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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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恐るべし、侍女集団

 ディナートさんの腕の中でうつらうつら出来たのはほんの数分。彼の執務室につくと容赦なく叩き起こされた。


「これだけ全身に大きな傷を負ってますからね。もし貴女が眠ったまま治癒の術を始めて加減を誤って昏睡……なんてことになったら大変でしょう? しっかり起きていてくださいね」


 小姓さんの持ってきてくれた清潔なタオルと水で、ディナートさんが顔の汚れを拭ってくれる。全身に傷と言っても、多くは手と足に集中してる。胴体は防御の術を編み込んだ皮の鎧(なのかな?)を着ていたからほぼ無傷。多少、痣は出来てるかもしれないけど放置して大丈夫だろう。

 その代わりと言っては何だけど、手と足は結構ひどいです。さっきは気が張り詰めてたからあんなで済んだけど、こうしてじっとしてると痛い。冗談じゃなく痛い。私、こんなんでよく立ったり走ったり剣を振るったりできたよね? ってレベル。

 とりあえず一番出血が酷いのがひたいの傷らしいのでそこから治癒を開始。

 そうやって全身の傷(信じられないことに骨折まであった!)を癒して貰った頃には、くらくらと眩暈がするくらい疲れていた。

 治癒の術はゲームの世界みたいな回復魔法じゃなくて、怪我した本人の治癒能力を一時的に高めるだけ、使いすぎれば消耗する。以前教えて貰ったそのことをわが身を持ってしっかり体験した。


「ディナートさん、すみません。……少し眠らせて……ください。晩御飯の時間になったら……起こして……くだ、さ……」


 私はディナートさんの返事を待たずブラックアウト。


「分かりました。ゆっくりお休みなさい」


 夢うつつで聞いた優しい声。頭を撫でる心地よい指。それが現実なのか夢なのか私には分からなかった。





 パチッと目が覚めた。スイッチのオンとオフが切り替わるくらいパチッと。

 あまりにすっきり目が覚めたので、一瞬ここがどこで、今が何時なのか分からない。

 あれ、私、何してたんだっけ? ぼんやりと考えること数瞬。

 思い出した。ディナートさんに治癒してもらって、疲れて寝ちゃったんだ!!

 慌てて体を起こすと、全身が気怠い。跳ねのけた布団をもう一度被って二度寝したいくらい。

 ん? あれ? 私、ディナートさんの執務室で寝落ちしたんだよね? 何で布団被って寝てたの? っていうかここ私の部屋じゃない? 

 またディナートさんに運ばれた?

 うわあ、恥ずかしい。

 恥ずかしいって言えば、さ。昨日は疲れてて気にする余裕もなかったんだけど、私、不細工な寝顔をさらしたわけですよねえええええええええええ!!

 とあれこれ考えていると、控えめなノックの音。反射的に返事を返すと、顔見知りの侍女が一人ドアを開けて入って来た。


「おはようございます、ヤエカ様。昨夜はよくお休みになられましたか? カーテンを開けさせていただきます」


 待ってと止める暇もなくカーテンが開けられた。途端にこぼれるまばゆい光。

 ちょっと待って。晩御飯まで昼寝のつもりが、朝まで爆睡? いや、こういう場合翌日とは限らないよね。楽しみにしてた街の視察はなしなんてことになってないよね!?

 わたわたと焦る私を不思議そうに眺めながらも、侍女さんは快く私の質問に答えてくれた。それによれば私が寝てたのは一晩だけらしい。で、今はいつもと同じ起床時間。私の体内時計ってばすごい!

 良かった。今日はしっかり外出できる。


「今日は訓練はおやすみと伺っております。ディナート様と街の視察に出かけられるとか。ヤエカ様、朝食の準備はできておりますので、お早くお召し上がりくださいませ」


 そう急かされてテーブルに着いたんだけど、何で『お早く』なの? 訓練ないんだからいつもよりゆっくりでいいんじゃないの? あ、昨夜お風呂入ってないから朝風呂入る時間を取るためかな?

 私の疑問は朝食の後、解消された。

 にこやかに、しかしどこか殺気立った笑顔の侍女さん集団が廊下に待ち構えてて、何だかこの展開知ってますよ、私。

 あっという間にお風呂にドボン。ごしごし磨かれて、()う這うの体で上がると、今度はブラシやら刷毛を持って待ち構える侍女さん集団再び。


「んまぁ! 何ですの、この御髪(おぐし)! この毛先の痛みようは尋常じゃございませんわっ」


 すみません。実は面倒くさくて、こっそり洗いっぱで寝てます。毎日くたくたなんだもん仕方ないじゃん……って言ったらもっと叱られるから黙っておく。


「ヤエカ様! ちゃんと毎日お肌の手入れなさってらっしゃいますか!? なんですの、この肌荒れ! 毎日、お外で過ごしてらっしゃるのは存じ上げております。が、それでしたら尚更手入れを怠ってはなりませんでしょう!? ――ちょっと、誰かアレを!」


 女捨ててるわけじゃないんですよ。だけど疲れが、ですね。疲れが私の乙女心を阻むんですよ……って言ったら鬼の形相で睨まれそうなんで、沈黙を押し通す。そして最終兵器らしい強烈なにおいのパックをされて数十分。

 そんなこんなで嵐のようなメイクタイムが終わった時には、私は全身ピカピカに磨き上げられていた。文字通り爪の先まで。

 いつも後ろでひとくくりにしてる髪は結い上げられてる。

 昔、一回だけドレス来て着飾ったことがあるんだけど、その時は結い上げがきつくて途中で首と頭が痛くなったんだよね。なので、今日は我がままを押し通して、ゆるくしてもらってる。

 さすが一流の侍女さん。ゆるいと言っても崩れないようにしっかり留まってるし、だらしない感じもしない。むしろ堅苦しすぎなくて可愛い。ちらりと見ると結ってくれた侍女さんも満足げだ。

 酷いと嘆かれた肌荒れも最終兵器で何とか整ってくれたらしい。濃すぎず、薄すぎず、品よく化粧された私の顔は、自分でも二度見しちゃうくらい大人びた印象に変わっていた。そりゃあ周りの美形さんたちからは、依然劣ってるよ? 劣ってるけど、当社比なんだから少しくらい浮かれたっていいじゃない!

 「可愛さより、凛々しさを前面に出してみましたの、おほほ!」と満足げに笑っているのはメイクの陣頭指揮をとってくれたくれた侍女さん。

 服装はいつもの通りの赤い上着の制服だけど、いつもの『服に着られてる感』はなくて、ちゃんと着こなせてる気がしてくる。


「いつもこのくらいなさればいいのに!」


 みんなが口をそろえて言ってくれたけど、ごめんなさい。朝っぱらからこの重労働は無理です。

 っていうか、何で今日はこんなことになってるの? ディナートさんと二人で街に出かけるだけじゃないの!?


「何で今日はこんなに飾らないといけないんですか? 単に街の様子を見てくるだけなんですけど……」

「甘いわ! 甘いわ、エーカ!」


 バタンと扉が開いて、ルルディが姿を現した。わ、久々に顔を見た気がする。彼女も忙しいからね。


「ルルディ!」

「あら、上出来だわ。――みんなありがとう」


 私の姿をまじまじと見たルルディは、そう言って侍女たちをねぎらった。彼女たちは一礼してしずしずと部屋を出ていく。ルルディのこういう神出鬼没さには慣れてるのかな? 全く動じた様子もない。

 みんなが出ていくと、ルルディが私に向き直った。


「エーカ! いい? あなたはね、世界を救うために遣わされた勇者なのよ! 聖剣の使い手なのよ? 暗雲垂れこめるこの国にさした一条の光なのよ!」


 背中がむず痒くなるようなセリフが、綺麗な口からポンポン飛び出す。うわあ、これどこの岡田八重香の話なんだろう。


「恐怖におびえる民に、どうかあなたの元気な姿を見せてあげてちょうだい。彼らに希望を見せてあげてちょうだい。それも選ばれた者の役目よ」


 『お忍びで行きたい!』そう抗議しようと思った私の言葉は、ルルディの話を聞いて飲み込んだ。

 そうだよね。難民が続々流れ込んできて、いつ妖魔が襲ってくるか分からない状況で、民のほとんどは戦うすべさえ持っていない。そんな危機的状況で、みんなが怯えていないはずがない。

 聖女宮に閉じこもりっぱなしな私には想像もつかないくらい、外は暗く沈んでいるんだろう。

 そんなことにも思い至らず、ただ目立つことを嫌がって我がままを押し通そうとしていた自分が恥ずかしい。


「私に……私なんかに出来るかな?」

「大丈夫。今日のエーカは神々しいくらい凛々しいわ」

「……それっていつもはダメダメってことじゃない!」


 自分の担った役の重みに押しつぶされそうな気持ちを押し殺して、私はわざと拗ねてみた。

 ルルディはくすくすと笑ってそれから私に抱き付いた。ふうわりと花の香りがする。


「エーカはいつもエーカだわ。でも今日のエーカはもっとエーカなの!」

「なにそれ! 訳わかんないよ!」


 私は思わず笑った。


「分からないなら分からなくて良いわ。――そろそろ時間ね。いってらっしゃい」


 羽根のように軽くて柔らかい体が離れた。


「ん! 行ってきます。何かお土産いる?」


 半ば冗談で言ったのに。

 

「あ、じゃあ、遠慮なく! 大通りの南のはじに『ラプロ』っていうお菓子屋さんがあるんだけどね、そこの新作全部とー……」


 細々としたリクエストが続く。

 ちょっとルルディ、空気読め。あなた、私の視察の目的はさっきなんだって言った? ねぇ期待の勇者がお菓子屋さんで『新作全部!』なんて注文していいのか!? それ許されるのか!?


「ちょっとルルディ、そんなに買えないから。――買えそうだったら買ってくる。とりあえず『ラプロ』の新作ね?」


 どこまで冗談で、どこまで本気なのか分からないルルディを置いて、迎えに来てくれたディナートさんと一緒に、私は聖女宮を後にした。


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