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嗚呼、アア、ああ  作者: 沙羅双樹
本編【下積み】
8/11

雑誌

「よいしょっと……」


 声を出しながら、手に抱えていた雑誌を全て机の上に置いた。美鈴さんから得た情報から、新聞、雑誌をそれぞれもってくると、俺は三階の学習室に持って行き、我が物顔で調べ始めた。学習室というだけあって、そこはとても物静かで集中できそうだった。


 20メートル四方ほどの部屋に長机がいくつも平行して並べられ、そこにちらほらと筆記用具と参考書を広げている人を見かける。俺が雑誌と新聞を手にかかえて持っていき、学習室に入るとき、その人達に奇異の目線を向けられたが、気にはしなかった。俺だって両手に雑誌と新聞を抱えている奴を見れば、新聞記者か何かとカンヂガイするだろう。


 机の上に持っていたものを置くと、パイプ椅子に座った。パイプ椅子独特のギシッという音が響く。背もたれによっかかってもその音は鳴ったが、それも一瞬のことだった。


 少し体を前のめりのさせると、目の前で山のようになっている雑誌の一つに手を伸ばした。


『もうすぐ夏!ホラー特集』


『ここだけのハ・ナ・シ 都会の噂特集!火のない所に煙は立たぬ!!』


 俺が手に取った雑誌の表紙は、そんな文字がでかでかと、派手なフォントで書かれていた。成程。確かにオカルト関係だと、信用はし難いと確信できた。そんな真偽も不確かなことを、ドヤ顔で掲載するのは三流記事でしか出来ないだろうからだ。


 大した期待もせず、俺は雑誌のページをめくっていった。


 予想通り、その紙面に表示されるのは、対して興味をそそられないくだらないものばかりだった。加工としか思えない心霊写真、科学的根拠によって解明されたことをまだ不思議現象として掲載しているページ、鼻で笑っても構わないとすら思えるページが続く。


 読むのをやめようかと思ったとき、ようやく都市伝説特集とやらのページに入ることが出来た。


 とはいっても、やはり退屈な文が続く。机に頬杖をつきながら、適当にページを捲る。


 あまりのくだらない文章に机に突っ伏しそうになったとき、俺の目に、一つの文章が飛び込んできた。


 『世界は滅ぶ!?驚きの説を唱える人々!』


 そんな派手な見出しと共に、その文章はあった。


 ようやくか、と俺は溜息を禁じえない状態になりながらも、その文章に目を通すことにした。


 『此処最近、街の一角に、一つの噂が流れ始めていた。その噂とは――』


 『【世界の滅び】である。古来より唱えられていた終末思想。キリスト教にも仏教にも、この思想が取り入られている部分は存在する。』


 『終末思想が何か、そう問われれば、かいつまんで言えばこうなる。終末することそのものが歴史であり、歴史の目的である、というものだ。栄えるものはついには滅びぬ。恐竜も、旧人も、その他の生物も、その法則にしたがって栄枯盛衰を繰り返していった。』


 少し、俺は興味を持った。得難い情報に関する部分であったことに加え、書き方といい、先程までの誇張を要り混ぜた文章とは、一線を画すものがあった。


 『そして、その法則は人間でも例外ではなく、いつかは滅びる。そしてその滅びる方法、人類が死滅する手段という物が――』


 ページを、捲る。


 『神、絶対者の審判』


 その字が、太字で強調され、ページの頭にその存在感を示していた。


 『即ち、救済という名の、裁きである。ありていに言えば、神に人は殺される。ただそれだけなのである。しかしながら、自身の困窮、苦痛の救済を、死という形で神に求めることは宗教においては少なくなく、もしかしたら人間の根幹にあるものかもしれない、と筆者は愚考する。この記事を読んでいただいている諸君にも、そういった考えを持ったことが、あるかもしれない。』


 救済というなの死?それはただの逃避だろう、と俺は微かに思った。


 だが、人類の誰もが強い精神を持っているわけでもなく、賢い故に精神が押しつぶされる者も居るのだろう。それらのことを思うと、少し哀れに思う。自分を取り巻く状況を考えれば、そう軽々に身を投げるわけにはいかないだろうからだ。孤独故の寂しさは、幸いにも俺はかんじたことは無かった。故に理解できなかった――このときの俺は。


 『さて、話を戻そうか』


 『その終末思想。30年ほど前に事件を起こした某真理教集団にも布教されていたとも言われるものだが、今回は世間に少しずつ広まりづつあるという特異点がある。一致点は、源がカルト集団という点だ。』


 『今回も、一人の教祖から広まった教えのようだ。今の教祖は二代目のようで、先代がどうなったのかは、申し訳ないが目下調査中である。今のところは失踪扱いのようだ。ちなみに現教祖の名は、【草薙 仁】。新聞の一面に載る可能性もある為、この名は覚えておくことを推奨しよう。』


 草薙、仁


 今日だけで、二回この名を聞いた。


 この名が出るたびに、頭の奥が疼くような痛みをみせる。共鳴とでも言うべきなのだろうか?狂っているとすらいえる教えを触れ回っている男と、シンパシーを感じたくは無い物だが。


 『草薙が教祖の宗教団体、その名は、【ラグナロク】。小説などで、何度かこの言葉は耳にしたことはあるだろう。これは、北欧神話における終末の日のことだ。神々の黄昏、で定着しているだろうか?話しはそれるが、北欧神話は、神々が俗物に近く、とても面白い。ロキの口論、という文書においては呆れて失笑を禁じえない。一読を薦める。』


 『このラグナロクという名前の由来。世界を飲み込む炎、を表していると記憶している人は多いと思う。が、厳密に言えば、スルトがレーヴァテインによって生み出したのが、その炎である。上記に書いた通りに世界が終焉に陥る日、その日のことをラグナロク、というのだ。お間違えのなきよう。成程、世界の滅亡を示唆する宗教集団にしてみれば、確かに一致する名前だろう。』


 ページを捲る。神話関係の文章を織り交ぜながら展開される紙面の文字に、いつの間にか俺は集中していた。


 『さて、ここまでを読んで頂けた読者諸君には、一つの疑問が浮かんでいることであろう?何故、筆者が、【ラグナロク】をカルト集団と呼んだのか?基本的にはカルト、という言葉の意味には、儀礼、祭礼といったものが有り、宗教的な活動を表している。元来は否定的なニュアンスは無かった物であるが、今日の社会では、反社会的な宗教団体に使用される物だ。今回は、後者の意味で使用した。』


 『さて、ここで一つ注意を。今から書くことは噂の噂、それを聞いた者がいるやも知れぬし、いないかも知れない。信じ難い内容かとは思うが、心の隅にでも置いていただければ結構だ。書いていて何ではあるが、今筆者が書くことは所詮噂に過ぎず、デマであることにこしたことはないのだから。では、記すとしよう。』


 前置きが、あった。俺は佐伯から得た情報により、恐らくはあれのことだろう、と大体の見当はついた。


 『この宗教団体、【ラグナロク】の目的。それは、自らの手で、人類の救済を行なおうというのだ。救済というものは前述の通り、その言葉が表す事柄は、大量虐殺に他ならない。それをまるで尊ぶべき真理として信仰しているのである。』


 やはり見当の通りであった。続きを読む。


 『噂の真実を確かめに、【ラグナロク】の幹部の演説を著者が聞きに行ってみたところ、このような言い分であった。』


 俺は目を動かし、その言い分とやらのページを見てみた。


 「今の人類は堕落し、精神は擦り切れ、肉体は酷使しすぎている。一言で言うのならば、人類であり人類でない者が着実に増えているのである。いや、ほぼ全員といって良い。最早、人は自然の中の生物ではなくなってしまった。傲慢さに満ち溢れ、我が物顔で食物連鎖の頂点に居座っている。後先を考えず自然への蹂躙の限りを尽くし、挙句は人同士で争い、貪りあっている。正直に言おう。このままでは、神に見捨てられてしまい、救済を受けられなくなってしまうだろう。そうなってしまうと、人間らしい少数があまりに不憫である。」


 「そこで我々は、思案に思案を重ねた。残念ながら、人の意識は変えられない。ならばどうするか。至極簡単なことだったのだ。神が行わないならば、我々の手で行なえばよいと。」


 狂気の、匂いがした。背筋に悪寒が走り、鳥肌が立つ。胃が不自然な動きをして、喉から異物が競りあがり、吐き気がした。匂いとはいっても五感のうちの嗅覚が働いたわけではなく、感覚したのだ。ここに書いている文章。幹部の言い分とやらは、理解そのものが出来なかった。恐怖すら感じた。


 世界を殺す。そこに書いてある文章は、端的に言えばそうであった。この思想が、本当に一人の男から広められたものならば……恐ろしい。それほどまでに、人は追い詰められていたのか?死を求めるほどに?人に死を……救済というばかげた名目で無差別に与えるほどに?


 「故に我々は、この【ラグナロク】を開設した次第だ。是非、賛同を募る」


 ふざけるな。そう怒鳴りつけたかった。そんなおれを押し留めたのは、自分の理性と、図書館という環境のおかげだった。自分の部屋ならば、まず間違いなく激昂して叫んでいたことだろう。賛同?共犯者を増やすつもりか?殺しがしたいのならば勝手にしろ。死にたいのならば勝手に自殺でもしろ。人を巻き込むな。無垢なる人物を巻き込むな。


『犯行声明と、認識しても構わないもしれない言葉、以上が、言い分である。警察に連絡を取ってみても、動きを観察する。この一点張りであった。筆者は――』


 その後も暫く文章は続いていたが、俺はそれを読んでいなかった。俺の思考を支配していたのは、理解できぬ者への恐怖と、怒りと、困惑の念であった。


 俺は、そのまましばらく心の中で怒鳴り散らしていた。駄々をこねる餓鬼のように。ぐちゃぐちゃで自分でも理解できぬ心境を、両親にぶつける思春期の少年のように。


 そんな俺を現世に呼び戻したのは、図書館の、閉館を知らせる放送だった。

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