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人生いつでもお勉強

 カリカリカリカリ……。

ペンと紙と明かりだけしかない机の上で、私はひたすら手の痛みと闘っていた。パソコンはなんて便利な機械だったんだろう。ああ、疲れるだけの仕事がこんなに恋しいなんて……。


 あれから私はシェードの馬に無理やり乗せられて(むしろ積み込まれて)、どこだかよくわからない街道を走って(馬の背中は痛い)、しばらくしたら立派なお屋敷に着いて、そのうち端っこの方にある(らしき)大して広くない一部屋に放り込まれた。女の子をモノみたいに乱暴に扱うなんて、アイツはどうかしてる。(もう“彼”じゃなくて、“アイツ”でいいや!)

 それから、お手伝いさんみたいな人(やけに綺麗な人だったな……)に何枚かの紙とインクとペンを持ってこさせて、何か言って去っていった。まるで嵐のような一晩だった。


 とりあえず一通りの家具は備え付けてある。ランプはどうしてか最初から点いていて、どうにも用意周到だ。電化製品が無いのが気になるけど。



 その時はあんまりにも疲れていたものだから、分厚い本と一緒に私はベッドに倒れこんで……気付いたら朝だった。うわ、お風呂入ってないや……。

 「……ここまで来てようやく気付いたけど……やっぱり、夢じゃないみたい。」

――お腹減ったし。……私の体は、こんな時まで能天気なものだ。

 部屋の中を色々と見て回っていると、軽やかなノックが聞こえた。とりあえずどうぞと言ってみる。あ、そういえば通じないんだっけ。

 私の言葉が異国語なことを初めから知っていたのか、ノックした張本人の昨日のお手伝いさんはドアを開けた。何か言っている。……ついて来い、ってことかな?


 彼女の後を、私はおのぼりさんよろしく、キョロキョロしながらついていった。我ながら貧乏くさいと思う。こんな立派なお屋敷にはお世辞でも似合いやしない。しかも人様のお家をジロジロ見回すなんて……。(でもしょうがないよね?)


 何人かのお手伝いさんとすれ違った後、どこかの(広すぎてどこを歩いたかわからない)ドアの前でお手伝いさんは振り返って、また何か言った。彼女が大きなドアを開けるとそこには――


 一体何人入れるつもりなんだ、ってくらいだだっ広い食堂と、不機嫌そうに腕組みをしたシェードがいた。


 「……シェード!」

私は思わず駆け出した。言葉の壁とかどうでもいい、とにかく明確な説明が必要だ。

 私がアイツの前でテーブルをバン! と大きく叩くと、彼はますます不機嫌そうになった。

「どういうことなの!?」

自然と語気も強くなる。だって混乱してるんだもん。

「……まったく。顔も行動も全てが貧相で卑しいな……。」

目を合わせず、コイツはまた悪口を言ったらしい。

 睨む私と逸らすアイツ。ハブとマングース、犬とサル……うーん、どれもしっくりこないなあ。あっ! 月とすっぽん? ……げ。


 そんな私たちの険悪なムードを、ふんわりといい香りが遮った。

 給仕さんがおいしい朝食を運んできてくれたのだ。それはキラキラと輝いているよう……。本当においしそう! ああ、お腹空いた……。


 「お前みたいな下賎の者は、こんなものも食べたことなさそうだからな。情けだ、食え。」

アイツが何か言ってるけど、私はガン無視。上座の彼など構わず、さっそくナイフとフォークを取った。どうやらこの国は西洋的文化みたい。食べ物も洋風朝食とそう変わりはしなかった。謎の野菜サラダとか(レタスみたいでレタスじゃない)、ちょっと口に合わない独特の料理もあったけど……。

 アイツはガツガツ食べる私を無言で観察していた。そんなことを気にしてもいられないぐらいお腹が空いていたので、私はただひたすら食べ続けた。……うまい、おかわり!


 私が甘い香りのする紅茶を飲み干して一息ついた頃を見計らって、シェードはようやく口を開いた。

「……あの本。」

「?」

やっぱりよくわからない。少し日本語が恋しくなった。あと白米も。

「本だ。」

彼はジェスチャーで伝える。ああ、本ね。

「本が何?」

私はやっぱり、首を傾げるくらいしかできない。

「……もういい。部屋に戻れ。」

彼は乱暴に立ち上がって、食堂を出て行ってしまった。……どうしろっていうの!?


 私がぽかーんとしていると、さっきのお手伝いのお姉さんが部屋に戻るよう促してくれた……気がした。

 椅子が引かれて、私は立ち上がった。うわー、セレブだ! 貴族だ!


 お手伝いさんが部屋までまた案内してくれた。ぺこりとお辞儀して、彼女は本来の仕事に戻る。

「ホントは、こんなみすぼらしい娘にぺこぺこすんの嫌なんだろうな……。」

よりによって部屋着の、くたびれたTシャツと黒い短パンに裸足の格好をしている自分が恥ずかしい。私はお姉さんの気持ちを酌んで、部屋で大人しくしてようと決めた。


 「それはそうと……。」

気になるのは、あの日本語の書かれた本だ。私はもう一度ベッドにほかってあったままの重い本を持ち上げた。よく見ると相当年代物みたいで、紙は茶色く変色しているし、ところどころ破れていたりしている。

 ぱらぱらと流し読みしていくと、どうやらこれは辞書で間違いなさそうだ。この国の文字と、懐かしい日本語がずらずら書かれている。

 私は机の上の紙とペンを見やった。シェードはもしかして、勉強しろと言っていたのかもしれない。でも……この量を!?

 そして冒頭の、辛すぎる手と頭の運動に戻るのだった。

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