交戦開始
行程は予想通り、と言うよりも予想以上に順調に進んだ。
懸念していた妖魔の襲撃さえなくて、支援部隊と別れるポイントに着いたのは予定より少し早いくらいだった。
ここで、二度目の――最後の休憩だ。
馬の世話をし、それから皆、思い思いの場所でくつろぐ。短い時間しか取れないけど、逆に長く休むと余計なことを考えちゃいそうだから、短くて助かった。
そろそろ出立かな、と言う時、総指揮官を務める、西方騎士団の団長さんから呼ばれた。なんだろうって思いながら彼の近くに行くと、「出立前に皆にへ何か一言を」と頼まれた。
いやいきなり言われても困るんだけど!?
断ろうと思ったのに、皆が座ったまま私の方をじーっと見るもんだからつい断わりそびれてしまった。
ディナートさんに助けを求めても、『頑張って』と小声で返って来ただけで、何の助けにもならない。
私に喋らせると、緊張してこの前みたいにとんでもないこと言い出すからね! って意味を視線に込めて、じーっと見たけど、今度はにっこり笑いしか返って来なかった。
ディナートさんのドS!!
心の中で悪態をつきつつ、仕方がないので腹をくくった。
「あ、あの! 妖魔なんてぱぱっと倒して、核もさくっと壊して、さっさと帰りましょう。それで、今晩は美味しいものいっぱい食べて、美味しいお酒たくさん飲んで、あ、私、お酒は飲めないんですけど。で、明日の朝は今日早起きした分、寝坊しましょうね」
我ながら締まらないスピーチだなって思うけど、こうだったら良いなって思うことを正直に言ってみた。言霊には力があるって言うじゃない? なら、こうやって皆に宣言したらそれが本当になりそうな気がする。
皆、私の下手なスピーチを楽しそうに聞いてくれて、最後には「おう!」って野太い声で応じてくれた。
「皆さんと一緒に戦えて光栄です。私は皆さんのことを信じてます。だから、皆さんも私を信じてください。必ず核を壊して、皆さんのもとに戻ってきます」
『必ず』なんてものはこの世にない。それはもう私も身に染みて知ってたけど、あえて口にした。一世一代の大嘘になるかもしれない。そう思ったら、自然と右手は拳を作って、左手は腰に下げたアレティをぎゅっと掴んでいた。
――案ズルナ、我ガ主。我ハ核ヲ壊ス物。主ハ核ヲ壊ス者。討チ洩ラスコトナド無イ。
アレティから頼もしい思念が届く。
「行きましょう、皆さん。勝利一択なんですから、躊躇うのも馬鹿馬鹿しいでしょ?」
引き攣りそうになる頬の筋肉をどうにか騙して、精一杯の笑顔を作る。どうか自然な笑顔に見えますように!
皆の「おう!!!!」って答えが、さっきより数段大きく響いた。
私のスピーチは成功だったんだろうか? 少し離れたところに腕を組んで仁王立ちしている騎士団長さんに目を向けると、彼は厳めしい顔に小さな笑みを浮かべて、頷いてくれた。
「ヤエカ殿」
肩をぽんと叩かれて振り返れば、ディナートさんが愉快そうな顔をして私を見下ろしていた。
「あんなんで良かったんでしょうか」
「上出来だと思いますよ。嘘くさいほど勇ましい美辞麗句を並べ立てられるより、よっぽど心に響きました。――さ。さっさと終わらせて帰りましょう。ヤエカ殿は酒が飲めないのですね。でしたら、何か甘くて疲れが取れそうな飲み物を用意いたしましょう」
そう言って悪戯っぽく片目をつむるので、私は吹き出した。
「はい! 楽しみです。――行きましょう!」
ディナートさんと一緒なら、どんな時でも頑張れる。少し前にそんなことを考えたけど、それは真実だったっぽい。
決戦を前に、自分がこんな風に笑ってられるなんて思わなかった。
怖いものは怖い。不安なものは不安だ。でも、でも。ディナートさんとなら、そんな感情から逃げないで、真っ向から立ち向かえる気がした。
私は愛馬に向かって歩くディナートさんを慌てて追いかけた。この先、走り出したら舌を噛むからしゃべらないようにと言われている。
だから、今言っておかなきゃ。
「ディナートさん! 最後までよろしくお願いします!」
呼ばれて振り向いた彼は、一瞬驚いた顔をして、それからゆっくりと太い笑みを顔に刻んだ。彼の顔立ちは、精悍と言って言えなくはないけど、どちらかと言うと『綺麗』って表現の方がしっくりくる。この時まではそう思ってた。
けれど彼の見せた微笑は、今まで見てきた中で一番、戦士の顔をしていた。
「喜んでお供させていただきます、勇者殿」
自信に満ちたその言葉と笑顔がまぶしくて、私は目を細めた。
補給部隊の待つベースを後にした私たちは、猛スピードで西へと道を駆け抜けた。
私と魔導軍近衛騎士団は、隊列の最後尾を走る。
疾走する馬の背中は予想以上に揺れが激しく、これはもう乗り物酔いするなんてレベルじゃない。一歩間違ったら落馬。大怪我もしくは命の危機が待ってるから、酔ってる余裕なんてない。
とにかく恰好がどうとか考えてる暇もなく、落ちないようにしがみついてるのが精いっぱいだ。
どのくらい走ったのか、遠くに鬱蒼とした森が見えてきた。エオニオだ。そのずっとずっと向こう、空に向かって一本の黒い煙が立ち上ってる。
狼煙だ。
もうすでに魔導軍側はエオニオ付近に到達してるらしい。
「こちらも狼煙を上げるぞ、用意しろ!」
「はっ!」
命令する団長の声と、それに答える声がいくつか。
前を走っていた騎士三人が隊列を外れた。あの三人が狼煙を上げる役なんだろう。用意をするため馬を降りた彼らを横目に、私たちは前に進む。
そこから時間にして数分走った頃。
「左前方、妖魔の姿を確認。数にして約20!」
「右前方にも確認。数、およそ15!」
次々と妖魔の姿が現れた。先頭を切って走る騎士たちが、間もなく交戦に入った。その合間を後続の騎士たちが駆け抜け、新たに姿を現した妖魔と対峙する。
そうこうしているうち、
「右方向より妖魔飛来! およそ30」
とうとう、空からも妖魔が姿を現した。
「これより飛行に移る! 総員用意!」
ディナートさんが良く通る声で怒鳴った。彼の胸と接している背中が、胸の振動を感じるほどの大音声だ。
「おう!」と言う答えと共にあちらこちらから、ばさりと翼の音がした。乗り捨てられた馬はよく訓練されているからか、混乱を招くことなく道から上手く逸れていく。
すぐ近くで、りぃん、と言う涼やかな音がした。ディナートさんの翼が出現する時の音だ。
「ヤエカ殿、行きますよ」
「はい!」
元気よく返事したのは良いものの、疾走する馬の上で体をひねるのは難しくて、上手く彼の首に手を回せない。
早くしなきゃと焦っていたら、腰をぐっと抱きかかえられた。そのままふわりと浮き、馬の背から離れる。私は慌てて彼の首にしがみついた。
「しっかり捕まっていてください」
「大丈夫です。ディナートさんが私を落とすはずないって信じてますから」
「言いますね」
軽口をたたく間にも、どんどん高度があがる。周りを見れば、すでに騎士団員は交戦状態に入っているか、そうでなければ北を目指して飛び始めている。
「ヤエカ殿、そろそろお願いします」
「分かりました!」
彼の首に回していた右腕を解き、前に突き出した。
「障壁!」
周囲に球状の空気の壁を作るため、シャボン玉をイメージして力を放つ。
ディナートさんには飛行に専念してもらいたいので、この障壁作りは私の担当だ。
ふわん、と空気が動いて術が完成した。
「成功!」
ディナートさんと私は、直径二メート半くらいの透明な壁で囲われた。
これで予測通り妖魔から身を隠せればいいのだけれど。
さっき見たように、人がいれば妖魔はやってくる。奴らがどうやって人間や動物の居場所を知るのか、そのメカニズムは全く分かっていない。
だから、私たちは色々仮説を立ててみた。
有力だったのは『動物の熱を感知する』説や『犬みたいに嗅覚が優れている』説だ。もしこれらが正解なら。周りに空気の層を作ったらいいんじゃないかと考えたの。自分の周りを球形の障壁で囲んだら、熱も匂いも洩れにくいんじゃないかなって。
上手くいけば妖魔たちに気づかれないで核に近づける。
気休めにしかならないかもしれないけど、やってみる価値はあるってことで採用された。
完全密閉すると酸欠起こすから、定期的に障壁を消して、作り直さないとダメなんだけどね。
「お見事」
短いながら手放しでほめられて、嬉しくなる。えへへ、と笑ってまた右腕を彼の首に戻した。
【余談】
翼持ちの騎士たちも馬に乗っているのは、体力温存のためです。
飛行は結構、体力を使うらしい。です。




