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嗚呼、アア、ああ  作者: 沙羅双樹
本編【下積み】
4/11

読書

「ふぅ……」


 俺は、食事が終わり、母親との語らいも終えた後、じぶんの部屋に戻っていた。溜息をつくと共にベッドに身を投げ出し、深々としたその抱擁感に身をゆだねていた。


 俺の部屋は10畳ほどの部屋だ。ドアから見て右端にベッド、左に勉強机、右上と左上にはそれぞれ箪笥や収納スペースがあり、本が納められている。


 ベッドの魔力か、しばらくベッドに埋まっていると、まぶたがゆっくりと下りてきた。今日はそこまで疲れたことはしていないはずだがな、と思いつつそのまどろみにゆだねようとしたその瞬間――


 一冊の本が視界に入った。


 勉強机の上に置いた、先程母から受け取ったばかりの古本だった。


 いや、入れさせられた、そう形容した方が正しいのかもしれない。俺は今、自分の意思ではなくその本を見た。何者かに操られるというのはこういう感覚なのかと、どこかでどう感じた。


 そして、――【繋がった】――


 体が、歪む。 


 奇妙な感覚であった。何か、遠いところと此処が一直線上に位置した瞬間のように。全く違う二つの次元の場所に、神が線を引いて無理やりつなげたかのように。無理のあることを無理やり行なった感覚が全身を貫く。ぎちぎちと脳がこすれるような音が響き、頭が割れんばかりに痛む。


 ベッドの上で、俺は頭痛に呻いた。何か、直接頭に流れ込んでくる。


 光?混沌?日本には、形容しがたい、という説明を放棄した言葉がある。今見た、というより脳内に響いた形容しがたいそれは、今の俺の文章力では表現し切れなかった。


 光がうねり、闇へと向かう。立ち向かい、勝負を挑む様子にさえ見えた。


 しかし、闇はその範囲を広げ、獣の顎の様な形を取り、光を食らおうとする。その闇の思惑通り、光は飲み込まれる。


 だが、その闇の中――体内というべきか――から、一筋の光が現れた。


 闇の体内からあふれ出る光は徐々に増幅し、闇の体内を破るように、光が飛び出した。


 そして――


 以上が、俺が見た形容しがたいビジョンである。 


 ……ただ、何か凄まじい力を感じた、そうとしかいえない


 俺の目についたその本は、自分の勉強机の上に無造作に置かれていた。母親から受け取り、部屋に戻ってくるときにそこに置いたのだろうか。そんなことすら定かではなかった。


 本に導かれるかのようにして、俺はベッドからおり、たどたどしい足取りで勉強机まで歩く。たまにふらつき、近くにあった箪笥に体をぶつけた。軽く衝撃に呻きつつ、革表紙のその本を手に取った。感触は先程と全く変わらない。普通の本である。


 不安に狩られながらも、裏表紙となっていたその本を裏返し、表の表紙にある題名を再度見てみた。


『運命の書』


 ……読めてしまった。


 読めた、でなく、ここは読めてしまった、そう言わせて貰おうか。ミミズでも這っているかのような字体に変な装飾がある異国の字が、脳内で日本語に変換して読めてしまったのだ。


俺は、本の表紙に手をかけた。そして、緩慢な動作でその表紙を捲ろうとした。


 ――コンディション・レッド


 それを開いてはならないと脳内に警報が鳴り響き、生物としての危機管理能力がかかわることを拒絶する。手に震えが走り、脂汗がにじみ始める。


 これはやばい物だ。そう俺は理解しつつも、その本にかけた手を離すことは出来なかった。魅せられた、そういう言い方が適当だろうか。


 兎に角、今の俺には本を捨てるなりして処理する、その選択肢すら頭の中にはなかった。


 ゆっくりと、本能に抗いながら俺はその本を捲った。


 そこに書いてあるのは、表紙と同じようにミミズが這ったような字に三角や丸や、変な記号が合わさった物だった。


「前置き……」


 最初のページの最初の行。大きくそう書いてあった、いや、そう読めた。


 俺は、言葉に出しながらそのページの文を読み始めた。


 滔々と。


 淡々と。


 延々と。


「この書は、持ち主によって文が変わることを先に説明しておこう……。これは、持ち主、つまりは君の運命を記した書であることを明言しておこう……。」


 捲る。


「さて、持ち主の判別方法だが、手に触れた瞬間に運命が記される。触れれば、君の運命がそこに記される為、手を離しても何も問題はない。だが、他の人物が手に触れた場合、君の運命は書上からは消え去り、新に触れた人物の運命が記される……。」


「また、運命が記されるタイミングは、まちまちである。現在のことが記されることもあれば、遥か未来のことが記されることもあり、また過去のことが記される可能性さえある……」


 捲る。


「以上が、この書における注意事項である。是非とも留意しておいてくれたまえ。では、良き使用がされんことを。」


 その最初の前置きを詠み終わったと思い、俺はページを捲った。が、


「ああ、それと」


 まだ続いていた。


「この書は、筆者の作成ではない。あしからず」


 そこで前置きは終わり、ページ中の文章はそこで途絶えていた。


「……は?」


 捲った瞬間、俺はすっとぼけた声を出していた。自分でも間抜けな声だったとは思う。


 だが、それは無理からぬことだったと、俺は自己弁護を行なおう。


 白紙だったのだ。


 前置きに従えば何か記されているはずの、肝心要の最初のページ。そこが白紙だったのだ。


「なんだそりゃ?」


 俺は、肩透かしを食らった気分になった。不安がってそんをした。手の込んだ――込みすぎだとは思うが――質の悪いいたずらだったのだろう。俺はそう自分を納得することによって手打ちとした。


 だが、心の底ではまだ持っている書が危険だと響き鳴らす警報があった。


 その所為だろうか。その五月蝿いとすら言える警報をかき消すため、俺は適当にページを捲った。安心しようとして、だ。


 白紙白紙白紙。用紙の無駄使いとすらいえそうに、白紙の紙がただひたすらに続いている。最早、ページを捲ることが作業と化していた。


 が、途中で俺の手が止まった。


 黒い点が見えた気がしたのだ。


 作業化していた。その所為で、不自然な黒い点のことを一回見逃してしまった。


 白い紙の中、存在感を表すかのように存在した黒い点の連続。即ち文。俺はそれを、見逃してしまったのだ。


 俺は、見逃したことに気づいた直後。俺は生唾を飲み込んだ。


 そして、再度緊張と不安で震えはしめる指でページを抓み、一枚ページを戻した。


 ゆっくりと、文字列が表れていく。


 白紙のど真ん中に座すその文字は、読み取れぬはずの俺に意味を伝え、言の葉となって空気中に出すことを強要した。


「2016、6月6日6時6分、世界は終わりを告げ、『蒲原 巧』は死にいたる」


 完全なまでの思考停止。


 意味が分からなかった。


「……は?」


 俺はそう、息ともつかぬ言葉を吐き出すことしか出来なかった。

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