運んだ。
ニンニクがきいてて美味しいけど、空きすぎた腹にはどうなのかしらね、これ。
「意外と美味しいわ。…やんなっちゃう。」
ソフィは何とも言えない顔をして、私を見つめていた。