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嗚呼、アア、ああ  作者: 沙羅双樹
本編【下積み】
7/11

図書

 『悲しげな谷間の影深く

  みなぎる朝日を浴びることなく沈み込み

  昼の光も宵の明星の明るい光も届くことなく

  白髪のサターンが岩のように沈黙している

  周囲には静けさが立ちこめ

  頭上には森が雲のように重なり合う』


 不意に、ジョン・キーツの、ハイペリオンの一節が、頭の中に浮かんだ。ゼウスが支配する以前、太陽を司る神であったハイペリオンを謡った物である。


 本来の意味とは違えど、この詩の情景に今の俺の様子は合致していたかに思う。


  夕暮れ道を一人で歩き、深い深い思考の海におぼれ、その目は俯いたままで伏し続けていた。


そして、口からは深い溜息が漏れる。


  今は、学校からの下校中だ。


 必然的に時間は夕方。部活には入っていないため、自宅への直行便である。


 友人達とは通学路が違うため、一人寂寥の念に苛まれながらも歩んでいる最中だ。そんな中でも、やはり懸念事項が頭に浮かぶ。


『な?やばい連中だろ?』


『ああ、噂に過ぎないものを、頭から信じ込むとは……な』


『それなんだけどさ、噂を流したのも、その宗教集団って話しだぞ?』


『噂の噂か?きりが無いな』


『そういうな。ま、真実だったら恐ろしくないか?そんな頭のいかれた奴が、簡単に情報を流せるんだぜ?』


『情報統制だけなら簡単だろ。この世は過剰なまでに便利になったからな。なんにしても持ち主の使い方の問題だ』


『まあ、そうなんだけどな』


『噂の噂なんぞ、真実の対極に近いだろうに。情報の取捨選択は自分でしろよ?』


『わ~ってるよ。話しただけだ。信じてなんぞいないさ』


『ならいいがな』


 以上が、あれ以降の昼飯の中での佐伯の言葉から抽出した、俺が重要だと思う文たちだ。当然の事ながら昼食中の話題があれだけというわけがなく、他にいろいろなことを話したが、思い出すだけ脳の容量の無駄なので割愛させていただこう。しかし、得られた情報は時間に比べるとあるほうかと思う。高校生の駄弁りも、あながち無駄と一蹴するには惜しいかもしれない。


 佐伯の言葉を整理すると、


 ・突然、近いうちにこの世界は滅ぶ。そういう噂が流れた。


 ・その噂を頭から信じた者達が、一つの宗教集団を形成した。


 ・その宗教集団は、【滅び】を、自らの手で行なおうとしている。


 ・また、これまた噂ではあるが、宗教集団自身が、最初の噂を流したともいわれている。


 ・そして、宗教集団の教祖として君臨しているのが――


「草薙……仁」


 ぼそり、そう呟いた。その言の葉が触れた空気の温度だけ、周りの空気の気温より少し下がったような錯覚がした。全身に鳥肌が立ち、怖気が走る。何故こんなにも恐怖心が煽られるのか、自分でも分からなかった。今思えば、自己防衛本能、その類のものが働いたのかもしれなかった。


 そこまで行くと、今度は思考の回路を切り替えた。 


 この後どうするか……。情報をできる限り集めてみて情報の裏を取ってみるか。それとも……自分には関係ないと思い込んで知らぬ存ぜぬで行くか。


 暫く足を止めて考えてみた。


 頭上を、一羽の烏が飛んだ。バサバサと小うるさい羽音と共に、甲高い泣き声が響いた。


 ……案ずるより生むが易し、か。


 頭の中に、一つの答えが諺と共に浮かんだ。思い出せば、食堂のときの思考と同じ答えだったように思う。やはり、考えたところで、材料が似通っていれば帰結する部分も同じというわけなのだろうか?考えても栓無きことだが。


「……じゃ、行動開始しますか」


 そう呟くと、歩みを再開した。



 ※



「すいません」


 図書館にまで出向くと、カウンター内に声をかけた。国会図書館にいければベストだったが、流石に思い立ったその瞬間に東京に出向けるほどの行動力も資金も時間もあるわけではなく、近くにあるまあまあの大きさの図書館で妥協した。中型、というのが一番適切だろうか。所蔵量は20万かそこら。分かりやすく言うならば、国会図書館の約21分の1である。こう表すととてつもなく少なく思えてしまうが、国会図書館がおかしいだけなのであしからず。


 カウンター内に俺の声が響いて暫くすると、はいはいはい、と返事の3連呼と共に、一人の女性が、カウンター内に設けられていた沢山の机と椅子のセットから身を離し、こちらへと向かってきた。


 制服らしきベージュを基調としたズボンと上着の服装に身を包み、出るべきところは出ているように服の上からでも鑑みることができ、脱いだら凄いことを感じさせる。その首からは、美鈴、と書かれた紙に顔写真と、バーコードが記されたネームプレートが提げられていた。


 その女性は、待っている人物が俺だと理解すると、挨拶するかのように片手を挙げた。


「や。蒲原君。今日は何用かな?」


「少し調べ物で」


 俺は、先に言ったように無類の雑食の読書家である。下校の道からも近い位置にこの図書館はある為、ちょくちょく寄っては目に付いたものを読んで、時には借りて帰っていく。そんなことを繰りかえしているうちに、知り合いになった人も居た。そのうちの一人が、この美鈴、という人だ。気さくで、良い人だ。


 俺は軽く相手にそう答えると、美鈴さんは首をかしげた。


「蒲原君が調べ物?珍しいね」


「ほっといてください。で、最近発行された新聞や、発売されたオカルト関係の本って有りますかね?」


 そう美鈴さんに告げると、顎に手を添えて少し考えた後、「ちょっとまってね~」というと同時にすわり、カウンターに備え付けてあったバーコードリーダーに胸に提げているネームプレートのバーコードを読み込ませた。そして少し待つと、バーコードリーダーと繋がり、図書館の情報を統括しているパソコンに手を伸ばした。


 美鈴さんに聞いた話だが、どうやら職員のバーコードがなければ、図書館の情報をまとめる事専用のあのパソコンは使用できないらしい。他のパソコンでも情報の統括なんぞは出来るものだが、効率を考えて専用のものを用意したらしい。知ったことではないが。


 美鈴さんは鼻歌を歌いながら、パソコンのキーボードをカチャカチャと鳴らしていた。きょろきょろと目を画面に走らせ、俺のお目当てのものを捜し求めてくれていた。


「新聞はいいけど、オカルトってどんな傾向の本?幽霊とかUMAとか?」


 美鈴さんがキーボードを叩く手を止めたかと思うと、画面から目を離し、パソコンの影から顔を出して俺に問いかけた。確かにオカルトじゃ大雑把過ぎたか、そう思い、少し反省すると共に相手の質問に答えることにした。 


「そうですね……都市伝説系統でお願いします」


「あいよ~。承りました~っよ」


 返事をした後、美鈴さんは見たたび作業に戻った。俺は、立ちながら暫く待っていた。


 ――3分経過。


「……っと。待たせてごめんね。出たよ~」


 作業の手が止まったと思うと、美鈴さんはそういった。雑誌探しに時間が掛かっていたようだが、それも仕方が無い。俺の注文が大雑把過ぎたためだ。


「ありがとうございます。それで結果は?」


 素直に礼を言うと、満足そうに鼻を鳴らしている美鈴さんにそういった。俺の言葉を聴くと、えっとね、と前置きをした後に、検索して得た情報を言葉にし始めた。


「とりあえず最近って事だったから、ここ一ヶ月の新聞をまとめてある場所に行けば、多分求めてる物はあると思う。もし足んなかったらカウンターに来て言ってくれれば良い。書庫の中から持ってくるから。場所は一階の左端。トイレの近くね。朝日、読売、経済、スポニチ、なんでも読んで良いけど、図書館内でね。この図書館じゃ貸し出し禁止部類に新聞は属されてるから」


 新聞はこれで良い?と、凝視するように画面を見つめつつ、滔々と話していた美鈴さんは、その画面から目を離し、俺に問いかけた。流石にそれほどの大きさのない建物に何回も来ていれば大体の構造は把握できてしまうので、口頭でも大体の場所把握できた。


 新聞は充分か。そう判断を下すと、はい、次をお願いします。と俺は言った。


「了~解。雑誌は、都市伝説系統を中心に扱っている雑誌だったね。こっちはあまり総巻数が無かったから、バックナンバーもまとめてあると思う。場所は二階、ティーンズ向け文庫、所謂ラノベを置いてある棚の前。その雑誌以外も置いてあると思うから、調べたい物がなかったらその辺も読んでみると良いよ。言ったようにオカルトもあれば、科学分野のものもあるし」


 以上、報告終わり。そう満足そうな顔を受けべた美鈴さんは、良い終わると俺に向き直った。俺は素直に、有難うございます、と礼を言った。


 美鈴さんは、いいよいいよ。朝飯前だったから。と、手をヒラヒラと振りつつ、胸を張ってそういった。ふくよかな胸が強調されることもあり、思春期の男子にはちと刺激が強かった。


 美鈴さんを直視できないまま、再度俺は礼を言って、その場を後にした。


「どうぞ、ごゆっくり。閉館時間には気をつけてね?」


 柔らかな笑顔で、その場を去ろうとする俺に向かって美鈴さんはそういった。はい、とだけ俺は答えると、壁にかけられていた、白を基調としたシンプルな時計に目をやった。短針は4時と5時の丁度中間。閉館時間は6時だった筈だから、あと1時間30分。調べ物には心もとない数字かもしれない、と俺は微かに思い、少し移動の足を速めた。

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