部下の言い分
朝食を終えて、一人で後片付けをしていると、控えめなノックの音がしてカロルさんが顔を見せた。
「そろそろ朝食はお済みですかー?」
のんびりした声に
「はい。今片づけてるところですよー」
と何の気なしに答えたら。
「まぁ! そのようなことはわたくし達がいたしますから」
「さ、そのお手の物はそのあたりにお捨て置きくださいまし」
カロルさんの後ろから、さっきの侍女さんふたりが顔をのぞかせた。彼はふたりのために流れるような仕草で扉を支え、にこやかに会釈をする。それに応えるふたりも優雅な礼をする。
あー……。なんかすごい。
近衛騎士ってやっぱりエリートなんだろうし、カロルさんも良いところのお坊ちゃまなんだろうな。会うところが訓練場だったり戦場だったりで、育ちが良さそうなところなんて見たことなかったから、ちょっと驚いた。
ディナートさんも貴族の子弟だったりするんだろうな。
もし私がこっちの世界で普通に生まれ育ってたら、カロルさんもディナートさんもその他の皆も、きっと雲の上の人。一生会うことも話すこともなかったんだろうね。
そんなことを思っていたら、ついカロルさんをまじまじと見つめていたらしく
「そんなに見つめないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですかー」
って、全然恥ずかしくもなさそうに苦笑いされた。
朝食の後片付けを侍女さんたちにお任せして、私はカロルさんと一緒にディナートさんの部屋へ向かった。
「ところで勇者殿、ひとつお聞きしたいのですがよろしいですかね」
「な、ななななんでしょうかっ」
ぎくりと体が強張った。やっぱりカロルさんは鋭い。絶対ばれてる。
「俺が何を聞きたいのか、分かってますよねぇ?」
ええ。そりゃあもう。
「あー……ちょっと、ですね。意見の相違と申しますか、その」
「――つまり喧嘩でもしたんでしょ? 早く仲直りしてくださいよ。やりにくくてかなわない」
「それって、仕事に支障を来してるってことですか?」
わざわざ聞かなくても答えは明白かなって思ったけど、あのディナートさんが自分の仕事に支障を来すなんて信じられなかったし、念のため尋ねてみる。
「いいえ。業務は滞ったりしてません。ただね、ああいう時のあの人の命令には感情がないんですよ」
「感情がない?」
「そう。副団長の言うことはどこからどう見ても正論だ。でもねその正論には全く温かみがない。――俺の言いたいこと、分かりますか」
何となく分かる気がする。私は小さく頷いた。
「まぁ要するに普段以上におっかないんで何とかしてくださいってことです」
「――はぁ……」
けらけらと何でもないことのように笑うカロルさんが恨めしくなってくる。仲直りしろって言うけど、それがどれだけ難しいか! さっきやっと話すきっかけをつかんだだけで、まだまだこれからなんだよ!?
「そう深刻にならないでも大丈夫ですよ。あれであの人は結構単純ですから」
「――誰が単純なんですか、カロル?」
「やだなぁ、盗み聞きですかー?」
飛び上がるくらい驚いた私と裏腹に、カロルさんは飄々とした顔で声のした方を向く。ある程度予想していたのか、それとも気配であらかじめ察していたのか。ディナートさんも喰えない人だけど、カロルさんもたいがいだ。うるさく脈打つ胸を押さえながら二人のやり取りを眺める。
「聞かれたくない話なら廊下でしなければいい」
「いやー別に聞かれて困る話でもありませんからね。それに勇者殿と一緒に密室になんてこもったら誰かさんに殺されかねませんし? 俺まだ命は惜しいんで」
ディナートさんは無言でため息をついた。
「御命令通り勇者殿はお連れしましたし、俺はこれで失礼します」
じゃ! と爽やかに手を上げると、燃えるような赤毛をなびかせて颯爽と姿を消した。
「全くあれの軽口にも困ったものですね」
ふたりっきりで置き去りにされて、ちょっと気まずいかなと思っていた私に、ディナートさんは苦笑を向けた。
「ディナートさんがもっと分かりやすい人だったら良かったのに」
そうしたら昨夜みたいな不覚は取らなかったかもしれない。私の口から出たのはそんな憎まれ口で、しまったと思った時にはもう遅かった。
虚をつかれたような顔をした彼は、ゆっくりと笑みを広げた。
「仮に私が貴女が言うほど単純だったとしても、世の中全員が単純だとはかぎりませんがね」
つまり、ディナートさんが昨夜みたいなことは起こさなかったかもしれないけど、でも世の中には馬鹿げた人間がいるし、それは変わらないと言いたいわけですね。
嫌味が通用しないどころか、しっかり正論が返って来てぐうの音も出ない。
く、悔しい!
「さて。おしゃべりはこのくらいにしましょう。早朝から糧食の積み込みの作業が始まっています。そろそろ休憩の時間になりますので、少し彼らの前に顔を出してやってはいただけませんか? その方が士気が上がりますので」
「この格好で良いんでしょうか」
ディナートさんが話題を切り替えたので、私も慌てて私情を追い払う。
私が今着ているのはさっき着せて貰ったドレスだ。ドレスと言っても普段着用なのか少し丈が短くて、外を歩いたとしても引きずって汚す心配はない。
けれどこの格好でみんなの前に出るのは少し気恥ずかしい。
「構いませんよ。着替える時間も勿体ないですしね。――まぁ多少の冷やかしは覚悟してください」
「う……」
冷やかし……。うわぁ、すっごくありありと想像できるわ。
よっぽど嫌そうな顔をしていたのか、ディナートさんが吹き出した。
「とりあえずあまり離れないように。私と一緒であればそう酷い冷やかしもないでしょうから」
「よろしくお願いします」
このまま、あれはなかったことに出来るのかな。少し前を歩くディナートさんの後姿を見つめながら、不意に泣きたいくらい切なくなった。
休憩中のみんなから予想通り散々からかわれて、それに私が憤慨して大騒ぎして、最終的にはディナートさんに諌められて。
これで本当に労いになったのかな? と首を傾げつつ、作業を再開するみんなと別れた。
このまま部屋に帰ってもすることもないし、少し庭を散歩したいと話したらディナートさんが同行してくれることになった。
ふたりっきりが気づまりなようで、このぎくしゃく解消の良い機会のようでもあり、複雑な心境だ。
中庭に向かおうとした途端、後ろから声が掛かった。
「ディナート殿、少しよろしいですかな? 少しご相談があるのですが……」
良く響く快活で太い声。ここまでの道中で聞きなれた、西方騎士団の団長さんの声だ。
「なんでしょうか?」
「この先、半日ほど行軍したあたりに大きな川があるんですがね、その川が……」
西方騎士団は従軍しないけど、団長さんは報告を兼ねて聖都へ上がらなきゃいけないらしい。なので、この先も指揮をとるのは今まで通り西方騎士団長さんだ。
どうやらこの先のルートに何か問題があるらしい。ディナートさんと団長さんは深刻そうな顔で相談を始めた。
少し長くかかりそうなので、私は少しその辺を散歩してくると言い置いて二人から離れた。 ディナートさんからは
「遠くには行かないでくださいね。なるべく私の目の届く範囲にいて頂けるとありがたいのですが」
と、真顔で釘を刺された。
信用ないなぁ、とがっかりするやら、腹立たしいやら。でも、確かにディナートさんと離れると厄介事に巻き込まれたりするので言い返せない。そう言えば昨夜だってテリオさんにとっ捕まって嫌味なことさんざん言われたわけだし。
あまり遠くに行かないようにと言う言いつけを守って、百花咲き乱れる庭の散策を開始した。
私たちが団長さんに呼び止められたのは、ちょうど中庭が目の前という位置だった。庭には私の背を超すような背の高い植物はあまり植えられていない。多少はあるけどそれはまばらに配置されていて、全体的に見通しは良くなっている。ディナートさんたちの目から私の姿が見えなくなることもないだろう。
大丈夫。誰にばったり出会ったとしても、いざとなったらディナートさんが来てくれるから。
例えテリオさんに遭遇したって大丈夫!
って言うか、次にあったらちゃんと言い返さなきゃ。
言われっぱなしは悔しいもの。




