こういう親切はいりません
初日は力を引き出すコツを掴む練習に明け暮れた。
一番最初に教えられたことは、力というのは体の中に湧きでて、体を巡る水――と言うことだった。
まず体の奥に泉があってそこからこんこんと水(=力)が湧きだす。それが血のように体を巡る。最後に自分の思うところにそれを溜める。
言うのは簡単だけど、これが難しい。そこにあるのが分かるのに、なかなか動いてくれない。
やっと動くようになったかと思うと、今度はそれを維持出来なくて体を巡り始めた力が消えてしまう。
集中力を途切れさせないようにするのは、思いのほか難しい。
汗だくになって、疲労からくる頭痛と眩暈に悩まされながらやっとコツがつかめた頃には日もとうに暮れていた。
ディナートさんが訓練終了を告げたとたんに、私は疲労でへたり込んだ。
しばらく休んでみたんだけど結局立ちあがることもままならなくて、ディナートさんに抱えられて部屋に戻った。
世に言うお姫様抱っこですよ……。
聖軍のみんなにはからかわれるわ、魔導軍の皆さんには不思議そうなものを見る目で見られるわ、アハディス団長には爆笑されるわ、道行く人々にはびっくりされるわ。
自分が蒔いた種だけど、これは結構きっつい。
「自分で歩けます! 降ろしてください!」
って抗議しても、ディナートさんは知らんぷり。苦肉の策で、
「目立ち過ぎです! 恥ずかしいので降ろしてください!」
って正直に訴えたんだけど。
「恥ずかしいのが嫌なら早く上達することです、ヤエカ殿。息をするように力を集中出来るようになれば、今日のように無駄に疲れることはありません」
〝無駄に〟をやけに強調して、ディナートさんが笑った。目が笑ってない気がするのは……気のせいじゃないよね。
こ、ここに鬼がいる! にこやかに笑う鬼がいる! これはもう先生じゃなくて、鬼教官じゃないの!?
きついもの言いとは裏腹に、彼は丁寧な動作でソファに私を降ろしてくれた。そして優雅に一礼して踵を返した。
「ヤエカ様。夕食は如何なさいますか?」
まだ幼いと言って良いくらい若い侍女さんが、ディナートさんの退出を待たずに話しかけてきた。ちょっとそれってアレなんじゃないのかなぁとは思ったけど、注意する気力もなかった私は諌めることを放棄して素直に返事しちゃった。
「夕ご飯食べる気力はないんで、このまま寝たいんですが……」
着替えを……と言おうとしたんだけど、私は嫌な予感とともに口をつぐんだ。だって急に影が差したんだもの。そろーりと視線を上にあげた。
「それはいけませんね」
逆光で表情は分からないけど、きっと彼はつめたーい目で笑っているに違いない。
「いや、その、あのですね!」
慌てる私の前に、ディナートさんが片膝をついた。
「きちんと召し上がって頂かなくては、明日以降の訓練にも支障をきたします。どうしてもご自分で食事が無理ということでしたら、私が食べさせて差し上げましょう。――すまないが、何か軽いものを用意してくれないか」
後半は傍に控えた侍女さんへ向けた言葉だ。何故だか呆然としていた侍女さんは慌てて一礼して、部屋を飛び出して行った。
「さて。ではそちらのテーブルへ移動しましょう」
ひょいっと事もなげに抱え上げられた。な、なんという腕力。
「ぎゃーー!! 降ろしてください。降ろして!」
「仰せのままに」
と下ろされたのは、食事をとる時なんかに使ってる丸テーブル。正確にいえばその椅子。結局しっかりと運ばれてしまった。なんとなく屈辱的。
「あ、あの、自分で食べられますから! だからその……」
「下がれ、と?」
そこまで強く言うつもりはないけど、まぁそんなところだ。
「ええ。まぁ……。あまりディナートさんにご迷惑をおかけするのも……」
私は曖昧に言葉を濁した。
「それはちょっと出来かねます」
はい?
「私がお暇させていただいた後、やはり食欲がないから休む……とあなたが言い出さないとも限りません。申し訳ありませんがお食事がお済みになるまでこちらに控えさせていただきます」
有無を言わせない迫力で言い切られた。
え? 私ってそんなに信用ないの!? そこまで疑われるのはさすがに心外。ちょっとムッとしながら言い返した。
「大丈夫です。ちゃんと食べます! だから……」
「あなたを信用していないというわけではないのです。あなたは我が君と聖女様からお預かりした大切な御方です。毎日、万全な状態で訓練に臨んでいただけるよう、私としてはできるだけのことをさせていただきたいのです」
そう言われてしまっては、なかなか拒みにくいものがある。
「分かりました。でも、自分で食べますから!」
ついでにすでに用意してあったカトラリー類を全部掴んで抱え込んだ。どうよ。これなら私から強引に奪わない限り、私に食べさせることなんてできないんだからね!
意気揚々とした気分でディナートさんを見上げると、彼は少し驚いたみたいに目を丸くして、それからぷっと吹き出した。
うわ、また出た。この人ほんっと笑いすぎ!
「や、失礼……」
こみ上げる笑いを隠し切れなくて、途切れ途切れに謝られても、全然謝られた気がしないんだけど。
抗議したいのは山々だったけど、へとへとに疲れてる上に、お姫様だっこと食べさせる云々で精神的に削られた私には怒る気力も残ってなかった。もうどうでもいいや好きにしてって感じで、ため息が出た。
「……もういいです」
厨房まで食事を取りに行ってた侍女さんが戻ってきて、素早く用意をしてくれる。いい匂いが漂って、ぐぅと小さくお腹が鳴った。
目の前に置かれた皿には暖かい湯気を立てたスープ。大きめに切った野菜と、食べやすい大きさに切られた鶏肉が入っている。スパイスとハーブが効いた香りが食欲をそそって、ああもう美味しそう!!
悔しいけど、やっぱり夕食をとるほうが正解だったみたい。
口の中に湧き出す唾をごくりと飲み込んだ。匂いにつられて空腹を訴え始めた胃が、キリキリと痛い。すぐ食べたい。今すぐがっつきたい。猛烈に食したい!
けど、ふと気が付いた。ディナートさん……。
「あの……ディナートさん?」
「なんでしょう?」
本人に自覚なしですか。
「自分だけ食べるのって気が引けるんですけど……一緒にいかがですか?」
誘ってみたけど、何故だか固辞された。うーん……。困った。食べてるところをじっと見られたら居心地悪いじゃないの!
押し問答の末、彼は向かいの席に座ってお茶を飲むってことでお互い妥協した。
「では、いただきまーす!!」
胸の前で両手を合わせて、ぺこりと軽く頭を下げた。目の前に広がる誘惑には勝てない。私は夢中でスープやらパンやらを口にした。
がっつきすぎて、はしたないとかそういうの考えるのは二の次! 私の様子をディナートさんが面白そうに見てるけど、そういうの考えるのも二の次!




