戦慄と再会と
ディナートさんの執務室でのんびりお茶をすすっていると、セラスさんからやっと解放されたアハディス団長がやって来て、改めてご挨拶することになりました。
飄々と聞き流していたように見えたけど、それなりにはこたえていたらしい。
「いや、あれだけの美女に叱られたら俺だって身に沁みるさ!」
それ凹む方向が微妙に違いませんか。って心の中で思ってたら、となりでディナートさんが、
「美女に叱られて嬉しいって言い出さないだけマシか」
ってため息交じりに呟いたので、団長さんがどんな人か分かった気がしました。同じ近衛騎士団の団長なのにセラスさんとは、対照的な性格らしい。
「で、こちらが例の勇者殿ってやつか! お初にお目にかかる。魔導軍の近衛騎士団長を務めている。アハディスだ。よろしく頼む!」
大きな手で、手を握られてブンブン振られた。いたたたた! 握手ですかこれ。拷問じゃないですよね!?
痛みと動揺でしどろもどろになりつつ自己紹介をする私。
「ディナートから聞いてはいたが、本当にちまっこいな、ヤエカ殿は。こんなひょろひょろしたなりで、単身、我が王のところへ殴りこみをかけに来たと。そりゃあ豪儀だな! 王が気に入るのも無理はない」
いや、ソヴァロ様に気に入られてる感じはしないんですが……。
今となっては自分でも無謀だと思いますよ? 本当にソヴァロ様が魔王で良かった。
団長さんの言うことに同調していいのか否定した方がいいのか、悩んだ私は曖昧な笑みを浮かべた。ほら私も一応日本人ですから。それなりの愛想笑いと言うものは習得してます。
カラカラと笑い飛ばしていたアハディスさんが、ひとしきり笑った後、すっと笑みを収めた。途端、目が切れそうなほど鋭く光る。
「俺が出払ってて命拾いしたな。俺はあの方のように寛大でも、このディナートのように思慮深くもない。差し向けられた刺客の言い分なぞ聞く耳は持っておらん」
それが脅しでないのは、鈍い私でも分かった。恐怖で指先まで凍りついた。これがこの人の本性。快活な仮面に騙されちゃ駄目なんだ。
「団長。こんな小さな娘さんを怖がらせてどうするんですか。もうあれは過ぎたことですよ。今や人と魔族は敵対してもいないんですから、わざわざ波風を立てるような言動をしてどうするんですか」
呆れ顔のディナートさんが団長さんを諭し、諭された団長さんはまた元の快活な様子に戻ったけれど、私の胸に残った氷の塊は解けなかった。
「ヤエカ殿。建設現場に出向いていた騎士たちもそろそろ戻る頃です。聖軍の中には顔見知りの者もいらっしゃるのではありませんか? よろしければセラス団長のところまでお送りいたしますが……」
ディナートさんの助け船に心底ほっとした。みんなに会いたいのも本当だけど、でもここから逃げ出せるって言うことが一番嬉しい。
「大丈夫です。一人で行けますから。――あの、お邪魔しました。これからよろしくお願いします」
べこりと頭を下げた。
「おう! びしびししごかせて貰うから、そのつもりでな!」
とアハディス団長。びしびしって言うのがどのくらいなのか計り知れなくて、ものすごく怖い。
「本当に一人で大丈夫ですか? ――ではヤエカ殿。明日、お待ちしております」
優雅に笑うディナートさんのその仮面の下にも、アハディス団長のような鋭さが隠れていることは、さっきの一件で知っている。ディナートさんが冷酷な顔を私に見せないのは、単にソヴァロ様の意向を汲んでのことだろう。私自身が好かれたわけじゃない。もしかしたら、私のことを嫌っているかもしれない。
私は、彼らの主の命を狙っていた人間だ。実際はルルディの依頼を受けて親書を携えて行ったんだけど、でもそれは内密な依頼だったし、表向きは〝魔王討伐〟だったんだから。いくら事情が変わったからと言って、そんな危険人物と仲良くしろと言われても、無理な話だろう。
そんな人間に術を使った戦い方を教えろ……なんて彼らにしたら苦々しいだけだよね。私の訓練を引きうけてくれただけでもありがたいのかもしれない。
「はい。それじゃ、失礼します」
ぎこちない動作でドアを開けて、退室した。ドアを閉めた途端、大きなため息が漏れた。
この先、もし私と彼らが敵対することになったら、きっと彼らは一瞬の躊躇もなく私を排除するだろう。
――彼らに気を許し過ぎてはいけない。
暗い気持ちで廊下を歩いていると、急に外が騒がしくなった。
窓から外を見てみると、泥まみれの集団が東翼の正門から続々と入って来てる。あれが騎士?っていう出で立ちだけど、不審者があの門をやすやすとくぐれるわけないし、お留守番役だったらしい騎士や兵士が建物から出て合流しているところを見れば、聖軍のみんなに違いない。
あ、セラスさんの姿もある。泥まみれの集団のなかだと、一層美貌が引き立ちますね。
暗くなる気持ちはひとまず置いておいて! 懐かしいみんなに会って来よう。
褒められたことじゃないけど、私は一気に駆け出した。
最寄りの出口から外に出てみんなに駆け寄る。
「皆さん、お久しぶりですー!!」
大きな声を上げると何人かが振り向いてくれた。
「お? 来たのか!」
「久しぶりだな~」
笑いながら、見知った顔が駆け寄ってくれて。それを見た他の人達も私に気付いて寄って来てくれて。あっという間に私は人垣の真ん中にいた。
ちょっと離れたところで、セラスさんがいつもの生真面目な顔に、小さな笑みを浮かべてこっちを見ている。目が合うと小さく頷いてくれた。
「元気そうだな!」
「お陰様で」
「少しは背、伸びたか?」
「いや、もうそんな歳じゃありませんし」
投げかけられる質問に次々と応えながら、ふと思い出した。そういえばこの人たちって……。
「相変わらず細っこいな! 飯、しっかり食ってるのか」
「いやそれより、身長だろ。そのチビ、相変わらずなおんねーのな」
「ちょっとまて。こいつ女なんだから、そっちよりこう……違うところの発達を願った方が良いんじゃないか?」
「違いない!!!!!!!!!」
ちょっと。そこでみんな声を揃えないでよ! だいたい私、身長も体重も、バストサイズだって、日本人女性の平均範囲内ですっ。あなた達みたいな筋骨隆々、いわゆるガチムチの尺度で測んないで下さい!!
「でもさ、こいつが世のお嬢様みたいななりしても……」
「それを言っちゃ駄目だろ」
「そうそう。女は化粧で変わるって言うしな」
「まぁ伸び代があるって言うのは良いことだぜ」
私が何も反論しないのを良いことに、言いたい放題だ。
悪かったですね。身長体重バストサイズだけじゃなくて、顔だって並みですよ。美人じゃないですよ。あなた達、毎日セラスさん見てるから点が厳しいですね。こんちくしょう。
「しっかし、相変わらず色気のねぇ恰好してんな。なんだ、異世界の女って言うのはみんなそんな格好してんのか?」
「う、うるさあああああい!! 悪かったわね、私はどうせ色気ゼロですよ! 顔だって容姿だって平凡ですよおおおおお!! それに私、ちびじゃなああああああい!!!!!」
キレて怒鳴ったら、周囲からどよめきが上がった。
「おお。お嬢ちゃんがキレたぞ。懐かしいなぁこの怒声」
しみじみとした声が上がって、みんなが頷く。
私も懐かしいですよ、この反応。
懐かしがってもらって嬉しいような、そうでないような。でもやっぱり懐かしくて。ちょっとうるっと来たら、誰かの大きな手で頭をぐりぐり撫でられた。
「ちょ、痛いです、痛いです! 首折れるーー!」
出来るだけ明るい口調になるように努力しながら、悲鳴を上げた。
どっと笑いが起きる。頭から無理矢理手を払い落して、自分の手で頭を触ると、物凄くじゃりってした。
不思議に思って軽く払ってみると、パラパラと乾いた泥が落ちた。だ、誰よ! 泥まみれの手で私の頭撫でたの!!
「ちょっと! いま私の頭ぐりぐりしたの誰よーーッ!!」
私の悲鳴は、野郎どもの爆笑にかき消えた。
輪の外で、あの生真面目なセラス団長が、口元を手で覆って私から目を逸らしています。……笑ってるんですね。いや、笑いを堪えてるんですね。いいんですよ、別に我慢しなくても!
口を尖らせてじっと見つめると、彼女はすまないと言うように片手を上げた。けど、そんな風に謝られてもあんまり嬉しくない!