召喚陣が現れた!
その日、その時の私は、自室で新発売のポテトチップスを貪りながら、ゲームにせっせと情熱を傾けておりました。
うっかり選択肢間違えてバッドエンド迎えて、悪態をつきながらセーブデータをロードしていたその待ち時間に。
携帯が鳴った。それも特殊な着信音で。
すごく嫌な予感がする。だって、水鏡の術が使えるようになって以来、携帯で話すことなんてなかったから。よっぽど緊急な用事に違いない。
携帯放り出して逃げようかな? なんて一瞬思っちゃったけど。
でも、でも、だけど!
ゲーム機の電源を落として、そろそろーっと携帯を手に取った。
「もしも……」
『あ、エーカ! やっと出た!! もう遅いじゃない!!』
耳がキーンとするような叱責に、私は携帯を少し耳から離した。
「ご、ごめ……」
『ねぇ、今、エーカってちょっと暇? 暇でしょ? 暇よね? 暇で決まりね?』
「え? 私、いま……」
『超緊急事態なの。今からそこに召喚陣繋ぐからちょっと来て頂戴』
人の話ぐらいちゃんと最後まで聞け! といらっとしながら固まった。
ちょっと待て。今、この聖女様はなんて言った? 召喚陣、だと?
『エーカから前回の乗り心地聞いて、ちゃんと改善しておいたから安心して!』
「ちょっと待ってよーーーっ!!!」
私の絶叫にルルディの答えは
『三秒間待ってやる』
と一言。
どこのアニメのパロディですか! ついでに元ネタの某大佐より気が短いんですけどーー!!! っていうか、お前がなぜそれを知っている!?
おまけにでっかい絶叫したのに、家族が誰もやってこない。と言うことはもう部屋全体が現代世界と切り離されて術の中ってことね。また選択肢なしなのか! なしなんだな!
と言ってる間にも背後から得体のしれない波動が。
ああ、こういう術とか波動とかって感覚を体感として知ってる、地球の現代人ってどうなの。
「もう! 三秒間じゃ何も出来ないでしょ。――分かった。大人しく召喚されるから。そっちで待ってて。身一つで行っていいのね? あ、新作のポテトチップスは食べかけだけど持ってって良いかな?」
『ありがとー! じゃこっちで待ってる。それとポテトチップス、エーカが食べてるの見て一度食べてみたいと思ってたの。持って来てー!』
「りょーかい。ちゃんと持って行けると良いんだけど。じゃそろそろ電話切るよ」
『この前召喚した時、お洋服とか無傷だったでしょ? 手に持って来てくれれば多分大丈夫よ。じゃーね!』
私は通話を切って、携帯を充電器に繋げた。ついでにゲーム機の充電もね! ゲームのケースと攻略本は棚に戻して、ついでに脱ぎ散らかした服を椅子にかけて、掛け布団がぐしゃぐしゃになったままのベッドも簡単に整えて。PCは電源落としてある。部屋の電気も着けてないからOK。 服は……まぁ普通。着替えなくても大丈夫なレベル。
よし! とりあえず出かける準備は出来た。
私はくるりと振り返って部屋の隅で、魔力ゆんゆんしてる召喚陣へ足を……。
「うっぎゃああああああ! な、な、な! ど、ど、どなっ、どなたっ!?」
目の前に鎧をつけた美丈夫さんがいらっしゃいました。なにこれどういうこと! ってか、散らかった部屋見られた!? そして着替えなくて良かったってフラグ!?
いや、それよりもこの部屋になんて似合わないキラキラしさ!
驚く私をよそに、その美丈夫さんはにっこりと笑った。不思議な色彩の瞳が優しい。
「お久しぶりです。勇者殿。貴女を迎えに行くように、と我が王の命にて失礼いたしました」
右手を胸に当てて、完璧な礼をとる。
「へ? 久しぶり……?」
そう言えばどこかで見た……ような……?
首をひねる私に、彼は困ったように笑った。
「勇者殿にはこのほうが分かりやすいでしょうか」
ふわっと髪が持ち上がるような、そよ風みたいな力の流れを感じた。りぃん、と小さな鈴のような音が響いて、彼の背中に虹色に輝く翼が生える。翼の形は西洋のドラゴンみたいな感じで、それが妖精の粉を浴びたようにキラキラしている。
こんな綺麗な翼は忘れようもない。
「あー!! 有翼族のお兄さん! やだ、全然気がつかなくて!!」
謎が解けて私は手を叩いた。この綺麗な翼は絶対に忘れられない! ……翼にばっかり気を取られて、ご本体がこんなに美形さんだと気付いてなかったあの時の私って……。
どれだけぼけてたんだろう。いや、ソヴァロ様からの親書持って緊張してたってことにしておこう。
「いいえ。覚えていて下さって良かった。貴方とこうして話していたいのは山々なのですが、我が君と聖女様がお待ちですので、そろそろ参りましょう。勇者殿、用意はよろしいですか?」
用意も何もこのまま飛びこむんでいつでも準備オーケーですよ! というわけで頷く。
「では、申し訳ございませんが、この前のように私に掴まって頂けますか?」
そう言うと彼は、私が掴まりやすいように身を少しかがめてくれた。
この前は何の緊張もなくやってのけたことだけど、彼がこんなに直球ど真ん中にイケメンだって知ってしまった今となっては、大変困難なことでございますよ!
ぎくしゃくしながら、彼の首に抱きつこうとして……手の中のポテトチップの袋ががさりと音を立てて自己主張した。これ持ったまま首筋に抱きつくなんて出来ないよね。袋が首に当たったら痛そうだし。
「ちょっと待ってて!」
私は、そこら辺にあったショルダーバッグにポテトチップを突っ込んで肩から下げた。
「よし! お待たせしましたっ。これで準備万端です」
勢いよく言った私に、彼は笑いながら再び腰をかがめてくれた。