うまくいかない
二日目は更にビシビシしごかれて、やっと素早く力を一点集中させたりそれを解除させたりできるようになりました!
特筆するようなことはありませんでしたので、割愛します!
とりあえずディナートさんって結構……いやかなり辛辣な方だと心の底から納得しました。 折れなかった私の精神力を褒めて!!
まぁそのおかげで、我ながらなかなかいいペースで上達してる気はするんだ。まぁ自惚れてる暇もないんだけどね。
三日目はいよいよ力の使い方訓練。
一点に集中させた力を放出する方法の基礎をちょっと説明してもらって。後は実践あるのみってことで、訓練場の真ん中に立てられた的に向かって力を放出する。
適性を見るのも兼ねているらしい。私は頭の中で燃え盛る炎を思い浮かべたり、逆巻く水を思い浮かべたり、走る稲妻を思い浮かべたりしながら的に向かって力を放った。
「ふむ……。ヤエカ殿は風と相性が良いらしいですね」
ディナートさんが涼しい顔でつぶやいた。焼け焦げ、水浸しになり、そして所々壊れた訓練場の真ん中で。
この惨状を引き起こしたのは言わずもがな。私です……。
全然力のコントロールができなくて、やらかしました。
自分にそんな強い力が潜在してるなんて思わないじゃない? で。何の気なしに思いっきり放出してみたら、ずがーーん! やだちょっとセーブしなきゃって思いながら放出したら、どーーん! ちょろっと出せばいいのかなと恐る恐る放ってみたら、ばーーん!
さすがに恐ろしくなって躊躇ったら、『何を休んでいるんです?』ってディナートさんが冷たい目で笑うから仕方なく再トライ。頭にかまいたちを思い浮かべて……。自分的にはそろーりとやったつもりだったのに。なのに、ごおおおー! べきょ! ばき! べきょー! って竜巻が周囲のものを次々となぎ倒したわけですよ。目標以外のものまで全部。
慌てて『ダメ―ッ!!』って叫んだら唐突に竜巻が消えたので、どうやら一応ほんのちょーっとだけセーブらしきものは出来たらしい。――それがディナートさんの言う“風と相性がいい”ってことなんだろうか?
「は、はぁ……」
心ここにあらずな返事になっちゃうのは仕方ないと思う。あちこち壊してごめんなさいっていう気持ちのほうが断然強くて喜べない。
なのにどうして彼はこんな平然とした顔をしているのか不思議で不思議で。
「どうしました?」
よっぽど私は変な顔をしてたんだろうか? ディナートさんが不思議そうに聞いてきた。
「こんなに壊しちゃってどう弁償したらいいのかと……」
「われわれ魔導国の新兵訓練であれば、力の暴走など良くあることです。このぐらいは日常茶飯事です。――ああ。そうだ。酒場で馬鹿騒ぎするほど体力有り余っている輩がいるみたいですので、その者たちに後ほど修理させます」
彼がしれっと微笑んだ。けど、その優しさは見せかけだけのものだと、ここ数日でしっかり学習しましたよ、私。
セリフの後半にちょっと棘が見え隠れしているのはアレが原因よね。飲み屋からの請求書。
昨夜、アハディス団長以下ノリのいい人たちが集まって酒場に繰り出したらしくてね。副団長のディナートさんのもとに結構な額の請求書が届いた……らしい。
「あ、あはは、は……。ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。彼らにもちょうどいい運動になるでしょう」
私に向けられたものじゃないけど、この寒々しくとげとげしい空気を感じているのも結構なストレスだし、そろそろ話題を変えたいかな……。
話の種になりそうなものを探して辺りをきょろきょろ見回してみた。
ふと感じる違和感。
「あれ?」
訓練場はこんなに大破してるのに、周りの建物には一つの傷も汚れもない。
もしかして?
私はちらりとディナートさんを見た。
「結界、ですか?」
彼は小さく口の端をつり上げて頷く。
ああ、そうか。だから周りにまで被害が行ってないんだ。納得。
「結界に気が付いたことは褒めて差し上げます。ですが、それは力を感じ取ったわけではありませんね?」
う。それを言われると……。
「こんなに見え見えの結界ぐらい気付いてください。遅くても張られた瞬間には気付いていただきたいものですね」
出立までにはそのぐらい出来るようになっていただきますから。と宣言されてた。できるようになれるのかな、私。
しょんぼりした私に、ディナートさんは小さなため息をひとつついて休憩を言い渡した。
「根を詰めすぎてもいけません。少し休憩しましょう。私はアハディス団長と少し話がありますので、席を外します」
話ってアレですよね。今朝の続き。団長さんを締め上げるお仕事。
今朝がた、いつものようにディナートさんのもとへ向かった私は、アハディス団長をキリキリ問い詰めている彼に出くわした。
君子危うきに近寄らず。出直そうと思って黙って踵を返したら、よりにもよって団長さんが私に気が付いた。
「よう、嬢ちゃん! 朝から元気そうで何よりだ!若いってのは良いねぇ」
なーんて声をかけてきた。
ディナートさんの注意を私へ逸らして、その間に逃げる気だな……と鈍い私でも即座に気が付いた。でもまぁそんなことで隙を作るディナートさんじゃないけどね。
「おはようございます、ヤエカ殿。もうそんな時間ですか。では訓練を始めましょう。――団長。この続きはまた後ほど」
その“後ほど”が今なんだろう。
私は訓練場の横の土手にごろりと横になった。淑女としてははしたない行為かもしれないけど、ここは今、人払いしてあるから誰も見てないだろうし、このぐらいは許してほしい。
青く高い空には白い雲が切れ切れに浮かんでいる。本当に危機が迫ってるなんて全然思えないくらいのどかだ。
もうそろそろ昼食の時間だろうけど、疲れすぎて食欲も出ない。こうやってそよ風に吹かれて、草むらに寝転んでいるほうが、ご飯食べるよりずっといい。
今頃、アハディス団長は冷や汗ダラダラ流しながら平謝りしてるのかな? それとも、言い訳を並べてるのかな? なんて考えているうちに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。




