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再召喚!  作者: 時永めぐる
第三章:月を宿す乙女
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そして、甘く切なく

 ディナートさんに手を引かれて歩く。

 案の定、何を言って良いのか分からなくて話しかけられない。逆に話しかけられても上の空な反応しか出来なくて、返事するたびにどんどん焦りが増していく。

 さっき母と話した小さな橋を過ぎ、庭の中央の大きな噴水へ向かう。特にあてがあって歩いているわけじゃないけど、吹き上がる水の涼しさに惹かれて、無意識に足を向けたのかもしれない。

 石畳で舗装された道は歩きやすい。なのに上の空で歩いているせいか、たまに石と石の隙間にヒールが落ちてしまう。

 そのたびに歩調が乱れてディナートさんが心配そうに私の顔をのぞき込む。


「やはり調子が悪いのではありませんか?」

「大丈夫です!」

「ですが……。──もう戻りましょう。部屋までお送りいたします」


 困ったように眉根を寄せた後、ディナートさんは小さくかぶりを振った。

 返事をする間もなく、彼はテラスへ向かう道へ足を向ける。

 軽く手を引っ張られたけれど、それに抗うように踏ん張った。けど悲しいかな、いつものブーツじゃなくて、ヒールのある靴だから踏ん張り切れなくて少しよろめいた。


「ヤエカ殿」


 咎めるような口調で名前を呼ばれる。


「やです。まだ戻りません!」 


 駄々を捏ねてる自覚はあるけど、諦めて帰るよりずっといい。


「無理をなさらないでください」

「無理なんてしてない!」

「してるじゃないですか。先ほどから足元がおぼつかないのは、疲れているからでしょう?」

「そ、それは!」


 言えない。理由なんて恥ずかしくて言えない。

 実力行使で誤魔化しちゃえ! 

 というわけで、私は彼の手を振りほどき、今度は逆に彼の腕を両手でつかんだ。


「と、とにかく、私は元気です! さ、お散歩に行きましょー!!」


 と引っ張ってみたけど、びくともしない。

 見た目は細く見えるけど、私を軽々と抱き上げたりできるんだから、実は筋骨隆々なわけで。私が少し引っ張ったぐらいじゃ全然動いてくれない。


「くっ!」


 ダメだ。腕を絡めて渾身の力を入れて引っ張っても動かない。

 もう。なんでこんなに体格差があるのかな。これじゃいくら抵抗したって全然効果ないし。

 我まま言ったって、最終的には痺れを切らした彼に引っ張られて部屋に強制送還されちゃうじゃない。


「ヤエカ殿……」


 あ、ほら。来た。「抵抗しても無駄ですよ。早く帰りましょう」ってセリフが続くんだよ。そんで、問答無用で帰らなきゃいけないわけだよ!!

 告白のプレッシャーから解放されてホッとするような気もしないではないけど、せっかく気合入れたのに残念すぎる。

 なのに。


「手を。手をどけていただけますか?」


 予想に反して困惑したような声が降ってきた。


「え?」


 驚いて顔を上げたら、険しい顔をしたディナートさんと視線がぶつかった。

 もしかして、私、やり過ぎたのかな? ディナートさんを本気で怒らせちゃった!?

 背筋を冷たい汗が落ちる。


「ディナート、さん?」

「申し上げにくいのですが、その……。そのように腕を取られますと……」

「そのように? って、どんな……?」


 彼の視線が下に逸れた。つられて私も彼の視線を辿って……。

 とんでもないものを見てしまいました。

 いいえ、とんでもないことをやらかしてました、私。


「わー!! わー!! やだ、ごごごごご、ごめんなさいっ!」


 慌てて腕を離して飛び退いたけど、動揺が酷くて口が回らない!

 動かない彼を少しでも引っ張りたくて、いつの間にか自分の腕を彼の腕に絡めていました……。

 その方が力が込められるからやったことだけど、でもそうやって腕を絡めたら当然……その……胸を押し付ける形になってしまうわけで、ですね。

 寄りにもよって、今日はいつもの制服じゃなくて、柔らかい生地で出来たドレスだ。


「これは、その、あの、あの!! じ、事故なんです、事故」


 決して故意ではないんです!


「ほんっとにごめんなさい!!」

「いえ。私のほうこそ失礼いたしました」

「ディナートさんは悪くないです! 私が悪いんです! 無理矢理引っ張ったから……」

「そんなに戻りたくないのですか?」


 彼の問いに、私はもげそうな勢いで首を縦に振った。

 ディナートさんは不思議そうに首を傾げている。私がどうして散歩に拘るのか分からない、そんな顔だ。


「お話しなきゃいけないことがあるんです。出来るだけ早く」

「そう、でしたか。では、もう少しだけ」


 ディナートさんの顔に、何かを諦めたような悲しげな色が浮かんだ。

 どうしてそんな顔をするんだろう? 訳が分からなかったけど、ただ私の言葉が彼にそんな顔をさせたんだと言うことは分かって、胸が痛んだ。

 彼がそんな顔を見せたのはほんの一瞬で、すぐに少し厳しい保護者の顔に変わった。


「ただし、貴女の体調が心配ですから、これ以上歩くのは止しましょう」


 何かを探すように辺りを見回してから、もう一度私に向き直る。


「あちらでお話をうかがいます。大丈夫、会話が漏れないように結界を張りますから」


 彼が指し示したのはすぐ近くにあるベンチで、ちょうど木陰になっていて涼しそうだ。

 それで構いませんか? と言う彼の提案に頷いた。





 ディナートさんに促されるままベンチに座ると、彼は私の目の前に片膝をついた。


「ディナートさん!? やだ、汚れちゃいますよ? こっち空いてますから、座ってください」


 てっきり横に座ると思ってたから驚いた。

 もしかして座るには狭いのかな? と思って、さらに端っこに寄ってみたりしたんだけど、彼は首を横に振って動こうとしない。

 

「いえ、どうかこのままで」


 見上げてくる切れ長の目に、胸がドキリと跳ねた。


「貴女の話をうかがう前に、私は貴女に謝りたいのです」

「ディナートさんが謝ることなんて……」

「あるのです、ヤエカ殿」


 金の瞳がじっと私を見つめる。あまりに真剣な眼差しだから目が逸らせない。

 吸い込まれそうに澄んでいて、なのにその奥に何があるのか全然見えない。


「私は己の感情に囚われた挙句、貴女に対して酷い態度をとりました。それだけではなく、故意にお傍から離れようともしました。もしあの時、私が今まで通りお傍にいれば、あんな男に貴女を奪われるようなことはなかったかもしれません。申し訳ありませんでした。感情に流されて貴女を守れなかったこと、いくら後悔を重ねても足りません」


 でもあれは決してディナートさんのせいじゃない。

 事が起こるずっとずっと前から警告してくれてた。なのに『気をつけます』なんて口では言いながら、オレストが付け入る隙を作っちゃったのは私だ。


「貴女がいなくなって、気が狂うかと思いました」


 彼は視線を伏せると、膝の上に置いていた私の両手を包み込んだ。そしてそこに額を載せる。


「もう会えないかも知れない。そう思うと怖くて仕方ありませんでした。貴女をあんな目に遭わせたすべての要因が呪わしく、何も出来ない自分の無能さが厭わしく、貴女のこと以外、まともに考えられませんでした」


 私の手を握りこむ彼の拳は白く、かすかに震えている。


「よく無事で……。本当に、良かった」


 彼の銀の髪がさらりと流れて私の膝の上を覆う。彼の広い肩が小さく見えて、胸がきゅっと締め付けられた。

 ああ、ディナートさんはこんなに私のことを心配してくれてたんだ。


「私、ディナートさんが助けに来てくれるって信じてました。だから、それまで絶対屈しないで頑張ろうって決めたんです。辛くて苦しくてどうしようもない時は、あなたとの記憶をひとつひとつ思い出して」

「ヤエカ殿!」


 震える声が私の名前を呼んだ。

 次の瞬間、私の腰を逞しい腕が抱いていた。


「きゃ!?」


 縋るように抱きすくめられて、彼の切ない吐息を膝の上に感じて、驚きは即座に吹き飛んだ。

 

「貴女が目の前にいる。触れられる。声を聞ける。そのことがこんなにも嬉しい」


 掠れた声とともに、腰に回された腕に力が籠る。苦しいほどに強く強く。 


「ディナートさん」


 私はそうっと彼の頭に触れた。初めは恐る恐るだったけれど、彼が拒絶しないのを良いことに名前を呼びながら、何度も何度も彼の髪を(くしけず)る。


「心配かけてごめんなさい」


 さらさらと指の間を零れ落ちる銀を見つめながら思う。

 ああ、私はこの人に対してとても酷いことをしたのだ、と。

 冷静な彼が過去のことを思って、こんなふうに痛みを露わにする。後悔が一気に胸に押し寄せて、息が苦しい。


「ごめんなさい」


 きっと何度謝っても足りない。


「違う。貴女は悪くない」


 ディナートさんがつぶやいた。


「──分かって、いたんです」


 彼は膝から顔を上げ、私を出していた腕を離した。


「遅かれ早かれ貴女を欲する者が現れる。だから、事件に巻き込まれる前に貴女の世界へ戻って欲しかった。こんな争いや策謀ばかりの世界のことなんて忘れて、平和な世で幸せに生きて欲しかった。なのに、私は……」


 彼は言いよどんで、私から視線を外した。迷うように瞳が揺れている。


「ディナートさん?」

「穏やかな気持ちで貴女をあちらの世界へ送り出すなんて無理だった。貴女の幸せを願うなら、笑って別れるべきだ。それなのに貴女が迷うのを嬉しく思っていました。もしかしたらこちらに残るかもしれない。しかしその反面、貴女が帰ることがますます怖くなって、その時の喪失感を少しでも軽くしたくて、私は貴女を突き放しました」


 彼の言葉が、胸をざわめかせる。


「ヤエカ殿。これから告げることは、もしかしたら貴女にとって酷なことかもしれません。それでもどうしても告げたいのです。──お許しいただけますか」

「は、い」


 口からこぼれた返事はかすれて、少し上ずっていた。期待と不安が入り混じって心臓がドキドキと煩い。


「貴女をお慕い申し上げております。この世の誰よりも貴女が愛しくて、愛しくて、胸が苦しいのです。いっそ強引に攫って、誰も知らない場所に閉じ込めて、貴女を私だけのものにしてしまいたいそう思ったことも一度ではありません。……あのオレストが考えたこととそう変わらない。軽蔑したでしょう?」


 彼の口元に自嘲の笑みが広がり、金の瞳に悲しげな影が揺れる。


「先ほど貴女は私に話があるとおっしゃいましたが、私はそれを聞くのが怖い。帰る、とおっしゃるのでしょう? 貴女がどれだけ故郷に焦がれていたか。傍にいた私はよく知っています。それなのに、言わずにはいられない」


 違う。帰るなんてまだ決めていない。そう言わなきゃいけないのに。なのに彼の言葉を聞きたくて、私は黙ったまま。


「どうか、この世界に残ってください。──いいや、違う。どうか、私を選んでください。生涯、貴女を愛し、貴女を守り、貴女とともにあることを誓います。私を選ぶことで貴女が手放さなければいけないものは、たくさんあるのでしょう。分かっていて、それでも敢えて貴女に乞います。どうか、私だけを選んでください」


 私の手を押し戴くように握って、首を垂れた。

 もしかして私は自分に都合のいい聞き間違いをしてるのかもしれない。もしかしたら、都合がいい夢を見ているだけかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。

 思ってもいなかった展開に、思考が完全に停止していた。何をしたらいいのか。何を言ったらいいのか。

 落ち着かなきゃ。

 止まりそうな胸を無理矢理動かして、大きく息を吸って、ゆっくり吐く。それだけの動作なのに、少しずつ頭が回り始めた。

 そうだよ、私は彼に好きだって伝えに来たんだよね?

 なら、私も言えば良いんじゃない?


「私……私、選んでも良いんですか、あなたを」


 弾かれたように顔を上げて、ディナートさんが私の顔を見た。

 信じられないといった顔に、見る間に鮮やかな笑みが広がった。その美しさに胸がぎゅっと締め付けられる。

 なんて眩しいんだろう。彼がこの笑顔を私に向けてくれるなら、傍でずっと見ていられるなら。きっと何を捨てても後悔しない。そう思う。心の底から。


「私もディナートさんが好きです。一緒にいられるなら日本に帰れなくていい。後悔なんてしない。だから、だから……」


 不意に湧いた涙で、視界がぼやけた。ちゃんと彼の顔を見て言いたいのに。


「日本に帰れなんて、言わない、で」


 ボロボロこぼれる涙が手に落ちて、その手を握っているディナートさんの手まで濡らしていく。

 泣き止まなきゃって思えば思うほど涙が止まらなくて、もうダメ。


「ええ。もう離しません。何があっても、誰に反対されたとしても。──例え貴女が嫌だと言っても」


 彼の長い指が私の頬に触れて、優しく涙をぬぐう。


「嫌だなんて、絶対……ない」

「知ってます。貴女が私を嫌う暇もないくらい愛しますから」


 綺麗な笑顔に、艶を滲ませてそんな事を言う。

 さらに涙が止まらなくなったのは、ディナートさんのせいだ。


「ディナートさんのバカ……」

「それは否定できませんね。貴女のことになると抑えが利かなくて困ってるんですよ」


 ふふと含み笑いをしながら立ち上がり、彼は私に覆いかぶさるようにベンチの背もたれへ片手を付いた。

 顎を軽く掴まれて、くいと持ち上げられる。

 予想以上に近い位置に彼の顔があって、金の瞳が熱っぽくきらめいている。その強い視線に、胸が焦げそうだ。


「あ……あの……?」

「ダメですよ。逃がさない」


 不敵に唇の端を吊り上げた彼は、ふっと視線を伏せた。

 と思う間もなく、唇に暖かく柔らかいものが触れた。啄むように何度も軽く触れたあと、隙間を埋めるように深く。

 ディナートさんとキス……してる?

 霞がかかったようにぼんやりする頭で考える。

 夢みたい。

 と思うそばから息が上がって苦しくて。

 

「あ……も……」

「もう、少しだけ」


 掠れた声が囁いて、もう一度私の口を塞ぐ。

 甘い疼きが全身を駆けて、力が抜ける。何かに縋っていないと崩れ落ちそうで怖い。

 夢中でディナートさんの腕に縋れば、ふと笑う気配がした。同時に背中へ回った腕がそっと私を支える。 

 どうしよう。

 嬉しくて、幸せすぎて。

 どうにかなっちゃいそうだ。

 

「愛しています。私の……ヤエカ」


 キスの合間に何度も囁かれて、眩暈がしそうだ。

 このまま時が止まればいい。生まれて初めて私はそう思った。

 そう。このままずっと彼の腕の中にいられたら良いのに。それ以外、何もいらないから……。

 


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