ナゾの遺跡と私と彼と
人間、成せば成るものだと思う。
はじめは、混乱しながらも忘れかけの中学英語で場所を尋ねてみたぐらいには、我慢ができた。
――通じなかったけど。
聞いたこともない言語。それでも私は、なんとかボディランゲージやらなんやらで彼と意思疎通を図っている。必死に訴えてみれば何とかなるもんだ。昔の人は、こんなふうに外国人と喋ったんだろうか。
それに、なんとなくだけど彼の表情や直感でわかる。……悪口を言われた回数が異常に多いことが。
悲しいことに、私がここに来て最初に覚えた言葉は「ブサイク」だった。
「ったく……。面倒事の種は蒔くわ、俺に後始末させるわ、言葉は通じねえわ……。おまけにブサイクだし。」
「ちょっと! 今またブサイクって言ったでしょ!! ほんっっとーに失礼!」
私は不快感を露にして彼に怒鳴りつける。当の本人もまた、「めんどくせー」とあからさまな態度を示している。……ムカつくムカつくムカつく!
確かに私は可愛くないかもしれないし、彼と比べれば顔立ちは整ってないけど、どうしてこの短時間に8回もブサイクって言われなきゃいけないわけ!?
そんな不毛な言い争いは、日が暮れるまで続いた。……本当にバカバカしいと思う。
とにかく、彼との会話で手に入れた情報は以下だ。
彼の名前はシェード=アルテイル。見たところ、やっぱり軍人さんっぽい。
それから、ここは“アルフェン”という国らしい。……多分。少し聞き取りにくかったから自信がない。
あと、私が彼にとってはブサイクに見えてるらしいこと。
……シェードはこんなにカッコいいのに、口が超絶悪い傍若無人の最悪野郎だということ……。
最後の方は私が空しくなってくる情報ばかりだ。うう、悔しい……。
「全く、てめェのせいで日が暮れちまったじゃねえか……。おいブサイク。いいか、よく聞け。俺がお前を喚んだ。けど今回は失敗だ。この俺がな……。」
またシェードが、高圧的に何か言っている。前半は、日が暮れたのを私に責任転嫁してるんだと思う。後半は……よくわからない。
「どういう意味?」
とりあえず、後半部について尋ねてみる。首を傾げてみせると、シェードはまた溜息をついた。そのあからさまな態度、やめてくれないかな。絶対嫌われ者だよ……。
「俺がお前をここに喚んだ。」
シェードは、私を指差したりしてなんとか伝えようと頑張ってくれる。
性格は悪いみたいだけど、根は一応優しいヤツなんだな。根気よく私に接してくれる彼を、私はそう感じた。もう一度言う。性格は最悪!
真っ暗な森を、彼は私の手首を強引に引っ張りながら進む。月明かりが唯一の救いだ。こんな鬱蒼としたところ早く抜け出したい……。
そんなことを思っていると、突然、木々のないぽっかりと開けた場所に出た。まず目に入ったのは、巨大な岩のオブジェ。それからその傍で主人を待っている大きな黒い軍馬。
岩はぐるりと、祠(と言うには語弊があるかな)みたいな石を囲っていた。なんていうんだっけな、これ……。そうそう、写真で見たストーンヘンジそっくり!
「ここが“観客世界の扉”だ。」
シェードが祠の前で歩みを止める。私も彼の一歩後ろで立ち止まった。
「なんだろ、これ?」
私が祠の傍まで行ってまじまじと覗き込んでいると、いきなり後頭部に衝撃が走った。
「いっ……たぁ!?」
何だろう、何かで殴られたような……。
そう思い、振り返ると……眉を顰めたシェードが、右手に分厚い辞書のようなものを持って仁王立ちしていた。
コイツか――!
「ブサイク、お前が気安く拝むモンじゃねえ。」
再び侮辱の呼び名。こうなったら徹底的に根に持ってやる。今日だけで10回も言ったな! ていうか、せめて私の名前教える機会が欲しい……。
なんて思考を、彼がこちらに向かって放り投げた分厚い本が慌てて停止させる。
「うわ!? ……っと!」
何とかその重たい本をキャッチすると、彼は私の鼻先を指差して言った。
「お前はそれでも読んで勉強していろ。」
――なんて言ってるのか不明。
そんな私を見て、シェードは物凄くわざとらしい溜息をついて、本を指差した。……開けって?
10cm以上はあろうかという分厚い本の3分の1あたりでページを開くと、そこには……見たこともない文字と、見覚えのある文字がびっしり書かれていた。