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再召喚!  作者: 時永めぐる
序章:召喚って何ですか
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初回召喚のいきさつ


 どこにでもいるような、ごくごく普通の大学二年生だった。

 講義とバイトと友達とのおしゃべりに明け暮れる毎日。彼氏いない歴イコール年齢だけど、特に焦るでもなく、そのうち出来るだろうとのんびり思う。目下の悩みは来週締め切りのレポートがうまくまとまらないこと。

 そんなごくごく一般的な日本の女子大生の日常。

 そこに、ある日突然、大きな穴が開いた。

 比喩でもなんでもなく、文字通り黒い穴が足元にぽっかり。

 運動神経が良いわけじゃない私にそれを回避する(すべ)はなく、なすがままに落っこちて。

 平凡でそれなり順調だった生活に、波乱万丈の冒険が否応なしにねじ込まれたのです。


 異世界トリップ。

 または異世界召喚。

 そしていきなりの勇者認定。

 そんなもの、ゲームと物語の中だけ。普通だったらそう思うよね。

 むしろ、この社会に生きていながら「勇者になるのが夢ですー」なんて言ってたらどこの夢見る中二病様ですかと言われかねない。

 なのに! なのに! 何の因果かそのとんでもないめぐり合わせが私のところへやってきた。


 まさか自分が異世界から召喚されるなんて。

 まさか『勇者』なんてものに選ばれるなんて。

 全くどうかしてる!


 







 事の起こりは、夏の暑さも和らいで、そろそろ秋かなーって思うような晴れた日の朝。

 図書館に行こうと思って家の玄関を出て、一歩踏み出すとそこに地面はありませんでした。

 『行ってきまーす!』と言いかけた言葉は途中から悲鳴に変わって。もしあれを傍で聞いていた人がいたら、こんな風に聞こえたはず。


「行ってきええええええええええええ~~~(フェードアウト)」


 ここからしてもうギャグじゃないですか。何よ、ただの黒い穴って。どうせならカッコいい召喚陣とか現れて欲しいじゃないですか。おまけにカッコいい神官さんとか賢者様なんかが


「姫よ……。麗しき異界の姫よ。どうか我が世界を救うために力をお貸しください」


とか何とか言ってくれたって良いでしょう!?

 それなのに黒い穴! 真っ黒い穴! それだけ! シンプルイズベスト!



 自分が落ちたはずの穴さえ見えなくなった頃、急にが眠気が襲ってきて、次に目を覚ました時には、明るくてだだっ広い広間に寝てた。正確に言えば、その広間の階段の上に設置された水晶製の台座の上に寝てた。

 当然ながら寝心地最悪。これは絶対『いつまでも寝てんじゃねえよ、早く起きろ、ボケ!!!』と言う意思表示ですよね。知ってます。

 黒い穴から落っこちたという、現実的にありえない事態に巻き込まれた後だから、驚くより『ああやっぱり』な気持ちが大きくて、私は比較的冷静な気持ちで体を起こした。

 硬いところで寝ていたから、体があちこち痛む。


「いてててて……。あー……なに? ここどこ? これって夢だよね。夢にしては体が痛いけど」


 誰もいないと思ってブツブツ独り言を言いながら立ち上がったらね。階段の下に、白い服の集団が跪いて、ぎゃ!! ってなった。静かすぎ。気配なさすぎ。怖い。

 その中の一人が立ち上がって、すすーっと階段を上ってきたから「ああ、これ絶対アレだよ、アレ。おお、勇者よ、よくぞ参られた……っていう感じのアレ」って身構えたら本当にその通りだった。長ったらしい口上を要約すると。


『世界は人の住まう聖司国(せいしこく)と、魔族が住まう魔界とに分かれている。最近、魔王が率いる魔族どもの侵略が激しくなってきて困る。と言うわけで、魔族とか魔族とか魔王とか倒してきてね!』


 これまたすっごくテンプレですね。あはは。

 あまりの展開に呆然としてるうちに、聖女様と謁見しろと言われた。


 聖女様! 現代日本に生きてたら聖女様なんて言葉、二次元以外じゃあまり聞かないよね。でも聖司国では生きた単語だったんですよ。

 聖女様=人を統べる女王と言うことで、私がイメージする聖女と言うのとはちょっと違うのかもしれないけれど。それでも聖女が現役な称号ってすごいよねぇ。


 そんな事に感心してたら、侍女さんの大群がどっからともなく湧いて……じゃなくて出てきた。

 その侍女さん達に連れられて、ビックリするぐらい広くて不経済な風呂に叩き落とされて、ヒリヒリするぐらい擦られて、ヒラヒラのピラピラでキラキラな薄衣で出来たワンピースみたいなの着せられて、それからRPGとかでよく女戦士がつけてるような鎧を着せられた。(これは見た目より軽いし、動きやすくて助かった)

 ここまで私の意思、ゼロ。

 そしてここから先もしばらく私の意思、ゼロ。


 それまで私をこねくりまわしていた侍女さんたちよりも、明らかに豪奢な出で立ちの侍女さん一ダースに連れられて辿りついた先は、聖女様の私室だった。

 生まれて初めて見る聖女様はとにかく夢のように美しかった。月並みな表現だなんて笑わないで。だってそれ以外に言い様がないんだもん。

 滝のように流れ落ちる金の髪、完璧なカーブを描く頬、夕暮れの空のような赤紫の瞳、雪のような肌、熟れた果実を思わせる可憐な唇どれをとっても、とにかく綺麗。それが一つの顔にまとまったらどれだけの威力を発揮するか!

 この世のものとも思えないくらい美しい聖女様が真珠のような涙をほろりとこぼして


「どうか、わたくし達を御救い下さい勇者様」


 って。同性の私でもクラッときた。

 けど、それから続く彼女の話は突拍子もなくて、魅力にクラクラしてる暇なんてなかった。

 神官たちは魔族と魔王を殺して欲しいと言っていたのに、彼らの長であるはずの彼女は魔族との和睦を望んでいたのだから。


「魔界と全面的に争うことになれば、国は荒れましょう。沢山の者が住む家を失い、また大切な人を失うかもしれません。もし和睦と言う道が存在しているのなら、それをとりたいのです」


 けれど私は魔族と魔王を倒すために呼ばれたのではないの? 不思議に思って聞いたところ、私が呼ばれたのは厳密に言えば魔族を倒すための『勇者』として召喚されたのではなかった。

 聖女の保管する宝物の中に『アレティ』と呼ばれる聖剣がある。神が人に与えた希望だと伝えられていて、アレティを持つ者は神の加護を受けて悪しきものを退ける力を授かる――んだそうだ。

 そのアレティの使い手として、私は召喚されたということだった。

 国中を探したけど適合者が見つからなくて、苦肉の策で召喚術を使ってみたら見事に私が釣れたと。そう言うことらしい。


「勇者様、どうかこの親書を魔王に。そして返事を持ち帰って頂きたいのです」


 神官たちを欺きつつ、聖剣を携えて旅に出て、魔王に接触する。


 要約すればこれだけのこと。

 だけどそれをするとなれば、どれだけの困難がつきまとうか分からない。行かなきゃ日本に帰しても貰えない。分かっていたけれど迷って、迷って。散々迷った末に、私は決めた。単身、魔界へ乗り込むことを。


 神官の中には、魔族は根絶やしにするべきと考える『強硬派』、聖女様に近い考えの『穏健派』、そのどちらとも言えない『中立派』、三つの派閥に分かれていた。

 あちこちに散らばる穏健派の神官さんに助けて貰いつつ、西にある魔界を目指すことになった。

 表向きは魔族討伐。その実、聖女様からの密命を受けて。


 何も知らない強硬派の神官さんたちから兵をつけるって申し出もあったんだけどね。軍引き連れてったらそれこそ問答無用で戦争始まっちゃうじゃない? 丁重にお断りをさせて貰った。

 自信ありげな顔で「私一人で構いません。むしろ同行者は足手まといです」ってふんぞり返ったらあっさり引いてくれた。

 勇者である私の言葉を信じたのか、それともどこで野垂れ死にしても、しょせんは異世界人だからいいやって思ったのか。――ちなみにアレティは使い手が死亡すると自分で元の台座に戻るらしいから、回収の問題もないらしいしね。

 アレティは聖剣と言われるだけあって、めちゃくちゃ優秀だった。

 半端なくチート能力がくっついてたから、剣なんて握ったことのない私でも充分に戦えた。そんなわけで女のひとり旅でも特に困ることはなかった。


 魔界と聖司国はエオニオと呼ばれる深い森で分断されいる。すったもんだの末、その森を抜けて魔界に到着。

 よっぽどカオスな世界なんだと思ってたら、聖司国と殆ど変らなくてびっくり。そこに住まう人に獣相があるかないかの違いだけ。それも人によっては獣相を消してたりする(消せるんだって! すごいよね)。そうなると人との違いが全く分かんない。

 これなら聖女様の願いも叶うかもしれない。希望を胸に魔王城の忍びこんだら、拍子抜けするほどあっさり魔王に会えた。


 魔王ともあろうものが何ゆえ庭の掃き掃除なんてしてるんですかね。……って言ったら


「何を申すか、愚か者。働かざる者食うべからずと申すではないか」


 と切り返された。ごもっともです。

 魔王は態度も顔も口ぶりも尊大だけれど、話してみると意外と苦労性っぽいというか、真面目そうな感じ。私は直球勝負で聖女様の親書を押しつけて、見事色よい返事を獲得しましたー!

 そういうわけで、聖女様のもとまでとんぼ返り。

 ああ、でも行きほど時間はかからなかったのですよ。魔王の好意で有翼族のお兄さんにエオニオの外側まで送って貰ったから。

 空の旅はなかなか快適でした。――地上からパンツ見えるんじゃないかとひやひやした以外は。


 魔王の書簡を持ちかえったら、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 強硬派、穏健派、中庸派、それと聖女様が入り乱れてすったもんだの大激論。

 私は異世界の人間だし、首を突っ込む気はなくて。とりあえず、つかの間の休息を満喫していた。食べて昼寝して食べて夜寝して……そんな日々にそろそろ飽きたなーって思う頃、ようやく聖司国は一つの結論を出した。


 魔族との和平交渉の席を持つ、と。


 それを発表した途端、今度は国じゅうが蜂の巣をつついたような騒ぎになったけど、結局聖女様信仰が行き渡っていたおかげか、聖女様の決定に従うって風潮におさまった。



 そんなこんなで、とうとう訪れた交渉の日。

 場所はエオニオの聖司国側。

 聖司国と魔界のちょうど真ん中と言えばエオニオだし、人がエオニオを超えるより魔族が聖司国側へ抜ける方が早い。そんな理由から選ばれた場所。

 聖司国を統べる聖女と、魔界を統べる魔王の初顔合わせ。それは歴史に残る感動の一瞬――……だったはずなんだよ。

 なのに、美形がふたり雁首そろえて、口ぽかーーんって! 間抜けにもほどがある事態が発生した。

 理由はすぐに分かった。

 ほんっと馬鹿馬鹿しい話なんだけど、聖女様と魔王は幼馴染だったらしい。つか、はっきり言えば初恋の相手だったらしい。領主の娘(聖女に選ばれる前の聖女様ね)と、魔王の息子はお忍びで出かけたエオニオのほとりで出会ったんだとさ。

 うわ、なにこの展開はっ!!!!


 こうなったら後の展開は推して知るべし。

 和平交渉は成功、おまけに聖女と魔王の婚約まで決まった。そのあたりではまた色々と紛糾したそうだけど、愛には障害がつきもの。いいじゃないですか、リア充は少しぐらい苦労したって。


 そうして世界に平和が訪れ、日本へ帰る道も開かれて大団円。

 向こうで仲良くなったみんなと涙、涙、また涙のお別れをして、私は帰還した。


 何ヶ月も行方不明だった言い訳をどうしようか悩みながら帰還を果たせば、驚いたことに全く時間が経っていなかった。

 私は玄関先で、穴に落ちたあの日と同じ服装、同じバッグを持ちながら呆然としていた。

 私が異世界に行っていたと言う証拠は何もなくて、すべてが夢のようで少しだけ悲しかった。

 


 多少の感傷に浸りつつ、戻って来た日常を謳歌しているある日。それは起こった。

 ベッドに寝っ転がって、買ったばかりのスマホに苦戦しつつあれこれ操作していたら音声着信。発信者名は『ルルディ&ソヴァロ』――って誰? そんな名前、アドレス帳に登録していない。

 そこで思い出してしまった。聖女様の名前はルルディ。そして魔王の名前がソヴァロであることを。

 ――いやな予感がする。するけど……。これ普通の音声着信じゃないもの。逃げられないって分かってる。

 私はしぶしぶ通話ボタンをタップした。


『ヤエカ? 久しぶりー! 元気だった?』


 ああ。やっぱり。この声の主は……


「聖女様?」

『やだ、ヤエカったら。ルルディって呼んでって何度も言ってるのにー。あ、ルディでも良いわよ。でもルルはダメね。それはヴァーロ専用だから。うふっ』


 はいはい、そうですかお熱いことです。乾いた笑いでスル―する。


『あのね。世界は平和になったし、ヴァーロがすごく優秀だから、私、ちょっと暇になっちゃったの!』


 それは良うございましたね。

 初対面であんなに儚げに泣いていた聖女様は、実は明るくて快活な方だったんですよ。そんな生来の性格がなりをひそめるほど心痛に押しつぶされそうになってた彼女が、こうやって幸せそうにしてるのは嬉しい。けどね。けどね。この状況は一体どういうことなの。早く説明して欲しいんだけど!な!


『でね、ヤエカはそっちに帰っちゃって寂しいし、何とか連絡とれないかな~。ヤエカと気軽にお話出来たらいいのにって思って、色々研究したの。でね! 大発見!! ヤエカの世界のケータイデンワ? それのデンパ? っていうの? そういうのがね、この世界の魔術の術式とすっごく相性いい事が分かったの!』


 ほうほう。それで??


『魔方陣ぱぱっと書いて発動させたら、ヤエカとお話出来ちゃいました。えへへ』


 うわぁ。これだから天才って怖いのよ。


『今ね、インターネット? パソコン? 使って水鏡の術が使えないかとか、色々研究してるから楽しみにしててね。……あ! ヴァーロ!! お帰りなさぁい。――ヤエカ、またねぇ』


 通話がいきなり切れた。いや、切れたんじゃない。切られたんだ。

 愛しの魔王様のお帰りですか。ご馳走様です。らぶらぶで良かったですね!

 っていうか、この回線(?)ってあっちからかかって来る専門? 着信拒否って出来んのかな……いや、一般通話じゃないから無理だろうな。うわ。バイト中とか講義中にかかってきたらどうしよう。私は頭を抱えて呻いた。この懸念が現実になるのはまず間違いない。とにかく急いで対策を練らなくちゃ。


 ああ、神様。ファンタジーな世界は本の中とゲームの中で充分です。

 はた迷惑な魔法も要りません。現代日本にそんなもの持ち込まないでください。


 私は、古今東西、果ては異世界の神々全てに対して祈った。


 もとの平凡な生活を返してください、と。


2014/11/22 大幅改稿。

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