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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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始まりの始まり

 次に目が覚めた時には、もう夕焼け色をした光が窓から差し込んでいた。

 ディナートさんがひとり、その窓辺に佇んでいた。

 そう言えばちょっと前にこうやって窓辺に佇む彼の姿を見たことがあったっけ。あの時、私は彼を怒らせてた。何だか遠い昔の出来事のように思える。


「お目覚めですか? 気分は?」


 気がつけば彼の視線は、外ではなく私に注がれていた。私はゆっくりと体を起こしながら大丈夫だと告げた。嘘じゃない。寝る前よりも体力は回復していて、起きていてもふらつかないもん。


「ルルディたちは?」

「聖女宮を長く留守にすることが出来ないから先に戻る、と」


 そっか。もう少しちゃんと話をしたかったけど、それは聖都に戻ってからだね。

 

「――どうぞ」


 差し出された杯には、微かに爽やかな匂いのする飲み物が入っていた。一口飲むとミントのような爽やかな匂いと、蜂蜜のような甘さが口いっぱいに広がった。


「美味しい。これは……?」

「約束したでしょう? 甘くて疲れがとれそうな飲み物」


 あの日、ディナートさんが言った言葉だ。

『ヤエカ殿は酒が飲めないのですね。でしたら、何か甘くて疲れがとれそうな飲み物を用意いたしましょう』


 覚えていてくれたんだ。


「やっと回復してきたばかりですから、ご馳走はもう少しお預けですけど、ね」


 そう言って、またあの日みたいに片目をつむって笑う。

 

「……ッ……く……」


 ありがとうって言いたかったのに。言葉じゃなくて、涙が出た。頬を伝って顎から落ちた雫は、毛布の上に小さな染みを作った。染みはひとつ、ふたつ、とどんどん増えていく。

 ディナートさんは私の手から無言で杯を取り上げて、それをサイドテーブルに置いた。

 きしり、と微かにベッドを軋ませてディナートさんが私の隣に腰をかけた。長い指が私の頭をゆっくりと撫でる。


「や、やだな、泣きたいことなんて……ないのに……変だな……」


 泣き笑いでそう言うと、彼は私の髪を撫でていた手を止めて、私の肩をぎゅっと抱き寄せた。


「泣いていいんですよ。私といる時くらい素直になってください」

「……ぁ……」


 耳元で囁かれたその言葉に、(たが)が外れてしまった。

 涙腺が壊れたみたいにすごい勢いで涙が湧いて止められない。嗚咽が出るほど体に力がこもることはなくて、ただただ涙だけが静かに零れ落ちる。こんな泣き方、今までしたことがなかった。

 どうして私は泣いてるんだろう?

 色々あり過ぎて、感情が麻痺して自分がいま何を感じているのかすら分かっていないのかもしれない。


「我慢しないで」


 私の頭を抱え込むように回された彼の腕は、強引なのに優しい。その優しさはちょっとずるい。

 

「私……私……」


 彼の胸に顔を埋めて、彼の温もりと匂いに包まれて泣いているうちに、乾いていたと思っていた気持ちが実は凍り付いてただけだってことに気付いてしまった。

 一息ごとにそれがどんどんと解けて、最後にはドロドロでぐちゃぐちゃな感情だけが残った。


「生きて戻れたのも、核をちゃんと壊せたのも、嬉しい。嬉しいのに、私……私、素直に喜べないの!!」


 話せば話すほど、言葉が口からぽろぽろ落ちる。それにつれてどんどん気持ちが高ぶっていく。


「やっぱり……目、見えないの……やだ。なんで、かな。私、どこで間違ったのかな。頑張り方が足りなかったの?」


 鏡で見た、銀色の瞳が頭に浮かぶ。いくら見た目が綺麗でも、あの目は見えない。目としての意味をなさない。とても狭くなった視界。それを抱えていかなきゃいけないこれからに嫌気がさす。

 それと同時に片目を失ったくらいで、という思いもまた心の中にある。


「――私、醜い……。私よりずっと酷い怪我をした人も、命を落とした人もいる。分かってるのに! こんな怪我くらいで自分が可哀想だなんて思っちゃいけないのに!!」


 最後は悲鳴になっていた。

 ディナートさんは一言も口を挟まず、ただ私をぎゅっと強く抱きしめていてくれた。


「なのに、私、怨んじゃいそうで……誰のせいでもないって分かってるのに……最低、ですよね」

「貴女は恨んでいい」

「え?」


 ディナートさんの低い囁きに私は思わず聞き返していた。恨んでいい? 何かの聞き間違い?


「そして、恨むなら――他の誰でもなく、この私を恨んでください」


 まるで愛の告白でもされたかのように、私の胸がどきんと跳ねた。


「なぜ、ディナートさんを恨まなければいけないんです、か?」

「貴女を指導したのは私です。頑張りが足りなかったと言うのなら私の指導力不足が原因です。貴女が負傷したのは私が駆け付けるのが遅かったからです。それに――」


 彼はそこでいったん言葉を止めて、切なげなため息をついた。


「こんなにも貴女が嘆いているのに、私にはそれを慰めることも出来ない」


 悲しげな囁きが私の耳のすぐそばに落ちた。

 高ぶった気持ちが、すとんと落ちた。憑き物が落ちるように。同時にあんなに馬鹿みたいに流れていた涙も止まった。


「……それは出来ません」


 少し迷った末にそう告げた。

 彼の胸から顔を上げて、すぐ近くにある端正な顔を見上げる。


「どうして?」

「いつも私のそばにいてくれたのはディナートさんだったじゃないですか! 最後まで一緒にいてくれて、もう駄目だって諦めた時に、助けに来てくれたじゃないですか! そんなふうに私を大事にしてくれた人を恨むなんて出来るわけないじゃないですか」


 彼は驚いたように目を丸くして、私の顔をまじまじと見下ろしている。あまりにその時間が長くていたたまれなくなったから、そろそろ視線を外そうかと迷い始めた頃、彼は大きく息を吐いた。


「参ったな。贖罪すら認めて貰えないなんて。貴女も酷い方だ」


 途方に暮れたような顔に、苦笑いを浮かべている。


「贖罪? 贖罪ってなんですか。そんなもの要りません!」


 そう。欲しいのは、別のものだ。

 それが貰えたら、きっと私は終われるんだ。

 それが聞けたら、きっと私は今を認められるんだ。


「お帰り、って言ってください」


 あの日私たちは

『じゃ、ちょっと行ってきますね?』

『ええ。では、また後ほど』

 そう言って別れた。

 『行ってきます』を言いっぱなしで『お帰りなさい』をまだしていない。


「お帰りを言うには、先にただいまを言っていただかないと」


 ディナートさんが、困ったような、それでいて少し楽しそうな顔をした。


「ディナートさん、ただいま帰りました!」

「――お帰りなさい。ちょっと、と言った割には随分かかりましたね」


 もう一度私を胸に抱き込みながら、そんな冷やかしを言う。

 彼の胸に思い切り顔を埋めながら「意地悪!」と悪態をつけば、彼はいつものように余裕の笑みをもらした。

 

 やっと帰るべきところに帰れて、私の勇者としての戦いは終わった。


 そんな気がした。

 



以上で第一部完結となります。

ここまでご覧いただきありがとうございました。


お気軽に感想などお寄せいただけましたら幸いです。


拾遺の章として2話程度、番外編的な話を載せたのち、第二部を開始させていただきます。


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