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再召喚!  作者: 時永めぐる
拾遺の章
39/92

無礼講に暴露話は付きもので

「では、我々の勝利と、勇者殿の快気を祝って乾杯!」


 西方騎士団長さんの野太い声が中庭いっぱいに響き、それに応える無数の声が地響きを起こす。正直言って……驚いた。声で地面が揺れるって、どんな音量、および低音なんですか。

 決戦前の(とき)の声は平気だったのに。緊張感が違うから、かなぁ。

 なんて思いつつ、皆に倣って手にした杯を掲げた。


 中庭に出されたテーブルの上には所狭しとご馳走が載っていて、いたるところに酒樽がどーんと置いてある。そしてそれらの隙間を埋めるように、兵士や騎士たちが立っている。

 西方騎士団長と副団長さん、ディナートさん、私――そして何故かセラスさんとアハディス団長までいる!――は、彼らと向かい合うように立っている。特にひな壇のようなものは作られてないけれど、台の上にたって喋らなくても団長さんたちの声は良く響くから、特に問題はない。

 そんなものを作るぐらいならそのスペースに食べ物と酒を置くわ! って気合が見え隠れ……したり、しなかったり。


 私がしばらく寝込んでたもんだから、祝勝会が今日までのびのびになってた。


「私のことなんて放っておいて、先にお祝いすればよかったのに……」

「みな貴女を待ちたかったのですよ。『美味しいものをいっぱい食べよう』とおっしゃったのは貴女ですからね」


 ぽつりと零した言葉に、ディナートさんから小さな笑みが返って来た。

 待ちたかったなんて、そんなこと言われたら泣けてきちゃうじゃない。最近、それじゃなくても涙腺崩壊気味なんでやめてほしい。

 少しうるんでしまった目を誤魔化すように、杯を煽った。中身は酒……じゃなくて。数種類の果実を絞ってブレンドしたジュースだ。甘さと酸味がちょうど良い。緊張してカラカラに乾いた喉が潤ってゆく。

 怪我から復帰してから、皆の前に顔を出すのはこれが初めてだ。みんなが私の変わってしまった目を見たらどう思うんだろう。どんな顔をするんだろう。そう思って緊張していた。同情なんてして欲しくなかったし、腫れ物に触るような扱いを受けるのも嫌だったから。

 けど全部杞憂だった。無礼講と言うことでめいめいに料理と酒を楽しむ皆を眺めながら私は安堵のため息をついた。内心どう思ってるかは分からないけれど、少なくとも、顔色を変える人も眉をひそめる人もいなくて、皆いつも通りだ。


 この砦に来てからは毎日が忙しかったし、それにいつもディナートさんが色々と手配してくれてたから、皆とあまり話してないんだよね。

 ちょうどいい機会だからおしゃべりして来よう。


 一応、ディナートさんに断わってから行こうと思ったら、西方騎士団長さんと話してる真っ最中だったので諦めた。

 まぁこの中庭のどこかにはいるわけだし、大丈夫でしょう。


 見知った顔がないかと思ってきょろきょろと辺りを見回してたら、豪快に骨付き肉を頬張るアハディス団長を発見した。


「アハディス団長!」


 わざと背後から声をかけた。ちょっと身長が足りなくて上手くいかなかったけど、手で口元に覆いを作ってメガホンのようにして、彼の耳に向かって大声を張り上げた。


「ぬお!?」


 やった! 悪戯成功!! 

 驚いたアハディス団長は、しっかり喉に肉を詰まらせたらしい。目を白黒させながら胸を叩き、葡萄酒を煽って大きく息をついた。


「はぁ~~、助かった…………――おい! 脅かすんじゃねえよ! お前なぁ、俺が死んだらどうすんだよ!」

「えー! 背後を取られるまで気が付かない近衛騎士団長って、それはどうなんですか~?」

「んだとぉ?」


 思い切りイーッてしたら、団長はぎろりと私を睨んで、それからため息をついて肩を落とした。

 睨まれたって怖くないもん! 私、まだこの前のこと根に持ってるし。


「つうかよ、お前……目ぇ、こんなにしちまって。――全く無茶しやがる」


 言葉とは裏腹に、大きくて優しい手が私の左頬を包む。そして親指の腹で瞼をゆっくり撫でた。

 出来の悪い兄弟に向かって苦笑いをするような、そんな優しい目で見降ろされて調子が狂う。何となく彼にはいつもからかわれてないと、落ち着かないなぁ。


「無茶はしてません。少しドジっただけです!」

「――可愛げのねえこと言いやがって、全く」

「ちょ! うわ! やめてくださいってば!!」


 今度は頭をこねくりまわされた。痛い! 痛い! 痛い! 首の骨が折れるって!! なにこれさっきの仕返しですか!?

 身の危険を感じた私は、何とか彼の魔の手から逃れた。髪を治しつつ


「どうしてここにアハディス団長がいらっしゃるんですか?」


と聞けば、ちょっと歯切れの悪い答えが来た。


「あー……まぁ、良いじゃねえか、んなことはどうでも。あっちの祝賀会は一応もう終わったしな。都に戻るにもまだ数日ある。――ちょっと暇だったんだよ」


 ああそうか。こっちの祝賀会は私のせいで伸びてたんだもんね。

 

「ははは! 貴殿もだいぶ捻くれ者だな。――ヤエカ殿が心配でひと目見に来た、とそう素直に申せば良いものを」


 からからと笑う声が背後から聞こえた。


「セラスさん!」

「ったくよー、何を根拠にそんなことをぬかしやがるんだ?」


 団長が不機嫌そうに、頭をガリガリと掻いた。


「事実だろう、アハディス殿。――そうやってじゃれあってると兄と妹のようだ」

「だ、誰が! 意地悪なお兄ちゃんなんていりません!」

「こっちこそ、じゃじゃ馬な妹なんていらねえっの!」


 声をそろえて抗議したら、セラスさんはますます爆笑して、しまいにはお腹を抱え始めた。

 あまりに笑われるのも面白くない。アハディス団長と共同戦線を張って、セラスさんを糾弾したら


「ふたりとも。その肉と酒と果実、誰が差し入れたか、知っているか? 今日の日に間に合うように、聖女様を聖女宮まで送り届けたその足で取って返し、最高の食材を集め運んだこの私に、いい度胸だ」


 と叱られた。とどめには――


「ヤエカ殿は料理長の新作焼き菓子が要らぬと見える。アハディス殿。貴殿が前に飲みたがっていた酒が手に入ったのだが、要らぬとそう言われるのだな? 良かろう。私ひとりで楽しませてもらう」


 って、脅迫が来ました! セラスさん意地悪だ! アハディス団長並に意地悪だ!

 セラスさんが片手にお菓子の箱を、もう片方に酒瓶をもってそれをブラブラさせて私たちに見せびらかしていると……。


「ちょおおおおっと待てえええええええ!!」


 遠くから野太い声が飛んできて、直後にその声が聞こえたあたりから私たちのほうへ向かって、誰かが向かってくるのが見えた。人波を無理矢理かき分けて驀進してくるその人は……西方騎士団長さんだった。


「ちっ! 早々にばれたか」


 セラスさんが小さく舌打ちをした。

 えーっと。堅物……じゃなくて、四面四角……じゃなくて。生真面目なセラスさんは一体どこへ行ってしまったのでしょうか!!

 あっという間に西方騎士団長さんが私たちの前に立ちはだかった。視線はセラスさんの片手にぶら下がってる酒瓶。


「セラス殿、貴女がお持ちのその酒、ですが……それはもしや……」

「ああ。そうだ。伝説の当たり年と言われたあの年の葡萄酒だ」

「せ、せらすどの、ぜひとも、それをわたしにも……」


 あれ? 西方騎士団長さんが挙動不審になってる? なんで?

 首を傾げる私の肩を、ひとりの騎士さんがちょんちょんと指で叩いた。彼のほうをむくと、彼は気の毒そうな声でこう教えてくれた。


「団長は無類の酒好きでして……いや、酒愛好家(マニア)と言ったほうが良いでしょうか。ああなると手が付けられませんので……その……勇者殿におかれましては、早々に逃げ――いや、退席なさるのがよろしいかと」


 そう言われて改めて見てみれば、セラスさんに食い下がる団長さんの姿はちょっと怖い。私は教えてくれた騎士さんに礼を言って、そっとその場を離れた。

 まぁ後に残った三人は全員団長と言う要職にある方々ですから? 大丈夫でしょう。うん。





 適当にお料理をつまみながらフラフラ歩いてると、カロルさんの姿が見えた。辛辣だけど飄々としてて愛嬌のある彼は何だかんだ言って、人付き合いがいい。

 彼の周りには、魔導軍騎士だけじゃなくて、聖軍の騎士も集まって盛り上がっている。

 声をかけにくいなぁと思ってたら、カロルさんが私に気付いてくれて手招きしてくれた。私は遠慮なく話の輪に混ぜて貰った。

 しばらく他愛もない話をした後、妖魔討伐戦の話になり、お互いに見聞きした情報を交換した。さっきディナートさんが言っていた通り、あの時の私の演説を覚えていて、だから私の回復を待っていたとその場にいた騎士さん皆から告げられて、不覚にも泣きそうになった。

 その後、話は巡り巡って私が臥せっていた間の話になった。


「いやーうちの副団長がめちゃめちゃ怖くて、ですね。早く貴女が目覚めてくださらないかと祈ってましたよ。――え? いや、純粋に貴女の回復もちゃんと祈ってましたよ?」


 なんてちょっと私に失礼なんじゃないかってことを言ってくるのが、おなじみのカロルさんだ。


「そんなにすごかったんですか?」


 聞いた私に、周りの騎士たちが、ワッと湧いた。


「凄いどどころじゃないですよ! 目が合っただけで凍るかと思いました!」

「いや、ほんと、あれは相当……苛立ってたんでしょうねぇ。毎回殺される覚悟をしてから報告に行きました」

「っていうか、あの眼差しは立派な兵器でしょ」


 そんなにディナートさん凄かったんだ。

 私のドジで傷を負っただけなのに、そこまで心配かけて申し訳ない。


「ヤエカ殿の看病は私が! 他の誰にも任せるものか! って全身が言ってましたからねぇ」


 頬杖をついたカロルさんがにやりと笑えば、また周囲の騎士さんが激しく頷く。


「ここに帰って来た時も凄かったんですよ!」


居残り組だったらしい、年若い騎士が声をあげた。


「勇者様を自分のマントで包んで、ですね。こう……頭をぎゅっと胸に抱えて。自分以外に勇者様のお姿を見せたくないって感じでした! 貴女が負傷したから神官と衛生兵を呼べって指示を出した後、ディナート副団長は貴女を部屋へ抱きかかえていったんですけどね、その時……」


 周りの皆もその話を聞くのは初めてだったんだろう。興味津々と言った感じで身を乗り出した。だって急に彼が声をひそめ出したから、聞きもらしちゃいけないと思って。


「彼が囁いたんですよ、貴女の耳元で」

「な、なんて?」


 思わずごくりと喉が鳴った。


「『絶対に貴女を死なせはしない。死ぬのは諦めていただきますよ』」


 ぼぼぼぼぼぼん!!! って顔から火が出た。

 出来ることなら、絶叫したい。いや、絶叫したかったんだけど全身の力がふにゃりと抜けて、へたりこみそうになりました。

 ディ、ディナートさんっ! 意識のない私に何を囁きやがりますかっ。

 で、出来るなら記憶のある時に囁いてほし……ゲホゴホ!!

 ふらついた私の体が、誰かの体にぶつかる。反射的にすみませんと謝ろうとして顔を上げたら……


「ディ! ディナートさんっ!?」

「何やら楽しそうなお話をなさっていたようで」


 にこり、と笑ってても目が笑ってませんよ、目が!


「え、あ、その!」


 あんな話聞いた後じゃ、まともに顔も見られません!! 真っ赤になった顔を隠して逃げ出そうとしたら、しっかり襟首掴まれました。


(た、助けて、カロルさんっ)


 藁をもすがる思いで彼に視線を送ったら、あろうことか視線を外した上に素知らぬふりをして人ごみに消えていきやがりましたーー!! 裏切り者ー!!

 続いて暴露してくれた騎士さんも消えました。えええー! ブルータス、お前もかッ!!


「さ、ヤエカ殿、貴女はそろそろ部屋に戻る時間ですよ。病み上がりなんですから、無理はいけません」

「は、はひ……」


 もうちょっと楽しみたかったけど、蛇に睨まれた蛙に選択の余地はない。

 首根っこを掴まれたままという乙女にあるまじき格好で、宴会を途中退席することになりました。



 きっと聖都に帰っても、数回は祝賀会が開かれる。

 けど、こんなふうに苦楽を共にした、いわば戦友たちと祝えるのはこれが最後。

 名残惜しい気がしたけれど、身分の高い者は途中で退席するのがマナーなんだって。無礼講って言ってもやっぱり上司がいたら弾けられないってことなのかな。

 ディナートさんの話を聞いて納得した私は、素直に自分の部屋に戻った。

 部屋の前で、送ってくれたディナートさんにお礼を言った。ら。ら。ら!


「お礼と言うなら、言葉だけじゃなくて態度でも示していただきたいですね」

「そ、それはどういう?」


 後ずさろうとしたら、後ろは壁でした! 横に逃げようとしたら、顔の脇に両手をつかれて退路が消えました!

 恐る恐る見上げたディナートさんは、人の悪い笑みを口の端に乗せていた。それがまたかっこよく見えちゃうんだからやっぱり私は救いがないくらい重症だ。

 ぎゅっと目をつぶって、肩を竦めたら。

 羽根のように軽いキスが額に落ちてきた。


「今日のところはこれでよしとしましょうか。おやすみなさい、ヤエカ殿」


 してやったりって顔をしたディナートさんが、体を引いた。解放された私はほっと息をつき、急いで自室に逃げ込んだ。

 おやすみなさいを言い忘れたことに気付いて、扉越しにおやすみなさいを言うと、ディナートさんは


「良い夢を」


 と一言残して去っていった。

 キスが落ちてきた額を片手で押さえたまま、遠ざかる彼の足音に耳をすませる。

 おやすみなさいとか、良い夢をって言うけどさ。


「これじゃ、眠れないよ……」


 本当に私を休ませるつもりなら、別れ際にああいうことしないでほしい! 切実に!!



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