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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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黎明に発つ

 夜の闇は、夜明けより少し前が一番深い――いつかどこかでそんな話を聞いたことがある。

 黎明の少し前、私たちは砦を後にした。

 隊列は騎馬が先頭を、その後に歩兵や物資を乗せた荷馬車が続く。今回は機動力優先なので歩兵は少なく、全員が馬車に乗り込んでの移動だ。彼らは戦闘要員ではなくて、今回はサポート的な役割を負っている。

 闇の中、松明の明かりを頼りに西へと進む。

 妖魔がいつどこから襲ってくるか分からない。私たちは少しの物音も聞きもらさないように耳を澄ませながら、極力音を出さないように気を配り、押し黙って道を急ぐ。

 振り返れば遠く東の空がうっすらと白んできたように見えるけど、それでもまだまだ大地を照らすには至らない。ただ、やっぱり少しほっとする。もうすぐ夜明けだ。視界が開ける。それだけで、だいぶ気が楽になった。暗闇の中で襲撃を受けたら、いくら訓練された人間ばかりだと言え、手痛いダメージを喰らったはず。

 無意識に大きなため息を吐いていたらしい。


「どうしました?」


 とディナートさんが私の耳元で囁いた。驚いて飛び上がった私は、危うく落馬しそうになって、ディナートさんの腕にしがみつく羽目に陥った。

 馬に一人で乗れない私は相変わらずディナートさんに同乗させてもらってる。

 緊張がほぐれてきた途端、背中に感じる彼の温もりとかたい体の感触を、妙に意識してしまって困った。

 こんな事なら時間がないなんて言わずに、乗馬も教えて貰えばよかった。むしろ、日本にいる時に習っておくべきだった!――なんて後悔しても今更だ。

 動揺する気持ちを何とか押さえつけて、ディナートさんをふりあおぐ。かなり厳しい姿勢だけど、小さな声はこうしないと届きそうもないから仕方ない。


「何でもありません」


 そう囁き返して、すぐに前を向く。あんまり無理な姿勢を続けてたら、落ちそうだから。


「ならいいのですが。――あと少ししたら、休憩ですよ。それまでもう少し頑張ってください」


 また耳元で囁かれた。今度は飛び上がったりしなかったけど、それでもやっぱり心臓に悪い。





 一度明け始めた空は見る間に明るくなって、すぐに松明が要らなくなった。懸念されていた朝霧もおこらず、視界は良好。空は昨日と同じに高くて青かった。

 松明が要らなくなるのと同時に、進軍の速度が上がった。襲撃への備えは出来ている。だから蹄の音も、車輪の音も、もう気にしなくていい。


 一度目の休憩は、まだ朝と言っておかしくない時間にとられた。馬に水をやり、汗を拭き、それが終わった者からあちこちに腰を下ろして食事をとる。

 私もディナートさんに食事を勧められたけど、あまり食べる気がしなくて、でも何も食べないのも後々のことが心配なので、干した果物をいくつか貰った。

 噛めば噛むほど甘酸っぱい味が口の中に広がって、そのたびに頭がスッキリはっきりしてくる。

 ついさっきの出来事なのに、闇の進軍が夢の中の出来事だったような気さえしてくる。

 休憩場所は、ちょうど砦とエオニオの中間点あたり。もう少し進んだあたり……砦とエオニオを四等分して、四分の一の距離あたりまでが、翼をもたない妖魔の出没範囲らしい。

 日を追うごとにその範囲は広がっているので、今はもう少し広くなってるかもしれないけど。その出没範囲ギリギリのところに、物資や馬車、歩兵を置いて、後はエオニオまで騎馬隊が駆け抜ける。

 途中でおそらく妖魔と遭遇するので、片っ端から撃破しながら。

 エオニオを出た妖魔が多ければその場で大規模な戦闘になるかもしれない。

 が、もしそうでないなら、魔導国とかつて繋がっていた大道の跡地を作戦開始地点として、馬を置き、徒歩で森へ入り、北へと進軍する予定だ。

 魔導国近衛騎士団の皆は出来るとこまで私の護衛につき、その後は翼をもつ妖魔の討伐を担当する。

 エオニオの向こう側では、アハディス団長率いる魔導国軍が同じような動きをしているはずだ。

 私があの日、進言したのは、作戦なんて大層なことを言えるような代物じゃなかった。単純に、『誰か(おとり)になってください。妖魔の注意が逸れてる間に核まで行って壊してきますから』ってこと。

 もし、核の消滅と同時に妖魔が消えるなら妖魔を倒すだけ手間だし、翼をもった妖魔だけ、翼持ちの騎士団員さんに何とかして貰って、その隙に核まで突っ切るつもりでいた。

 けど、ソヴァロ様の話では一度生まれてしまった妖魔は核が消滅しても死なないって言うし、囮のついでに出来るだけ妖魔を討伐して貰おうかと。

 いや、普通こう考えるでしょ?

 なのに、みんな最初の作戦『道は俺たちで作るから、勇者殿はその後をついてきて、最後の最後で核壊してくれればいいよ』に固執するんだもの。

 確かに私は異世界人で、彼らはこの世界の住人で、だから『自分たちで極力何とかする』って気持ちも分かる。

 無関係な人間を巻き込んだことに負い目を感じて、気を使ってくれてることも、よーく、よーく、よーーーく分かった。

 でもそれで騎士や兵士が犠牲になるのは、嫌だった。

 人と出会って、話して、そうやって関わっていったら、その人はもう見知らぬ他人じゃない。こっちの世界で過ごすうち、だんだん増えていった知り合いや友達は、もう私にとっても大切な人だ。

 自分の身が可愛いから、その大切な人たちが傷つくのを黙ってみてろって? そんなこと出来るわけがない。そもそもそんな性格だったら、ルルディに再召喚されたときに拒否したもん!

 もし無事核を破壊できても私はきっと後悔する。自己中心的な考えだって叱られるかもしれないけど、だけど、ずっと後悔しながら生きてくのなんて無理だ。人の命を背負って生きていけるほど私は強くもないし覚悟もない。

 囮をお願いするのだって本当は嫌なんだけど。言ってもそれは仕方ないことだ。私一人で妖魔を全滅させるなんて実質不可能だし。

 それにもう作戦は動いてる――。


 短い休憩が終わって、私たちはまた進軍を開始した。これから補給部隊の切り離しを行うまでは、急ぎとはいえまだ心に少しだけ余裕がある。

 実はこの状況が心理的に一番きついって言うのを、身をもって知らされている最中だ。

 刻一刻と時間が過ぎるたび、一歩一歩前へ進むたび、『その時』が確実に近づいているんだ。

 怖い、逃げ出したいと言う気持ちと、いっそのこと早く動いてしまいたいと言う焦りとがないまぜになって、胸が内側からじりじりと炙られている。

 手のひらと額に嫌な汗がじっとりと浮かぶ。気をつけていないと呼吸が浅く早くなってしまって息が苦しくなる。それを背中のディナートさんに悟られなくて、奥歯を音がするほど強く噛みしめて誤魔化している。

 あと少しで補給部隊が離れる。そうなったらたぶん、今みたいに余計なことを考える暇はなくなるはず。でも、だからこそ、もう少しうだうだ考えていたい気もする。

 頭の中がぐちゃぐちゃに混乱してて、馬に乗ってなかったら思いっきり頭抱えてたかも。

動けないからと言って、じっとしてるのも辛い。後ろにいるディナートさんにとってはうざったいだろうなと申し訳なく思いつつ、我慢できなくなって体をもぞもぞ身じろぎした。


「大丈夫ですか?」


 頭の上で、穏やかな声がした。見上げれば、前方に顔を向けたままのディナートさんが、一瞬だけ私に視線を落とした。


「緊張しておられるのでしょう?」

「分かります?」


 って聞くまでもなくばれてますよね。


「緊張しなかったら、その方がおかしいですよ。初陣だと言うのに貴女には大役が待っていますしね?」


 う。そんな軽い言い方で痛いところ突っつかなくてもいいじゃない!


「みんな平気そうで……。自分の落ち着きのなさが嫌になります」


 少し前に『命を賭して戦うのが怖くない人なんていない』ってディナートさんは言ってたけど、周りの騎士たちを見ると、怖がってる様子も、緊張してる様子もない。

 唇を尖らせると、頭上で笑う気配がしてまた耳元に顔が近づいた。


「大丈夫ですよ、みな顔に出さないだけでそれなりに緊張してますから」

「そうなんですか……」


 経験と自信が皆に平静を保たせてるのかな。どっちも足りない私には、緊張を押し殺すなんて無理そうだ。


「まぁ、緊張半分、興奮半分かも知れませんねぇ」


 え? この前、言ってたことと違わない!?


「興奮、ですか……」

「騎士なんて職業についてる人間は大なれ小なれ好戦的ですからね」


 えー。じゃあこの前言ってたこと、嘘じゃないのー。ディナートさんの嘘つきー!

 唇を尖らせながらそう咎めたら


「いくら好戦的でも死を恐れないわけじゃありませんよ。嘘つきとは聞き捨てなりませんね」


 だってさ。


「詭弁だ!! ずるい!」

「そうですか?」


 涼しい顔でとぼける。

 話してるうちに、緊張が少しほぐれて来た。彼と話してると、いつも最初は真面目な話なのに段々脱線して、からかわれて終わるんだよね。ずっと子ども扱いされてるからだと思ってたけど、もしかして違うのかな。私の気分を明るくしてくれるためなのかなって自惚れてしまう。

 

「私だって騎士ですからね、五百年に一度の強敵には、まみえてみたいんですよ」


 耳元でそんな物騒なことを囁いて笑う。


「貴女を運ぶ役は、そう言う意味でも譲れませんね」


 ……まだ根に持ってるらしい。

 緊張して強張っていたはずの肩が、がくりと落ちた。

 ディナートさんって、けっこう執念深い性格なのかな……。




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