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再召喚!  作者: 時永めぐる
第三章:月を宿す乙女
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幕間劇 後悔の苦さを思え

 

 後味の悪い別れ方をしたものの、八重香もディナートもそのままぎくしゃくしているわけにはいかないと分かっていた。

 翌朝、顔を合わせた際には二人ともいつもと変わらぬ態度に戻っていた。が、それはあくまでも表面上の事だ。

 公の場ではそうでもないが、プライベートに戻れば二人はそそくさと離れてしまう。

 二人を知らぬ者なら仲違いの気配は察知できないであろう。しかし、良く知る者にしてみればもどかしいことこの上ない。そう言う状態で、八重香が決めた期限は日に日に迫っていった。





 はぁ、と何度目か分からないため息が、ディナートの口をついて出た。

 部屋の中には、彼と同じように鍛え上げられた体躯を持つ男たちが数名、思い思いの場所に陣取っている。彼らはみな、貴族や高官の護衛のリーダーを任されている者達である。

 彼らの護衛対象は、現在、別室にて昼食会の真っ最中だ。

 宰相が主催するその催しに八重香も参加しており、ディナートはその護衛として同行したのだ。


 ──ヤエカ殿はちゃんとやれているだろうか。


 ディナート自身が同席できるのであれば、いくらでも助け舟の出しようがある。しかし、今日のように締め出されてしまっては、何も出来ない。

 聖都に帰って来てからの八重香は、忙しい仕事の合間をぬって食事の作法も練習していたと言う。

 が、政治の一線で活躍する男たちや有力貴族たちと口で渡り合いながらの食事は、彼女にとってどれだけ負担だろう。それを思うと、彼女を招待した宰相も、参加に了承した八重香も、止めなかったルルディやセラス、侍女たちにも腹が立った。とは言え、異を唱えなかったのは彼自身も同じで、決して非難できるような立場ではない。

 あの一件以来、ディナートは意図的に八重香と距離を置き始めている。

 核の破壊は完遂したのだから、もう八重香の補助を続ける必要はない。無理矢理こじつけた理由を盾に、よそよそしい態度を正当なものと自分に言い聞かせ、少しずつだが確実に距離が広まっていくようにと意図した男の目論み通り、二人の溝は徐々に大きくなっていた。

 望んだはずの距離だ。

 突き放せば彼女は自分から離れていくだろうし、自分だって彼女に惹かれる気持ちを忘れていける。

 そう思っていたのに、なぜか決定的に溝が深まった今でも、こうして彼女の身を自然に案じてしまう。自分の心が不可解であり、また不可解であることに戸惑いを禁じ得なかった。

 今までの自分であったなら、一度こうと決めた事は何があっても後悔しないし、迷う事も、かえりみる事もなかった。

 なのに、今度ばかりは迷ってばかりで、いまだにあの日を思い返せば心が揺れる。

 あの時八重香を突き放したのは最善だったはずなのだ。

 そして今も、気持ちを覆す気はない。


 ──分かっているのに、なぜ私はいまだに迷う?


 仮面をつけたかのように表情の乏しい顔の下に憂いと苛立ちを隠して、ディナートはもう一度小さなため息をついた。


「失礼いたします。皆様にお知らせいたします。本日の昼食会は間もなくお開きとなります。皆様におかれましては、そろそろお戻りのお支度に……」


 物思いを断ち切るように、召使いが慇懃な口調で帰り支度を促した。

 護衛たちに向かって今後の段取りを説明している召使いの声に耳を傾けながら、ディナートはすでに私人としての感情を断ち、聖女宮までの護衛任務に思いを巡らせていた。







 昼食会は予定時刻で終わったようだ。

 開け放たれた正面玄関から次々と招待客が現れ、銘々に己の馬車へと乗り込んでいく。

 八重香は主賓であるため、出てくるのは遅いだろう。ディナートはそう見当をつけつつ、正面玄関を見守り、同時に周囲への警戒も怠らない。

 彼の予想通り、八重香が姿を現したのは最後で、主催者である宰相が階段下まで見送りに出ている。

 その宰相に向かってにこやかな笑顔を向けながら別れの挨拶をしている。宰相の後ろには数名の若者が控えており、彼らの顔には見覚えがあった。聖女宮で官僚として働いている宰相の息子たちだ。親の七光りと揶揄されることもあるだろうに、それに腐る事もなく堅実な働きをしていると評判の三兄弟だ。

 彼らとも別れの挨拶を終わらせた八重香は、ディナートのほうへ小走りで駆け寄ってくる。

 そんな八重香を複雑な思いで見守りながら、彼は何も感じていない風を装って小さく首を垂れた。


「お待たせしました」

「お疲れ様でした、ヤエカ殿。首尾はいかがでしたか?」


 ディナートの問いに、八重香は少し考え込むような素振りを見せた。


「多分、そんなにひどい失敗はしなかったと思います」


 彼女の言葉が曖昧なのは、会場で繰り広げられる会話の、裏のそのまた裏の裏あたりでやり取りされている本音と思惑を上手く汲み取れているかどうか自信がないからだ。

 しかし、食わせ者ぞろいな連中の本音も思惑も汲み取ってやる必要なんて、本当はどこにもないのだ。彼女は選ばれた勇者であり、人ごときが醜い政争に巻き込むなどもっての外だ。

 貴女が気にする必要などこれっぽっちもありませんよ──そんな慰めの言葉が危うく口を突きそうになって、ディナートは慌てて喉に力を込めた。


「そうですか。それは良かった」


 呑み込んだ慰めの言葉の代わりに出たのは、そんな中身のない言葉だった。

 八重香の微笑みに少しばかり陰りがさしたような気がしたが、ディナートはあえてそれを無視して馬車の扉を開いた。彼女がやってくる前に点検は終えていたが、念のためもう一度、目視でざっと不審な点がないかどうかを調べた。


「どうぞ」


 目視を終えて、ディナートが八重香に促した。

 八重香が馬車に乗り込もうとした瞬間、


「エーカ!」


 背後から声がかかった。

 八重香をエーカと呼ぶ人間は、ひとりしかいない。

 なんでこんなところにいるんだ!? と半ば呆れ、半ば頭痛を覚えながらディナートは深々とため息をついた。

 そんな彼をよそに、八重香はぱっと顔を輝かせて振り向いた。


「ルルディ!? どうしたの、こんなとこで!」

「仕事よ、仕事~! そろそろエーカのほうも終わったんじゃないかと思って。ねぇ、もう帰っていいんでしょ? 私のほうも終わったし、一緒に帰りましょ?」

「え? 良いの?」

「もちろんよ! 一人で帰るより、二人でおしゃべりしながら帰る方が楽しいわ」


 女性陣はそんな風に盛り上がり、どうやら一緒に帰ることで決まりらしい。

 とするなら、護衛の計画は修正しなければならない。


「ディナート殿、すまないな」


 ルルディの護衛として同行していたセラスが、生真面目な顔に申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げた。


「セラス殿。では、ヤエカ殿の馬車は護衛を数名つけて先に帰しましょう。御者に伝えておきます。残った護衛と私はセラス殿に同行させていただいてよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。貴殿がいてくれればこちらも心強い」


 護衛二人の話もまとまった。

 どこから聞き耳を立てていたのか、ディナートとセラスの会話が終わると同時に、


「やったー!」


 と黄色い歓声が上がった。


「良かった。一緒に帰れるわね、エーカ!」

「うん!」

「さ、中に入って、入って!」

「お邪魔しまぁーす」


 ルルディに促された八重香は、嬉しそうに馬車に乗り込んだ。

 嬉しそうな顔ではしゃぐ八重香を窓越しに眺めたディナートは、御者に仔細を告げて護衛を二手に割り振った後、隊列の最後尾についた。

 襲撃に備えて馬車に結界を張ろうとしたが、すでにルルディによる強固な結界が張り巡らされており、彼の出る幕はなさそうだ。

 ゆっくりと進みだした馬車を囲むように護衛の騎士たちもゆっくりと馬を進める。

 何事もなく聖女宮へ戻れるようにと祈りつつ、ディナートは油断なく周りに目を光らせた。






 昼食会の会場から聖女宮までの距離はさほどではない。

 八重香とルルディのおしゃべりが尽きないうちに、馬車は聖女宮の正面玄関へと到着した。

 何を話したのかうかがい知れないが、馬車から降りた二人はまだ物足りなげな顔をしつつ別れた。聖女であるルルディにはまだ終わらせなければならない仕事が山のように残っているのだ。

 隊列の最後尾にディナートの姿を認めた八重香が、真っ直ぐ彼に向かってきた。


「ディナートさん、今日はありがとうございました。それから我ままいってごめんなさい」


 冷淡な態度を取り続けているディナートへの配慮も欠かさず、律儀に頭を下げる彼女に胸が痛んだ。

 

「いいえ。どうかお気になさらず。部屋までお送りいたします」


 しかし彼の口から出たのは、いかにも事務的な言葉だけだった。


「はい……」


 ディナートに呆れられたと思ったのか、彼が腹を立てていると思ったのか、八重香はやや小さな声で答えた。

 無言で歩き続ける二人にとって、八重香の部屋は遠かった。

 二人の靴音だけがカツカツと綺麗に響き、それがなおさら二人を居心地悪くさせる。

 ようやく部屋の前に辿り着いた時には、お互いがお互いに知られぬよう、そうっと安堵の吐息を吐き出したぐらいだ。


「ディナートさん、今日はありがとうございました」

「明日は朝一番で視察が入っています。時刻になりましたらお迎えにあがります」

「はい。分かりました。じゃあ、明日もまたよろしくお願いします」

「では、失礼いたします」


 ディナートは胸に手を当てて一礼すると、踵を返した。

 背後から感じる視線に後ろ髪を引かれ、そんな己を振り切るかのように(かぶり)を振った。


「ヤエカ様、お帰りなさいませ。今、お茶をご用意いたします。夕方からドレスの仮縫いが待っておりますから、今のうちにゆっくり休んでくださいね」

「あ、舞踏会で着るドレスの仮縫いって今日だっけ? 忘れてた!」

「もー! ヤエカ様ったら!」

「ごめん、ごめん」


 背後から、八重香と侍女の会話が聞こえてくる。その楽しげな声に追い立てられるようにディナートは足を速めた。




 ディナートが八重香の姿を見たのは、それが最後となった。

 仮縫いが始まるまでのほんの数刻の間に、彼女の姿は聖女宮から忽然と消えた。

 


次回更新は7/20(日)20時の予定でしたが、諸事情により延期させていただきます。

更新の目途が立ちましたら、改めてお知らせいたします。

大変申し訳ございません。

よろしくお願いいたします。



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