ヤツがやって来る!
あれから一週間。シェードは帰ってこなかった。あんまり詮索してこなかったけど、カリナさんに尋ねると
「シェード様は現在、クロヴェイル市に出張中でございます。お帰りになられるのは今度の土曜日かと。」
と教えてくれた。へえ、出張中かあ。しめた。あと三日はヤツは帰ってこない。
この一週間カリナさんに手伝ってもらって、私は自分で言うのもなんだけど、メキメキ語学力を伸ばしていった。挨拶とか、短い文とか、簡単な言葉だったら聞き取れるくらいだった。もうシェードにバカにされたくない! って思ってたら、結構気合でなんとかなるものなんだ。前にも思ったけど、人間成せば成るものだった。
「絶対にシェードを驚かせてやるんだから!」
と授業中に言ったら、カリナさんに笑いながら頑張ってくださいって言われた。……ちょっと恥ずかしい。
服も、ルルさんが作ってくれるものはみんな可愛い。今までにこういう可愛らしい服ってあんまり着てこなかったから(会社では制服だし)、自分に似合わないと思ってたけど、鏡で見ると結構悪くない。さすがはプロ、センスが最高なんだ。
アルフェンに来てから一週間と少し経ったけど、気付いたことがある。それは、この屋敷にいる女の人全員が超美人だってこと。本当に順位とかつけられないくらいにみんな綺麗なんだ。その中でもカリナさんは別格に見えるんだけど……。って、どんだけ彼女は美人なんだろう。こんなところで働いてるのがものすごくもったいない。
そういえば男の人は普通なんだけど、なんでかな? ……まさかアイツ、美人メイドばっかり選んで雇ってたりして。うわあ、最悪だ。
そんな感じで毎日を過ごしていたら土曜日になった。最悪にも程がある男――シェードが帰ってくる日だ。彼が帰ってきたら訊きたい事が山ほどある。でもまずは鉄拳制裁からにしようか……。
そう思ってお昼過ぎまで待ってたら、ヤツが帰ってきたらしい。カリナさんが私のところまで来て、シェードが帰ってきたと教えてくれた。なぜかカリナさんはいつも以上ににこにこしていたけど。
その理由がわかった。彼女が部屋を出て行った後にドアを乱暴に開けたのは……横暴野郎だったから。この暴君め、もっと優しくドアを開けられないのか!
「何一丁前に怒ってるんだ、お前は。」
シェードが私を怪訝な眼差しで見る。かーっ。ムカつく。
「シェード。話があるんだけど。」
私はアルフェン語で話すのも忘れて、シェードの腕を引っ張った。
シェードをベッドの上に座らせると、私はヤツの前に仁王立ちした。こう見えても高校時代は少しやんちゃしていた。ガン飛ばすのは得意技だ。まあ、シェードに効くわけないけどね。
「んだよ。俺は忙しいんだ。」
「じゃあ、なんでここに来たの?」
シェードは驚いたように私の顔を見た。そう、私が彼と同じ言葉を使ったことに驚きを隠せないでいるんだ。私は内心得意になった。どんなもんだい!
「……お前、今。」
「勉強したの。ええと、あなたが出かけているときに?」
最後の一言はまだ自信がない。通じた……よね?
「へえ、驚いたな。やればできるじゃねえか、ブサイクのくせによ。」
あっ、またブサイクって言った――……へ?
シェードは私を褒めた上に、私の頭を撫でたのだ。
「なん……!」
私は彼の手を振り払って、飛びのいた。シェードは可笑しそうに笑ってる。褒めたり、貶したり、笑ったりして……。
くっそー、やっぱりコイツ嫌いだ。