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発端

 ゆっくりと、頁をめくる。


 ペラ、という紙特有の柔らかな音が響き、黒い点がぎっしりと詰まった新しい面を俺の眼前に映し出した。


 目を紙に這わせ、黒い点を重ねた、所謂文字を読み取っていく。文とは不思議な物だと、この読書という行いを重ねるたびに思う。


 確固とし、独立した文字の並びが、一定の規則性を持たせるだけで意味を成す文となるのだ。単語が並んでいるだけで、それらの意味をいとも容易く読み取れているのだ。皆は容易に行なっているが、流石は知的生命体というところか。

 

 もう一頁捲る。 


「あ。もう終わりか」


 その捲った先には、本の分厚い背表紙があった。


 パタンと音を立てるようにその本を閉じると、かなり分厚かったことが分かった。500頁ほどはあっただろうか。


 ゆっくりとその分厚い本を持ちながら立ち上がると、少し歩みを進めた。


 今俺がいる場所は、薄暗い場所である。少しばかり埃っぽく、長年使われていないといわれても信じてしまうほどだ。周囲を土の壁で囲まれた土倉であり、狭い、と感じない程度の広さはある。


 壁の上程にはハメ殺しとなった窓が取り付けられていて、照明器具などがなくても本を読める程度の明るさはある。月明かりで読書などは、中々風流な物を感じた。ま、目は悪くなりそうだが。


 土倉の中には、等間隔に無数の本棚が置かれていた。本棚は全て木製で、使い込んだ独特の木の光沢を放っている。土倉一杯にその本棚は並べられ、その本棚全てにぎっしりとありとあらゆる種類の本があった。ジャンルごとに分類されることもなく、古事記の横にファウストがある本棚さえ目に入る。


 そのうちの一角に足を進めると、本棚の一つに、ぽっかりと穴が開いている場所を見つけた。その穴に手に持っていた本を差し込んだ。無理やり入れる必要もなく、するりと滑らかに入りながらも、入りきったあとを見てみると隙間は欠片も見られなかった。


「……何を読もうか」


 読み終わってしまった本を整理し終わった俺は半ば手持ちぶたさになり、腰に手を当てて本棚を一望した。


 基本的に、この本棚の本は読み終わってしまっている。基本的に本に関しては雑食な俺は、かたっぱしから手についた本を読んでいた。その結果、どの本を読んだのか読んでいないのかいまいち判断がつかないところだが。


 ふと、少し時間が気になってしまい、椅子の傍らにおいてあったバックの中をあさり、懐中時計を取り出した。小刻みに秒針が動き、ゆっくりと長針が動いている。その時計の短針は4時と5時の丁度中間を指しており、時間の過ぎる速さを示していた。


「……入ってきたときは2時頃だったのにな……」


 そう呟くと、嘆息しながらバックを肩に担ぎなおし、歩み始めた。土倉の重々しい扉を開き、ギィッと言う音と共に光に目を細めた。暗い場所に目がなれた直後にこの光度は、流石に厳しいものがあった。


 バックを担ぎなおすと、砂利が敷き詰められた道を歩んだ。その道は、砂利の上に丸石が等間隔に載せられ、足場と化していた。その道の左右をはさむようにして松の木が立ち並び、どこかの庭園を思わせる。実際問題、自宅の庭であるわけだが。


 丸石の上をテンポ良くなんとも成しに飛びながら踏んでいくと、あっというまに最後尾の丸石を踏み終わっていた。


 その先は舗装されている道となり、通常の歩行に戻した。そのまましばらく歩くと、大きな門が左手にあり、右手には自宅の玄関があった。学校などから帰宅する場合には、この門を通るわけだが、今回は土倉からの直行便だったため、土倉も自宅の敷地内に有ることが理解いただけるだろうか。


 すこし仰ぎ見ただけでは全体像すら分からぬこの家は、やはり大きい部類に入るのだろう。


 インターホンすらなく、古風のドアをガラガラという音と共に左手で開くと


「ただいま」


「お帰りなさい。巧さん」


 日本全国に共通する挨拶を交わしたのは、巧、と呼ばれた俺と、目の前に居る、エプロンを着た俺と同い年くらいの女性である。古来縁の黒髪に短髪。服装はディスイズ家政服。という物の上に、エプロンを着ているというものを想像してくれれば差し支えない。スタイルとしては標準的だろうが、それがまた奥ゆかしさを演出する。標準的が生きるというのも、そうそうないだろう。


「母さんは?」


 その女性にそう問いかけた。


「まだお仕事でございます。遅くなるのならば連絡が来るはずですので、お待ちいたしましょうか」


 この家は、大きな割には住居人数が少ない。自分と、目の前の女性、それと母親だ。母親は仕事に出ていて、またやり手なためにあちこちから頼られてしまう。その結果、家にまで面倒ごとを持ち込むことすらある。前は、妖しげな仮面を持ってきた結果、家のあちこちで物が飛び交う騒ぎになり、お寺のお世話なってしまったほどだ。心の底から勘弁して欲しいと思ったものだ。


「ま、そうだね、待っていようか」


 後日。この母親が持ってきたものが、とんでもないことの発端となるとも知らずに……――

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