一発ぐらい殴らせて
「その必要はねえ……」
「えっ!?」
「……って、うわぁ!?」
『かかってこい』とかそんな類の返事が返ってくるものと思っていた私は、彼の返事をちゃんと聞く前に走り出してて、うっかり斬りかかってました。
――怒
なんだかアレティも気が立ってるみたいで、へろへろな体調のわりに重たい一撃になった。もちろん団長さんはがっつり受け止めたけど。
「待て、待て、ちょい待て、ヤエカ殿」
「え?」
「もういいんだって!」
なんだそれ。
にわかには信じられず、眉をひそめた。その仕草だけで、ひたいがじくじく痛む。切れてるんだか擦りむけてるんだか分からないけど、けっこう派手に怪我してそうだ。傷の原因になった目の前の人を睨む。
(全部あんたのせいだろ。今更待てってなんだ!)
そう言いたくなるのをぐっとこらえた。
「――アレティ。ちょっと待って」
団長さんを力で押し負かそうとしていたアレティの力がふっと消えた。とても残念だという波動が指先から伝わってくる。
私を油断させる罠かもしれない。隙を作らないようにそろそろと剣を下ろし、慎重に距離を取った。
「危ねぇ、危ねぇ。さすが聖剣とうたわれるだけあるな。一撃が重たいのなんの。手が痺れたぜ」
さっさと剣を納めて、痺れたらしい手をぶんぶん振る彼に、私はつとめて冷静に尋ねた。
「団長さん、もういいってどういうことですか?」
「あー……。その……なんだ。悪かった」
それじゃ全然答えになってないでしょ! 悪かったで済ませられるか!!
「アハディス団長?」
「そう睨むな。ちゃんと説明するから」
もちろん、して貰わなきゃ困る。
「ヤエカ殿の持ってるアレティみたいにな、主を選ぶ武器ってのはごく稀に存在するんだ。そいつらはみな意志を持ってる。でもって主とも心が繋がってるって言うのか、意志の疎通ができるんだよ」
アレティみたいな剣が他にも存在するなんてびっくりだ。
「分かりやすく言えばだな、主が呼べばすっ飛んでくるんだよ。どんな時でも。それが聖剣だの魔剣だのってやつだ。――クソ。説明ってのは苦手なんだよ。詳しいことはあとでディナート先生にでも聞いてくれ」
水を打ったように静まり返る訓練場の真ん中で、団長さんはバツが悪そうに顔をしかめた。
「今までな、お嬢ちゃ……いや、ヤエカ殿とアレティは不完全な主従関係だったんだよ。意志の疎通ができないなんて前代未聞だ。まぁお前さんは術だの力だのがない異世界出身だろう? 武器が意志を持つなんてこともないよな? だからそういう先入観があってアレティの思念に気付いてない、もしくは無意識に対話を拒否しているんじゃねえかって言うのが俺たちの見解だった」
『俺たち』? 私は引っ掛かりを覚えながらも黙って彼の話の続きを聞いた。
「これはなアレティとお前さんの問題だ。俺たち周りの者がいくら口で言ってもどうにもならんことだ。お前さんが自分で気づかねばならなかった。ある程度力が制御できて術も使えるようになれば、自然と思念にも敏感になる。俺は今日のヤエカ殿の戦いを見て、そろそろ良い頃合いかと判断した」
「頃合い、ですか」
「そうだ。あんな窮地に立てば何か助かる道はないかと必死になるだろう? 必死で力を欲するお前さんをアレティが放っておくわけがない、そう踏んでな。いわゆる荒療治ってやつだ。怖い思いをさせて悪かったな」
悪かったな、なんて謝られても。手足を吹っ飛ばすと言われた恐怖も、それが茶番でしたと言われた怒りもそう簡単に消えるわけないじゃない。むしろ、今まで自分のことなのに私だけ蚊帳の外だったことに、怒り倍増。それが八つ当たりだと分かってるけど、何で最初に言ってくれないのって思う。
「さっきは俺の独断だ。他のやつらは悪くない。恨むなら俺だけにしてくれ。すまない」
潔く頭を下げる団長の隣に、ディナートさんが立った。
「団長を止めなかった私も同罪です。団長の意図はすぐに気が付きました。が、これが良い機会になればと、あえて止めませんでした。申し訳ありませんでした」
二人並んで頭を下げられると、ものすごく居心地が悪い。
そこへ見学していたはずのセラスさんまで加わった。
「私もアハディス団長の度を越した行動には気づいていた。だが、ディナート殿同様、良い機会だと思って傍観していた。ヤエカ殿、すまない」
男二人に負けないくらい深々と頭を下げるセラスさんの姿を見ていたら、沸騰していた頭の芯がスッと冷えた。
(アレティ、もとの場所に帰れる?)
――無論
(そっか、じゃあもう大丈夫だから戻っていいよ。ありがとうね)
――承知
不承不承といった感じでアレティが手から消えた。
それを確認して私は三人に歩み寄った。先にアレティを帰したのは、アレティがいつ団長に斬りかかってもおかしくないくらい怒っていたから。
「三人とも顔を上げてください。そういうの慣れてないんで困ります」
ゆっくり体を起こした三人を順繰りに見上げた。
「とりあえず、ですね。事情は分かりました。正直言ってまだ納得できてないこともありますし、蚊帳の外だったのがモヤモヤします。けど、それって私が出来損ないだったのが悪いわけですよね」
ディナートさんとセラスさんが慌てたように『そんな!』なんてって言ってくれたけど、私は首を横に振った。どう取り繕ったってそれが真実なんだから仕方ない。
「いいんです。そんな風に気を使わないでください」
アレティと不完全な繋がりだったことにさえ気づいてなかった自分が一番腹立たしい。
結果論だけどやっぱりアレティを呼び寄せたり会話できるようになって良かったと思う。きっとこの訓練の目的は、私がある程度戦えるようになることと同時にアレティを普通に使役できることだったんだろう。
納得はいった。けれどやっぱり感情的に割り切れないことがある。というわけで!
「アハディス団長、一発殴らせてください」
小首を傾げてにっこり笑ってみた。団長さんの厳めしい顔が、豆鉄砲喰らったみたいに呆ける。
頬をぶん殴りたかったけど上手く届かなそうだから諦めた。かわりに鳩尾あたりに一発。
「ぐえっ」
あら。筋骨隆々でも鳩尾はやっぱり弱いんだ。
体を軽く二つ折りにする団長さんを無視して私はディナートさんとセラスさんに向き直って頭を下げた。
「知らなかったこととはいえ、皆さんには沢山心配をおかけしました。ごめんなさい」
「どうか頭をお上げください、ヤエカ殿。貴女は短期間でこれ以上もなくよくやってくださいました。並の人間には出来ないことです。それはこの私も団長も、そしてセラス殿もよく存じ上げております」
ディナートさんの声に私は顔を上げた。それはお世辞じゃなくて本当のことなの?
「随分と貴女には厳しく接しました。どのように謝罪しても許されることではございません。それを承知の上で、厚かましくも申し上げます。私の忠誠はソヴァロ様と魔導国に捧げております。ですが、ともにこの世の災厄に立ち向かう一騎士として、私は貴女に誓いましょう。何があっても貴女を信じ、最後まで貴女と共にあることを」
片膝をついたディナートさんが、私の手を取った。
それはつまり……。エオニオの妖魔討伐に関しては無条件で彼を信じて良いということだろうか?
「ディナートみたいに情熱的なことは言えねえがな。俺も誓うぞ。さっきの今だしな、俺を信じろとは言わねえ。だが、俺はお前を信じる。――お前はともに戦う同志だ。そう認めたからな。これからはお嬢ちゃんなんて呼ばねえ」
団長さんまで片膝をついて、空いてる私の手を取った。
ちょっとなにこの展開!? これ、なんて返事すればいいの? 普通に『分かったから立って』って言っていいものなの!?
すがる思いでセラスさんを見る。
「二人とも。ヤエカ殿が困っているではないか。そろそろ立たれよ」
ああ! 助かった。彼女がそう助け舟を出してくれて、二人は立ち上がった。目線がいつも通りになるだけでこんなにホッとするものなんですね。今まで知らなかったよ!
「あの、これって認めて頂けたってことで間違いない感じですか?」
「そういう事だろう」
とセラスさんが即答。
「じゃあ、一緒に戦っても良いんですね?」
「勿論だ。もともと核を倒せるのは、聖剣アレティだけらしいしな」
と団長さん。ああそうだった。アレティしか倒せなくて、アレティを使えるのは私だけで……ってことだもんね。
冷静に考えてみれば、さっきの団長さんの脅迫は、本当にただの脅しだって分かったわけか。何度も言うようだけど、頭に血が上っちゃった自分が恨めしい。あの時点で気づいていれば……と思うけど、それじゃこういう展開にはならなかったか。
「じゃあ訓練はこれで……?」
「甘いですね。まだまだ貴女にはお教えしたいことが沢山ございますから……」
ディナートさんがすごみのある笑みを浮かべた。鬼、健在!
「おい、ディナート。明日ぐらいは休みにしたっていいんじゃねえのか? 頑張った祝いによ」
あ、団長さんたまには良いこと言うじゃないですか。
「ブラブラしてるのが気に入らねえって言うなら、あれだ。二人で街を視察してこい。ヤエカ殿が自らの力で守ろうとしてるものをだ、その目で見て貰って損はねえだろう?」
私が守るもの……。
その言葉に思わず私は自分の手のひらをじっと見つめた。
この手でアレティを振るって。
この手で繰り出す術で。
私は何が守れるのか……。
「そうですね。ではそう致しましょう。ヤエカ殿、よろしいですね?」
ディナートさんの言葉に一も二もなく頷いた。だって、こっちに来てから一度も街にでてないんだもん!
「よし、じゃあ手配は私の方でやっておこう。ディナート殿、あとで詳細を詰めたいのだが、時間は取れるか?」
「ええ。大丈夫です、セラス殿。先にヤエカ殿の傷を治癒してから、セラス殿の執務室に伺います。それでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
ディナートさんとセラスさんが相談してる間、私と団長さんは無沙汰だ。周りを見渡せばいつの間にか野次馬どもはどこかに消えていた。
ちらりと団長さんを見上げると、視線に気付いた彼と目があった。
「何だ?」
「もう一発ぐらい殴らせてください」
「は? ふざけるな。っていうか、お前ついさっきまで俺にびくびくしてたくせになんだその変わりようは?」
「ほっといてください」
ぎゃあぎゃあ喧嘩してたら、ディナートさんが呆れたように仲裁に入ってくれた。
「二人ともその辺にしてください。アハディス団長、大人げないですよ? ヤエカ殿、可愛い顔が台無しですよ?」
こんなに汗と砂と(あと、たぶん血も)にまみれてたら、可愛いわけないじゃない。見え透いたお世辞を言うな!
むくれたら、ディナートさんに大爆笑された。
「どんなに汚れてても貴女は可愛らしいですよ?」
なんだその殺し文句。そんな綺麗な顔でそんなこと言われたら、たぶん殆どの女性が勘違いすると思うんだけど!
最近見慣れてきたはずの私でも、今のはくらっときましたよ!!
「さて。そろそろその傷の手当てをさせて頂けませんか? 痕が残っては大変だ」
ぼけーっとしてたら、ひょいと抱えあげられた。
「わ! ちょ! 下ろしてください。自分で歩けますっ」
「――ああ、何だかこのやりとりは懐かしいですね。最近のヤエカ殿はめっきり怪我が少なくなっておりましたからねぇ」
私の抗議なんてどこ吹く風だ。
私は諦めてディナートさんの腕の中で大人しくなった。
単調な振動に身を任せていると、とたんに眠気が襲って来た。やっぱり今日は神経すり減らしたからかな。
眠っちゃダメ、眠っちゃダメ。
そう思ってたのに、いつの間にか私は彼の腕の中で眠り込んでいた。




