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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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惨劇の爪痕

ここから第一部完結までの間、残酷な表現が続きます。ご注意ください。

 朝日を背に受けて、西へ。

 そこに目指す砦がある。

 その砦より北西の方角、エオニオの最深部に核はある――らしい。砦を目指しながらの空路で、ディナートさんがそう教えてくれた。

 他にも色々と教わったりしながら、砦に到着したのは、お昼と言うにはまだ早いけど、でも朝と言うには随分日が高い。そんな時刻だった。


 遠目に見れば黒煙が一つたなびいていることを除いて、砦に異変は見えなかった。

 けれど、近づいてみて目を見張った。石を積み上げて作られたはずの建物は、あちこち崩れている。建物の壁に使われている石とは色も形も違う大岩が転がっているのは……。妖魔が投げたり落としたものかもしれない。

 私たちはロの字型に作られた砦の中庭に降りる。

 高度を下げるにつれ、焦げた匂いと、血の匂い、その他にも色々混じった異臭が鼻をつく。魚が腐ったような匂いと枯葉が腐ったような匂いが入り混じったのにはうっすらと覚えがある。妖魔の体液の匂いだ。目を凝らせば、あちこちに血や妖魔の暗緑色の体液が飛び散った痕がある。

 喉の奥がぐぅとなって、その奥からせり上がってくるものがある。

 吐くな、私。

 唇を噛んで吐き気をこらえる私の目に、血にまみれた瓦礫の山がひとつ飛び込んできた。

 それはもう乾き始めていて赤いと言うより黒い。瓦礫の間に見えるあの小さな塊は? 赤黒く塗られた隙間からところどころ覗く白くて細い……あれは……指?――人の、腕!

 飲み込んだはずの塊が、もう一度せり上がってくる。


「大丈夫ですか、ヤエカ殿」


 ディナートさんの小さな囁きが落ちてきた。


「あ……」


 答えることもできず喘ぐ私をそっと地面に下ろすと、周りの惨状を覆い隠すかのように、マントで包む。


「長旅でお疲れでしょう? どこか休めるところがないか聞いて参りましょう。さぁ」


 疲れてなんかいない。

 恐らく、この惨状にショックを受けた私に気を使ってくれてるんだ。それくらい、いくら鈍い私でも察しがつく。

 皆が止めるのも聞かずに聖都を飛び出しておいて、このざまだ。


『足手まとい』


 いつかアハディス団長に言われたその言葉が頭をよぎる。本当にこれじゃあ足手まといだ。

 私は、震える手をディナートさんの籠手にかけた。


「ヤエカ殿?」


 心配そうな声と顔で私を見下ろす彼を、見上げる。


「大丈夫、です。心配しないで。疲れてませんし、ひとりで歩けます」

「ですが……」

「ディナート!」


 言い募るディナートさんを、アハディス団長の野太い声が止めた。


「ヤエカ殿は大丈夫だって言ってんだろ。信用してやれ」

「団長!」

「お前なぁ。ひよっこがよ、やる気出してんだ。頭ごなしにダメだなんて言わねぇで支えてやんのが親だろうがよ」


 親? 私、ディナートさんの子どもになった覚えなんてないんだけど!

 ディナートさんは複雑な顔をして、ちょっと黙り込み、それから私を包んでいたマントと腕を解いた。


「ヤエカ殿。体調が悪くなったら、我慢せずに私に言うんですよ? 良いですね? 決して無茶はしないでください」

「は、はい!」


 随行した団員たちは休む間もなく、三々五々散っていった。

 砦の指揮をとっている大隊長さんに導かれて、団長さんとディナートさん、それから私は、砦の奥にある軍議室へと向かった。

 軍議室には、テーブルとともに水鏡が置かれている。この水鏡を使って遠く離れた場所にいるルルディやソヴァロ様を交えて話し合いが出来るようになっていた。

 水鏡を使うには神官なり魔導士なり、術を使える者がいないと話にならない。

 砦には神官が一人派遣されていたのだけれど、昨夜の襲撃で重傷を負っていた。でも、治癒の術を使ったら眠ってしまい、水鏡の術を行使できなくなってしまうからと施術を拒み、軍議室の椅子に座っていた。

 あちこちに巻かれた白い包帯から、赤い血が滲んでいて痛々しい。真っ青な顔も半分が包帯に覆われている。

 私の姿を見ると、彼は慌てて立ち上がろうとした。その拍子に傷がかなり痛んだと思う。ぐらりと前のめりによろめいた。近くに立っていたアハディス団長がそれを受け止め、また元のように座らせる。

 こんな酷い怪我をしているのに、水鏡の術を使うなんて無謀もいいところじゃない!

 ルルディは事もなげに術を使うけど、あれは規格外な力の持ち主だし。水鏡の術は高度な術で、全ての神官が使えるわけじゃないって話を聞いた覚えがある。


「酷い怪我をなさっているんですから、どうかそのままで。あの、私に手伝えることってありませんか?」


 大きな術を使うときは、術の仕える者をたくさん集めて、個々の力を一人に集中させるって話を聞いたことがある。私を召喚する時もルルディの力の消耗を減らすために、神官さんが力を貸したって聞いてるし、再召喚の時はそれに加えてソヴァロ様と魔導士たちも力を貸してた。

 だから、私だってやり方さえ分かれば、神官さんの手伝いが出来ると思う。

 

「勇者様! そんな……恐れ多いことです」

「恐れ多いとかそう言うのは無しにしてください! 私の力、使えるようでしたら使ってください。」

「え、あ、ですがっ」


 押し問答の末、大隊長さんの執り成しで水鏡の術を手伝わせてもらうことになって、軍議が始まった。

 聞いていても分からない部分が多かったから、後でディナートさんやアハディス団長に詳しく聞くことにして、私は神官さんへ送る力の調整に集中した。弱った体に過ぎた力を送り込むのも毒だと思うので、負担にならないように抑えめに、抑えめに。

 負傷した彼の交代要員は、セラスさんのところの隊長さんが、物資と共に連れて来てくれることになった。おそらく三日以内にはつくだろうとのことだ。

 期限が切られたことで、負傷した神官さんもほっとしたらしい。張りつめた顔に、ほんの少しの安堵が見て取れた。確かに、援軍が来るまで頑張れ、と言われるより、あと三日頑張れと言われたほうが、頑張りやすいよね。


 会議の後、治癒の術が使えるアハディス団長とディナートさんは、負傷兵の救護に向かうことになった。

 私に出来ることは何だろう?

 考えても何も思い浮かばなくて。でも、ひとり休むことも嫌で。

 私は二人の後をついて行った。進む先には、きっと凄惨な光景が待っているんだろう。さっき瓦礫の間に見え隠れしていた白い手の残像が頭をかすめた。

 当然のように、ディナートさんは私の同行を快くは思ってなくて、何度も戻れと言われた。でも私は「さっき水鏡の術を手助け出来たんだから、治癒の術だって手伝えるはずです!」と譲らず押し切った。

 ちなみに団長は「痴話喧嘩には付き合ってらんねぇから先行くわ」なんて訳わかんないセリフを置いて、さっさと去っていきました。


「本当によろしいんですね、ヤエカ殿。貴女は勇者です。この先、醜態を晒すのは許されません。分かりますね?」

「はい」


 ディナートさんの言葉に頷いた。

 私が身に着けている赤い鎧は、勇者の証。中身はただの私だけど、この国に住む者にとっては希望となるべき存在。人前に出るのであれば、何が起ころうと、どんな光景を見ようと、動じてはいけない。なぜなら、私が動じれば人はそれだけ不安になるから。

 本音を言えば、怖いよ。とても怖い。平和な国に生まれ育って、暴力とは縁遠いところで、死をほとんど意識せず生活してきたんだもの。

 けど、これは『勇者』としても『妖魔に立ち向かう者』としても避けて通ってはいけない。


「行きましょう、ディナートさん。今は時間が惜しいです」


 私は彼を見上げた。暗い廊下でも輝きを損なわない金の瞳。すべてを見透かすかのような視線に思わず目を反らしたくなったけど、ぐっとこらえた。きっと彼は私の臆病さも情けなさも見透かしているだろう。けど、私の中にあるのはそれだけじゃないから。隠すことなく全部彼の目の前にさらけ出す覚悟で、彼の目を見返した。


「おっしゃる通りですね。急ぎましょう」


 彼は長い腕で中庭に通じる扉を押し開いた。

 一瞬眩しさに目がくらむ。反射的に腕で目の上にひさしを作って、目が慣れるのを待った。

 目が順応したところでぐるりと中庭を見回した。

 中庭に面した一画を救護室に当てているけれど、怪我人は中庭まで溢れ出している。

 二つの棒に布を括り付けた担架で、外に向かって運び出されているのはもう息をしていない人だろう。運ぶ二人の顔も足取りも重い。

 その向こうでは、駐屯の兵士や、私と一緒に来た騎士団員たちが、仕留めた妖魔の死体を検分している。

 不格好だけど人のような体に、長く伸びた手の爪には赤黒い液体が付着していて、足の形は鳥のようだ。背中には蝙蝠のような羽。体と同じ灰色をしている。よく映画やアニメで出てくるガーゴイルみたいな姿だ。


「本当に羽根がある……」


 私は自分でも気づかないうちに呟いていた。

 前にエオニオを抜けた時に遭遇した妖魔はこんなにしっかりした体も、羽根も持ってなかった。もっとひょろひょろしてて、長い手足を持て余すようにブラブラさせながら彷徨ってた。共通点はと言えば体が灰色なこと、二足歩行が可能っぽいこと、その二点。


「ヤエカ殿?」

「私が昔、遭遇した妖魔とは全然違ってて……驚きました」


 短期間でこんなに進化するものなの? ゾッとした。


「――とらえた獲物の姿形から学習しているのではないか、と言う説が出ていますが」


 ディナートさんの言葉に、なんとなくそうかもしれないと予感がした。飛ぶ鳥を捕まえるのは、翼を持たない生き物にとっては難しいことだ。だから、妖魔たちはなかなか鳥を捕まえられず、翼を手に入れられなかった。けど、最近になって捕まえることが出来たのだとしたら?

 でも……


「ディナートさん。妖魔は核から生まれてるんですよね? 生まれた妖魔個人が捕まえた獲物の情報を、核が知らなければ新しい形の妖魔は生まれないんじゃないですか? どうやって……?」


 情報を伝達することが出来るくらい知性が発達してるの? 


「あくまでも仮説ですが、核と妖魔の意識が繋がってるのではないか、と言われていますね」

「意識が……繋がってる……」


 その仮説の通りだとすると、例えばある妖魔が、虎とかライオンとか豹みたいな猛獣を倒したとする。すると猛獣そっくりな妖魔が続々と生まれたりするわけ? 笑えない。


「それが本当だったら、ものすごく厄介ですね」

「ええ。おっしゃるとおりです。――私も後ほどあれを検分しに行こうかとは思っていますが、怪我人の治療が優先です。さ、着きましたよ」


 話をしているうちに、私たちは救護室の入り口まで辿りついた。

 開け放したドアから、血の匂いと薬草の匂い、そしてうめき声が漏れてきている。部屋の中は怪我人でいっぱいだった。白い服を着た衛生兵がその合間を縫って、忙しそうに走り回っている。今朝一緒に飛んできた騎士たちもあちこちに膝をついて治癒の術を行使している。黒い鎧が動きにくそうに見えるけど、きっと脱ぐ時間さえ惜しいからそのままの出で立ちなんだろう。

 私は拳を体の脇でぎゅっと握って、ディナートさんの後に続いた。



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