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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
34/92

終焉は彼の腕の中

苦痛表現があります。

苦手な方はご注意ください。

 単純に、赤黒い物体刺したら終わりだと思ってたんだ。

 思ってたんだよ!!

 けど、違ったらしい。アレティはその身を半分ぐらい突っ込んでると言うのに、もっと先だ、もっと深く刺せって言ってくる。

 え? え? もしかして……もしかしなくても、これ、この赤黒ーい不気味な液体に潜らなきゃいけないわけですか!?

 そんなことを話しかけてる間にも、私を無視してアレティはどんどんと、刀身を沈めていく。

 わ、わ、分かりましたよ、行けばいいんでしょ。行けば!

 自分の体が入るくらいの切れ目を入れるために、さっさと沈んでいきたがるアレティを宥めすかして、膜みたいなものを一メートル程度切り裂いた。

 そこから、嫌な匂いのする血に似た液体が、じわじわと滲んできて私のつま先に少し触れた。

 途端、ブーツの先からジュワって音がして小さな煙が上がった。


「ちょ! ええええーー!!」


 思わず叫びながら飛び退いた。

 ちょっと待ってよ、これ危険。酸か何かだよね!? こんなのの中に入ったら、私……。


 と け ち ゃ う でしょうが!!


 なのに、遠慮も会釈もなくアレティは私をその危険物の海に引っ張り込もうとしている。慌てて手を離したら今度は、不満そうにガタガタと刀身を揺らして文句タラタラだ。


「アレティ、お前は! 主が死んでも良いって言うの! 途中で私が死んだら、目的達成出来ないでしょ!?」


 途端アレティが大人しくなった。私はその柄を掴んで、障壁を作り直した。今度は自分を球の中心に置くんじゃない。アレティを障壁の外へ出し、液体から抵抗を受けにくいように楕円形に。大きさはあまり大きくなくていい。余分な大きさは潜る速度を鈍らせるはずだから。

 アレティが行きたいと思う場所へ行って、帰って来るだけの酸素があればでいい。それは、もうすぐそこだとアレティが囁いている。


「準備完了。行こう、アレティ」

――応


 私はアレティを握って、その赤黒い海に潜った。

 障壁が壊れれば、終わり。きっと死ぬ。それも恐らくはとても苦しんで死ぬ。

 そんな恐怖に怯えながら、アレティに引っ張られて下へ下へと潜った。振り返ってももう日の光は見えないし、私たちが潜った切れ目さえどこかわからない。

本当は五メートルぐらいしか潜っていないと思うんだけど、その十倍ぐらい潜っているような気がする。

 障壁を通してもドクンドクンという不気味な脈動が伝わってきて、鳥肌が消えない。得体のしれない怪物の体内に飲み込まれていることをまざまざと見せつけられて、不安に押しつぶされそうだ。

 私は本当にここから生きて帰れるのかな? 一度浮かんだ疑問はなかなか消えてくれなくて、心が折れそうになる。

 やっぱり来なきゃよかった。再召喚なんて断わって逃げまくれば良かった。そんな後悔まで浮かんで。

 だけど後悔したって、もう戻れない。――思考は結局のところ、そんな諦めに似た気持ちに落ち着いた。ただ、完全に諦めるのとは少し違う。私にはまだ道が残っているもの。

 そう。核を叩き壊して、皆のもとへ帰ればいい。

 今頃、みんな妖魔と戦ってるはずだ。私が核を壊してくるって信じて。

 私の脳裏に沢山の顔が思い浮かんだ。聖軍の、魔導軍の、皆の顔。

 事あるごとに、からかわれた。頭をワシャワシャかき混ぜられたり、他愛もないいたずらを仕掛けられたり。そのたびに怒って抗議して。そうすると周りも巻き込んで大爆笑が起きて。最後にはセラスさんやディナートさんが、皆をたしなめてくれて。

 あそこに、帰るんだ。絶対。

 また皆で騒ぐんだ。笑い合うんだ。絶対に!!


――(あるじ)、主、アレダ。アレガ全テノ元凶


 アレティの呼びかけで我に返った。


「あれって……どこよ?」


 目を凝らしても暗すぎて見えない。太陽の光が届かないから、深海のようにあたりは真っ暗だ。


――案ズルナ。我ガ導ク。主ハタダ、其ノ(ちから)ヲ我二。アレヲ屠ル(ちから)ヲ我二


「りょーかい! 好きなだけ持ってって」


 アレティからの返事はなく、その代わりとんでもないほど急激な勢いで力を持ってかれた。眩暈と吐き気がいっぺんに来た。冷や汗が額に浮かぶ。


(ちょっと! いくらなんでも急すぎるってば!!)


 吐き気に負けて声が出せないので、心の中で抗議するけど、アレティからの返事はない。もちろん力を引きずり出す速度も緩まない。完全無視の姿勢と言うか、目の前の獲物に夢中で私のこと忘れてる。

 いつも、主、主、って言っておきながら、いざとなったら、ただの充電器扱いじゃない! 


(こんのーーー! 後で見てろー! 絶対抗議してやる)


 頬を流れ落ちる汗を拭うのもままならず、とにかく私はアレティの柄から手を離さないことだけに集中した。

 力を吸われていくと、体の末端からどんどん冷えていく。それは心臓に向かって広がっていき、冷えた場所は感覚が鈍り怠くなる。うっかりしてるとアレティを取り落しそうだ。


(ちょっとまだなの? まだ届かないの?)


 急激な疲労が全身を多い、とうとう指先が震えだす。集中力も途切れがちで、そろそろ柄を握り続けるのも限界だ。

 もう駄目かもしれない。

 そう思った瞬間。アレティの切っ先が何かに届いた。その衝撃で本当に取り落しそうになり、慌てて指先に集中した。

 キーンと言う甲高い音が響き、頭痛を呼ぶ。思わず顔を顰めたけど、視線はアレティの先から外さなかった。

 暗くてよく見えないものの、何か黒いものがそこにあった。おそらく大きさは私の身長より少し大きいくらい。そこにアレティの切っ先が埋もれていた。

 その切っ先から、私の力が白い光となって流れ込んでいく。

 内側から光で照らされたその黒い物体は、昔見た天体写真の太陽に似ていた。

 次の瞬間、そこにアレティの刀身を中心にして、小さなひびが走る。

 ビキビキビキと氷にひびが入るような音がして、一瞬の静寂が訪れた。ヒビの隙間から光が漏れて、その幅が段々大きくなる。


(やった!?)

――(しか)


 アレティの答えが聞こえた途端、私は正面から巻き起こった衝撃波をまともに喰らった。もちろん障壁があったから体に被害はなかったけど、障壁ごと吹き飛ばされて、上も下も分からなくなった。当然、自分がどこにいるのかも、どこを向いているのかも。

 ただ、ほぼ真っ暗闇だった周囲が急激に明るくなって、周りを取り囲む赤黒い液体の向こうにきらりと光る何かと、澄んだ青が見えた。

 それが、太陽と空だと気付くのに、ちょっとだけ時間が要った。

 たぶんあの黒いのが爆発を起こして、それに巻き込まれて吹き上げられたんだ。吹き上げられたと言う事は……この後には万有引力の法則が待っている、よね?

 まずい。このまんまじゃ背中から落ちるっ!

 ジタバタもがいてようやく何とか体勢を立て直した。疲れ切ってぶっ倒れそうな体に鞭打って、上手く地面に着陸できるように力を出そうと、右手を前に突き出した。上手く落下の速度を落とせますように。


 ……って。あれ!? え!? マジで? 嘘でしょ!


 かざした右手からは、何も出てこなかった。いや、出てきたんだよ、ちょろっとは。でも、ちょろっと出たって意味ないから!!

 力切れ――嫌な単語が頭をよぎる。

 何か、何かない!?

 いつの間にか手から離れたアレティは、呼んでも呼んでも返事はないし、手にも戻って来ない。 

 焦りまくるうち、とうとう障壁を維持するだけの力も消えた。

 完全に無謀なまま、落ちる。いま、私の周りを、私と一緒に落下しているのは、あのおっそろしい赤い液体。

 やっぱりもう駄目かも!

 恐慌に駆られた途端、体のバランスが崩れた。

 しまった! と思った時にはもう遅かった。すぐ近くにあった赤黒い凶器が顔の左側にぶつかった。

 ビシャリ、と絶望的な音が耳に届く。と同時に、とてつもない痛みと熱さが顔半分を覆う。


「っく!!」


 あまりの熱さに息が止まった。咄嗟に左手で顔を抑えたけど、その左手のひらも焼けてジュウと嫌な音を立てる。


「あ? あああああああああああ!!」


 体をよじっても、丸めても、痛みや熱さは増すばかり。無事だった右目から、ボロボロと涙が出て、雫は風に千切れていく。

 正常な思考なんて、完全に吹き飛んだ。

 痛い。熱い。誰か助けて!

 いくら叫んでも、のたうっても何も変わらない。

 肉が焼け爛れる嫌な匂いが鼻をつく。それが自分の発してる匂いだなんて信じたくなかった。

 気が狂いそう。

 こんな痛みが続くぐらいなら、地面に叩き付けられて死んだ方がマシ。頑張ったんだからもう良いでしょ、楽にしてよ。

 必死に考えれば何か助かる道はあるかもしれないけど、もうそんな事どうでもいい。


 早く地面に着けばいい。早く。早く――!


 止まらない絶叫の奥で、私はそれだけを願った。皆のもとへ帰ると言う誓いは忘れた。迫りくる大地だけが慈悲に見える。


 ああ、もうすぐだ。


 もうすぐだと思ったのに。

 腰を攫われた。その強引さに腹部が圧迫されて胃がせり上がる。

 それまで止まらなかった絶叫の代わりに、ぐぅと喉がなった。

 自分の状況を慮るだけ、わずかに正気が戻る。引力に引かれて落下していた体が、今は上昇している。ばさりとなる翼の音が耳に届く。誰に抱かれているのか、見なくても、声を聞かなくても分かった。ディナートさんだ。


「間に合った」


 安堵のため息が耳元で聞こえた。

 でも、それは私にとって、安息が遠のいた印に思えた。


「いや! 離して!!」


 彼の腕から離れようともがく。


「ヤエカ殿!?」


 焦ったような声音が私の名前を呼ぶ。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」

「ヤエカ!! 落ち着きなさい!!」

「やだあああ!」


 答えずに喚く私の左手首を、ディナートさんは強引に掴み、顔から引きはがした。外気に晒された患部が、新たな痛みをもたらす。声にならない声が喉から迸った。


「っああああ」

「――っ!! これは!?」


 驚愕に満ちた声と同時に、手首を握る手に力が篭って骨が軋んだ。顔の激痛に神経を侵食されているのに、それでも痛みを感じるくらい強く握られて、また少し正気が戻る。


「痛いの、やだ。もう……」


 嗚咽混じりの声は自分で思う上に弱々しくて、それにもう暴れるだけの力も残ってなかったことに気付く。


「だから、離せと言ったんですか。だから死のうと思ったんですか」

「ディナ……?」


 涙に滲んた右目の向こうで、彼の顔が歪んだ。憎まれているんじゃないかと思うくらい、鋭い目で睨まれる。


「ふざけるな。そんなことで死なせるわけないだろう!」


 いつもと違うぞんざいな口調が余裕のなさを物語っているようで、でもどうして彼がそんなに激昂しているのか、痛みに狂いかけた頭では理解できなかった。


「貴女がどれだけ苦しんでも嫌がっても、そんなことはさせない。絶対に、だ」


 いっそ冷やかに見える視線が私の顔に注がれた。左手を握っていたはずの彼の手が、私の顔の左半分を覆う。


「痛覚を一時的に麻痺させる。馬鹿なことを考えてないで休め」


 彼の声を半分くらい聞いたところで、激痛が急激に引いた。痺れたような不思議な感覚にすり替わっていく。

 限界まで力を使い果たし、痛みに体力を削られた私は、正常な思考も取り戻せないまま、彼の腕の中で意識を失った。


 意識を失う直前に思ったのは『これで帰れるんだ』と言う安堵と、さっき負ったはずのディナートさんの傷は大丈夫なんだろうかってことだった。



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