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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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生き残るための戦い方


 何とか様になってきた防御術を使いつつ、剣を持っての稽古も始まった。

 この頃にはだんだん術を使うことに慣れてきていた。手足を動かすように自然にとはいかないけどそれなりに体になじんできた。

 訓練を始めたころはディナートさんと私しか足を踏み入れなかった訓練場も、今では随分と人影が増えた。

 お昼になれば忙しいはずのセラスさんがやって来て一緒に昼食を食べて、雑談に興じてくれる。ディナートさんが一緒に昼食をとることはなくて、いつもセラスさんとふたり。こっちの世界のことを教えて貰ったり、服やアクセサリーそれから甘いお菓子の話をしたり。

 難民の宿泊施設の建設もある程度落ち着いたのか、日中顔を出す騎士たちも増えた。

 増えたは良いけれど、心もとない術しか繰り出せない私が飛んでもないことをやらかすので、いつの間にか訓練場に来る騎士たちは野次馬だけになっていた。――真面目に練習をしたい人たちは、郊外にある練兵場に行っているらしい。

 誰かが見学に来るたび結界を開かねばならないため、面倒くさくなったディナートさんは、あらかじめ結界を張り巡らすんじゃなくて、周りに被害を及ぼしそうになった際、その周辺に防御壁を作るという方針に切り替えた。

 午後になると建設現場から戻って来た者、練兵場から戻って来た者が増え、見学者が多くなる。

 で、なんか失敗するたびにどっと沸くし野次が飛んでくる。主に聖軍のおっさんたちから。気心が知れてるからって、ちょっと酷いんじゃないの。

 魔導軍の皆さんが『勇者様に対して~』なんて諌めてくれるのを期待してはいけない。



 だってね。聖軍と魔導軍は仲が悪いのかなと思ったけど、何だかいつの間にか意気投合してて。野次も息があったもんです。くそう!

 清奥殿で初めて見た魔導軍の皆さんはあんなに厳めしくて怖そうに見えたのに。

 一皮剥いたらこれですか。これ。うるさいおっさんが増えただけじゃないですか。

 防御壁に当たった攻撃を吸収できればいいんだけど、間に合わなくて時にはあらぬ方向に弾いちゃったりする。それが野次馬の一団に突っ込んだりするんだけど、さすがは精鋭の騎士たち。ひょいひょいと事もなげに避けるので怪我人が出ることはなかった。

 けどね。


「おじょうちゃーんしっかりしろよー!」

「危ないじゃないかー! こっち飛ばすなー!」

「おちびちゃーん! もう少し成長しろよー」


 ……最後の台詞、言ったの誰よ!? ちっちゃくて悪かったな! こっちでは確かに背が低めだけど日本では標準だってば! っていうか今の状況とそれ関係ないでしょう!?

 野次にむすっとしてたら


「まぁどこの軍もこんなもんですよ」


 諦めなさい、とディナートさんに苦笑された。


「でもー!」


 諦められなくて口を尖らせてたら、ディナートさんがニヤリと笑った。


「じゃあ、あのうるさい口を閉じるいい方法を教えて差し上げましょうか?」


 こういう時の彼は外見に似合わず過激なことを言う。経験上学習した私は首を横にフルフルと振った。


「そうですか。残念です。だいぶ力の制御ができてきましたし、あのあたりに向けて一発放ってみては? と思ったのですが……」

「いやいやいやー! 聞きたくないって言ったじゃないですか! だいたいそれはちょっと危険すぎ……」

「避けられなくば、魔導軍の近衛騎士の名折れですよ。聖軍の者だって術は使えずとも攻撃から身を守れず何が近衛騎士ですか。訓練場にいながら油断するなど言語道断。むしろそのような輩は必要ありませんよ。今までああやってのらりくらりと身をかわせるんですから大丈夫ですよ。――試しにどうです? きっと気持ちが晴れますよ?」


 うわやだ、ほんとこの人怖い。


「ディナートさん、実は怒ってます?」

「怒ってなどおりませんよ。この程度のことで揺らぐほど脆弱な精神は持ち合わせておりませんから――しかし、このような雑事で邪魔されるのはいささか不快ですが」


 やっぱり怒ってる!


「ではここはひとつ火球でも……」

「ぎゃー! 抑えてください。それより続きを! 続きをお願いしますっ」


 今日もドタバタしながら日が暮れる。

 ディナートさんが訓練の終わりを告げると、集まった騎士も三々五々散っていく。帰り際に、私の頭をぐしゃっとしたり、ぽんぽんしたりして去っていくのも、ここのところ日課になっていた。

 砂や土の付いた手でそんなことをされるのはちょっと嫌なんだけど、実はちょっと嬉しい。だから、


「もーみんな私のこと子ども扱いして! 髪が砂まみれになっちゃうじゃない!!」


 っていうのは完全に照れ隠し。みんなにぐしゃぐしゃわしゃわしゃされなくたって私の全身は、砂と土と汗まみれだもん。逆に『みんな、私の汗まみれの頭触るのは嫌じゃないのかな?』なんて思っていると。


「愛されてますねぇ」


 とディナートさんが笑った。


「ただ単にからかわれてるだけです」


 口を尖らせてそう反論すると、彼はふふふと笑ってそれ以上何も言わなかった。


「さて。今日も目立った傷はないようですね?」


 そう。ここ数日は治癒の術を必要とするような傷は負ってない。これって結構すごいことじゃない?


「はい!」


 元気に返事をすると、ディナートさんはにっこりと笑った。


「では戻りましょうか。お腹、空いたでしょう?」

「もうぺっこぺこで!」


 そう言いながら、踵を返すディナートさんを追いかけた。

 疲れすぎて食べられないなんてへたれてた初日が嘘みたい。お腹が空いて仕方がない!


「今日の夕食、何かな。昨日は魚だったし……お肉だと良いなぁ」


 って独り言を言ってたら、前を歩いていたディナートさんが肩越しに振り返った。


「あまり食べ過ぎてはいけませんよ?」

「ディナートさんって、お母さんみたい?」


 疑問形で返すと、何とも言えない変な顔をされた。


「お母さん……ですか」


 はぁ、と長いため息を吐かれてしまった。ついでに


「満腹すぎると動きが鈍くなります。いざという時、動けないは通用しませんよ? 戦いを生業とする者は、いつも有事に備えるものです」


 と、部屋につくまでこんこんと諭されました。反論の余地もありません。

 こんな風に諭してくれるところもお母さんみたいって思うんだけどな……でもまた奇妙な顔をされたくないので言わない。








 翌日、ディナートさん以外の人と手合わせをする許可が下りた。今まで野次馬化してた騎士達が、暇を見つけては代わる代わる稽古をつけてくれる。

 魔導軍の騎士達の剣と術のコンビ攻撃も、聖軍の騎士達の重たい物理攻撃も、受けて避けて、それで精いっぱいだ。これで本当に上達してるのか……そう思うほど毎回毎回叩きのめされた。

 相手をしてくれるのは近衛騎士だ。勝てなくて当たり前。いや、歯が立たなくて当たり前。そう。当たり前。

 でも、へこたれるわけにはいかない。私は強くならなきゃいけない。せめて一人で戦えるくらいには。



 

「ほら、お嬢ちゃんもう降参か?」


 ぜいぜいと肩で荒い呼吸を繰り返す私に、手合わせ中の騎士が笑う。挑発するように彼の剣が小刻みに動く。けれど、私はそれに視線を移すことはなく、じっと彼の顔を睨み続けた。

 良いようにあしらわれて、反撃もできず、ただ体力だけが削られていく。――悔しい。


「睨んでるだけじゃあ、何にもなんねえぜ?」


 さらなる挑発。

 その手に乗るか! と唇を噛む私の耳に外野の声が届く。ただの野次だ。気にしたら負け。頭ではそう分かってるのに、だんだんと頭に血が上っていく

 落ち着け、落ち着け、落ち着け、私!

 

「そっちが来ねえなら、こっちから行く!」


 そう言うと同時に彼の気が膨れ上がる。

 疲れた頭では、その動きに対応できなかった。まずい、と思って防御壁を張った時にはもう彼の剣は目の前で。本来なら剣を弾き返すくらいの硬い壁をつくれるはずが受け止めるだけで精一杯。

 

「どんな硬い壁が作れてもなぁ。間に合わなきゃ意味がねえんだよ!」


 彼は防御壁を破るつもりなのか、ぐっと剣を押し込んでくる。


「もう押し返す力もねえんだろ? そろそろ降参しな」

「――っく! ま、まだ……まだやれるっ!!」


 私は何とか彼を押し返した。

 術を使うための力はまだ私の中に眠ってる。それは感じる。それなのに体力が尽きて、力を引き出すための集中力が保てない。

 悔しい。力はここにあるのに。

 私はもう一度唇を噛んだ。

 早く強くならなきゃいけない。こんなところで躓いているわけには……。

 フラフラする足に力を込めて、がくがくする膝を片手で押さえて、だらりと下げていた剣を構えなおす。それだけでも今の私には重労働だ。

 深呼吸しても乱れた息は整わない。それでも。

 打ちかかろうとした瞬間。


「それまで!」


 凛とした声が遮った。振り向かなくても分かる。ディナートさんの声だ。


「まだやれます!」


 私は対戦相手を睨んだまま叫んだ。

 だけど、当の対戦相手は、ディナートさんの声を聞くとさっさと構えを解いてしまった。それは私が敵として全く相手にされていないってことだ。武装を解いたってどうってことないって言われてるのと同じだ。


「まだ終わってない!」

「勝負はもうついてんだよ。ほら、さっさと剣をしまって休憩しな」


 かっとなって怒鳴ると、彼はにやりと笑った。


「私は、まだ!」

「いい加減にしろや、お嬢ちゃん。そんなフラフラになってる時点でもう駄目なんだよ。お前さ、戦場で敵が一人だと思うのか? 一人倒したってそれじゃあ、次の敵にゃ勝てねえだろ? ひとつの勝負に固執すんな。立てなくなる前に終了の合図があったんだ。これ幸いと次に備えたらどうだ?」

「でも!!」

「彼の言う通りです。今の貴女の戦い方は後のない戦い方です。貴女には死ぬための戦い方ではなく、生き抜くための戦い方を学んでいただきたいのですが」


 ぽんっと肩に大きな手が置かれた。振り向けば、ディナートさんが私を見下ろして穏やかに笑っていた。

 

「貴女の悔しい気持ちは分かります。ここにいる者はみな、貴女と同じ道を通って来ている。――もちろん私も、ね」

「ディナートさんも?」


 にこりと笑って頷く。いつも冷静なディナートさんも私みたいに、焦って苛立つことがあったんだ……。ちょっと信じられないけど。


「もちろんですよ。ーーさ、ちゃんと手合わせの御礼を」

「はい!」


 私は手合わせをしてくれた騎士に勢いよく――とはいかなかったけど、体力が許すかぎり元気に頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「おう。きついこと言って悪かったな。--まぁお嬢ちゃんの筋は悪くねぇよ。もっと時間があったら良かったんだがなぁ」


 しみじみとそう言いながら、私の頭をぐりぐりと撫でる。いや、撫でられるのは嫌いじゃないんだけど痛い! 力の加減を考えてほしいんだけど!! もうっ。


「さて。それでは、お昼休みにしますか? セラス殿もいらっしゃったみたいですしね」


 ディナートさんの視線の先には、こっちに向かってくるセラスさんの姿があった。手には大きなバスケット。あの中には彼女と私、二人分の昼食が入ってる。

 疲れ切って食欲なんて全く感じていなかったのに、セラスさんの姿を見た途端お腹がグルグルと空腹を訴え始めた。


「はい、ディナートさん。午後の稽古は……?」

「いつも通りの時間から始めましょう。――というわけで皆さんも解散してください」


 最初は私に、それからギャラリー(兼手合わせ相手)に向かってそう告げる。


「それではヤエカ殿。また午後に」


 いつもだったら、そう言って踵を返すはず。それなのに今日のディナートさんはじっと私を見下ろしている。

 何だろう?

 不思議に思っていると彼の右手がスッと動いた。


「え!?」


 彼の長い指が、私の頬に触れる。


「ずいぶんと髪が乱れてしまいましたね。動かないでください」


 動くなと釘を刺された私はそのまま硬直。いや、突然のことでフリーズしてますから? 動くなって言われなくても、動けませんが!

 きっと今の私、トマトみたいな顔してるんじゃないかな? 頬が熱い。

 そんな私の動揺を知ってか知らずか、ディナートさんは頬にかかった髪を払って、それからくしゃくしゃになった髪を手で梳いている。

 

「ヤエカ殿、どうか焦らないで。貴女はめまぐるしい勢いで上達していらっしゃいますよ。ご自身では分かりにくいかもしれません。でも、我々はちゃんと見ております。大丈夫」


 髪を梳いていた手は、いつの間にか私の頭を撫でていた。その心地よさに私は泣きたくなった。


「それは……お世辞ですか?」


 泣きたい気持ちを誤魔化したくて、拗ねたふりをする。上目づかいでじっと見つめると、彼は吹き出した。


「そんなわけないでしょう? お世辞なんて言ってどうするんですか?」


 確かにそれもそうだ。


「ほら。変なこと考えて拗ねている暇があったら、早く休憩してください。セラス殿がお待ちですよ?」

「拗ねてなんか!」


 図星を刺されて慌てる私の頭をポンポンと撫でると、ディナートさんはセラスさんに軽く一礼して立ち去る。

 が、途中で何かを思い出したのか、振り返った。


「ああ。そうでした。午後はアハディス団長にも顔を出してくださるようにお願いしておきましたので。楽しみにしていてくださいね」


 にっこりと笑った彼の顔が悪魔に見えた。





 アハディス団長、怖いからちょっと苦手なんだよね……。何といっても出会った時の印象が、いまだに付きまとってて。

 ディナートさんの爆弾発言に憂鬱になった私は、昼食中に何度も小さなため息をついてしまった。


「ヤエカ殿。そんなに落ち込むな。あやつはそなたをからかって遊んでいるだけだ。気にするな」


 セラスさんが慰めてくれる。けれど……


「あの団長さんと丁々発止、喧々囂々な言い合いが出来るセラスさんには私の気持ちなんて分かりませんよう」


 初対面で捕って喰われる……じゃなくて、斬り殺されると思ったあの恐怖はなかなか拭えないんだもん。


「なんだそれは。強面の近衛騎士を相手に、臆することなく立ち向かってゆくそなたの言とも思えないな」

「理屈じゃないんですよぅ」


 怖いものは怖いんだもん。最初のイメージってほんと大事ね。


「ま、頑張れ。そういうことなら私も午後は見学させていただこう」

「えー! セラスさんまで!?」

「可愛い妹分が、あやつに苛められでもしたら大変だ。いざというときは私が何とかしてやるから、そなたは大船に乗った気持ちでいると良いぞ」


 にやりとセラスさんが物騒な笑みをこぼした。

 いや、大船って言うのはどうかと……。アハディス団長に食って掛かってばかりいるセラスさんだ。二人が揃って和やかに時が過ぎるとは、ちょっと考えられない。


「何でセラスさんとアハディス団長ってあんなに仲悪いんだろ」

「何でも何も。決まっているではないか。あやつが何ごとにもだらしがないから悪い。全く困ったものだ。そもそも……」


 独り言のつもりだったんだけど、しっかり彼女の耳に届いちゃったらしい。

 セラスさんはため息をついて、団長さんに対する愚痴をこぼし始め……止まらない。相当、鬱憤がたまってるんだね。

 延々と続く気配だった彼女の話が、ふっと止まった。

 あれ? っと思って覗き込んだ彼女の顔は、先ほどまでと打って変わって引き締まっている。もう休憩中の顔じゃない。

 彼女の視線の先を辿って理解した。ディナートさんとアハディス団長がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 休憩は終わり。私は慌てて立ち上がった。

 美味しい昼食と、セラスさんとの雑談のおかげで、私の体力と気力は充分回復していた。


「おし! 頑張ろ!」

「その調子だ。私はここで見学させていただくよ」

「はい。じゃ、行ってきます!」


 団長さんは相変わらず威圧感たっぷりで怖いけど、うじうじするのはやめた!

 私はセラスさんに手を振り、アハディス団長とディナートさんのもとへ駆け寄った。


 

 


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