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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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世界は少しずつ動いている

 聖女が住まう場所、そして人界の中心となるこの建物は、今は聖女宮と呼ばれてる。『今は』と言ったのは、男が――聖王が立った時代は〝聖王宮〟と呼ばれるらしいからだ。

 聖女宮は、聖都の一番北に位置している。

 規模はびっくりするくらい大きい。一つの街みたいな広さがある。

 おかげさまで何度も迷子になったし、探検するのは良いけど道忘れるなって散々お説教されたりもした。

 すみませんね。方向音痴ってわけじゃないけど、似たような作りが延々と続いてたら誰でもまようっつの!

 宮の中央に人界の内政を司る執政部があって、ルルディの執務室もその中にある。

 執政部の裏側――つまり北が北翼と呼ばれる聖女のプライベートスペース。スペースって言っても、物凄く大きい建物なんだけどね。聖女の身の回りのお世話をする使用人さんたちもこの北翼に私室を持っているので、お呼びがあればすぐに馳せ参じれるというわけ。ちなみに私のお部屋もここにあるのです。

 で、執政部の東側は東翼と言われるところで、聖軍の拠点になってる。結婚してる騎士さん達は城下に居を構えてるけど、独身の騎士さんや見習いさん達はみんな、東翼にある宿舎で寝泊りをしてるんだよね。

 だから、夜討ち朝駆け的な抜き打ち訓練とかもやりやすいって、とある隊長さんが笑ってた。想像するだけでも恐ろしいです。あはは。

 反対側の西翼は聖術部があって、神官さん達が日々術の研究開発に精を出している。ここにも宿舎があって、独身の神官さんや見習いさんが……以下同文。

 あ! 今ね、神官なのに結婚出来るのかよ! って思った人いるでしょ? 私もね、最初はそう思ったんだ。この世界の神官さんっていうのは、どっちかと言うと『魔法使い』って捉えるのが正しいみたい。

 聖女も、神に使える乙女というより、女王って意味合いっぽい。言葉って難しいですねぇ。


 なんて長々と語っちゃいましたけど。私は今、ディナートさんと並んで、北翼→執政部→東翼の長旅をしている最中です。

 魔導軍の派遣隊のみなさんは聖軍のある東翼の一角を仮の住まいにしているそうだ。……まぁここって無駄に広いしね。派遣隊の方が大勢で詰めかけたって寝泊りの場所に困ることはないよね。

 というわけで、びしびししごいて貰うその挨拶のために、魔導軍のサロンへとまっしぐらなのです。いくら隣でディナートさんが優しく話しかけてくれても、緊張はほぐれない。さっきチラッと見た魔導軍のみなさんは超強面さんばっかりだったんだもの。睨まれたら私、泣いて腰抜かすかもしれない。

 聖軍のみんなも強面なんだけどね、前回、聖軍の――特に近衛騎士団のみんなにはかなり色々と気を使ってもらったり、お世話になったりした。気さくな良い人ばっかりって知ってるから、もう怖くない。

ぶっちゃけ最初はかなりビビってたんだ! 何か不用意なこと言ったらバッサリ斬り殺されるんじゃないかと思って。

 魔導軍のみなさんもそんな良い方ばっかりでありますよーに! 欲を言えばディナートさんみたいな優しい物腰の人が多いと良いなぁ、なんてね。

 知らないうちにため息が出ていたらしい。それを聞き咎めたディナートさんが足を止めた。

 

「どうされました、ヤエカ殿? 少し歩くのが早すぎましたでしょうか?」


 少し休みますか、と気遣ってくれる。


「いえ、疲れたわけでは……。大丈夫です。――少し、緊張しちゃって」


 理由も言わずに大丈夫だって言ったら余計心配されそうだったので、正直に話した。


「あの、ディナートさん。少し質問をしていいですか?」

「なんなりとどうぞ」


 だからそんなに甘い笑顔しないでくださいってば。どぎまぎさせられ過ぎて、少し腹が立ってきたぞ。っていうか、そのうち慣れるかな。――早く慣れたいです。


「あのですね、魔導軍のみなさんてどんな方々ですか?」


 ちょっと曖昧すぎたかな?


「難しい質問ですね。――そうだなぁ。うーん。……まぁ悪い奴らではありませんよ?」


 あなたも大概大雑把な人ですね。悪い人ばっかりだったら困ります。


「そ、そうですか。アンシンシマシタ」


 棒読みの返事になったのは仕方ないと思います。

 そんなこんなで東翼に辿りついたんだけど、おかしい。いつもより活気がない。あれ? おかしいな。訓練場から響いてくる怒声も、野次も、掛け声も聞こえない。――何かあったの?


「ああ、殆ど出払っているんですよ。街のはずれにエオニオ近辺からの難民のために宿舎を建設中なのです。聖軍も魔導軍もそちらでお手伝いをしているんですよ」

「なるほど。使える筋肉は無駄にしないってことですね」

「あはは! そうですね」


 不覚にも笑いをとってしまったらしい。っていうか、この人、笑い過ぎなんじゃないの。こんなにケラケラヘラヘラしてて副団長とか務まるの? ちょっと心配になって来た。


「――ここです」


 笑いを収めたディナートさんが、一つの扉の前で立ち止まった。――えーと。中から言い争う様な声が聞こえるんですけど? 戸惑う私に構わず、彼は平然とノックの音を響かせた。


「おう。入って良いぞ!」


 中から太い声が上がった。

 それに即座に応えてディナートさんが扉を開ける。え!? ちょっと! ちょっと! 修羅場に平然と乱入していいんですか!? 


「アハディス殿! まだ話は終わっておらぬ!!」


 扉を開けた途端、激高した声が響いてきた。え? やっぱり揉めてる最中なんじゃ? 入っていいの?

 ちらりと隣のディナートさんを見上げると、彼は『やれやれ』と言った顔で少し眉を上げ、肩を竦めた。こういうの、日常茶飯事なんですね……。

 室内には二つの人影があった。窓から入る陽光が眩しくて、シルエットにしか見えない。一人はがっしりとした体つきで、重厚な机に座っている。もう一人はほっそりとした体つきで、机に両手をついて詰め寄るように身を乗り出している。

 ……にしてもこの怒声には聞き覚えがあるような?

 なんて考えてるうちに目が室内の明るさに慣れた。

 ん? え? あれ?


「セラスさん!?」


 びっくりしてつい声をあげちゃった。言い争ってた――というか一方的にセラスさんがもう一人の人に詰め寄ってた感じだけど――ふたりが一斉にこちらを見た。

 ああ、やっぱりセラスさんだ。間違いない。あの上質な蜂蜜みたいな色したふわっふわの巻き毛はなかなかいない。んー。相変わらず美人だ。


「……っていうか、セラスさんでも怒るんだ」

「ヤエカ殿、それはどういう意味だ?」


 心の声がうっかり漏れた! セラスさんから不機嫌そうな低い声が飛んできた。ジト目が怖いんですがっ!


「お、お久しぶりです、セラスさん。いや、いつも冷静沈着なあなたが……って思っただけです。他意はありません! 他意は!!」


 必死に弁解する。〝聖女の剣〟と称される方が、私みたいな庶民を睨まないで下さいよ。マジで怖いんだからっ。

 あ、あのね。セラスさんというのはね、聖軍の近衛騎士団の団長さんで、眉目秀麗な女性でね、えーと、とても真面目な方です。団長を務めるというだけあって剣も術も強い人です。


「そ、それより、お話の続き、どうぞ……?」


 慌てて話を変えた途端。


「ふむ。それもそうだ。では、アハディス殿。再度言わせてもらおう!」


 と、セラスさんはがたいの良いお兄さんに向き直って、流れるような早口で抗議を始めた。矢面に立ってるお兄さんは飄々とした顔でそれを聞いている。っていうか、あそこまで飄々とされたら聞いてないんじゃないかって思うよね。なんて考えてたら案の定、セラスさんがまたキレた。バンッ!! と勢いよく机を叩く音に、びくりと肩を竦めたら、隣に立っていたディナートさんにそっと肩を抱かれた。

 な、なにごと!?

 仰ぎ見ると、穏やかな顔に困った色を浮かべながら彼が囁いた。


「もう少しかかりそうですから、隣にある私の部屋で待ちましょう? 話が終われば、団長から声がかかるはずです」


 良いのかな? ちょっと迷うと


「大丈夫ですよ。部屋には小姓もおりますから。ご安心ください」


 って改めてそんな事を言われると申し訳ない気持ちになる。


「ごめんなさい。そういうつもりはないんです。その……このまま黙って退室してもいいのかなーって」

「ああ。それなら大丈夫ですよ。うちの団長はそんな細かいことにこだわる人ではありませんから」


 にこやかな中にちょっと棘があるように感じたのは、私の気のせいでしょうか? なんて思ってる私の肩を抱いて、ディナートさんは扉を開けた。


「お、おい! ちょっと待てディナート!! 何故逃げるんだっ」


 背中からよく通る低い声が聞こえてきた。けれど、ディナートさんは完全に無視の体勢に入ってる。


「ヤエカ殿は、甘いお茶はお好きですか? 頂きものなのですが良いものがありましてね……」

「いや、だから! 俺を無視するな、ディナート!!」


 後ろから必死に縋る声。ディナートさんは一つ小さなため息をつくと、肩越しに後ろを振り返った。金色の目に凍てつくような鋭さをたたえながら。


「自業自得です、アハディス団長」


 ひえええええ! こわっ! めっちゃ怖い。いま、この空間に猛吹雪が出現しました! って言うくらい冷たーい声が響いた。

 これがあの優しいディナートさんなんですか? 一瞬で双子さんに入れ換わったんですか?


「ぐうっ!!」


 後ろでカエルが潰れるような声がした。あ、このブリザード攻撃をまともに受けたらそうなりますよね。


「さ、ヤエカ殿、あんなのは放っておいて、参りましょう?」


 にっこり。

 いや、その笑顔に騙されたりしませんよ、私。 あんなの言いましたよね? 今、あんなのって。副団長が団長さんをあんなの呼ばわりって許されるんですか!? 突っ込みたいけど突っ込めない。だって怖いもん!!

 それより私はなんて返事したら良いんですか。考えあぐねた私は返事しないことにした。そしてディナートさんに促されるまま退室。


「ディ、ディナートォォオオ!」

「逃げるな、アハディス殿! 卑怯だぞ!!」


 情けない声にかぶさるようにセラスさんの怒声が聞こえた。パタンと扉が閉まって、廊下はまた静まり返る。


「申し訳ありません」


 ディナートさんが本当に申し訳なさそうに私を見た。


「い、いえ。ディナートさんのせいでは……」


 しどろもどろに言うと、ディナートさんは軽く礼をして


「ありがとうございます」


と笑った。

 体を前に傾けたために、滑り落ちた銀の髪がキラキラと光って、すごく綺麗だ。ちょっと見惚れたけど、それを悟られなくて私は慌てて視線を逸らした。

 視線を逸らした先、窓の向こうに誰もいない訓練場が見えた。餌を探す小鳥たちがのどかに地面をつついている。何となく物足りない。寂しい。

 世界は少しずつ動いている。ここは、私が以前いたこの国とちょっと違う。そう思うと、胸に言い知れない焦燥が生まれた。


 

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