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再召喚!  作者: 時永めぐる
第一章:深い森の妖魔
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少しは進歩したかもしれない

  

 セラスさんと中庭で昼食を食べて(野菜やチキンを挟んだパニーニみたいなやつで、すごく美味しかった!)、それからちょっと食休みして。

 その頃ようやくディナートさんが戻って来た。結構長い時間かかったことになるけど、そんなにアハディス団長とのお話は難航したんだろうか?


「遅くなりました。急な用事が入りましてね。お待たせして申し訳ありません」


 爽やかな笑顔で事もなげに彼はそう言うけど……お仕事、大変なんだ……。そんな忙しいのに私に付き合ってもらっちゃって、申し訳ない。


「さて。では、私はこれで失礼する。ヤエカ殿、またな」


 セラスさんは私に向かって軽く手を振り、それからディナートさんに向かって軽く一礼すると、建物の中へと消えた。


「少しは元気になられたようですね。良かった。それでは、始めましょうか」

「ディナートさん! あの、それについてなんですけど……」


 私は、さっきセラスさんからアドバイスしてもらったこと――術の使用は防御に特化したいと言うことを彼に告げた。私の話を聞いたディナートさんは悩む風もなく、あっさり了承してくれた。彼も同じようなことを考えていたのかもしれない。


「まぁ、攻撃にも防御にも向き不向きはあります。この結界を感知できてない時点で適性に不安はありますが、まぁやってみましょうか?」


 この結界? あれ? さっきの結界はセラスさんが壊したって言ってたよね。


「いま、結界張りなおしたんですか?」

「そんなところです」


 にっこりと笑い返された。その笑顔が『さっさと感知ぐらい出来るようになりなさい』って言っているように見えたのは、私の被害妄想じゃないはずだ。





 私は本当に防御に適性が欠けていた。

 適性に欠けるというよりは、コツを掴むまでに時間がかかったと言った方が正しいかもしれない。

 周りのものを壊さないようになったのは良いけど、今度は地面をぼっこぼこにしちゃった。

 いや、防御壁をどこまで大きくしていいか、とっさに分からなくなっちゃうんだよね。で、ついつい大きくし過ぎて地面を抉ってしまう。

 いい感じに防御壁が張れるようになったのは数日後だ。

 余談だけど、あれほど感知できなかった結界は、ある日ある時ある瞬間を境に分かるようになりました! 一回分かるようになると、自分が今までどうして分からなかったのかさっぱり分からない。

 相変わらず焦る気持ちは止められないけど、でも少しずつ訓練が身になってる。

 それが少しだけ私の自信につながって。

 だけど、夜になると傷だらけの体を見下ろしては自己嫌悪に陥ったりもする。

 前向きになったり落ち込んだり忙しい。

 そんな私を傍で励ましてくれたのは、セラスさんとディナートさんのふたりだった。

 ディナートさんの指導は相変わらず厳しかったけど、一日の終わりには


「私は攻撃を得意とするので、治癒は苦手なのですが……」


 と少しすまなそうな顔をしながら、その日一日で作った傷を癒してくれる。

 と言っても、治して貰うのは比較的大きな傷だけ。ちょっとした擦り傷や切り傷はそのままだ。

 だから日を追うごとに私の体は傷だらけになっていく。たいして痛くないし、痕になるほどでもなさそうだから『まぁ良いかな』って私は思うんだけど、セラスさん辺りに言わせると『痛々しい』らしい。

 見た人に不快を与えるのは申し訳ない。けれど治癒の術というのは、怪我をした本人の自然治癒力を無理矢理引き出して治りを早くする術だから多用はできないらしい。


「沢山使いすぎたらどうなるんですか?」

「治癒の術は、それでなくても怪我で弱っている体に負担をかけます。軽微な症状であれば疲れた、だるいと感じるくらいですし、少し休んだり一晩寝れば回復できます。が、酷ければ昏睡……最悪力尽きてそのまま死亡、なんてこともありますね」

「じゃあ、生死にかかわるような大怪我をしたら……」

「その者の生命力次第ですね。体力が尽きる前にある程度傷が癒えるか、間に合わず体力が尽きて死ぬかですよ」


 テレビゲームの中みたいに、呪文を唱えたら全回復とはいかないらしい。

 それもそうか。そんな都合の良い話、そうそう転がってるわけじゃないよね。

 だから、どうしても必要なだけ……私の場合は訓練に支障が出そうな傷や怪我だけを治して貰ってるわけだ。小さな傷まで治し過ぎて、翌日疲労を抱えたまま訓練に挑むなんて本末転倒もいいところだ。



 最近はだいぶ怪我をしなくなっていたんだけれど、今日は久々に盛大な怪我を作っていた。

 だんだんうまく防護壁が作れるようになってきたって慢心してたせいで、ふとしたはずみに力を暴走させてしまった。

 自分で作った防護壁に弾き飛ばされるなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。──まぁ、ディナートさんや野次馬にはしっかり見られちゃったんで、今さら『誰にも言えない~』なんて言ったって後の祭りなんだけど!!

 久々の大失敗にかなり落ち込んでるけど、でも気取られたくなくて、いつも通りを装ってみる。

 鋭いディナートさんにはバレバレかもしれないけれど。


「手の治療はこれで完了です。次は膝に移ります。よろしいですか?」

「はい、お願いします! ──しっかし、いつ見ても不思議です。あっという間に終わっちゃうんですよねぇ。凄いなぁ」


 何度見ても不思議で、私は治療の終わった手を明かりにかざし、まじまじと眺めた。


「貴女も訓練すれば出来るようになると思いますよ」

「えー。それってどのぐらいかかるんでしょう?」

「そうですねぇ。貴女はなかなか筋が良いですから一年か二年。そんなところでしょうか」

「……ながっ!」


 私の様子をちらりと見たディナートさんが、小さくクスッと笑った。


「その頃には貴女も元の世界へ戻ってらっしゃるでしょうね。覚えていて損はありませんが、覚えなくても構いませんよ。貴女の怪我は私が治しますから」


 言いながらディナートさんは、私の膝に手をかざした。膝を覆っていたはずの細身のパンツはあちこち焦げたり破れたりしていて、履いたままでも治療が可能な程度にはボロボロだ。

 元の色が白だなんて信じられないくらいに泥と煤と血と、地面を転がった時にすりつぶしたらしい草の汁で汚れている。 

 そこもまた、じわりと暖かくなって痛みが引いていく。

 暖かさに気持ちが緩んだ。

 虚勢の間から、本音が滲みだしてしまう。


 まだ力が足りない。力が足りないから怪我をする。

 そう。

 私がもっと強ければ。

 そもそも、こんなところで、こんなふうに足止めを食らったりしない。

 今頃はエオニオで妖魔と戦っていたかもしれない。

 私がアレティの使い手に選ばれたせいで、今もどこかで……


「何を考えておいでです、ヤエカ殿」


 冷静な声に、深く沈み続けていた思考が断ち切られた。

 我に返って、弾かれたように顔を上げれば、ディナートさんの金の瞳が間近で煌めいていた。



「焦ってはいけない。焦燥は今までの努力を全て無にする」

「……はい」


 宵の金星のように煌々と光るその目は、私の心の中を全て見透かしているようだ。

 この人には本当に敵わない。


「この短い間に貴女はとても強くなりましたね。戦う技術だけでなく、心も」


 ディナートさんは立ち上がると、私の頭にポンと手を載せた。まるでよくやったとを褒めるように。それが少し嬉しい。強張った気持ちがじんわりと溶ける。


「そう……でしょうか……」

「正直な事を申し上げれば、ここまで貴女が訓練について来られるとは思っていませんでした。これは嬉しい誤算です。貴女自身も分かっているでしょう?」

「え?」

「ええ。私が言うのだから間違いありません。もっと自信を持って」


 泣いた子どもをあやすような手つきで、ディナートさんが私の髪を撫でる。

 その手があまりにも優しくて、甘えてしまいたくなる。


「訓練を重ねれば重ねるほど焦るのでしょう? やればやるほど出来ないことが多いと知って悔しくなるのでしょう?」

「な、なぜ……?」


 それを知っているのですか?

 聞こうとした私に、彼はニッコリと笑い小さく首を傾げた。すると銀の髪がさらさらと落ちて、煌めく。


「分かりますよ。私だって、己の力不足に悔しい思いをしてきましたからね」

「ディナートさんが!?」

「ええ。見習いの頃はとくにね。何度も何度も悔し涙を流しましたよ」


 飛び切りの秘密を打ち明けるように悪戯っぽい目をした彼の顔を、私はまじまじと見つめた。

 物陰でひっそり泣くディナートさん……ダメだ。想像がつかない!


「本当に!?」

「ええ。本当ですよ。昔、恐ろしい先輩がいましてね……」


ディナートさんはくすぐったいような顔で、遠い目をした。


「その話、聞きたいです!」


 是非ともその昔話を聞きたくて身を乗り出した。

 けど、ディナートさんは悪戯っぽい目をしながら首を横に振った。


「内緒です。恥ずかしい過去なので」

「う……そうなんですか。聞きたいとか言っちゃってごめんなさい」


 ついさっき思い出したくもないような恥ずかしい失敗をしでかしたばかりだ。そんなふうに言われたら食い下がれない!

 よっぽど私の一喜一憂が面白かったのか、彼は声を上げて笑った。


「嘘です。申し訳ありません。別に言いたくないわけじゃないんです。今日はもう遅い。単純に時間がないだけです」


 え。嘘!? ちょっと、それ失礼じゃない!?

 むくれる私の頭を彼はもう一度ポンポンと叩いた。


「いつかゆっくりお話しますよ」


 金の瞳が優しげに細められて、それを見ていたら拗ねてる自分が馬鹿らしくなってきた。

 

「また明日も頑張りましょうね」

「はい!」


 ディナートさんを見送って、一人きりになった部屋の中。

 私は今しがたの会話を反芻して小さく笑った。

 彼がからかうのは、私が落ち込んだ時や、緊張している時。

 そんなこと、短い間だけど知っている。


 彼は厳しくて、そして優しい。






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