侍女とワンピースと私
「――昼食の前に、お召し物をお取替えいたしましょう。よろしいですか?」
ルルさんもやはり、私に言葉が通じないのを知っているようで、自分の服を指差して説明しようとしてくれた。本当に、彼女も仕事とはいえ優しすぎる! シェードももうちょっと会話しようとする努力をしてほしい。
「本当ですか!? よかった……。」
昨日からお風呂も入ってないし、ずっとくたくたTシャツのままだ。ここに来て着替えができるのなら万々歳……だけど、この世界の服は果たして日本のものとどれくらい違うんだろう? ちょっと不安かも……。
全然心配なかった。下着とかも含めて、いたって普通だ。ルルさんが用意してくれたのは、普通に可愛いワインレッドのワンピースだった。
「お気に召していただければよろしいのですが、なにぶん即席で仕立てたものですので、多少の不備はどうかお許しくださいませ。」
ルルさんの口調は相変わらず事務的だけど、やっぱりいい人だと感じさせる何かがある。
「これ、最高です!」
私はとびきりの笑顔で答えてみせた。いやいや、お世辞抜きで!
「それは何よりです。……食堂へご案内いたしましょう。」
私の言ってることが通じたのか、ちょっと伏し目がちだったルルさんが微笑んだ。うん、お手伝いさんとのぎくしゃくもなさそうで済むし、順風満帆かも。私はるんるん気分で彼女の一歩後ろを歩いていった。
シェードのいないお昼ごはんは当然ながらものすごくおいしくて、やっぱりここはお金持ちの家なんだなあと感じる。お金かけるところが間違ってないよね。私もここで料理作ってるシェフに花嫁修業代わりに教えてもらおうかな。
「リサコ様、ただいま戻りました。」
そう考えていたら、聞き覚えのある声がした。天使のほほえみを浮かべたカリナさんが食堂に入ってきた。
「カリナさん! ええっと、“おかえりなさい”。」
辞書を開いて音読してみる。こういうのはまず形から入るべきだよね。実践実践。
「まあ、リサコ様……今のは発音も素晴らしかったです! さすがですわ。」
カリナさんはにこにこして、たぶん私を褒めちぎってくれた。ルルさんも少し驚いたように私を見ている。感情が表に出るタイプとは思わなかったけど……意外といろんな表情を見せてくれる。
「いやあ、それほどでも……。」
と言っておきながら、正直、私は自分でも信じられないほどの速度でアルフェンの言葉を学習していると思う。始めは何言ってるのかさっぱりわからなかったのが、この短時間で一部の単語なら聞き取れる程度にはなった。やっぱり必死になればなるほど順応できるってことなんだろうか。火事場のナントカ的なものなのかな。
「そうですわ。ルルの仕立てた服はいかがです?」
カリナさんはルルさんに顔を向けて、それから服を指して言った。うんうん、このワンピースのことね。
「とっても気に入りました! ……これってルルさんが作ったんですか?」
私は彼女を手のひらで指したりして尋ねてみた。サイズなんか測った覚えないのに、この服は私にぴったりだ。
「ええ。ルルはシェード様のお召し物も仕立てておりますから。」
シェード、と聞こえてびっくりした。マジで!? てことは、相当な腕を持ってる人なんだろう。さすがはプロ、私のサイズもきっと目測した上で服を作ってくれたんだろう。……あれ? でもいつの間に? ま、いっか。
「ありがとうございます!」
私はルルさんの手をがしっと握った。ルルさんは目をぱちくりさせ、カリナさんは相変わらずほほえんでいる。
……シェードが帰ってこなければいいのに。和やかな空気の中で私は、心の中で毒づいた。